第18話 神は魔王も愛しますか?

「私に適性があるか確認して下さらない?」

小町魔王は、夫(竜化青年)を連れて、王都にある愛の教団へ来ている。

教団長は、『愛猫神官の代わりに、私が骸骨村の神官をやりたい』という、小町魔王の申し出に困惑していた。礼拝堂には彼らしかいない。


「前例の無いことですからな。お前様の言葉に嘘がないことは、

 神聖魔法で確認させて頂きました。それにしても、元魔王が信徒にいるとは。

 愛猫神官は布教にも力を尽くしたのですなあ」

「そうよ、あの人ニコニコしながら恋愛相談に乗ってくれますからね」

「ほほう、恋バナですか」(教団長の目が怪しく光った)

「宗教臭いこと言わないし」

「ふむふむ。それでお前様はどんな恋を経験されたのかな」


尋ねられるままに、小町魔王は――

で、微に入り細に入り話した。(シラフで淡々と)


「勘弁してよぉ。本人の前で言うのやめません? これ、どういう罰ゲームですか」

たまりかねた竜化青年は、モゴモゴ言う妻の口を両手で覆い、教団長へ泣きを入れた。

「照れることはない。

 私は、愛する妻へ人生と力を捧げる、お前様の生き方を羨ましく思いますぞ」

「必死だっただけです。今も、妻が僕の手を噛んでるので、わりと必死です」

「ほっほっほ。ご主人が手を怪我する前に、話を戻しましょう。

 私は小町魔王さんを気に入りました。神官見習いとして修行してみますか?」


「話の邪魔をするなんて、あとでお仕置きですからね?」と、夫の手の甲をつねると、小町魔王は教団長へこう言った。


「私、神官Lv60です。愛猫神官はLv40でうちの村に来たでしょ? 修行に時間かけるの嫌よ。村からここに通うのも大変ですし」

「『転移』の呪文で送り迎えするよ?」

「あなたは黙ってらして」

「奇跡を行う力だけではなく、教義や儀式のこと、布教に関すること、

 人前での話し方等、神官としての振る舞いを身につけるには、

 数年かかるものですぞ」


「頭固いわねー」

「「「女神様!?」」」

礼拝堂に祀られている、女神(賢者の娘)の義体が動き出した。台からぴょんと飛び降りてくる。

「教団長、あなたはいつから主神のところの子になったの?」

「とんでもないことでございます」

「小町魔王の私への信仰は本物です。ちゃんと夫へも、村の人達や動物に対しても

 実践しているでしょ。神官としての力は十分です。村にも馴染んでる。

 何も問題無いじゃない?」

「しかし女神様、前例の無いことでございます。

 それに、大変申し上げにくいのですが」

「構いません、言いなさい」

「ご友人をコネで神官にしたとあっては、困るのは小町魔王さんです。

 修行を経た方が、後々の為にも……」

「私は公私混同します。だって私がルールなんだもの。

 そのために教団を去る子が出ても構いません。

 それに、小町魔王はこれだけ目立つ子でしょ?

 どんな修行をさせても、

 この子は、そういうの跳ねのけるだけの力があります。

 ――そもそも、『神官は人間に限る』なんて、私は決めてないわよ」


教団長が折れた。

女神は「じゃ、この体よろしくねー」と言い残し、義体から気配を断った。竜化青年が、教団長に教わりながら、義体を元の場所へ戻した。



愛猫神官を失って沈んでいた村の衆は喜んでのう。

先日村へ来たばかりの神官は、小町魔王の神官就任を祝福し、教団へ帰って行った。


翌日、くろがワシのところに来た。

『賢者さん。あのね、お姉ちゃんが神官さんになったの』

「お前も嬉しいか」

『うん、すごくすごく嬉しい。それでね、お父さん(愛猫神官)の病気は

 神官さんでも治せないけど、治せるものもあるでしょ』

「そうじゃな」

『お姉ちゃんが神聖魔法使うの見てて、私も少し出来るようになったの。

 私もお勉強できるかな? この村で、痛い思いする人も動物も減らしたいの』

「お前、確かに神官Lv5じゃな。独学したか」

くろは嬉しそうに、尻尾をバタバタ振っておる。褒めて褒めてという顔だ。


ワシは娘を呼び出して事情を話した。

「くろちゃんが私の信者に! しかももっと力をつけたいだなんて!!」

娘のテンションが上がった。

「Lv40くらいでいいかなー?」と、鼻歌交じりに、くろの中へ力を注ぎ込んでおる。うちのバカ娘が、また暴走しおった。

「愛する娘や。くろ可愛さに、またルールを曲げおって」

「なによー、犬の身で独学してLv5になったことは、

 ダンジョンでフルカンする以上の偉業ですよ?

 Lv99にして不老不死にしちゃいたいところ、加減したのよ」


怪我や病気の治療と、蘇生の神聖魔法は使えるからの。くろのしたいと願ったことは、Lv40で十分ではある。

『女神様ありがとうございます。私、頑張ります』と、くろは帰っていった。

ちなみに、「うちの子にならない?」と、娘が言ったら「私はもう女神さまの娘でしょ」って、くろに返されてな。「そういう意味じゃないもん」と、膨れておったなあ、ワシの愛しいバカ娘は。


意気揚々と帰宅したくろが、神聖魔法を使って見せて、小町魔王夫婦は驚いたなあ。ワシらの所に、夫婦で飛んできたぞ?

「こまっちゃんちのくろは、怪我治してくれるぞ」と村の衆は喜ぶし、動物達も「くろ先生は言葉が通じるから安心」と診てもらっておる。



穏やかに2年が過ぎた。

女王は、主神の教団や学院や冒険者の中から力のある者を選び鍛えた。「Lv60程度の力で十分だから、勇者(賢者の娘婿)のように魔法も剣も使えるように」と、それぞれの適性にあわせて育てた。時には、自ら先頭に立ってダンジョンへ連れて行った。


「『寒村の賢者のように、村を見守る人になって欲しい』

 私の教え子たち。あなた達は私の願いに応えて、力を身につけました。

 どうかその力に溺れずに。私達の神とあなた自身に恥じることが無いか

 己に問いながら、村の人達を支えて下さい。

 あなた達が最善をなしたのなら、どのような結果も私が責任を取ります。

 私で責任を取れないことは、私達の神の出番でしょう。

 ――慣れない土地での暮らし、体に気をつけるのですよ」


女王は教え子達の一団を、一人ずつ抱きしめると、それぞれの村へ送り出した。

彼らは「王妃を私だと思いなさい。どんなことでも、報告し相談して構いません」と、王妃との手紙のやり取りを許されている。優秀な文官である王妃がそれらを整理し、女王と相談しながら対応する。


『停滞と衰退』の問題へ、女王達は挑んでいる。



この2年で、ワシらの村にドワーフの青年が1人流れてきての。やつは酒が嫌いで、集落に居づらくなったらしい。ご先祖様スケルトン達が村の名産品を作るのをじっと眺めると、その内、傷んだ道具を黙って直してやってな。

村の民家の修繕などもしてくれる。無口な彼と、どう付き合うのか、村の衆はしばらく様子を見ていたが、じきに馴染んだ。

ご先祖スケルトンの長屋を「静かで気に入りました」と、職人ドワーフは住み着いたんじゃ。


村長のところの姉弟がワシのところへ遊びに来ておる。

「ねえ爺ちゃん。あのドワーフさんの国に僕が行ったら、受け入れて貰えるかな」

「またその話? 他の話題にしましょうよ」


黒服美形はこの子たちも王都の学院へ行けると推したんじゃが……。

姉「弟と離れるの嫌」

弟「爺ちゃんにエルフやドワーフの話を聞く方が楽しい」

と、一蹴しおってな。黒服美形は苦笑しておる。

村長(情熱女房・元村娘)は「いい年して子どもみたいなことを!」とプリプリし、夫が「夢を見る力も、大切なものだよ」と妻をなだめ、姉弟を見守っておるんじゃ。


「そうじゃなあ。黒服美形の出した課題の話はどうじゃ?」

「「済んでる」」

「お前たち、なんで学院行かんのだ?!」


最近の若いもんは! ほんの一昔前まで、村人が学院へ進学するなんて出来なかったんじゃぞ? でも、ワシ知ってる。こういうの言うと、これだから年寄りはって嫌われるんじゃろ。


ワシは、村長家弟に乞われるまま、エルフの話をしてやった。おとぎ話としてな。だって、こいつ、ワシの友達にいるって教えたら、会わせろと騒ぐじゃろ?



村人として初めて学院を卒業した先陣青年は、良い領主をしている。デキる中年なのだが、一人娘のことになると少々残念になる。ある夜のこと――


「僕らの娘は、本当に可愛いよね」

「良い子に育っていますね」

「最近、『お父様と結婚する』とか、ぬいぐるみを連れて歩くとかしないね」

「あなた、そういうのは数年前に卒業してますよ、あの子」


呆れる妻の前で、ぐっと拳を握って、先陣青年は父としての野望を語りだす。


「この子なら、小町魔王さんに勝てるかもしれない」

「あら、私は負けたの?」

「小町魔王さんはどうかしてるくらい美人だけど、

 僕の奥さんの美しさは別格だからね。比較のしようがないよ。次元が違う感じ?」

「あなた真顔で、私にそういうこと言えるの凄いわ。

 呆れるの通り越して、慣れちゃったもの。

 でも、『比較のしようがない』のに、私達の娘は勝つって変じゃない?」

「僕の中では矛盾しないんだけど、確かに変だね」

「子煩悩ないいお父さんだけど、あなたの愛はちょっと重いわ」

「そんなことないって。あの子は嫁になんか出さないし、求婚者は全員敵だし」

「もう。それが重いのよ? だいたい、あなただって私を妻にしたでしょ?」

「それはそれ、これはこれだよね」(いい笑顔)


居間で寛いでいた元領主(妻の父)が、2人の所へやってくる。

「婿殿、またその話かね」

「お義父さん、妻に言ってやって下さい」

「いやいや、娘に恨まれるのはご勘弁願いたいね。

 ――だが、娘の時は、国王と私と2人がかりで説得するほど、君は別格だったね」

「やだ、お父様、その話はやめてください」

「赤くなることないじゃない。まだ『気持ちの準備』必要ですか、奥さん?』

「これこれ。父親の前でじゃれるのではない。

 だが、孫娘は私にとっても命だからね。

 今なら、乙女を守るという伝説のユニコーンと旨い酒が飲めそうだよ」

「お父様まで……」


領主の館には、娘のことになると、壊れる人が2人住んでいる。



学院の課題や神官戦士としての鍛錬で疲れた王子達はぐっすり休んでいる。

女王と王妃は一日の仕事を終え、2人の時間を過ごしている。

伸びをしてソファに転がった女王が、ゆったりと読書している王妃へ話しかける。


「あの子達、最近、『お母様』って抱きついて来ないのよね」

「何言ってるの、あれくらいの男の子は、そんなものですよ」

「でも、あなたには甘えに来ること無い?」

「テストで良い点取れたとか、褒めてーって来るわね」

「なにそれずるい」

「仕方ないでしょ女王様」

「?」

「教育方針は私達で話し合って決めたけど、あなたはやり方が厳しすぎるの」

「あなただって、課題の教え方が厳しすぎて、泣かせたりするじゃない」

「あとでフォローしてるもの」


女王の厳しさは例えば……。

女王は忙しい。もちろん王妃だって忙しいが、さらに忙しい。

学院の休みになる週末に時間を捻出した女王は、


「はい、それじゃ、今日はあなたたちに、Lv40になって貰います。

 Lv40になるまで帰れません!」

「お母様、ご冗談ですよね」

「僕らLv5ですよ」

「お母様の時はカンストするまで、ダンジョン出たり入ったりしてましたよ?」

「「お母様を基準にするのは無茶です」」

「またまたぁ。お母様に出来ることは?」

「「ぼ、僕らにも出来ます」」

「よく言えましたー。じゃ、サクッと中層でLv上げするわよ。

 お夕食までには帰らないとね。半日無いわよー。Lv5だと即死しますからね。

 モンスターを見て、とにかく避けること。

 まずはから覚えなさいな」

女王はよく教え、回復蘇生をこなしつつ、モンスターを血祭りにあげた。


夕食の食卓に着いた時、女王は王子達がLv40になるまでを嬉しそうに王妃へ報告するのだが、王子2人は心身ともに疲れすぎて表情が無になっていたという。


王妃はこの話を引っ張り出して――

「あなたの神官戦士の鍛え方は、脳筋過ぎるのよ」

「師匠譲りだもの」

「疑問持たずに受け継いだあたりが脳筋よね」

「脳筋だと問題でも?」

「あの子達、あなたに甘えたくても、怖いんじゃないの?

 あ、尊敬はしてるから、落ち込まないの」


女王が言葉に詰まる。ちょっと膨れる。

「……だって、私達を越えて欲しいじゃない?」

「あの子たちに、向き不向きがあるの。

 それぞれ得意なことで、私達を越えてくれるのを待ちましょう」

「弱音吐いてもいい?」

「はい、なあに」

「畏怖される嫌われ役なんてヤダ。私も甘えて欲しいのに」

「この天然脳筋、あなたはからそうなるの」

(これじゃ、あの子達よりあなたの方が幼いじゃない)

王妃は心のなかで苦笑しながら、女王をギュッと抱きしめて、髪をなでた。



それぞれの場所で守られ、子供達つぎのせだいは育っていく。


そうそう。くろは優秀過ぎてな。言葉は話せなくても、人間が言うことをじっと聴いて、的確に神聖魔法を行使する。元気になると嬉しそうに見送ってくれる。村の衆は病気や怪我の治療をくろに頼りっぱなしでなあ。

小町魔王はせっかく神官になったのに、恋愛相談や冠婚葬祭くらいしか仕事が無くてのう。夫に「くろちゃんに仕事とられたあ」って泣きついておったぞ。

じゃが、それはまた別のお話じゃ。

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