第5章 停滞した世界で、輝くもの達

第17話 停滞と夕映え

小町魔王が、賢者のイルカに乗って、王都の学院寮へ突撃をかました。

「竜化青年のとこに、凄い美人が乗り込んできたけど、誰かな?」「恋人かしら。でも雰囲気似てるからお姉さんかもしれないよね」「尻尾生えてなかった?」などと、学院生達はざわついていたが、小町魔王達を放っておいてくれた。


「姉ちゃん、僕の部屋が珍しいのは分かる。

 でもさ、ずーっとキョロキョロしてないで、そろそろ座らない?

 それとも、家探やさがしでもする?」

「家探し?」

「僕も年頃ですしー。女の子の髪くらい落ちてるかもしれないよ?」

「あら、そう?」

腕まくりして家探しを始めようとする小町魔王を、竜化青年が押しとどめる。


「冗談だよ! 姉ちゃん一途なの知ってるでしょ? 神聖魔法使っていいから!

 僕の発言に嘘がないか確認して? ね?」

「あなた『まことなりか』に、魔法で対抗できるんじゃないの?」

「それは原理的に無理だよー」

「不愉快だわ。不愉快になったことが不愉快だわ」

「どうしたら機嫌直してくれる?」


――小町魔王は、竜化青年に求愛され、彼が魅力を開花させたことで、不安を抱くようになった。「学院にはあの子を好きになる子だっているわよね」と。

実際、強いし目立つし優しい竜化青年を、意識している子はいる。

結局、小町魔王は待てなかった。


「姉ちゃんが大好きな僕としてはですね、女王様とも話をつけたんだ」

「何を?」

「お仕事。家庭持ちたいから、考えたんだよ。

 ほら竜化出来るようになったでしょ、女王に頼まれて兵の鍛錬に付き合ったんだ」

「モンスター役をやるの?」

「ううん。爺ちゃんちの勇者さんの役割と同じ」

「その仕事が好きなの?」

「形骸化した鍛錬して、ダンジョンで命を落とす人を減らせるし、僕に向いてる」

「まだ何年も先なのに、卒業後のこと、もう考えてるのね」

「卒業? しないけど」


竜化青年は、学院に数年在学しただけで退学した。「姉ちゃんと生きるのに必要な力は身につけたし、魔法は爺ちゃんいるし、『分からないことをどうすれば理解できるか』は身につけたから」とのこと。


……彼が鍛えた兵士は強くなりすぎる。鉄棍女王の兵力だけ伸びてはバランスが取れない。竜化青年は「僕が面倒見れば兵力が筒抜けだよ?」と他国の王に念を押し、他国の兵の鍛錬にも胸を貸している。そして、仕事を終えると、「転移」の呪文での待つ骸骨村の宿屋(各種補強工事済おさっしくださいみ)へ帰ってくる。


――言いにくいからボカすぞ。「お察しください」案件でな。小町魔王も竜化青年もなもんじゃから、のう? 


2人の婚礼には、女王も友人として参加したぞ。式をうちの娘が神官として行おうとしたのじゃが、「女神様、絶対なんかする」って小町魔王が嫌がってな、10年来の友でもある愛猫神官が面倒を見た。

村の衆は「あのちび助が、姉さん女房捕まえたか」「立派になって」「こまっちゃん綺麗よ」等と、泣いたり笑ったり忙しかったなあ。

駄賃に飴玉持たせてやった坊主が、一人前の男になるのだから、ワシも年を取るはずじゃ。



お前さんらは、死んだことってあるかの? ワシは寝て起きたら、死んでおった。ダンジョンを造った頃に、死んだら発動する魔法をかけておいたから、まあこうして普通に蘇生して話せるわけじゃが。寿命はじきに尽きるな。

「ねえねえ、お父様。はいはいはい、私の出番だと思います!!」

ふんすふんすと鼻息も荒く、娘が壁から出て来おった。

「女神の力を乱用するの良くないぞ」

「私がルールです。夫と父は例外よ」

「でもワシ、自分で出来るぞ」

「不死族とかに転生なさるんでしょ? 嫌よそんなの。

 ――お父様は、私の愛が受け取れないって仰るの」

あ、この低い声は……。ワシ知っとる、断れないやつじゃろ?


娘は女神の力を振るい、ワシを少年の姿にした。

「やだ、お父様が可愛い♡ 他の世代の肉体も見てみましょ」


次に、青年の姿にした。

「うわあ、黒服美形さん並にキレイな男の人だったのね。モテそうだからダメ」


その後、中年姿も「まだ色気があってダメ」とか言われての。

結局、娘の見慣れたワシの姿に落ち着いた。

娘にしてみれば、父親の肉体をどの世代にするかは、どの服にするか程度の問題なんじゃろうなあ。ワシの希望が通らない辺りも似とる。

見た目は爺、中身も爺という、不老不死としよりではあるがの賢者の出来上がりじゃ。(娘の見立て)



そして、10年が過ぎた。

烈火は子どもが出来なくてな。『必要なことはお祖父様(あお)が伝えてあるでしょ?』と、愛猫神官に何も言い遺さずに、逝きおった。

烈火を姐さんと慕っていた村の動物達は寂しがってなあ。中でも、母犬を亡くし、烈火に見守られていた子犬が、悲しすぎて痩せてしまってのう。

愛猫神官はこの子のことがあって、悲しんでいる場合では無かったんじゃ。

中年から老年へと歳を重ねた愛猫神官は、「村人も動物たちも、見送ってきましたが、慣れることは無いのですな」と洩らしておった。


愛猫神官に見守られ、子犬は餌が食べられるようになった。淡い茶色のメスの子犬は、瞳と鼻が真っ黒なので、「くろ」と名付けられたんじゃ。



女王が来た。例の馬車で来た。

相談したいから来てくれと頼まれたんじゃがな、ワシは住み慣れたこの書斎(洞穴・部屋)から動きたくないと断ったら、メイス片手にやって来おった。ぶたれるんじゃろうか、ワシ。

「賢者様、王妃とこの国に残されている記録を出来る限り読んでみました」

「何か見つかったかね」

見つかりませんでした」

「だから、わざわざこの村まで来たのだね」

「はい。私の国は、いえ、おそらく他国も含めて、『停滞』しています」

「お前さんはこの11年、良い女王だった。これからもそうじゃろ。だが、お前さんの限界は『停滞』を『衰退』に傾けないようにすることだけじゃろうな」


――悔しそうな女王に、ワシはこんなことを話した。

・そもそも千数百年もこの国が続いていることが異常だ

・建国王の頃と比べ、明らかに進歩したのは魔法のみだ

・戦争どころか他国との小競り合いさえない

・病は教団の神聖魔法や、ワシらの魔法で対応出来る

・ワシのように師匠について修行するか、学院で学ぶ者は例外で、大半は世襲を続けている(冒険者になる者もそれほど出ない)


「ワシのとこのイルカおるじゃろ? 魔法生命体の。ああいうのを、

 全ての民に行き渡らせることは可能かもしれん。世の中は便利になるじゃろう。

 この村のように、飢饉や疫病の恐怖から解放されるじゃろう」

「はい」

「いつかの話じゃがな。ワシは興味が持てんからの。この村で起きたことは、

 ワシの気まぐれだと思っておくれ。たまたまこの国で一番貧しい村に住み着いた。

 村人が苦しむ姿を見たくなかった。だから、求められれば力を貸した。

 しかし、女王の統治にまで手を貸すつもりはない」

「――賢者様でなくても、どなたかご紹介頂けませんか。

 宮廷魔術師としてお迎えします」

「やめておきなさい。お前さんに必要なことは、この2つではないかな。

 無力さを理解した上で良い女王で有り続けること。

 そして、お前さんの代では時間が足らんじゃろ?

 ならば王子達に、お前さんの魂と想いを伝え、育て、鍛えること」

「……また、ご相談に伺ってもよろしいですか」

「女王の統治に興味は無いぞ。

 じゃが、が訪れてくれることを嫌がるわけが無かろう。

 王妃や王子と一緒に、いつでも来なさい」


女王はやっと笑顔を見せてくれた。立場が人を作るとはいえ、この子もいい顔になったのう。



女王が帰った夕方のことじゃ。

『賢者さん、助けて』

「どうしたね、くろ?」

『お父さんが、胸をおさえてお家で倒れたの』


ワシらは愛猫神官の古びた家へ集まった。ワシとワシが呼び出した娘を運んだ後で、イルカは黒服美形に知らせたんじゃ。意識のない愛猫神官の手を、くろが一生懸命舐めておる。娘が来ているので、村長夫婦には声をかけなかった。小町魔王夫婦はたまたま留守でな。


娘が「目覚めなさい」と命じると、愛猫神官が目を開けた。

「まだ胸を押さえておるじゃないか、痛みも取ってあげなさい」

「もう、私には私のやり方があるんです!

 邪魔するなら、くろちゃん抱いてお外出てて下さい!

 ――うるさくしてごめんなさい。

 愛猫神官、あなたの痛み、少し和らいだかしら?」

「はい、女神様。――ああ、私は倒れたんだね。くろ、びっくりさせたなあ」

「その病気は、私達が人間に与えた神聖魔法の奇跡では、治せないことは分かる?」

「ええ、まだまだ生きるつもりでおりましたが、寿命ですな」

「そうね。でも、私なら寿命を延ばすことが出来る」

「女神様、私は幸せ者です。この村で一緒に働いた友人、私を愛してくれるくろ、

 そして私を導いて下さる女神様とお父上が集まって下さったのですから」

「だから、その幸せを、もっとお爺ちゃんになるまで味わったらいいじゃない。

 あお君も烈火ちゃんも、待っててくれるわよ?」


――『僕は僕に与えられた分の命を、ちゃんと使い切ったよ。

   父ちゃんが育てた僕はこうしてやって見せたんだから、

   父ちゃんも父ちゃんに与えられた命をちゃんと使い切ってね』

愛猫神官は、懐かしいあおの言葉が聞こえた。


「くろを遺して逝くことだけが心残りです。

 ですが、私は、私の課題から逃げずに生きることが出来ました。

 女神様、どうかこのまま――」


ワシの娘は微笑むと、くろを抱き上げ、「お父さんとお別れしましょうね」と、愛猫神官の顔へ近づけた。くろは必死になって、愛猫神官の鼻や口を舐める。愛猫神官は、苦しい息の中で、いつかあおに好きだと言われた笑顔を作り、くろをわしわしと撫でてやる。

誰も言葉を口にしなかった。

やがて、くろを撫でていた愛猫神官の手から力が抜け、ベッドへ落ちた。


悲しい時って、何でこんなに空が綺麗に感じられるんじゃろうな?

日が沈み、夕映えがき火のように空に残っておってな。一番星が出て、空が藍色から濃紺、そして黒へと変わるのを、ワシは眺めることしか出来なかったんじゃ。


愛猫神官を失って、村人が泣いてなあ。ご先祖様スケルトン達まで、しょげておった。小町魔王は友の臨終に間に合わなかったと怒っておった。村の面倒なことは黒服美形が相談役をしておるが、愛猫神官がニコニコと足りない部分をそっと補っていたからの。村長夫婦もショックは大きい。


――愛猫神官の代わりに、教団から派遣された神官が、葬儀を行った。



母犬・烈火・愛猫神官と、立て続けに愛するものを失った、くろはまだ子どもじゃろ? いまにも、悲しみに押しつぶされそうでな。

くろを抱いている小町魔王に、うちの娘が食ってかかる。


「ああ、もう! 見てられないのよ!! その悲しみ、消し飛ばしてあげる」

「女神様、くろちゃんに乱暴しないで下さいな。この子の悲しみも、

 この子にとって大切なものだって、分かってらっしゃるのに」

「それでも、見てられないことってあるでしょ!」

「女神様は、賢者様によく似てらっしゃるわ。

 この子は、私が血を飲ませてでも助けます。どうぞ、私にまかせて下さい」


それでも、力を振るおうとする娘を、うちの婿殿が羽交い締めにした。そして、娘夫婦を、竜化青年が「転移」の呪文でどこかへ連れ去る。お前たち、強くなったの。

さすがに娘も、ワシの部屋から義体を出してまで、再び押しかけてくることは無かった。


――くろは、小町魔王に懐いた。竜化青年のことも大好きじゃ。だが、2人のことは『お姉ちゃん、お兄ちゃん』と呼ぶんじゃ。あの子にとっての、お父さんは愛猫神官なんじゃろうなあ。



ワシ自身、娘の力で不老不死になって、友を見送ってみて、黒服美形が生きてきたことの凄さを、思い知らされた。ヤツは、いったい何人、愛する人を見送って来たんじゃろうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る