第16話 骸骨村の賢者の弟子
久しぶりに、不器用少年が王都の学院から村へ帰ってきた。子らの成長は早いな。もう、この子も22歳になった。学院で磨かれ、男ぶりも上がったぞ?
村の衆が「こまっちゃんなら賢者様のとこだよ」と教えてやる。実家の姉夫婦の所へ寄る前に、真っ先に小町魔王の所へ駆けてくるんじゃ。体ばかり大きくなって、中身は子犬みたいなヤツじゃろ?
「姉ちゃんただいま!」
「あらお帰りなさい」
「爺ちゃんとイルカさんも元気?」
「ピンピンしとるわ。……どれイルカや、ちょっと黒服美形の所へ行くかの?」
「はい、賢者様」
ワシらが席を外すと――
「変ね、賢者様、用事があるなんて仰ってなかったのに。
さ、お茶を入れましょう。そこにおかけなさい」
「ねえ、姉ちゃん」
「なあに」
「僕、もうヒール履いた姉ちゃんより背が高くなったよ」
「あんな小さかった子が、こんな大きくなるなんてねぇ」
不器用少年は、ちょっとイラッとした。
「……姉ちゃん、右手貸して」
「え?」
不器用少年は、
「これまで学院で学んだことも、
これから学ぶことも、僕が身につける力は全てあなたに捧げます」
小町魔王は、弟扱いしてきた不器用少年が、ずっと何が言いたかったのか、この村で一番最後に気がついた。ドギマギしている。
「姉ちゃん、お茶はまた今度ゆっくり頂くね。実家に顔出さなきゃ」
言うだけ言った不器用少年は、実家の方へ駆けて行った。
「……あの子、学院で何を学んでいるのかしら」
ワシとイルカが部屋に戻ると、奥の部屋で小町魔王がうなっておった。何があったか、戸惑いながら話してくれてな。ワシらがニコニコ聞いていたら、「ニヤニヤしないで下さい!」って怒られてなあ。
「魔法のことなら、ダンジョンに潜るより爺ちゃんに習った方が早いよね?」と、不器用少年に弟子入りを頼まれておった。ワシは自力でガーゴイルを造れるようになることを課題に出した。最初は子どもの粘土細工みたいなの造ってたんじゃが、しばらくすると、ゴーレムみたいなどでかい魔法生命体を生み出せるようになっての。
じき、「転移」の呪文を使いこなせるようになった。地図で座標が分かれば移動できるので、王都とこの村の行き来が便利になったそうじゃ。
不器用少年は、夕方ちょこっと顔を出すこともあるし、週末に遊びにくることもある。転移の呪文を覚えたことで、ちょくちょく顔を出すようになった。
「姉ちゃんの好きな銘柄の口紅、新色出てたよー」
「あら、ありがとう。これ高いでしょ、出させて」
「受け取ってよ。爺ちゃんのおかげで、
もう学費と生活費を黒服美形さんに負担して貰わなくても、
自分で稼げるようになったんだよ?」
「学費と生活費を自分で稼いだなんて聞いたら、余計受け取れないわ。
自分のために使いなさいな」
「だから僕が僕の大切な人に喜んで欲しくて使ったんだから、
自分のためでしょ? 間違ってるかな」
小町魔王が、あうあう言っておるうちに、「使ってねー」と不器用少年は立ち去ってしまう。娯楽の無い村じゃからの、村の衆は「プレゼントね」「前はお花が精一杯だったのに、成長したねえ」「こまっちゃん、不器用少年来ると調子狂うよね」などと、見守られておる。
不器用少年は村の子達にも土産を配り、姉夫婦の所の姪っ子甥っ子達にも何か渡し喜ばせてやっておった。
そんなある日、ご先祖様スケルトン達が寝起きしている長屋で、話をまとめた不器用少年がワシの所へやってきた。要点は――
・木彫りの人形、ショール、壁掛け等、商品になる物がある
・ご先祖様達に「これ売れるけど欲しいもの無いか」と尋ねたら、「村の暮らしの足しにしなさい」って言われた
・王都にある民芸品店に取り扱いを頼みたい
「爺ちゃんはどう思う?」
「売り物になると、スケルトンたちが頑張りすぎて、疲れてしまわんか?」
「それは僕も気になって確認してきた。日向ぼっこしたり、
ぼーっと景色を眺めたりもするから、疲れるほど根を詰めないって」
「では、お前の思うようにやってみなさい」
不器用少年は姉夫婦(村長)と黒服美形に話をつけると、王都の民芸品店の店主を「転移」の呪文で村へ連れてきた。村長夫婦や黒服美形と挨拶を済ませた店主を、ご先祖様スケルトンたちの長屋へ案内する。
「骸骨村とは聞いていましたが、なんとまあ、穏やかなスケルトンたちですなあ」
「僕らのご先祖様だからね。あ、店主さん、そこに商品まとめてあります」
店主は熱心に品物の出来を確認しておる。スケルトンたちは興味ないようで、いつもどおり日向ぼっこしたり、子どもと遊んだりしておった。
「これは良いものです。売れます、いえ、売ってみせます」
店主がそう言うと、不器用少年は「ね、言ったでしょ」と誇らしげにしておる。こうして村の名産品が生まれた。王都への搬送と売上の回収は不器用少年が担当する。売上の管理や納税は村長夫婦が受け持った。
黒服美形は教え子が一人前になっていく姿を、眩しそうに見ておる。
不器用少年はムラがあってな。魔法の学習に集中すれば、すぐに『雲の巣』を使える程度の力はあるのだが、得意な術はすぐ身につくのだが、興味のない術は覚えん。歯がゆい気持ちもあるが、ワシのように人生を全て捧げる必要もあるまい?
所詮、魔法も剣も道具にすぎんからの。
「姉ちゃん姉ちゃん」
「なあに」
「姉ちゃんは、爺ちゃんとこのお婿さんの勇者さんみたくバッキバキに鍛えた体と、黒服美形さん程度の筋肉の付き方、どっちが好き?」
「何なのその2択」
「バッキバキに鍛えてから、マッチョはちょっと……。
ってなっても悲しいから、姉ちゃんの好みを聞いとこうと思って」
「そ、そんなの知りません!」
「えー、好みとか無いの?」
ちょっと赤くなった小町魔王は、気まずくなって宿の自分の部屋へ逃げ込んだ。
村の衆は「好みに切り込んだぞ」「こまっちゃん、ちょっと赤くなるの珍しい」「あら、あの子、本を読んで赤くなったりしてるわよ」「何それ超見たい」等と、盛り上がっておった。
――「あなた好みの男になりたいです」って言いたかったやつじゃろ、これ。
そんなある日、『雲の巣』経由で、新着が届いた。師匠からじゃ。
『元気にしとるかー。ワシはすこぶる元気じゃ、不死族の体はいいぞう。
最近、遺跡で面白い物を見つけたから、そっちに送った。好きにせい』
――こんな直送ツブヤキを送ってきおった。
ワシの部屋の前に、ヤバそうなものを封印した、デカい岩が置いてある。
『お師匠、ワシんとこにいらない物を送りつけんで下さい』
……師匠、返事よこさん。送り返してくれようか。
仕方がないので調べてみた――
・岩の中には凶暴なドラゴン種の亜人が封じられている
・「殺し合いこそ我が喜び」と言っており、話にならん
・ここに置いてあると邪魔だ
・何かあった時に村に被害が出る
・他の場所へ移すのも問題がある
村長(情熱女房・元村娘)は、被害が出る前に滅ぼして欲しいと言う。ワシは気が進まないが、村長が言うことは理解できる。黒服美形や愛猫神官は穏便な方法は無いものか、知恵を絞っておる。そこに、「転移」の術で不器用少年が戻ってきた。
事情を聞くと「僕にやらせて欲しい」と言う。
姉(村長)が「子どもが口を出さないの」と諭すと、「たぶん、この問題なら僕が一番上手くやれるよ。それに、何かあっても、ここには爺ちゃんたちいるから大丈夫でしょ?」と、姉の肩をぽんと叩き、ワシらを見回した。
不器用少年に任せることにしたんじゃ。
「ねえ、竜の人、聞こえますか」
『ほう、この村は竜族の言葉を操る者が、他にもいるのか』
「そのまま封印されていても物騒だし、
退治しちゃおうかって話になってるけど、竜の人はどう思う?」
『極めて不愉快だ。脆弱な人間ごときに殺されるとは。
だが、封印されて身動きが取れぬ以上仕方あるまい。
負けて封印された我の落ち度よ』
「封印を解いてあげたらどうしますか」
『四肢をもがれ、この首を切り落とされてでも、お前たちを喰らい尽くしてくれる』
「だよね。じゃあ、それ以外の選択肢を考えてみようか」
『ふむ』
「僕があなたを受け入れます。封印を解く代わりに僕と融合すればいい。
自由にどこへでも行かれるし、風を感じたり、美味しいもの食べたりできるよ」
『我を喰らうというのか? 身の程を知れ』
「僕があなたに、あなたが僕になるだけだよ。この世界で生きていくなら、
あなたから見て脆弱な人間の体も、なかなか便利だと思うよ?」
――三日三晩、高熱を出して寝込んだが、不器用少年はドラゴン種の亜人との融合を果たした。封印する対象を失った岩は、サラサラと崩れて塵になった。
不器用少年の意識が戻った。
村長夫婦と交代で看病していた小町魔王は、安堵した。だが、無邪気な顔で微笑みかける少年の姿に腹が立つ。病み上がりの不器用少年を、私達がどれだけ心配したと思っているの? と睨みつける。
「どうして、あんな危ないことをしたの?」
「だって、うちの姉貴達は、竜の人を殺すつもりだったじゃない。
出来ることがあるのに、見過ごすのは違うと思ったんだ」
「……私は、この村の人や、あなたの体の方が大切です」
「2択にしないで、全部を選んでもいいじゃない。それにね」
「それに?」
「姉ちゃんにふさわしい男になるなら、竜の人の1人くらい、
ねじ伏せてみせなきゃ、かっこつかないでしょ?」
小町魔王は不意打ちに照れて、言葉に詰まる。
不器用少年は身を起こし、小町魔王へついばむようにキスをした。
「予約。もっといい男になって、あなたの所へ帰ってきます」
固まっている小町魔王を残して、不器用少年は心配をかけた姉夫婦達のところへ元気な顔を見せた。ワシの所へも挨拶に来た。
「厄介なことをやらかしたのう」
「やっぱり?」
「お前の魂が弱ければ消し飛んで、
今頃、あのドラゴン種の亜人に体を乗っ取られておったじゃろ。
それに、心身を融合したことで、
おそらくお前は『竜化』が行えるようになっておる」
「うん」
「お前が
「だから安心して融合したんだ。もちろん、そんなことにはさせないよ。
だって、王都には学院だけじゃなくて、ダンジョンがあるんだから」
ほどなく、竜化青年(元・不器用少年)は、装備・携帯食なしでダンジョン最下層のソロ踏破をやってのけおった。あのダンジョンのきつさを理解している、女王や多くの冒険者に祝福されたが、本人は涼しい顔で、学院生活を続けておる。
小町魔王は「尻尾生えてきたらお揃いよね」などと、独り言を漏らすようになったんじゃが、あんまり話すと怒られるからのう、自重することにしようかの。
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