第15話 王女の恋、王女の結婚

「あの、小町魔王様はこちらにいらっしゃいますか?」

みたいな娘が、おずおずとワシに声をかけてきた。

この子も王族用のでかい馬車をワシの部屋前に乗り付けておる。ワシ知ってる、庶民感覚とか分からんのじゃろ?


「王女さんかね」

「はい」

「そこに座って待っておいで。今、助手のイルカが呼んで来るからの」


ほどなく、小町魔王がイルカに連れられてきた。

「あら、可愛い。初めまして王女様」

「あの、これ旅の神官様(※賢者の娘)から頂いた紹介状ですっ」

小町魔王が紹介状に目を通す。


「……賢者様、ちょっと」

「ん?」

ワシは小町魔王に引きずられて奥の部屋へ連れて行かれた。

(女神様が、あの子のこと私に丸投げして来たんですけど)

(またあいつか!!)

(話し相手のお友達ってことですから、喜んでお引き受けします。

 でも、しばらく村に逗留するでしょうから、調整お願いいたしますね)

(うむ)

ワシらは小声で相談を済ませた。小町魔王は、王女の服装がよそ行き過ぎて村で目立つので、動きやすい服(でもお高いヤツじゃな)を出して、奥の部屋で着替えさせておる。

さて、どうするかのう。国王に十分説明せずに出てきておるじゃろうから、これ、問題になるよな。ワシは黒服美形に丸投げし、領主の館へ向かわせた。頼んだぞ、先陣青年。「王女様の家出とか、勘弁してよぉ」って、やつが文句言いつつ、国王へ説明してくれるじゃろ。


王女は小町魔王の宿に住んでいる。

「ちょ、王女ちゃん、焦げてる焦げてる!!」

「待って待って、火傷してるじゃない!!」

「包丁の持ち方は、短剣と違うのっ」

何もせずに泊めて頂くのは申し訳ないと、手伝いを申し出たんじゃが、ほら、王女って箱入り娘じゃろ? 身の回りのこと、それこそ入浴から着替えまでお付きのものがしてくれるわけで、料理とか出来るはずないわな。控えめに言って、宿の台所は阿鼻叫喚じゃった。


……犬たちは「今日のご飯は頂きましたから」と丁寧に断り、村でこれ食べられる者が誰もおらんでの。とうとうワシのところに出前されて来た。もう冷めてるし、焦げてるし、なんか紫色だし……。毒が無いことは確認済みじゃが、食べるの勇気いったぞ? ワシは魔力を獲得する過程で、。香りとかは楽しめるから飴玉舐めたりするがな。そんなワシでも、えずきながらじゃないと食えんぞ、これ。

「【王女の】……………【飯がマズイ】」


王女は小町魔王とおしゃべりしたり、村の様子を眺めたり、暇そうにしていたスケルトンにダンスを教えて踊ってみたり、イルカに恋愛小説を出して貰ってドキドキするなどして、村の暮らしを楽しんでおった。



ある日のこと、泣きはらして目を真っ赤にした王女を、小町魔王が連れてきた。

「またお前か」

「違うわよ!! 話くらい聞いて下さい」

「小町魔王様は悪くないんです、私がいけないの」

王女が言うには――

・親身になって話を聞いてくれる小町魔王に恋をした

・イルカが出してくれた恋愛小説に女性同士の恋物語があってドキドキした

・勇気を出して告白したが断られた

・兄や姉達は政略結婚している

・自分も世継ぎを生むよう育てられた

・先陣青年さんならと思っていたが、よく考えたら彼が好きなわけではなくて、

 彼ほどの人物ならというだけだった

・自分は男の人と性的な関係を持つのは嫌だ(女性が好きだ)


「泣いてるのは、小町魔王に失恋したからなんじゃな」

王女が頷く。

「この子は私の友達です。でも、私は同性を性的に見ることできません。

 彼女の人生を引き受けことはできないわ」

王女がしょんぼりしとる。


「王女さん、あの城に居ては、失恋の一つも出来んじゃろ?

 お前さんのしたくないことは聞かせてもらった。

 では、今度はお前さんのしたいことを話し合ってみんか?」

王女は自信の無さそうな様子で、それでもやっと笑顔を見せてくれた。


村の衆は娯楽ないからな。「こまっちゃん、王女様振ったらしいぞ」「もったいねえええ」「王女ちゃん、良い子なのにねえ」等と、噂はすぐに広まる。王女様は男が苦手らしいと、男衆は気を使い、女衆が「なんとかなるさね」って励ましておった。イルカは「王女様好みの本を出したのがいけなかったでしょうか」と落ち込んでおった。小町魔王が「イルカちゃんは悪くないわよ」って慰めとる。


そうそう。王都の学院で学んでいる不器用少年は、筆まめな男でな。直接会って話すと言葉足らずなんだが、王都の暮らしを生き生きと小町魔王へしたためてよこすんじゃ。「毎日楽しいです。美味いもの食べたり、綺麗なものを見たりするたびに、今ここに姉ちゃんがいてくれたらって、僕はいつも思っています」と書いてよこすらしい。ラブレターがまた来たかって、ワシは助け舟を出すんじゃが、小町魔王は「からかわないでくださいな。あの子は、新しい暮らしの中で、この村が恋しくなったのでしょう。じきに、同世代の子を好きになりますよ」と、相変わらず弟扱いでなあ。


さて、王女の話に戻そう。

ワシは娘夫婦を呼び出した。

良かれと思って紹介状を書いた娘は、斜め上の展開に頭を抱えておる。

娘は放置し、ワシは娘婿にたずねる。

「王女は自信が無くておどおどしておるが、

 あそこの家系は建国王が優秀な神官戦士だったこともあり、

 神官戦士としての基礎は出来ている。

 メイスをふるい、盾を構え、初級神聖魔法を使う程度じゃ」

「それはいい。Lv5程度までは身についてる感じですね」

「じゃろ。王女が何を選ぶにしろ、

 あの子がしたくないことを払いのけるには力が必要だ」

「分かりました。会ってみましょう」


・君が望むなら、私達夫婦は、君の人生を切り開く力を得る手助けが出来る

・短期間で力を身につけるために、かなり無茶な教え方をする

・規格外である自分や妻と鍛錬をすると、初級神官のあなたは何度も死ぬことになる

・耐えられるか?


王女は同席した小町魔王の手を握りしめながら、娘婿の話を集中して聞いておった。要は「弟子に取る。俺たちと来るか?」って話じゃよな。


「私達の祖先と違い、今の王族は『蘇生』の奇跡さえ起こすことは出来ません。

 私が勇者様や奥様のようになれるか分かりませんが、挑戦したいです」

王都のダンジョンに潜るわけじゃから、王女が行くと目立つじゃろ? 王女は小町魔王に長い髪を短く整えてもらい、旅の神官に見えるように装備も整えた。



――王女がカンストした。

最初は、モンスターを見ては悲鳴を上げ、トラップに落ちては泣き、うちの娘によしよしされてたらしいんじゃがな、メチャクチャ筋が良かった。

王女は主神の教団に属しておるから、上級の神聖魔法になると娘の教団では扱わない神聖魔法も出てくるのだが、そういうのも覚えおった。

うちの娘婿は、あらゆるモンスターを剣と魔法でなぎ倒し、最下層までソロで潜る。

弟子の王女は、「敵意解除」という高位神聖魔法を使ってソロで最下層まで潜れるようになった。神聖魔法が効かなければ、だけじゃな。


婿殿が嬉しそうな顔で、カンスト王女を連れて帰ってきた。

「やあ、私達夫婦が手伝ったとはいえ、ここまで育つとは思っていませんでした」

「お前たちがダンジョンでどう過ごしたかは、娘から聞いておるが、無茶したのう。

 だが、今の王女なら『建国王の再来』というか、実質建国王も抜いたじゃろ」

「まあ賢者様。私、邪神を封じたり、国を興したりはしていませんもの。

 まだまだ未熟ですわ」

(あなたやる気になれば封印できるでしょ……)

娘が複雑な顔しとる。でも、ヤキモチも焼かず、自分の教団に改宗させることもなく、鍛えてやったのは偉かったぞ。

王女は小町魔王に「お姉さま会いたかった」と、抱きついておる。まだ、甘えたくなることはあるようじゃが、ダンジョンでうちの娘婿たちに鍛えられた王女は、もうみたいな様子は無い。うむ、これならいけるじゃろ。



王女は主神の教団へ向かった。骸骨村(寒村)で遊んでいたはずの王女が、カンストした神官戦士として現れたわけじゃから、教団長達の驚きようといったらな。お前さん達にも見せたかったぞ。

王族の信仰が形骸化し、蘇生の神聖魔法も使えないことは教団長らも知っておったから、王女の努力を喜んで受け入れた。


顔の広い先陣青年の紹介で、図書館長の補佐をしている5つ年上の美しい娘と、王女は友達になった。図書館長の補佐は、男に興味が無く「二次元があればいい」と、仕事をこなしてる子でな。王女がときめいた小説の話をしたり、自分の恋愛観を話したりするうちに、すっかり意気投合した。そして、王女は彼女と結婚の約束をした。


王女は教団を後ろ盾に、王と話し合った。


・跡継ぎとして自分は女王になる

・結婚相手は自分で見つけた

・認めて下さらないなら私はこの家を出る

・私と彼女の結婚を認めて下さるなら、兄や姉が子沢山なので、養子をお願いする


「王女よ。私は、自分の生きてきた世界でしか、幸せを理解することは出来ない」

「分かります」

「同性婚は、主神や豊穣神の教団には無い概念じゃな。愛の教団のみ認めている」

「ええ」

「だが、王は子孫を残すことだけが仕事ではない」


そう言うと、国王は父と対峙している王女を、優しく抱きしめた。

王女だけに聞かせるように、囁くようにゆっくりと言葉を続ける。


「もし建国王が私をご覧になったら、平和ボケした子孫に見えるだろう。

 私はお前の努力を思うと、己が恥ずかしい。――私はお前が愛おしい。

 つい最近までのお前は、優しいといえば聞こえがいいが、

 いつも私達の後ろに隠れているような子だった。

 それが、今はこうして力と自信を持って、私に言いたいことを言えるまでに

 育ってくれた。私はとても嬉しいのだよ。

 お前の選んだ方を、私に紹介しておくれ」


図書館長の補佐は国王に気に入られた。博覧強記な娘で、国王の好きな戦記物の話も滅法詳しくてな。ほどなくして、王女の結婚式が盛大に開かれた。花嫁2人じゃからの? 国王は娘たちの結婚を祝福すると、退位を発表した。

王女は女王に即位した。

王妃である図書館長の補佐は、王家から図書館へ通ってこれまで通りの仕事をしておる。そして、女王の家庭は、兄夫婦や姉夫婦のところから、幼い男の子を2人養子に迎えた。



結婚式の話題も落ち着いた頃、女王一家が村へ遊びに来た。

男の子たちは、スケルトンをまじまじと見たり、イルカに乗せてもらったり、烈火と追いかけっこしたりしておる。


「ねえ、お姉さま」

「もう諦めたけど、その呼び方はやめてくれないのね」

「だって、私の人生を変えるきっかけを下さった方だもの。

 お姉さまがいなければ、私はあの人と連れ添ったりできなかったわ」

「あなたは頑張ったもの。幸せでいてくれるのは、友達として嬉しいわよ」

「でもね、『疾風』とか『鮮烈』とかならいいけど……」

「あー」

「建国王の再来って評価されたのは嬉しいけど、

 ってひどくない?」

「みんな、あなたのメイスさばきを見て、ドン引きしてたわよね」

「カンストした神官戦士って、こんななんだけどなー」

戦棍女王は、不満げに拗ねた顔しておったが、大きく伸びをすると「さて、どんな国にしていこうかしら?」とつぶやいたんじゃ。



戦棍女王の国へ行けば同性婚も認められると、駆け落ちしてくる若者が出た。優秀な人材も祖国を捨ててしまうじゃろ? 他国も若者がそうせずに済むように、考えたらしいな。ま、それは別のお話じゃ。

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