第14話 烈火の冒険

「俺、必ず(あなたのところに)帰ってくるから!」

「この村も、私達もどこにも行きませんよ」

「約束だよ」


不器用少年は涙をこらえて小町魔王とこんなやりとりをしておった。黒服美形の教え子では、この子も出来が良くてな。王都の学院へ行くことが決まったんじゃ。小町魔王はの門出を、ニコニコ見送っておる。

(ワシや村人は、不器用少年が何を言いたいか分かるんじゃが、こやつは……)


その頃、王都では。

うちの娘(元邪神・現女神)が、王女の部屋におってな。娘婿と一緒に、各地でモンスター討伐という名の新婚旅行を続けておるんだが、旅の途中に立ち寄ったらしい。

「女同士の話ですから」と、娘婿は放っておかれた。兵士達に乞われ、ダンジョンを使って鍛えるコツ等を教えておる。


「そうよね。王女様も、友達欲しいわよね」

「ええ。お話をする相手はいるのですけど……」

「あなたを王女扱いしない人がいいんでしょ?」

「はい。それぞれの役割を思えば、贅沢な願いですけれど」

「寒村の賢者は知ってるでしょ?」

「お父様から伺っています」

「あの村に、小町魔王って子がいるの。

 権威とか一切気にしないから、会ってみたらどうかな?」

娘が用意してやった紹介状を受け取って、王女は明るい笑顔を見せた。



不器用少年を見送ってワシの洞穴(書斎・部屋)へ帰ると、イライラしてるのか、せっせと毛づくろいしている烈火がおった。助手のイルカは、そのあたりをふよふよ漂っておる。

「烈火、また何かあったのかね」

『賢者さん、人間のオスって、男の子の頃はいい匂いするのに、

 どうして大人になると臭くなるの?』

「臭いか? ワシも嗅覚を拡大することあるが、気にならんぞ」

『賢者さんは、脂っぽいにおいはしないわ』

「うむ」

『でも父ちゃん足臭いのよ!!!』

「そうなのか?」

『父ちゃん以外にも、うっかり村の男衆の足のにおいかいじゃって、

 私、ポカーンって固まることあるんだから』

「ああ、お前らは、たまに面白い顔するよな」

『面白くありません!!

 父ちゃんなんて呑気に「ハッハッハ、あお君もそんな顔してること

 あったんですよ」なんて言うんだけどさ、!!!!』


烈火が毛を逆立てておるので、うちのイルカが村の女衆の意見も聞いてみた。

「そういえば臭い」

「あまり気にならない」

「足って臭いものかと」

……など、意見は様々じゃった。

愛猫神官は「気にしたことは無いですが、たしかに脂っぽいかも。烈火ちゃんに嫌われるのは困ります」って言っておる。


結局、烈火にどうにかしろって頼まれたのはワシじゃから、領主の街から強力石鹸を買って、男衆に足を念入りに洗わせた。

以来、うちの男衆、石鹸の匂いさせとるからな。花のようないい香りするぞ?


で、話を戻すと、『人間のごはんを盗み食いするのは、お互いに良くない』とも言ってきおった。そうじゃな、人間の食べ物は味付けも濃いからな。

この件は、村長(情熱女房・元村娘)と相談し、王都で貴族が猫に与える餌をこの村も買うことにした。貧しい村には大きな出費じゃ。足りないところは黒服美形が出しておる。

(愛猫神官は、金に無頓着なので、こういう時役に立たんな。ちなみに、村の犬達の分も買ったぞ。もともと盗み食いしておらんかったが、家族の残飯を貰ったり狩りに行かなくても餌が貰えるようになり、喜んでおる。犬たちは義理堅いので、猫と喧嘩することがあっても、烈火だけは「姐さん」と敬っておる)


・猫に盗まれると人間も困る

・人間の食べ物は猫の体に良くない

・これからは決まった時間にご飯をくれる

・お腹いっぱいでも、ネズミは取ってあげること


村長と烈火が話し合って決めた内容を、村の猫たちに烈火が周知した。猫達は「烈火姐さんが言うなら」とか「ごはん貰えるなら」と従った。

「足臭いのよ事件」や「盗み食いやめましょう」等もあり、村長は烈火と仲良くなった。



そんなある日のことじゃった。「最近、村の墓場で物音しない?」と村で話題になってな。怪談とか怖いものだけは苦手な村長が、変な噂が流れるのよくない (私怖いし)って、烈火を抱きしめて村外れの墓場へ行くと……。


墓からボコッボコッと、スケルトンが出て来る。既に土から出てきて、体を払って土を落とし、暇そうにしているスケルトンもうじゃうじゃおる。「ひっ」と、悲鳴にならない悲鳴を出すと、村長は腰が抜けてその場から動けなくなった。


「ど、どうしよう烈火ちゃん。誰か呼んできて。

 あ、でも行かないで1人にしないで」

(あの骸骨たち、べつに襲いかかってこないわよね。そんな怖がらなくていいのに。でも、これ騒ぎになるわよね。ていうか、「呼んでこい、でも行かないで」ってどっちなのよもう)

烈火は苦笑しつつ、そこらにいた猫を、ワシのところへ伝言に行かせた。


それで、ワシはイルカに乗って墓場へやって来た。途中で声をかけた愛猫神官も、走って来おった。黒服美形は村長の夫(柔和亭主・元幼馴染青年)とともに、村の衆が混乱しないように声をかけて見守っておる。村長は家へ運んだ。恐ろしかったんじゃろうな、「ほ、骨が……」などと、うなされておる。


「賢者様、神聖魔法で土に返すことは出来ますが……」

「これ、ワシがこの村に来るまで土葬じゃった分だよな?

 千体はおるんじゃないか? お主の神聖魔法で、何日かかるかのう」

『ねえ賢者さん、このスケルトンの人たちは、村のご先祖なんでしょ?』

「ん? そうじゃ」

は、暴れるとか私達を襲うとか、怖いことしないじゃない?

 何で、父ちゃんは土に返すことを考えるのかしら』

「むう? 愛猫神官よ、烈火がこう言っておる」

「不浄の生き物とされておりますからな。

 とはいえ、烈火ちゃんの指摘は柔軟な発想だと思います」

『父ちゃんデレデレしないの。

 賢者さん、とりあえずそのスケルトンの人たちの話を聞いてあげてよ。

 私も父ちゃんも出来ないから』


ワシは十数人のスケルトンと話した――

・何故か、こうなっていた

・とくに思い残したことは無い

・飢え乾きは無い。子孫を襲うなどとんでもない

・体は不思議な力で動くが発声が出来ない(音は聴こえる)

・読み書きの出来る者は村長など限られた者だったが、私達は記憶が欠落しているから、筆談することもできない

・記憶の欠落の影響で、自分が誰か分からない

・村は懐かしく感じるが、誰が自分の子孫なのか分からない


――とのことでな。

愛猫神官「不憫な……」

イルカ「1000体は多いですよね」

烈火『私はお祖父様がこうなったら、優しくしてあげたいな』


ワシが説明すると、それぞれこんなことを言っておる。

ああもう、ワシがじゃろって目でこっちを見るんじゃない!

どうなっても知らんからな。


ワシは、スケルトンの一団に、そのあたりでくつろいでいるように頼み、村の衆や黒服美形のところへ向かった。烈火はイルカに乗って着いてきた。愛猫神官は、念のため墓場に残っておる。


「……というわけで、お前たちのご先祖ではあるんじゃが、

 記憶がはっきりしておらんので、自分が誰かは分からんそうなんじゃ。

 お前たちが子孫であることは分かるので、害意は無い。スケルトン1000体、

 しばらく村に置いてやってくれるか?

 気が済んだ者から、愛猫神官が神聖魔法で土に返す」


気味悪がっていた村の衆たちじゃが、ほら、ここ娯楽が無いし、ワシやら、黒服美形やら、小町魔王やら、規格外の者に慣れておるじゃろ。

「ご先祖様じゃ、仕方ないよね」

「何か問題起きても、賢者様いるし」

「うちのお母さんも混ざってるかもしれないし」

「そう、それ」

――というわけで、村の人口が一気に増えた(スケルトンで)。

黒服美形が頭抱えてるのを、村長の夫が慰めておる。


村の衆に話はつけたから、好きにしていいぞとスケルトンに伝えた。スケルトンたちは、懐かしい村へと帰って行った。


日向ぼっこするやつ。

頭蓋骨を外して、子どもをあやすやつ。

村仕事を黙って手伝うやつ。

村の衆と意思の疎通を試みようと、身振り手振り頑張るやつ。

縫い物や織物がやたら巧みで「あれ、うちの婆様では」「でもお婆ちゃんの縫い方と少し違うから、もっとご先祖様かも?」などと、村の衆の話題になる者。

村の変化が面白いのか、村を見物して歩く一団。


ざっくり言うと、スケルトンはを、のんびり楽しんでおった。


気が済むと、愛猫神官の神聖魔法で土に返してもらうやつもおるが、まだ980体くらいおるな。領主の先陣青年も「マジかよ……」って、見に来て絶句しておる。そりゃ、故郷がスケルトンだらけになれば、そうなるわな。他の村から苦情が来てもいけないし、国王が討伐隊の神官団を送り込んでもいけないので、調整に奔走した。

「ご先祖様たちを、この村から出さないでね、爺ちゃん!」

あいつ、さりげなく、ワシに仕事を振って行きおった。



ワシが部屋に戻ると、娘がおずおずと壁から出て来おった。

「あ、あのね、お父様」

「あれはか?」

「違うの。違うんだけど、そうなのかも」

「説明しなさい」

「私、昔は邪神だったでしょ。暗黒教団の頃は、

 アンデッドモンスターを生み出したりもしてたみたいなの」

「それは知っておる」

「今は興味無いけど、能力自体はあるみたいなの」

「ふむ」

「お父様とおしゃべりしたくて、ここに出入りしてるじゃない?

 お墓で寝てた子たちに、影響与えちゃったかも」

「うっかり、1000体スケルトン作ったと」

「だから謝りに出てきたんでしょ!! そんな怖い顔なさらないで」

「娯楽の少ない村じゃし、スケルトンが村仕事手伝ってくれるし、

 村長以外は気味悪がっておらんから、構わんぞ」

「あら、元に戻しなさいとか仰らないの?

 1000体を土に返すのは、愛猫神官苦労すると思うけど」

「あんなに穏やかで幸せそうなスケルトンを、本人の希望も聞かずに土に返すとか、

 気の毒じゃろ。っていうか、村の衆に反対されるわ」

「お父様がそう仰るなら。でも、困ったら呼んで下さいね?」

「お前、無意識に力を垂れ流して、

 余所よそでもこういうことやっておらんよな?」

「してないもん」

娘は膨れると壁の向こうに消えおった。やれやれ。



先陣青年(元思春期少年)が調整したおかげで、この国だけでなく、他の国でも、土葬が禁じられ、火葬を行うことが徹底された。

「寒村」とか「賢者のいる村」とか呼ばれておったが、最近は「骸骨村」と呼ばれるようになったらしい。うちの娘が、また迷惑かけてすまんの。



スケルトンたちが村に馴染んでしばらく経った。

猫好きのスケルトンの肩に乗って、烈火が遊びに来た。

『賢者さん。もしお祖父様だったらって思って、あんなこと言っちゃったけど、

 これで良かったのかな』

「烈火は困ることあるかね?」

『ないわ。猫達だけじゃなくて、村の動物も可愛がってくれるし、

 人間の子どもたちの遊び相手もしてくれるし、賑やかで楽しいわ』

「村長も、スケルトン克服したしな」

『そうよね。腰抜かしてたのに。寝床からムクッて起き上がって、

 スケルトンと交流して「慣れた」って言ってのけたもの。さすが私の友達よね』



「ご先祖様が雨に濡れたり、夜は地面で寝ているのは気の毒すぎる」と村の衆に頼まれて、小町魔王が長屋を大量に作ってやってたが、まあ、それはまた別のお話じゃ。

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