第13話 国王まで来るとは
国王が馬車で来た。
暗殺されてもいかんし、護符を与えておる。近衛兵を連れずとも身の危険は無い。だが、ワシ知ってる、これあとで側近からワシ宛に文句がくるやつじゃろ?
お忍びのつもりでも、目立つ馬車じゃよな。みじんも忍べておらんわ!
ワシの客間で、王が村長夫婦に泣きついておる。
先陣青年(元・思春期少年)に、「息子にならんか?」って水を向けたんだが、断られたそうでな。
「あら、王様。王の頼みを断るなんて、見どころあるじゃありませんか」
「見どころがあるから、こうして頼みに来たのではないか」
王は村長夫婦にこんなことを話してな――
・後継者の末娘の婿に来て欲しい
・この10年、先陣青年が育つ姿を見ていたがじつに好ましい男になった
・「心に決めた人がいる。自分はリーダーよりも補佐が向いている」が断りの理由
といったことで、先陣青年は丁寧に断ったらしくてな。黒服美形やワシにも泣きついて来おったが、相手をしなかったら、今度は村長夫婦のところにやって来おった。
「あの子の師である黒服美形さんや賢者様が動かないのに、
私達夫婦に何ができましょう」
「この村に便宜をはかることはできるぞ」
「あの子の将来を売るくらいなら、私たちはこの村を畳んで出ていきます」
「君は言葉が過ぎるよ」
黙って聴いていた柔和亭主が、妻を静かにたしなめる。
「王様、私も妻と同じ気持ちです。先陣青年は、王家に入らず、
自分に向いたやり方でこの国を支えたいと考えているのですよね?
王様の言いなりにならない者が、外から王家を見守るという忠誠のあり方も、
私には意義深く思えるのです」
「大人げないことを言ってしまった。申し訳ない」
「まあ、何について謝ってらっしゃるのかしら。私、何も覚えておりませんわ。
それより王様、せっかくいらしたのですから、この領内で一番貧しい村の
静かな暮らしを、ご覧になって下さいな」
村長の情熱女房(元・村娘)は、誇らしげに王を村へ案内した。その後を、夫がついていく。王の豪華な馬車がそれに続く。
「……お忍びってなんじゃろうな」
「お調べしますか?」
うちのイルカ、最近、冗談を覚えてな……。
やれやれと思っておったら、猫が来た。うっすら茶の入った灰色に淡い縞のある、若い猫じゃ。あおの孫娘じゃな。
『賢者さん』
「なんだね」
『父ちゃんが私のこと「姫ちゃん」って呼ぶのヤなの』
「可愛い呼び名ではないか」
『私はお姫様じゃないもん。お祖父様は、瞳の色から名前をとったはずよね』
「そうじゃな」
『なら、私も色からつけてほしいな』
この子は、あおを亡くして弱っていた愛猫神官のところへ、『ネズミやトカゲ持ってっても、人間は食べないし、私が一緒に暮らしてあげた方が早く元気になる』って考えたらしくてな、勝手に愛猫神官の家に居着きおった。『いつまでもメソメソしてると、お祖父様が心配するわよ!』と引っ掻いたりして、この子なりのやり方で愛猫神官の痛みに寄り添っとるんじゃ。
「烈火はどうかの?」
『火の燃え方のことでしょ?』
「お前気が強いし、炎も色は含んでおるじゃろ?」
『その皮肉気に入ったわ。その呼び名がいいって父ちゃんに伝えて下さる?』
「ちょっと待っておいで」
ワシは短い手紙をしたため、烈火に渡してやった。烈火は礼を言って、嬉しそうに走って行きおった。若い頃のあおと、走り方がよく似ておる。
「爺ちゃんこんにちはー」
先陣青年(元・思春期少年)が、領主の娘を連れてワシの部屋へやって来た。今日も来客多いのう。来客慣れした隠遁生活は間違っているだろうか?
「国王来てるぞ。行き会わなかったか?」
「え? いらしてるの。そういえば、今日は村が賑やかだよね」
「で、そちらの女性はどなたかな」
「領主のお嬢さんです。学院の同窓なんだ」
「賢者様、初めまして」
王都での暮らしなどを聞かせてくれるんだが、先陣青年は何をしに来たんじゃろうな?
「話の腰を折って悪いが、こんな遠くまで娘さん連れて来たのはなぜじゃ?」
「あ、あの。先陣青年さんからプロポーズされて……」
「ほう」
「でも、王様が末娘の王女様の婿にと望まれていたの知っていますから」
「だからその話は断ってあるって」
「断る神経がどうかしてます! それに王女様は素敵な方よ?」
「待て待て。その話題なら、愛猫神官とかが適任じゃろ?」
「愛の教団の神官さんは王都にもいるけど、王都に爺ちゃんはいないからね。
昔から、困ったら爺ちゃんとこ来てたしさ」
先陣青年は涼しい顔しとる。人生相談ならイルカに頼みなさい。
「『10年一緒に学んで、僕が留学してた時は頻繁に文通もしてたし、
もうお互いの気持ち、分かってるだろ』って彼は言うのですけど……」
「僕はそのつもりなんだけど、君がそうじゃないなら悲しいな」
「違うとは言ってません」
「じゃあ、プロポーズを受けてくれるの?」
「だから、心の準備というものが」
「その心の準備は、私の馬車でいかがかな?」
「「「国王」」」
「先陣青年君のことだ、このまま領主へ挨拶に行くのだろう?」
「そのつもりです」
「私の帰り道でもある。久しぶりに領主の顔も見たい」
「実家に王様がいらっしゃるなんて、騒ぎになりますわ」
「『王の申し出を蹴って、10年の純愛を実らせた夫婦』と、
君らは有名人になるだろう。なあに、その練習だと思いなさい」
国王が悪い顔をして笑っておる。
「王様、ありがとうございます。さ、行こうよ」
先陣青年は神経図太くなったのう。「心の準備がー」って言っとる領主の娘の手を引いて、さっさと王の馬車に乗り込みおった。王もワシらに挨拶すると、馬車へ乗り、領主の館へむかえと命じた。
――その夜
国王「賛成」
領主「大賛成」
先陣青年「準備整うまで待つよ」
領主の娘「こんな場で心の準備できますか!!!」
領主の館はこんな状態だったんじゃと。
小町魔王が「直球すぎるのよ」って、笑っておったな。お前に乗り込まれてしばかれ、次は国王連れた求婚者が突撃してくるなど、領主も大変じゃ。
「お父様と王様に説得されるってどういうことなの!!!」と領主の娘が頭を抱えておったらしい。この村出身の子が、困らせて、すまんの。
結局、領主の娘は腹をくくり、先陣青年の気持ちを受け入れた。
気持ちの準備は、できたんじゃろうか?
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