第4章 鉄棍の世代と、偉業を成すもの達

第12話 「さよなら」の伝え方

時間が経つのは早いな。かれこれ10年が過ぎた。


村長は数年前に亡くなった。あいつの跡取り達は、父の背中を見ておったし、黒服美形に感化されてな。自分たちは村長の器ではないと言うんじゃ。村長は怒ったのう。だが、怒ったところで息子たちの決心を変えることは出来なかった。

「私も器ではありませんが」

「私が引き受けます。あなたは私についてらっしゃい」

――ということで、元幼馴染青年(柔和亭主)と元村娘(情熱女房)が村長をやっておる。小町魔王の件があったじゃろ? この夫婦のことを知らない村の衆はおらんからの。若夫婦は黒服美形と相談しながら、よくやっておる。


元村娘の弟(坊主)が、小町魔王を女性として意識していることは、ワシらにはバレバレなんじゃ。だがなあ、愛情表現が下手なのか、小町魔王が鈍感なのか……。

「姉ちゃん、この花好きだろ。たまたま咲いてたから」と、あちこち擦り傷作りながら花を届けるじゃろ。坊主としては精一杯頑張ったんじゃ。

これ、花言葉に気付いて欲しいやつじゃろ?


「あら可愛いお花ね。私に?」

「だって姉ちゃんの好きな花だろ」

「こういうのは好きな子に渡せる子になりましょうね。男の子なんだから。

 でも嬉しい。ありがとうね。さ、怪我の治療しましょう」


こんな感じで、相変わらず子ども扱いでなあ。娯楽のない村じゃから、当然、この不器用少年(元坊主)の恋も、村人一同見守っておる。ていうか、これ、告白まで行くのか?


この村の出世頭になりそうな、思春期少年は、王都の学院で認められ友達もでき、この10年で他国の学院でも学んできおった。黒服美形の見る目は正しかったのじゃな。国王が末娘の婿にほしそうにチラチラ見ておるがどうなるんじゃろうな?

そうそう。思春期少年の後に、毎年ではないが、王都の学院へ進む子が出た。他の村からもそうした子が出ているようじゃな。黒服美形が、そんな話を聞かせてくれる時は、本当に嬉しそうでな。



ワシのような爺にとっては10年はほんの一瞬に過ぎん。まして永遠の命を持っている黒服美形や、うちの娘夫婦達にとってはどれほど短いことじゃろう。娘夫婦の新婚旅行は未だに続いとるからな。(時々、娘だけ壁からニュッと出てきて、娘婿の愚痴を言ってみたり、その10倍くらいのろけてみたりする。娘婿は時々、力強い字で手紙をくれる。倒しても倒しても、モンスターはいるのだな)


だが、猫にとっては長い時間でなあ。

『爺ちゃん』

「なんだね、あお」

『一昨日から、ご飯食べられなくなったんだ。たぶん、今夜僕、逝くよ』

「それがあおの答だと思ってよいのかな」


あおには以前、愛猫神官を残して死ぬことを相談されてな、ワシが出来ることをいくつかこの子に選択肢として与えてあったんじゃ。例えば、愛猫神官が死んでから寿命がくるようにするとかな。


『うん。たくさん生きて色んなことがあって、僕は十分生きたと思えたんだ』

「ワシのワガママを言うと、お前がいなくなるのは寂しい」

『僕の子どもや孫たちもいるでしょ』

「『自分は風呂に入れて貰えるが、飼われていない猫もいる。

 友達にもノミを取ってさっぱりした気持ちを味わって欲しい』などと、

 言ってくるのは、あおだけだぞ?」

『あはは。そんなこともあったね』


あおはもうお気に入りの本棚へ飛び乗ることは出来ん。ワシが抱えて、この子の気に入っている椅子へ乗せてやった。


『父ちゃんと話せるようにして下さい』

「いいぞ」


助手のイルカが、愛猫神官のところへ、すっ飛んで行き、背中に乗せて瞬く間に帰ってきた。

「賢者様、あお君の病を治して下さるのですか?」

「お前は、この村で何人看取って来たんじゃ。これ寿命だろうが」

『父ちゃん、僕恥ずかしいよ。ちゃんとして』

「あお君の言葉は、こんな風に聴こえるのですね。

 ああ、想像していた通りの、優しい声をしている」

「ワシらは外すから、2人で話しなさい」

『爺ちゃんもイルカさんも、そこに居て下さい』

「よいのか?」


あおを膝に乗せて、椅子に腰掛けている愛猫神官にたずねた。

「あお君の希望ですから、私からもお願いいたします」


『父ちゃんは、神官としてこの村でお仕事して、村の人に頼りにされてる。

 僕ら猫だけじゃなくて、他の生き物も、父ちゃんのこと好きです』

愛猫神官は、あおが別れを告げようと、残りの寿命を使っていることを理解しておる。もう涙腺が決壊しておる。あおに涙がぼたぼたかからないように、袖口で涙を拭って、頷いて聞いておる。


『僕のことになると、父ちゃんは大騒ぎしすぎます。村の人たちも、

 「今日はあお君風邪引いたって、愛猫神官様大変そうだったから、

  またにしようか」なんて、気を使ってくれているよ』

愛猫神官の顔、ぐしゃぐしゃじゃ。


『僕が居なくなっても、神聖魔法で蘇生させようとか、

 賢者様に無理を言うとかしてはいけません。黒服美形さんみたいに

 不老不死で生きられる人もいるけれど、僕がお父さんとお母さんから貰った、

 魂の形は、この十数年の僕の持ち時間でちょうどいいみたいです』

愛猫神官は何も言えず、ただ泣いて頷くばかりじゃ。


『父ちゃんは忙しいとか落ち込んだ時とか、すぐご飯食べなくなるけど、

 ちゃんと食べて下さい。僕の友達や子どもや孫たちが見てますからね。

 栄養の付くものをって、ネズミとかトカゲ持ってくるからね?

 みんなを心配させちゃだめだよ』


『僕は僕に与えられた分の命を、ちゃんと使い切ったよ。

 父ちゃんが育てた僕はこうしてやって見せたんだから、

 父ちゃんも父ちゃんに与えられた命をちゃんと使い切ってね』


『僕のために、そんなに泣いてくれてありがとう。

 でも、明日からもずっとそんな父ちゃんじゃ嫌だよ。

 カラカラ笑って、村の人たちの不安を吹き飛ばしてくれる父ちゃんが、

 僕は大好きで自慢なんだよ』


――僕は、父ちゃんと暮らせてとても幸せでした。父ちゃんもそうだったらいいなぁ


泣きはらした真っ赤な目で、でもあおが好きだと言ってくれた、いつもの愛猫神官の顔で、あおを抱きしめるとこう囁いた。

「あお君は、そんなこともなのかな?」

『えへへ。安心した』



あおは愛猫神官の腕の中で息を引き取った。

長生きをすると、気に入ったやつをこうして見送ることになる。

堪えるな。


愛猫神官は、あおが予想した通り、物が食べられなくなり、家の前にあおの子孫や友達が、せっせとネズミやトカゲを運んでおった。


「ああもう、見てられないっ」と、見かねた小町魔王が尻尾で地面をビッタンビッタン打ち鳴らしながら、愛猫神官を自分の宿屋へ引きずって行きおった。

女将たちに愛猫神官の食事の世話を頼んだ。


日にち薬とは言うが、食べたくなくなる日だってあるよなあ。もちろん、それは、村の衆もワシらも、そして小町魔王も理解はしてるんじゃ。


猫たちは宿屋へ様子を見に行ったり、やつれた愛猫神官が働く様子を静かに見守っておるが、ネズミとトカゲを届けなくても大丈夫そうだと分かってくれたようでな。

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