第11話 逃げる女神と、荒ぶる黒服美形

義父上ちちうえどうしたものでしょう」

「あの子は、『愛し方を間違えて、大切な人を苦しめた』と言い残し、

 部屋に閉じこもったままじゃなあ」

「その件を、私に話して貰えないことを恥じます。

 ただ、妻がここにいると分かったことは一歩前進です」


ワシと娘がやらかした問題は、全て方が付いたんじゃ。「1人になりたいの」と娘に頼まれて、ワシは魔法で部屋を出してやった。それから数ヶ月、入ったっきりでの。

とうとう婿殿がワシの所へ迎えに来た。


「選択の余地が無い状態に追い込まれましたから、始まりは狂ってます」

「そうじゃな」

「ですが、妻と暮らしてみて、彼女の抱える孤独や歪さ、そして優しさに触れて、

 私は妻を愛するようになりました」

「部屋から引きずり出すの手伝ってくれるか?」

「我々二人がかりでも、手強いですね。なにせ女神ですし」


――ざっくり言うと。

・Lvダウンする奇病は娘が消滅させた

・婿殿の不老不死は解除されていない

・国王の指輪は、教団と婿殿が頭を下げて返した(すまん!)

・ダンジョンは愛の教団の管理下に置かれた

・最下層の攻略も可能だが、死者を出来るだけ出さないように教団が気を配っている

・国王としては、愛の教団だけでなく主神や豊穣神の教団からも頼まれては、

 ダンジョンの破壊は行えなかった


かくして、婿殿は数年ぶりに自由に出歩けるようになったわけじゃ。ダンジョンや愛の教団等で、妻に呼びかけておったが、どうにもならず、今ここにいる。


部屋といえば、泣くだけ泣いた小町魔王は、とっくに出てきて、普通に暮らしておる。女衆から慰められたり可愛がられたりしとる。あと、元村娘・現情熱女房の弟の坊主が、小町魔王に懐いて、「姉ちゃんここわかんねえ」って黒服美形の出した課題を持って、ちょくちょく遊びに来ておる。他の子たちは、相変わらず「尻尾の姉ちゃん」と尻尾にむしり着いたりしとる。



その黒服美形なんじゃが、あいつを怒らせた馬鹿者がおってなあ。

王都の学院に村人として初めて入学した、やつの教え子は、出来が良くてな。

成績は主席のはずなんじゃ。だが、何故か貴族の息子が主席になっとる。

学院寮にも入れてもらえず下宿暮らしでのう。

その上、学院の食堂も使わせて貰えないそうなんじゃ。

王立図書館だけは他の学院生と同じように使えるそうでな。

「僕が村人初だから、扱いに戸惑うんだよ」と、思春期少年は耐えておった。

だが、そこは子どものことじゃ、数ヶ月で熱を出して倒れた。


理不尽な状況も、まずは本人に乗り越えさせようと見守っていた黒服美形は、当然その間にするよな?


――学院長に面会したい。

どでかい嵐は、冷たく静かに学院へ訪れた。


「お時間を割いて下さってありがとうございます」

「寒村の賢者・国王・図書館長・各教団・他国の学院長等の推薦状を

 持ってこられては、会うしか無いでしょう。

 この私と戦争でも始めるおつもりかな?」

「単純な話です。私の教え子が、学院の授業についていけず挫折するなら、

 それはあの子の問題です。しかし、村人出身であるという階級の問題で

 潰されるのは、この国にとって望ましくありません」

「あの子の問題と国が関係あるかな?」

「階級と学びへの向き不向きは関係がありません。

 貴族の子弟であれ村人の子であれ、王は優秀な若者が育つことを願われています。

 村人から初めてこの学院に入学した子を階級の問題で潰すのであれば、

 あの子に続く子らの可能性も閉ざしかねません」

「そのために、あの子に便宜を図り、貴族と同じように扱えと?」

「違います。便宜を図れとは申し上げていません。

 扱って欲しいのです。

 そんなに難しいことでしょうか?」

「難しいな。椅子の数は限られている。

 そこに村人の子が座れば、貴族の子があぶれるのが道理ではないか」

「――では戦争を始めましょう」

「ほう?」

「椅子の数が限られているというなら、まずあなたの椅子を空けて頂きましょう。

 この学院は『王立図書館付属学院』です。図書館はご存知の通り、

 教団が運営資金を出し合って支えています。王・図書館長・各教団が、

 あなたは学院長として不適切だと判断すれば、

 その居心地の良い椅子から降りて頂けますね」

「そうはならん。教授らは私が探した。

 学問の世界を生きていないお主に、教授陣を見つけられるかな?」

「学院長、あなたは私に時間を与えすぎました。私の方針を他国の学院に説明し、

 話はつけてあります。どうぞご心配なく、今よりも充実した教授陣になりますよ」

「寒村の家庭教師の妄言だ!」


黒服美形は冷たい表情を崩さずに、すっと立ち上がり、扉を開け放った。

そこには、国王・図書館長・各教団長・近衛兵がいた。


「学院長よ。お前の考えは聞いた。それは私の願いを反映していない。

 王国への反逆と言いたいところだが、これまでの功績を考え、

 免職と私財の没収としよう。どこへなりと行きなさい」


黒服美形は、他国から集めた教授陣と方針を確認し、教授たちの中から新たな学院長を推薦した。国王・図書館長・各教団長はこれを承認した。



熱が下がった思春期少年は、学院寮の一室を割り当てられた。素知らぬ顔をして、黒服美形が引っ越しを手伝う。

「黒服美形さん、僕は村人出身だから、受け入れて貰えないのかな」

「私はそうは思いませんよ。

 それに、ほら、あなたと話したそうにしてる子がいるじゃありませんか」

「ああ、領主の娘さんでしょ。

 あの子は優しいから普通に接してくれるんだ」

「やれやれ。とあなたが思っていることを知ったら、

 あの子はどう思うでしょうね?」

ぐっと言葉に詰まった思春期少年は、気持ちを切り替えると領主の娘へ元気に手を振った。領主の娘は嬉しそうに、彼らに混じって引っ越しの手伝いを始めた。



さて、うちのバカ娘じゃが……。

「婿殿、本当にアレを妻にするのかね?」

「彼女以外考えられません。というか既に妻です。実家に帰っちゃいましたが」

「よし、ちょっと反則じゃが、ま、いいじゃろ」

ワシは娘に与えた部屋へ通じる扉を開き、婿殿が中に入ると、中から扉を開けられないようにした。思う存分話し合えお前ら。


そのうちイルカを通して『何であかないの!』『お父様覚えてらっしゃい!』等、娘の怒声が伝わってくるが、断固放置じゃ。

『ちょ、妻を口説くってなんなの!』『「プロポーズは君からだったから、僕が改めて君にプロポーズする」とか、真顔で言わないでええええ』と、悲鳴なんだか嬉しいんだかよく分からん状態になった。まだ放置じゃな。


最終的にはこの夫婦、仲直りしたらしい。イルカを通して婿殿が『ありがとうございます、話が終わりました。もう、逃げないで側に居てくれるそうです』と言ってよこしたので、魔法を解除して部屋から2人を出した。


「このオヤジ余計なことしやがって」的に娘は恥ずかしそうな顔でワシを睨んどるが、婿殿はスッキリした顔しとる。だいたいお前ら、しれっと手を繋いどるじゃないか。ワシ知っとる、恋人つなぎってやつじゃろ。なかよしか!


「婿殿、これからどうするのかね? この村も、もちろん歓迎するぞ」

「ありがとうございます。妻とも話し合ったのですが、この王国だけでなく、

 他国も含めて、物騒なモンスターが巣食っています。

 私と妻なら規格外ですから、どうにでもなります」

「優秀な戦士と、神官(女神)じゃもんな」

「神官のふりするのめんどくさいわ。私のままじゃだめなの」

「だめだよ」

「だめじゃろ」

あ、また膨れとる。この子も人間味が出てきたというか、婿殿と一緒にいると幼くなるのか?


娘夫婦は旅支度を済ませ、ワシらに見送られてこの村を後にした。娘の気性を理解している愛猫神官は「旅の安全を祈ります」とにこやかに送り出したのだが、愛の教団の神官たちは、そっとついていこうとして――


「新婚旅行なの! 察しなさいよ!」

って、娘にどやされておった。ほんと、うちのバカ娘が、すまんな。

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