第3章 恋人たちと、愛の確認

第10話 初恋は叶いませんか?

ワシの娘は椅子に腰掛けて足をぶらぶらさせて膨れておる。夫婦の問題に口出しするなとキレなくなっただけ、この子も丸くなったのう。


「……だって、……じゃない」

「ん?」

「好きなのは私なんだもん、縛るものがなければ、誰が私を愛してくれるの?

 こんな重い女」

「お前の愛は重いよなあ」

「力加減が分かんないのよ!」


婿殿とあのダンジョンはこんな状態でな――

・倒した敵の経験値の自乗分だけマイナスの経験値が入る病がある

・当然Lvがどんどん下がるので、冒険者としては致命的な病だ

・婿殿はこれに感染させられた(娘に)

・地上に感染拡大しては問題なので最下層は立入禁止区域になった

・ワシが国王から盗んだ指輪は迷宮最下層へ残ったまま

・婿殿は死ぬことも老いることも許されず、娘の夫になった


「ワシが後始末することもできるぞ」

「あの病気のことですか?」

「それもあるし、婿殿に話をすることも出来る。

 もちろん、国王に詫びて指輪も返却する」

「……こんな時だけお父様みたいなこと仰るのヒドいわ」

娘はプイっと壁に引っ込んでしもうた。


引き金は、小町魔王の失恋じゃった。

決断できずにいた幼馴染青年が、小町魔王を振った。

ざっくり言うと――

・パッとしない自分を好きだと言って下さったこと感謝しています。

・領主の街で倒れた時に、真っ先にかけつけて下さった御恩忘れません。

・凡庸な自分は、例え黒服美形さんのように不老不死になれたとしても、

 あなたを支える力を持つことは出来ません。

・小町魔王さんの美しさに負けて、与えられるばかりで与えることの出来ない

 関係に陥ることは、私にとって恥です。

・一緒に育ち、幼いころはガキ大将だった村娘を、女性として意識するようになり

 ずいぶん経ちました。私の心から、彼女を消すことがどうしても出来ないのです。


という話でな。

こいつらの痴話喧嘩は村の娯楽だったからの、「やっと決断したか」「こまっちゃん振るとか狂ってる」「いやいや村娘を選ぶのがあいつらしい」等と、小町魔王派と村娘派のテンションはだだ上がりじゃ。


「小町魔王さんの気持ちを断った私ですが、

 あなたの恩義にどう応えることが出来ますか」

「私は、あなたからもう十分に頂きました。一つだけ命令します。

 村娘さんと幸せになりなさい。私はあなたの子孫を見守りましょう」


そんなやりとりをして、ワシの部屋へやってきた。村がこれだけ盛り上がれば、聞き耳を立てるまでもない。

「私、泣いてもいいのよね」

「お前がびーびー泣く姿まで、村の娯楽にしてやることは無いよな」


ワシは宙に扉を一つ呼び出した。

「ほれ、その中で泣いてこい。話し相手が欲しければ部屋の中に

 イルカを呼び出せる。その中の出来事は、ワシであれ、

 ワシの娘(女神)であれ見ることはできん。

 気が済むまで、暮らせるだけの備えもあるぞ」

「何よ、今日はずいぶん優しいじゃありません?」

「幼馴染青年をお前の血で癒やした時に、じゃろうに、

 そうしなかったお前は、格好いいぞ」

「そんなこと言われたら、泣いちゃうでしょ」

小町魔王は、はらはらと涙をこぼしながら、じつにいい笑顔を見せてくれてな。扉はそっと閉まり、扉自体が宙に溶けて消えたんじゃ。


――子育てこそしておらんが、父親として、言うべき時が来たと思ったんじゃ。


「愛する娘よ。結婚と恋愛の女神よ。おるかな?」

「いますよ」

壁からいつものようにニュッと出てきおった。お前はなんでいつも壁からなんじゃ? この部屋全体が、お前のダンジョン(本体)の出張版なんじゃから、天井とか床とか他にも出てくる場所があるじゃろ?

「恋愛に興味が無かった小町魔王の初恋は、こんな形になったなあ」

「ええ、あの子、頑張りましたね」

「自分の信徒は頑張っとるのに、

 女神であるお前は亭主をダンジョン最下層に軟禁した上に、

 新婚生活を永遠に続けるのは、示しがつかんのではないか?」


婿殿命の娘にしてみれば、こんなこと言われれば、拗ねもするわな。


ワシらは不思議な関係での。体感としては「押しかけ娘」という感じの、まあ養女じゃな。だが、血のつながりもあることはあるんじゃ。

というのも、ダンジョンを作る際に、ワシの頭のなかに作った設計図を反映させる触媒として、ワシの血もに混ぜてある。そのダンジョンに、たまたま地下深くに封じられていた旧暗黒教団のとこの女神(邪神)が融合して自我が生まれた。

なので、仮に、娘が子をなすことがあれば、ワシの血も引いていることになるわけじゃ。魔法を研究し己の力を磨くことだけに人生を使ったワシに、まさか娘が与えられるとはなあ。

さて、あの子は、どんな決断を下すのじゃろう。

どんな決断であれ、味方になってやりたいのは、アレには内緒じゃぞ。



親子喧嘩をしていた思春期少年は、「そういう時、私は旅に出ましたよ」と黒服美形に後押しされて、王都の学院へ入学することを決めた。この村からというよりも、王国の中で村から入学した者は初めてのようじゃな。

黒服美形が育て、学費もヤツが負担するのじゃそうだ。確かに、村の衆が出せる金額では無いからのう。

王都への付き添いや手続きも全て黒服美形が行った。村の子らの教師であり兄のようでもある黒服美形は、居場所がなくて流浪していた頃とは別人のようじゃった。


そうそう。幼馴染青年と村娘は結婚し家庭を持った。

柔和亭主と情熱女房といった感じじゃぞ。

こっちの初恋は、叶ったんじゃがなあ。小町魔王はまだ部屋から出てこないんじゃ。

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