第02話 ゴブリンの方が話通じるんじゃが
ワシ知ってる。こういう寒村って、だいたいゴブリンに襲撃されたりするもんじゃろ。若者が村の衆の反対を押し切り討伐しようと、冒険に出かけるフラグになったりする。残念ながら、この村にそういう若者はおらなんだ。
ワシは、村外れの小さな洞穴で考え事をしながら、ゴブリンたちがこの村へやってくる様子を感じ取っていた。洞穴の中は書斎やベッドに台所などを設置し、暮らしやすく組み替えてある。ワシ知ってる。匠の技術とか必要なんじゃろ。
さて。村が滅んでも知ったことではない。むしろ、静かでいい。だが、この村の領主がそのうち気がついたら、面倒なことになるわな。
やれやれ。
「おーい、坊主」
「なんだよ爺さん」
「村長さんに、手紙を届けてくれんかのう」
「やだよ。自分で行けよ」
「偶然、ここにワシのおやつがあるんじゃが、坊主の口に合うかのう。
王都で流行っている、飴玉の一種なんじゃ」
「じ、自分で行けよ」
「友達や家族に分ける分もいるじゃろ?
これ全部、坊主にやってもいいんだがなあ」
「……村長さん怖いんだよ」
「それは心配ない。ワシはもっと恐ろしいからな」
「爺さんは怖くねえぞ?」
「ははは。村長さんはワシからの使いだと言えば、坊主に怖くできないのだよ」
「今回だけだからな」
半信半疑の坊主に、丁寧に包んだ菓子と手紙を持たせる。坊主は大事そうに抱えて、走って行った。
――血相を変えた村長が、飛んできた。
「賢者どの、こういう冗談はやめていただきたい」
ワシが届けた手紙を振り回して、ご立腹の様子だ。汗がこっちに飛び散るから、落ち着いてくれんかのう。
「ふむ。襲われて滅んでからではいかんから、領主どのへ助けを求められるように余裕をもって知らせたつもりなんだが」
「この村は、モンスターに襲われたことなんて、
私の祖父の代まで遡らないとですねえ」
「昔ならともかく、現代はそんなことは起きないと仰るか」
「起きてもらっては困ります」
「この村で、武器を持って戦える者は少なそうだからなあ。
ゴブリン12匹が武装して襲ってくれば、蹂躙され放題だろう」
「ですから、私達の不安を煽るようなことは避けて頂きたい」
「ふーむ。ちょいと、失礼しますよ」
ワシは村長の額に指をあてて、ワシの感覚を村長が混乱しない程度に絞って、ゴブリンたちのいる位置と、この村へ向かっている様子を見せた。
「いかがかな。私が幻を見せたとお思いか?」
「賢者どのは、千里眼をお持ちなのか」
「細かな説明を省けば、そのようなことですな」
村長は、仲間を見つけたような顔でニタリと卑しく笑う。
「賢者どのもお人が悪い。そのような力を独り占めなさるとは。
じつは、領主婦人が美しい方でのう」
「は?」
「その娘さんもまた、蕾のように愛らしくてのう」
こいつの村、滅んでいいんじゃないかなって、ワシ思うんじゃが。
「……この村がゴブリンに襲われるかどうか、どうしても『その目』で見たいと
仰るのなら、直接ゴブリンの前まで飛ばすことも出来ますが、その場合、
村長さんの命までは守れませんぞ」
よだれを垂らしそうな顔で、知る限りの好みの女性を指折り数えていた村長の、動きが止まる。
「いやまさか」
「その身でお試しになられるか?」
お礼はするからゴブリンのことは何とかしてくれと、村長に泣きつかれた。オロオロしている村長は集中の妨げにしかならんのでな、お引き取り頂いた。
呪文で隕石呼んだり燃やしたり凍らせたりするのは簡単なんじゃが、警告も無しに殺生するのは、気の毒じゃろ。リーダーらしきゴブリンに話しかけてみた。ゴブリン語も分かるなんて、魔法みたいじゃろ?
「おどろく しない おまえ とりひき わかるか?」
「人間か? それは片言なのか、それとも私達を舐めているのか」
「む、失礼した」
わしのものだったダンジンに居たゴブリンたちは、片言だったぞ? このゴブリンたちは、上位種族なんじゃろうか。
「人間。私の心に話しかけるのではなく、仲間にも聞こえるようにできるか」
「可能じゃ。これで良いだろうか」
ゴブリンたちは、リーダーを囲んで、車座になっている。
「えー、突然だが、取引がしたくてな」
「あの村は、まじない師を雇うような余裕は無いと見たんだがなあ」
「お前さんたちは運が悪かった」
ワシは、ゴブリンのリーダーを、腰まで凍らせた。ゴブリンたちがざわつく。
「この氷の魔法で、いつでも私達を殺せると言いたいのか」
「交渉するには力を見せるのが早かろう?」
「うーむ。交渉材料は私達の命ということか」
「理解が早くて助かる」
「まじない師が、同族を守ることは理解するが、我々も村を襲わねば生きていけない。よその村を襲えというのか?」
「ちょっと待ちなさい」
『愛する娘よ。元気に暮らしていますか。お父さんは、自分を見つめ直す旅の途中です。暮らしに困ったゴブリンたちと知り合いました。突然申し訳ないが、気の毒な彼らの面倒を見てあげて下さい』
――ワシの声を吹き込んだ水晶を、ゴブリンのリーダーの元へ転送した。
「まじない師よ、これは何だ。人間の言葉では、私には理解できない」
「君たちに選択肢を与えよう。今死ぬか、ワシの知っているダンジョンで暮らすか」
「ダンジョン?」
「ここからはるか遠くの王都に巨大なダンジョンがあってな。
その中なら、暮らしに困ることも無かろう。立ち入るのも冒険者だから、
お主らが返り討ちにしても、寒村を一方的に蹂躙するよりはマシじゃ」
「そんな遠くへ行く力も、王都へ入ることも、我々には不可能だ」
「だが、ワシなら可能じゃ。どうするね?」
ゴブリンたちは、全員一致で、ダンジョンへ行くと決めた。ワシは「ダンジョンの中」へ、彼ら一団を転送した。さすがに魔法を使いすぎて、少し疲れた。健康のために、村長への報告は直接歩いて行うことにしよう。座ってばかりいると腰痛くなるからなあ。
その夜、ワシが暮らしている洞穴へ、村娘がたずねて来た。血の気が引いた顔をしておる。この子は、村長への手紙を頼んだ坊主の姉じゃな。綺麗な娘さんじゃぞ。
「娘さん、怯えなくていい」
「え、あの」
「娘さんの評判に傷がついてはいけない。ワシの書斎へ立ち入らないように」
洞穴の外に、椅子を運び出し、お茶を飲ませると、村娘は泣き出した。
「娘さんは、お父さんにここに行けと言われたのかな」
頷く。
「私が断ると、お父さんに叱られ、お父さんは村長さんに叱られるのかな」
また頷く。
「そこの林からこっちを見ている青年は、娘さんの恋人かな」
「いえ、ただの幼馴染ですわ。弟みたいな人です」
きっぱり否定され、林からこっちを見てる青年がしょんぼりしとる。
村長の阿呆! 自分を基準に「お礼」を考えるとは。こんな枯れた爺に、若い村娘をあてがってどうするのか。家事でも手伝ってもらうのか?
ワシ自分で出来るぞ!
村長を呼び出し、超説教した。村娘には、村長がこういうことしようとしたら、ワシにチクるように諭した。女衆の情報網は強い。
村長は、文化とか面子とか村長が色々言い訳をしようとするのだが、その文化自体が違う人間もいるという話が通じない。なあ、お前さん、こいつよりゴブリンの方が、話が通じたと思わんかね。
「村を救ったのに、怒らせるおつもりか?」(睨みつけながら)
村長は、「賢者の考えることは分からん」とこぼしながら、帰っていった。
全員がそれぞれの家に帰った。
一部始終を、しょんぼり見ていた、林の中の幼馴染青年が、一人だけ帰ろうとせん。見かねて、「片思いは辛いのう」と話しかけた。幼馴染青年は辛い気持ちをとつとつと話す。ワシは、ここで静かに暮らしたいだけなのに、何で恋愛相談まで持ちかけられるのだ。
これも賢者の仕事なのか?
幼馴染青年の気が済むまで話を聞くのが、一番しんどかったぞ。
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