フルカン賢者は休めない~ワシのスローライフってこれか?~

ハコヤマナシ

プロローグ

第01話 誰だって言いたくないことってあるよな

「悪夢」としか言いようのない出来事があってな。正直、語りたくないんじゃ。修行時代からの夢で、ワシの半生を費やし、快適なダンジョン生活を送っていたのだがなあ。話が長い爺さんは嫌われるからのう。

ワシ、知っとるぞ。こういう時は「お察しください」って使えばいいんじゃろ。


この地域には、王国が幾つかあり、人が立ち入れない森にはエルフの隠れ里があったり、岩山の地下にはドワーフが暮らしていたりする。ちょっとやらかした身としては、僻地の方が何かと都合がいい。とある事情で筋肉痛が酷かったワシは、地図で座標を確認すると、僻地へ「転移」の呪文を使った。貧しい村の近くへ立っていた。


お、村人一号がおる。怪しいものを見るような目で見ておる。失礼な。

「いい天気ですなあ」

ワシはできるだけ陽気に声をかけた。

「天気どころじゃねえよ。

 オレには、厄介事を持ち込む厄介者にしか見えねえんだけどなあ」

「む。清潔な身なりを心がけておるが、何か問題でも」

「全部だよ。でけえ樫の杖を握って、高そうなバッグを肩から下げてる。

 ローブも帽子もブーツも、貴族が使うような品だろ?

 おまけに両手に指輪じゃらじゃらつけてるじゃねえか」

「いかにも」

「あんた、なんでそんな金目の物を身につけて、?」

「それは哲学的な問いかね?」

「ちげえよ。野盗に身ぐるみ剥がれるだろ、あんたみたいな爺さん」

「ワシから身ぐるみ剥げる者は、なかなかおらんなあ」

……うっ、頭が。ダンジョン一つ、丸々失っておきながら。

ワシ知ってる。「これはこれ、それはそれ」って便利な言葉があるんじゃろ。


村人一号は、ワシについてこいと言い、村の高台へ向かった。どうやら村長にワシの扱いを任せたいらしい。古びた民家から、嫌な目つきをした年寄りが出てきた。ワシも年寄りなんだが、同類扱いされたくない。が、そういうの伝わるとめんどうなので、ワシは良い人の仮面を被る。

「いや、ご挨拶させて頂き光栄です。ワシは旅の賢者をしております」

「村長、じゃ、オレ、仕事に戻りますわ」

「ああ、ご苦労。励みなさい。……さて、旅の賢者どのだったかな?」

「ええ」

「こんな辺鄙な村に、何の御用ですかな。

 私たちは、今年も税は納めておりますし、とくに観光に適した土地でもない、

 痩せた土地にへばりついて暮らす民の集まりです」

「賢者という者は、変わり者が多いのです。

 私は、この静かな村は美しいと感じます。どうでしょう。村外れに、

 しばらく逗留させて頂きたいと思うのですが、お許しいただけますかな」

「賢者どのもお分かりいただけると思いますが、この年になりますと、

 頭が固くなるものでして。『変わらないこと』から逸れる物事は、

 お断りすることにしているのです」

「そうですなあ。お互い、頑固になる年まで生きましたなあ。

 ところで村長さん。税の話をなさったが、『裏帳簿』って言葉はご存知かな?」

「知らん」

「でしょうなあ。まさか善良な村を預かる長が、

 毎年ごまかして私腹を肥やすはずはないですよなあ」

「当たり前でしょう」

「ところで、この帳簿なんじゃが、これは村長さんの字で書かれてはおらんかね。

 20年ほど前は筆跡が違うから、これはお前様の父上の筆跡だろうか」

「さすが賢者様だ。私の知らない帳簿を宙から取り出せるとは」


嫌な目をした村長は、表情や声、動作に感情の揺れを出さないように努力している。だが、嗅覚に「拡大化」の呪文をかけてあるワシには通じぬ。

こいつは嘘をついているニオイじゃな。


「いやいや、ちょっとした手品でしてな。

 しかし無から作り出すことは出来ませんから、

 どこぞに不届き者がおったのでしょう」

「ほっほっほ。誤解を招いてもいけませんから、その帳簿は私が預かりましょう」

「さて村長。私が賢者であり、あなたとあなたの村に害意が無いことは分かっていただけたでしょうかな。それとも、何かまだお見せした方がよろしいだろうか」


村長は悪そうな笑みを浮かべると、「これで十分でございます」と、この村へ留まることを許してくれた。ワシを利用できると値踏みしたらしい。



こうして、ワシはこの国で一番貧しい寒村へ、住み着いたんじゃ。

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