第1章 招かねざる愉快な仲間たち

第03話 犬が来た(英雄は戦乱を呼び、戦乱は英雄を起こす)

真っ黒で筋肉質の大型犬が、ワシの洞穴(書斎)の前に座っておる。憂鬱そうな目をしておる。ワシ知っとる、招かれざる客ってやつじゃこれ。


「おい」

「はい、何でしょう賢者様。何について調べますか?」

「あの犬を消す方法」

「また露悪的なことを仰って……」

部屋の奥でくつろいでいた助手が出てきた。


助手は水色のイルカの姿をしておる。先日、ワシへの人身御供にされた村娘を救った際に、「村長がやらかしたらチクれ」と言ってしまったばかりに、村娘たちから老婆まで、女衆は何かあるとワシのところへ陳情に来るようになってしもうた。引っ越すのも面倒じゃろ? 王都から神官を呼ぼうかとも考えたが、ちょっとやらかした事があるので、あまり王都との接点を増やしたくも無くてな。

それで、助手を呼び出したんじゃ。


ワシら賢者は、一定の学問を修めると、「雲の巣」という領域を使えるようになる。助手は、この「雲の巣」の導き手なんじゃ。村の子どもらを背中に乗せて遊んでやったり、ワシのところへ陳情に来た者の話を聴くなど、厄介事を肩代わりしてくれてな。助かっておる。


洞穴の前に来ただけなのに、「消す方法」と言われ、真っ黒大型犬はますます憂鬱そうな顔になる。ワシは暗視能力を高めてあるから見えるが、これだけ黒いと、そこにいるか分からんな。今夜は幸い、月のない夜じゃ。村の衆は疲れてそれぞれの家で休んでおるから騒ぎにならんが、これ明日の朝までになんとかせんと、村長やら村の女衆から叱られるではないか。ワシ、悪くないのに。


「賢者様、お気づきですよね?」

「明らかに魔力の流れがおかしいからのう。また娘のとこに頼むか?」

「お嬢様は『お父様が頼って下さるなんて嬉しい。

 早く旅からお戻りにならないかしら。夫にも会って頂きたいですし』と、

 ニコニコされますね」

「胃が痛むじゃろ。娘の声色に似せて話すのやめんか」


ワシには、ちょっと思い込みの激しい「娘」がおってな……。


ワシらが犬を放置して、話していると――

「賢者殿のお知恵を借りたく、恥を忍んで越させて頂いた」

「ワシの知恵は高いぞ?」

「技術や専門知識に対価を支払うのは当然のこと。おいくら用意すればよろしいか」

「交渉する前に、その姿をやめんか」

「今は、犬畜生の気分なので、よろしければこのまま……」

「真っ黒い犬さん、助手の立場から申し上げますと、うちの賢者は偏屈なんです。

 すぐ癇癪起こしますし、面倒なことは僕にやらせます。

 ごく普通に『お前を消す方法』を調べかねませんよ?」


助手の言葉が効いたのか、真っ黒い犬は、影のある黒服を着た青年の姿になった。ふむ、陰気過ぎる点を除けば、背も高いし知性や品性も感じさせるし、顔つきも整っておる。この姿なら、村人もそれほど騒がんじゃろう。

(ちなみに、村の女衆のテンションが上がった)


黒服美形は、自分が人魚の肉によって不死者になったこと、各地を流浪し己を鍛えたものの、不老不死であることから定住が難しいこと、そして仕えるに足る主君を見つけられずに困っていることを、ワシらに話した。


助手が「雲の巣」に検索をかけて、黒服美形の発言の裏を取る。師匠から「不死族へ無事転生終えたなう」等とどうでもいいツブヤキも入っておったが無視じゃ。ワシが、このまま死ぬか、若い肉体に戻して不老不死になるか、不死族へ転生するか、決めるのはまだ先じゃし。


「黒服美形よ」

「私の名はお伝えしたはずですが……」

「黒服美形さん、諦めましょう。僕なんか『助手』とか『イルカ』とか

 『おい』ですからね。賢者様は、『嫌なら帰れ』って方ですよ」

「く、黒服美形です!」


黒服美形の話を聴いて、ワシの中では答えが出た。だが、答えだけ与えても納得せんよな?


「黒服美形よ。ワシはお前に課題を出す。金品ではなく、この課題を果たすことで、ワシへの支払いとせよ。出来るか?」

「私に出来ることであれば」


・村長の補佐をすること

・村の衆の相談役になること

・不老不死であることは、村の衆へ助手から説明すること

・村人と共に働き、子どもたちと遊んでやること


「要は、不老不死だと知られた上で、この村に馴染めという課題じゃ」

「賢者様、不老不死であることを知られると、襲われたり、

 気味悪がられたりするのですが……」

「このイルカ姿の助手が、ふよふよ浮いとっても、『賢者のとこの助手かー』で済む村じゃぞ? 今さら、不老不死の1人や2人どうということは無いわい」


黒服美形は不安そうじゃったが、うちのデキる助手がうまいこと説明してくれたおかげで、何も問題は起きなかった。あの変わり者の賢者なら、不死者の知り合いくらいいるよね的な空気になっとるから、どう説明したのかは気になるがな。

イルカの奴め、『お前を消す方法』を調べてくれようか……。


ワシは「雲の巣」を呼び出し、「ダンジョンを失って流浪なう」と呟いた。師匠や友人たちから「マジうける」「一生の研究を棒に振ったか」等とツブヤキが飛んでくる。ワシ個人宛に『流浪だなんて、外聞が悪いですわお父様』と娘から直送ツブヤキが届く。控えめに言って、怖い。あの子の機嫌損ねるともっと怖いな。

『愛する娘よ。それっぽい気分に浸りたい男のロマンなんじゃ……』と返すと、『お帰りをお待ちしていますからね♡』と即座に返信が来てな。

もう、着信音さえ怖いんじゃが。


さて、黒服美形じゃが、村の子どもらに「おじさん、死なないなんてすげえな!」って驚かれた程度で、女衆からは気の毒にと大事にされとるし、最初はスケコマシだと敵意を抱いていた男衆も黒服美形の謙虚な仕事ぶりを見て信頼を寄せたんじゃ。村長は自分の立場を危うくするわけではなく、何かと自分を立ててくれる黒服美形を気に入ったようじゃの。


数年が経った。相変わらず、憂鬱な顔をしておるが、もう犬の姿に戻ることは無い。


「黒服美形よ」

「なんでしょう賢者様」

「不老不死だと知られて、生きてみてどうだ」

「妻を娶ったり、子をなしたりすればまた変わってくるでしょうが、

 心穏やかな時間を過ごせました」

「そうか。それで、お主は、今でも主君とやらを求めておるのか?」

「私を使いこなして下さるような方にお仕えしたい気持ちは、やはりあります」

「お主はワシの課題をこなした。そこで、ワシの答えを授ける前に問う。

 お主自身が、自らの主君になることはできんのか」


黒服美形がワシと話す時間を作るため、イルカが村の子どもらと遊んでおる。賑やかじゃな。背中に子どもらを乗せて「もっと高くー」と言われとる。ご苦労なことじゃ。助手がいなければ、ああいうのこっちに来るからのう、ほんと助かっておる。


黒服美形はややうつむき、考えている。絵になる男じゃな。


「賢者様は、ご自身がご自身の主君でいらっしゃるのだと思います」

「うむ」

「私の魂のあり方も賢者様と似ていれば、その道を歩けたかもしれないのですが」

「別の人間になれとまでは言わんよ。それぞれの向き不向きも、

 魂の有りようも異なるからの」

「助手殿とも時々お話をさせて頂いたのですが……」

「ああ、お主が惚れ込めるような人物がいるか、『雲の巣』で検索しとったな」

「賢者様のように古今の魔術に精通したような、人間離れした方はいらしても、

 例外なく、世捨て人化しておりまして……」

「そうじゃろうな。ワシらは目立つの好まん」

「そこで、村の子たちと接して気がつきました。この子らを鍛えて

 一流の人物に育てればいいのだと」

「見どころのある子はおるし、大人たちも手ほどきをしてやれば

 伸び代のある者はおるじゃろう。

 この村で伸び代が無いのは村長ぐらいじゃろうな」

「賢者様もそうお考えですか!」


黒服美形は嬉しそうに、身を乗り出す。ワシの両手を掴みかねない勢いじゃ。


いくさになるぞ」

「は?」

「お主は、主君を求める気質だった。ワシらは世間に興味がない。

 しかし、お主の求める主君は、高い理想を掲げ、

 より良い世の中を生み出そうとする」

「好ましいことではありませんか?」

「『英雄は戦乱を呼び、戦乱は英雄を起こす』と言えば、

 お主もその不死の命で、のではないかな?」

「見どころのある子らを、無知のままこの村に埋もれさせろと仰られるのですか」

「飢饉も疫病もこの村とは無縁じゃ。ワシも助手も、それにお主がいる。

 お主が、読み書きを教えてやり、王都の学院へ行く者も現れるかもしれんな。

 不本意かもしれんが、数百年ほど様子を見てはどうじゃ?

 時間はお主に味方するじゃろう。

 世が乱れた時に、お主の望む英雄を立てても間に合うのでは無いか」


黒服美形は、通り過ぎてきた戦乱の世の中を思い出し、そこで流された血の多さを思った。自らの「仕えたい」という欲望のために、戦乱を呼びかねない英雄を育てることはエゴだと思った。

「待ちます。待って、この村から私の主が現れる日を楽しみにいたします」


黒服美形は、迷いが晴れたいい顔をして、村の仕事へと戻って行った。うちのイルカが、「黒服美形さーん」と、子どもらを連れて追いかけていく。


……ワシなら、エゴを押し通すのだがなあ。黒服美形は、人が良すぎて苦労するタイプなのかもしれんな。

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