第3話 Xデーの朝

その日の朝はいつもと同じだった。

仕事着に着替え、娘のオムツを変え身支度を済ませて、お弁当を持って職場に向かったのだ。

今日から産休に入り、眠たそうにしている奥さんを背に小声で

「いってきます。」

と言い娘と二人で家を出た。


職場までは車で30分ほどかかる為、通勤中に朝ごはんを食べるのが日課だった。娘と僕はパンを食べ、歌を歌ったり、娘が携帯でゲームしたり。

職場と保育園は、車で5分〜10分離れたところで、奥さんの職場は保育園のすぐ隣にあった。


娘を保育園に預けると、僕は位置情報サービスをオフにして職場に向かう道をそれてパチンコ店に向かった。

もう罪悪感が薄まるくらいの日常だった。


パチンコ店に着くと、常連客はあーでもないこーでもない話をして抽選時間を待っていた。

この地区の開店時間は朝の9時で、30分前には数十名並んでいた。よく見る顔ばかりで少しホッとした。

というのも、系列店やライバル店を含め稼働率の良い4〜5店舗の内

"今日良さそうな店"

を探すのだ。例えば7のつく日はこの店舗、水曜・土曜はこの店舗、イベント日はこの店舗といった具合に考え自分が勝てそうな店を選ぶ。

もちろん他の客も同じ事を考えている為同じ店に集中しやすく、人数も増える。そこによく見る顔がいたのだ。


今日こそは勝てる!

いつも思う言葉を心の中で繰り返した。


9時になると抽選番号順にお店に入り、みんなが少し早足になる。気になる台、目星を付けてる台に座るのに椅子取りゲームのように揃ってそこへ向かうのだ。

僕はスロットはあまりせず、パチンコばっかりだった為、みんなと行き先が違った。

僕はそのコーナーに着くといつものように釘を見定めて、良く回りそうな台を選ぶのだ。

好きだから打つ為でなく、期待を持てるから打つ為だ。


これはサイコロで例えられる。

サイコロが出る目の確率は1/6。

1が出たら100円もらえるとする。

では100円で何回振ることができたら得か?と言う理論だ。

5回以下では損、

6回でトントン、

7回以上で期待が持てるという確率論だ。

パチンコはメーカーの出玉や確変突入率・継続率などを計算してボーダー(いわゆるトントン)というものを示している。

ボーダーが19(千円で19回転まわる)なら、20回転以上回りそうな台を選ぶというもの。

ただこれは1/310を毎回抽選するため1/6とは程遠い確率だ。もちろんプラスとマイナスが偏る傾向が大いにある。そして時間と稼働した日数が長ければ長いほど確率に近づくというものだ。

僕は保育園の迎えやあまり遅くならない時間を考えて18時までには切りあげていた。


その日の店舗はいつもと同じ釘だった為店舗を変えた。次の店舗はよさそうだ!そのまま打つことにした。

打つといっても軍資金が必要だ。

この日の軍資金は、奥さんが家計を振り分けた今月分の貯金と今月かかりそうな費用をタンスの隠し場所から持ち出したのだ。


最低だ。


これも2度や3度ではなく過去に10回近くはやってきた。以前一回バレた時にテキトーな言い訳で通り過ぎたものの、次なくなってたら離婚すると言わていた。僕は取れないようにタンス保管をやめて銀行に保管してくれと頼んだが奥さんは僕を信じた。


パチンコで勝てばそのまま返し、負ければカードローンの会社から借りて返すのだ。カードローンは利息が高い為勝つ方が多くなければ底をつく。

勝ち分はカードローンの返済にあてるというのを繰り返していて、融資枠が増えればタンス貯金を使わずその枠を軍資金にあてていた。


これを2年間繰り返し、いつの間にか融資枠が底を尽きていた。返済は毎月あるため、毎月確実に貰うお小遣いとガソリン代を返済にあてて少し足りないくらい。その少し足りないくらいもカードローンの融資を使うのだ。1歩進んで2歩下がる。たまに3歩貯金を作ってもあっという間の出来事だ。これの積み重ねでできた巨大な借金は1人ではどうしようもないくらい膨れ上がっていた。


さらに、実は今回の出来事は2回目なのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る