第199話

「どうしてお前が……っクソ」


 U.I.F.に弾丸を撃ち込まれた肩を庇いながら、立ち上がりざまにコンテナに身を潜める。そんな時雨に追随することもなく、倉嶋禍殃は背を向けたままゆっくりとため息を付いた。


「ギルティよ、我々は互いに忌諱きいし合う関係にはあるが、しかしこの状況において真に裁かねばならないものが存在する。君でも、無論私でもない」

「何を──」

「U.I.F.のツーマンセル部隊はもう一組分散していたはずだ。邂逅かいこうの忌わしき感慨に浸るよりも先に、鉄の遊撃隊をどうかすべきではないかな」


 現在進行形で脱獄中の最悪の大量殺戮犯を前に、その言葉を最もだと判断する。彼は紛れもない敵であるが、共通の敵と思われる存在がこの隔離空間にはいるのだ。

 禍殃は以前からアイドレーターの首謀者として防衛省に追われていた。そのことからも禍殃が防衛省とつながっていることは考えにくい。それに今、目的はどうあれ時雨は彼に救われたのである。

 敵の敵は味方といったところか。結託するつもりなどは毛頭ないが、今はいがみ合っている時ではない。

 

「そんな物は回収すべきではないな」


 せめてもの護身と手放していたサブマシンガンを回収しようとした時雨を、禍殃は振り返らずに制する。


「身を護れる唯一の手段だ」

「君はその護身手段が原因で、ギルティの産物に抹消されようとしていたではないか」

「あれは俺が迂闊だっただけだ。セイフティ解除をし忘れていて──」


 そこまで言いかけて口を噤む。セイフティシステムは解除されていた。


「彼奴らの扱う銃器には全て認証システムが組み込まれている。ユニティ・コアによる識別で認可されなければ、トリガーを引くことは出来ない」

「それは知らなかったな」


 試しにトリガーを引いてみるが先刻同様指はほとんど沈み込まなかった。どうやらここ最近のうちに改良されていたようだ。

 であればこれは重荷になるだけである。マガジンから残弾をばらまきU.I.F.の死体のそばに戻して、先に場を離れていた禍殃の背中を追う。

 先程肩部に被弾した弾丸の有無を手で触って確認しようとするが、どうにも目立った銃痕が見当たらない。

 どうやら肩口を抉られただけのようだ。回復手段を持たない状況のせいで恐怖心が錯覚を植え付けていたらしい。僅かに血が噴出してはいるが致命に至るほどの損傷でもない。


「一体何が起きているんだ、どうしてお前がここにいる」

「……どうやら何も理解できていないようだな」


 あたかも潜伏するために配置されているようなコンテナ群を抜けつつ、U.I.F.のツーマンセル班の索敵をする。

 インターフィアによる情報認識の補助はないが、彼らの平常装備している頑強な金属ブーツの影響で、カツンカツンと足音が響いてくる。

 広大とは言えあくまでも隔離空間ましてや巨大なコンテナがいくつも配置されているとあれば、その音だけでおおよその位置特定は容易である。

 その辺り禍殃は心得ているようで、最低限の声量ではあるものの身を低く移動しながら回答を継いだ。


「まず主観での返答をあえてさせてもらうのであれば、ここにいて不自然な存在は私ではなく君である」

「まあ確かに連行されてここにきたイレギュラーではあるな。その言いぐさからして、アンタは違う立場だと?」

「一概には断言しきれないが、少なくとも私は連行された立場ではない」

「変な話だな。ここは見るからに何かしらの目的で設営された施設だ。U.I.F.の班が投入されたことをみても侵入者を試すような現場設定をみても、防衛省が整えた環境にほかならない。そんな場所にお前は一体何のためにきた」


 やはり防衛省側についているのか。不安が脳裏をかすめそれに翻弄されつつも冷静にナイフに手をかける。しかしその手はすぐに降ろすことになる。


「その疑問にも幾つかの誤りがある。まずこの場所を設営したのは防衛省ではない。そして私はここに来たのではない。元からここにいたのだ」

「……住んでいるのか?」

「居住しているわけではない。あくまでも拠点として張っていただけである」


 どこか不快そうに禍殃は片眼鏡を指先で押し上げ、そこにかかる汚れた頭髪を邪魔そうに退けた。

 改めて自分の隔離されている空間を見渡してみる。言われてみれば、配置されているコンテナはジオフロントに元々あったものと同じ企画だ。アイドレーターが拠点としていた頃のものと。おそらくは武器などを格納しているものなのだろう。


「私の拠点を彼奴らが簒奪さんだつしたに過ぎん」

「ご愁傷様……といえた立場ではないか。それなら地の利はこっちにあるわけだ。一度敵対関係にあったお前と協力するのは精神衛生上最悪だが、この際お前の力を借りざるを得ないみたいだな」

「地の利はあってないようなものだ」


 時雨の好感度などどうでもいいらしく禍殃は神妙な表情のまま眉根を絞る。元々年齢不詳過ぎるしわが眉間に寄っていたが今のそれは三十パーセント増しだ。


「私が調達・備蓄していた武器系統は全て彼奴らに回収されている。セキュリティトラップを三段階に重ねて配置していたはずだが、さして効果はなかったようだな」

「つまり身を守る術は今持ち合わせているナイフ一本ってことか。なら出口はどこにある? この空間は完全に隔離されている。俺が入ってきた扉も堅牢すぎて突破するのは難しそうだ。外界への移動手段はないのか?」


 それ以前に入ってきた入り口を突破できても、おそらく外界に脱出できることはないだろう。

 いくつも鈴なりに並んだ通路はあったが、こんな環境を設営しておいてそこに達する前に脱出してしまうような状況を構築するはずがない。


「外への脱出手段は二つある。しかしそこを経由するのは事実上不可能に近い」

「少しでも可能性があるなら候補に入れておいてもいいだろ。どこだ?」

「デバックフィールドだ」


 彼が何を言っているのか理解に苦しむ。デバックフィールドといえば忘れもしないノヴァを生成する未知の空間のことだ。

 NNインダクタによる制御で暴発を抑えられていた水底基地のフィールドは記憶に新しい。あれはウロボロスを世にはなった存在でもある。まさか目の前の男はそれを経由しようといったのか。


「殺す気か」

「現実的ではないと言ったはずだが」

「くだらない問答に費やしている時間はない。可能性のある方の経路について話してくれ」

「上だ」


 端的にそう応じて禍殃は片眼鏡を押し上げながら上方を仰いだ。彼につられるようにして天井を仰ぐが出口らしい出口はない。変わらぬ配管が巡っているだけだ。


「天井の一部が開閉ハッチになっている」

「天井までどれだけの高さがあると思っているんだ。あの場所まで行くにはヘリか何かがないと無理だ」


 壁にはしごなどは当然無いし手をかけられそうな窪みすら無い。あるのは無機質な延々と続く鉄板みたいな壁のみである。

 

「正直自力で脱出することは難しそうだな……外との連絡手段は?」

「この空間は防衛省や貴様らの干渉に対応するために、電波暗室に改造している。それ故に施設外に聯絡れんらくを取ることが出来ない。だが来るべき時に備え、アイドレーター日報の手段だけはある」


 つまりαサーバーにアクセスする手段があるということか。αサーバーに繋がるのであれば、レジスタンスにコンタクトを取りリリーフ申請する事が可能だ。

 以前やったようにモールスを駆使してもいいし、この状況、救援信号を防衛省に捕捉されていけない理由もない。直接リリーフ申請してもいい。


「しかし唯一電波妨害のないその空間も、今は彼奴らに占拠されている」

「占拠と言っても制圧すればいい話だろ」

「事はそのような単純な話ではない。不可能だ」


 多くを語ろうとはしない禍殃だったが何かしらの理由があるようだ。彼が出来ないと断言するのであれば出来ないのだろう。


「それよりも、この先に隠し格納庫がある」

「隠し格納庫?」

「私が外に出る際に用いている汎用ヘリを格納している。おそらく手を加えられていないであろう」


 そんなものがあったのならば最初から言えばよいではないか。そう責め立てようとして止める。

 今は彼に敵対しているような状況でもない。最後のツーマンセル班に遭遇する前に可能な限り格納庫への距離を縮める必要がある。

 この状況が防衛省の何者かの手によって作り出されたことは明白だ。そして出動されたU.I.F.の制圧部隊。もう一部隊を制圧したとして、新たな部隊が送り込まれない保証もないのである。

 ましてやこの状況を作った人物に関しては、時雨を試しているような印象も抱かされる。あたかもサバイバルゲームでも楽しんでいるような開催者の目的が不鮮明な以上は、脱出を急ぐべきだろう。


「格納庫はこの空間の中央部地下に存在する」

「中央部……ここからじゃ見えないな」


 背伸びして窺おうとするものの背の高いコンテナが邪魔して視認は困難だ。

 

「今はアンタに従うほかない。気は進まないが共闘を心がけろ」


 それに禍殃は応じない。コンテナから周囲を警戒するように索敵し、振り返ることもせずに中央部を目指して足を踏み出した。



 ◇



 事前に斥候から伝達されていた情報と比較して、隠し通路は比較的安全面が保証されているようだった。

 次期都市化計画が早期破断になったとは言え、当初の計画ではリミテッドの地下に巨大な都市を形成しようとしていたわけだ。ジオフロントよりも広大な23区分の領域。それを前頭においていることを鑑みれば当然のことだが。

 真っ先に直結されたという港区芝公園・渋谷区の連絡地下通路は、地盤変形に伴う陥落対策か硬質な鉄筋コンクリートで補強されている。

 それ故にこの場所に生き埋めになる危惧などが発生することはなかったが、同時に新たな問題が浮上し始めていた。


「これはおそらく、都市化計画が破談になったあとに開拓されたものでしょうか……何であれ骨が折れそうですね」


 棗がHQヘッドクォーターとして総指揮を取る必要があるため、必然的に真那が現場指揮を任された。そのためネイのディープランニングシステムを格納しているデバイスを携帯している。

 連絡通路を1マイルほど進んだ地点には、斥候からの連絡の通りたしかに分岐点が存在していた。時雨と和馬フェネックスが調査に向かった渋谷の工業地帯に一直線に直進している経路に、脇道にそれるように通路が開拓されていることも予測通り。

 予想外であったことは、その分岐点が二桁にも渡るほどの膨大な数であったことにある。鈴なりに並んでいる経路にはセキュリティーゲートすらなく、侵入者を誘うように大口を空けている。


「聖隊長、指示を」

「私の一存では判断しきれないわね。棗、状況は把握できている?」

「ああ、ソリッドグラフィで拡張認識することは叶わないが、君たちの部隊に同伴させている索敵兼任班から動画情報と地図情報を受けている。渋谷に向かう本線を省くと、分岐は十二経路か……」

「どうにも我々を撹乱させようとしているように思えなくもない」

「大方はそれが目的だろう。全ての経路の先に何かしらの施設が設けられているとも考えにくい」


 伊集院の考察に棗が同調する。

 本来ここまで道が分岐していることに関してはおかしな点はない。何といってもこの経路は次期都市化計画の拡張に伴って作られたものだからだ。

 23区全域の地下に空間を設けるという目的であった以上、物資の円滑な運搬や人員の移動手段が求められる。故に地下に蜘蛛の巣状のラインを築くのは当然だと言える。地下運搬経路がいい例だ。


「それなら、幾つかの経路に調査の的を絞るべきかしら」

「それは非効率過ぎる。今は烏川のもとに大部隊を派遣することよりも、少数でも支援物資を送り届けることを先決すべきだ」


 アナライザーは真那が預かっている物のみだが、通常の武器弾薬を彼に届けることが出来るだけでも何かが変わるかもしれない。

 時雨が今どういう環境に置かれているかわからない以上は、迅速に彼の地点に到着し状況把握を努めるべきだろう。


「急遽中隊を小隊に分隊し、班ごとに経路に当たらせ、すべての経路を漏らさず調査することに努めろ」


 棗の指示の通り中隊は分散し前方面の調査にに専念することとなった。真那は数名の隊員を引き連れて最も手前の経路に歩を進める。

 自分たちの班が時雨の隔離されているであろう場所に到達する確率は単純計算で十二分の一。確率的には低いが、だからといって油断するつもりも慢心するつもりもない。

 真那が時雨のもとに到達することが、彼にとってもレジスタンスにとっても最適の状況であるからだ。アナライザーだけでなく、真那はネイの格納されたデバイスも携帯している。これがあれば時雨が今如何なる状況下に置かれているにしても、状況が悪転することはない。

 この先に敵勢力が潜んでいない保証などもない。歩を一歩進めるたびに精神を集中させ神経を研ぎ澄ます。

 

HQヘッドクォーターからフェネック4へ、他班からの進捗を伝える。半数の班が袋小路に直面した」

「やはり大方はどこにも繋がらず行き止まりになっているようですね」

「三部隊が別の空間に達したが、それも放棄された地下空間だ」


 放置されているというのはつまるところ、開拓前のジオフロントのような場所のことを指すのであろう。次期都市化計画に伴った拡張案の布石となるために掘られた空間だ。


「ということは、私たちの班を含めて残っているのは三部隊の経路のみ、ということね」

「そういうことだ。残りの班は急ぎそちらに向かわせているが、まだ暫く掛かるだろう。警戒してかかってくれ」

「──! 臨戦態勢……!」


 数分ほど進行した頃、異変に感づいて反射的にライフルの銃口をあげる。すぐ付近から足音が聞こえてきた。随伴の隊員も即座に銃を構えるがそれに比例するように足音は止む。

 こちらの索敵を読んで対象も足を止めたのか。視線は経路の先に伸ばしたまま、真那は壁に手のひらをつけ僅かの震動も逃さぬよう集中する。

 しかし五感は何も読み取ろうとしない。背後に控える隊員の心拍まで聞こえてきそうなほどに神経を鋭利にしてもだ。不審に思って壁を軽く弾くと数秒遅れて同じような音が反響してくる。


「行き止まり……?」


 はっとして小走りで袋工事だと思われる地点に向かう。案の定そこには多少開けたた空間があるだけだ。部屋と言っていいのかも分からぬようなまとも整備もされていないコンクリートの空間。試しに床をライフルの銃床で叩いてみるものの、反響以外の結果は返ってこない。

 この通路も外れだったわけだ。だが落胆している猶予などはない。真那が時雨のもとに辿り着けなければ彼はネイの絶対的な力も、それによって用いることができるアナライザーも手に入れられなくなるということだ。

 まずは迅速に分岐地点に戻りほかの経路の状況を把握、即座に時雨のもとにつながっている場所に向かう必要がある。


「……聖分隊長!?」

「え……っ!?」


 房室に背を向けた瞬間だった。同様に踵を返そうとしていた隊員がはっとしたように真那に手を伸ばす。

 それを認識して反射的に自分の身によからぬ事態が襲来していることは即座に察知できた。それに対処できるかどうかは別の話だったが。

 瞬きする間もなく隊員の姿とじめじめとした光景が視界外に消えた。

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