第200話

「あんな場所に格納庫が……」


 禍殃の言っていた格納庫はややもすれば敵陣に突っ込みかねない地点にあった。

 見慣れたコンテナに身を潜めつつ顔だけ出して様子をうかがう。巨大なドーム状になっている房室の西側末端部の壁面に、セキュリティゲートが一つ配置されていた。

 中規模のアパートメント施設くらいの大きさのある独立型格納庫の入り口にセキュリティが埋め込まれているのだ。防衛省の指針によってデルタサイトを格納しているセキュリティゲートとは比べ物にならないほどの大きさだったが。


「……六人か」


 ゲートの周囲にはU.I.F.が六名確認できる。うち四名がセキュリティの解析と解除に勤しんでいるようだが、残り二人はライフルを手に警戒態勢に入っている。


「彼奴らラグノス計画の腐った果実たちは、三日前の21時32分にこの仮拠点に潜入を試みた」


 時雨同様コンテナの裏側からそちらの状況を俯瞰し確認していた禍殃。彼は不愉快極まりないと言わんばかりの面持ちで片眼鏡を押し上げる。

 

「私が拠点として利用していると理解しての行動か、あるいは貴様らレジスタンスが地下を根城にしていることから、次期都市化計画の過程で生み出された地下空間を洗ったのか……いきさつは知らぬが、彼奴等はこの場所を特定した」

「俺が言うのもなんだが……あんたは敵対勢力に土足で足を踏み込まれすぎじゃないか」


 真っ先に彼の拠点に足を踏み込みジオフロントに改築した無法者は、時雨をはじめとしたレジスタンスだ。鼻で嘲笑う禍殃から視線を逸らして敵の警戒状態を目測する。

 敵が生身の人間であれば六人くらいなら辛うじてどうにかなる数値だ。だが敵は『鉄のような無人軍隊』Unmanned Iron Forceであり、その突破口はやすやすとは見いだせない。

 超人的な脳略を駆使する禍殃と違って時雨にはナノマシンを操る術はない。敵がノヴァの様なナノマシンの塊であるならばアンチマテリアルで対処のしようがあったのだが。それもネイがいなければ使えないわけだが。

 持ち合わせている武器といえばコンバットナイフ一本だけだ。運良くアーマーの関節部を一発で裁断できたとして、あの数のU.I.F.を捌けるかと問われれば答えは否だ。


「あの対処は倉嶋禍殃、あんたに任せる」


 過去現在未来進行形で敵対勢力であるアイドレーターの主犯格に頼るのもおかしな話だが、この閉鎖空間からの脱出に際して、不本意ながらもすでに結託は完了しているのだ。手段を選べる状況でもあるまい。

 適材適所と見極めての発言だったが、禍殃は時雨の側を一瞥するわけでもなくU.I.F.を俯瞰しながら眉根を寄せる。


「無理な話だ」

「何故だ?」

「彼奴らの周囲にギルティの抑制機構が配置されている。格納庫を囲う形でだ」


 しばらくギルティの抑制機構とやらの正体に思い当たらず考えを巡らせ、ようやくその真意を突き止める。

 U.I.F.の周囲には発電機構につながれたデルタサイトが二つ青白く発光している。宙に浮遊しながらゆっくりと横回転し、催眠を誘うような静かな機械音を鳴動させていた。


「デルタサイト……なんの目的だ?」

「私の存在を危惧してか、あるいは貴様らの組織に加担している罪の果実の抑制目的だろう」


 ナノマシンを体内に循環させている凛音や月瑠のことを言っているのであろうか。

 この施設が何者かの手によって改築されていることは防衛省の目から見ても明らかだろう。それを実施した可能性がある組織は当然アイドレーターかレジスタンスだ。それ故にどちらの組織にも当てはまるナノマシンという要素を潰しにきているわけだ。しかしである。


「デルタサイトはこの施設全体のさらに地下に配置されているはずだ。ノヴァの出現対策にだ。それだけじゃない。これまであんたに遭遇してきた時、どこにいてもあんたはその技能を駆使していただろ。デルタサイトの制御機能なんて意に介さないはずだ」


 ジオフロントの隔離施設に関しては極狭い空間に禍殃を拘禁し、壁の中にいくつものデルタサイトを配置してその技能を封じていた。

 しかし目の前の配置に関しては彼の技能を封じるほどの効果は見込めないはずだ。圧倒的影響不足である。


「従来の制御機能であれば何の躊躇にも至らない。だがあれはギルティの産物、その新型である」

「新型って……ナノマシン抑制機能が強化されているということか?」


 禍殃は時雨の問いに応答しなかったが沈黙が是であると告げている。

 何故そんなものが開発されたのかと尋ねようとして、その問いが愚問であると考えを改める。考えるまでもなくウロボロス対策だろう。

 そうなると話は変わってくる。時雨だけでなく禍殃もまた無力となると、本格的にU.I.F.の対処法が見えない。

 見る限り全てのU.I.F.がサブマシンガンを携帯し、うち二人が中腰に構えて接近者に即対応できる態勢を置いている。

 何の策も持たずにここから鉄砲玉のように突撃したら、鉄砲玉の方が風穴を空けられることになるだろう。それではあまりにも無計画すぎる。まさに無鉄砲というやつか。


「貴様が抑制機構を停止させろ」


 禍殃のその指示というより命令はあまりにも無茶振りが過ぎたが、現状格納庫周辺の敵勢力を無力化できるとすればそれは時雨ではなく禍殃だ。禍殃が殲滅を確実に行うためにはそのためのシチュエーションを形成する必要があるのだ。

 したがって消去法的に危険な架け橋を渡るのは時雨ということになる。


「アイドレーターの教祖様も、レジスタンスの司令官様に劣らず鬼畜野郎だな」


 皮肉だけ吐き捨ててコンバットナイフを上段に構える。目標はU.I.F.の殺戮ではなくデルタサイトの停止だ。

 見る限りデルタサイトにつながっている配線は一つしかない。赤ん坊の上腕ほどの太さのある配電用ケーブルだ。刃渡り二十センチ程度のコンバットナイフで裁断できるかは定かではないが、現状これで対処するしか選択肢はあるまい。


「ときに、罪深き我が娘はどうしている」


 突撃を仕掛けようとしたタイミングにそんなことを問われ、思わず拍子抜けする。

 ナイフを下ろして視線だけ振り返させると、白衣に片眼鏡の研究者気質の男がいるだけだ。よもやこの男の口から泉澄に関する質問が飛び出てくるとは思いもよらなかった。


「未だ罪深きか果実のまま、芽吹く時を待ちかねているのか」

「……あんたに父親面する権利があるのか?」


 育ての親としての使命感や義理からこんなことを問うたわけではないだろう。だが時雨の中にはふつふつと憤怒にも似た感情が湧き出し始めていた。

 時雨のそんな内心に感づいたのかそうでないのかは定かではなかったが、禍殃は特に追求してくる様子はない。そこまでの興味はなかったということか。

 禍殃の心境と反比例するように、時雨は泉澄に関する禍殃の行動について興味が多少湧き出してくるのを感じた。


「そういえば何故、風間の生体データでキメラの格納庫を開けられるようにしたんだ」

「私は愚かな娘の生体データなど入力した記憶はない」


 その返答は意外だった。確かにシエナに誘われて赴いたジオフロントの格納施設にて、泉澄は声紋・掌紋・網膜認証全てのセキュリティを通過したはずだ。


「どういうことだ、何故それならあのセキュリティは解除されたんだ」

「……下らぬ疑問はギルティに他ならない」


 どうやら回答の意思はないようである。敵対勢力の人間と質疑応答を試みること自体が愚行に感じる。この疑念自体が瑣末な疑心に過ぎないからだ。

 改めて臨戦態勢を整え、三つ深呼吸をせぬうちに潜伏地点から駆け出した。

 流石の反射能力で、時雨を視界に収めた瞬間にU.I.F.は銃口を向けて乱射してくる。脊髄で反射し別のコンテナに隠れ潜んだ。

 セキュリティの解析を試みている他のU.I.F.が臨戦してきては可能性はほぼ潰れてしまう。そのため時間は限られていた。

 荒ぶる息が落ち着くのを待つ余裕もなく、さらに敵の近くまで接近。弾幕がばら撒かれコンテナに弾痕が増殖されていく。

 聴覚を研ぎ澄まさせ発砲音が止むのを待った。数秒と経たずに途切れる。すぐには飛び出さず散らばっていたコンテナの破片を影から投げる。すると案の定といったところか破片の着地地点に数発の弾丸がぶち込まれた。

 ついでごく僅かな音であったがマガジンを排出する摩擦音が二つなるのを確認。即座にコンテナから飛び出しU.I.F.まで肉薄した。


「敵影の接近を確認、即座に銃殺をこ」


 機械的で平坦な状況整理の言葉を遮るようにU.I.F.をたたき飛ばした。

 突進からの体当たりを直撃させたわけだが、流石のアーマーと言ったところか時雨にも多重の反動が返ってくる。よろめいたU.I.F.はその後ろのもう一人を巻き込んでその場に派手に横転した。

 残りのU.I.F.がサブマシンガンを手に時雨の方に踵を返すが、わずかな隙が生まれる。その隙を逃さず時雨はデルタサイトに配電を行なっているケーブルへと肉薄した。

 前転ローリングによる飛び込みで弾幕をくぐりぬけ、直径十センチほどもあるケーブルにしがみつく。そうして力任せにナイフを叩き込んだ。


「ぐぁ……ッ⁉︎」


 手首から肘にかけて耐えられないほどの衝撃が電流となって走り抜けた。指先の感覚がなくなるほどのだ。金属が軋む音と鼓膜を突き刺すような破砕音。気づけばナイフはその中間あたりから真っ二つに折れ、先端部は粉々に粉砕していた。

 ケーブルは断線するどころか傷一つ付いていない。どうやらただのチューブだと思われていたそれは特殊金属によって覆われていたらしい。


「くそっ……斬れろっつってんだろッ」


 砕けたナイフの柄を握って力任せに叩きつけるがケーブルはビクともしない。その鈍色に光る光沢には見覚えがあった。グラナニウムである。

 悪寒が背筋を撫でた。脊髄反射でその場から回避すると同時、時雨のいた空間に弾幕が襲来する。はっとして振り返ると全てのU.I.F.が時雨に銃口を向けている。

 横向きに薙ぎ払われた弾の嵐が爆風となって時雨に襲い掛かる。デルタサイトの陰に潜み致命傷は回避するが、衝撃でデルタサイトは時雨を突き飛ばした。


「く、ぁあア……!」


 右足首に弾丸を食らっていたようだ。筋弛緩剤を大量投与したような激痛が一点に集中する。思わずその場に屈み右足を抱え悶えた。血流が絶えることなく溢れ出している。これでは立ち上がることすら困難だ。

 希望的観測にすがってデルタサイトを確認するが、今の弾幕で本体やケーブルが損傷を受けた形跡はない。

 弾丸の衝撃で数メートルほど移動したものの特にエラー症状が現れるわけでもない。依然としてデルタサイトは浮遊を続け静かに回転している。作戦は失敗した。

 激痛による呻き声を抑えることができず、それでも痛みに屈していてはもはや生存の道はない。

 機能しない足から思考を離し両の腕で力任せに床を這いずる。しかし自身の血潮で血濡れた床はひどく滑る。スケートリンクの上を氷の靴で移動しようとするようなものだ。

 派手に上半身を横転させた時雨は、自身の背後で装填音を聞き取った。今にも無防備な背中に弾幕を撒き散らされることだろう。


「なッ……ぐぁっ⁉︎」


 時雨に襲いきた感覚は弾丸が肉体をえぐる激痛ではなかった。全身を焼き焦がすような熱風が全身に押し寄せたのである。

 次いで爆音。強風に舞う枯れ葉のごとく吹き飛ばされ、離れた場所の床に叩きつけられた。

 何が起きたのか正確に理解が及ぶ間も無く、すぐ目の前に何かが落下する。激しい金属音を散らしながら弾けたそれはU.I.F.のアーマーだ。

 関節部から引きちぎれたように足のアーマーだけが転がっている。切断面は見えないが血が溢れ出している様子はない。おそらく先ほどの爆風によって丸焦げになっているのか。


「一体、何が……」


 痛む全身に鞭打ちながら上半身を起こし状況把握に努める。直ぐに理解が及んだ。

 セキュリティゲートのあった場所の数十メートル上方地点に、激しいローター音と風切り音を撒き散らしながら滞空する機体がある。霞む視界ではうまく識別できないが、おそらくコクピットには禍殃が搭乗しているのだろう。四連装対戦車ミサイルをぶっ放したに違いない。

 巻き起こされる暴風に晒されながら生存していたU.I.F.が立ち上がる。そうして銃器を時雨からブラックホークへと移行させた。


「愚行なことよ。恐れを知らぬこともまた、ギルティに他ならない」


 わざわざ使う必要があるのかと思う拡声器による禍殃の言葉に併せて、機関銃が掃射される。操縦桿を握っている禍殃がどうやって機銃を操作しているのかはわからない。単独での運用を可能に改造しているのだろうか。

 特殊弾でない通常の弾幕ではU.I.F.のアーマーは貫通し得ない。しかし無数に吐き出された弾丸のいくつかがアーマーのない関節部に着弾する。

 数名のU.I.F.はあっけなく四肢欠損し血潮を散らしながら蹂躙されていく。あまりにも激烈な惨状だった。無傷の兵士もいるようだがそれらのほとんどは銃器を失っている。弾幕によって破壊されたか弾き飛ばされたのだろう。


「皮肉な話だが……あんたの機転に感謝するしかないな」


 時雨に全てのU.I.F.の意識が集中している間にセキュリティを解除し、ブラックホークを動かしたのだろう。当初の目的とは異なったが結果的には状況は好転した。

 U.I.F.の手放したライフルに杖のように重心を預けて立ち上がりつつ、禍殃に見えるように片手をあげる。回収してくれという意思表明のつもりだった。


「っ……ッ⁉︎」


 爆風。弾き飛ばされ派手に壁に背中から叩きつけられる。脊髄で回避しなければ今の爆撃で消し炭となっていた。

 先まで時雨のいた地点の床には黒煙をあげる炎上痕がある。そこに対戦車ミサイルが打ち込まれたのだ。


「てめぇ、何のつもりだッ!」

「何、とは愚問だ。罪の果実を摘み取ろうとしただけである」


 激昂する時雨に反比例するように禍殃は至極冷静にそう応じた。

 間違いなく今の爆撃は時雨を狙ったものだ。そして罪の果実とは時雨のことを言っていると解釈して間違いあるまい。禍殃はU.I.F.と一緒に時雨を抹殺しようとしているのだ。


「いつしか貴様が復唱していただろう。裏切りは最高のギルティである、と。そもそも我々は一時的に利害が一致したに過ぎない。したらば裏切りですらないが」


 当然の解釈だ。あくまでも禍殃が敵対勢力であると思考の片隅に置いた上で、最大限信頼しない形で作戦内容を考えるべきだったのだ。禍殃がこういう行動に出ることは火を見るよりも明らかだったというのに。


「腐った果実は腐った土に還る。だがギルティをラグノスの助力にさせるつもりもない。貴様にはここで消えてもらうとしよう」

 

 這いずって逃げようとするが、あまりにも遮蔽物コンテナまでの距離は遠すぎる。あっけなくミサイルは掃射された。

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