第201話
対戦車ミサイルの爆風による威力は正直そこまで高くはない。
対戦車という名称から分かるように対象は当然戦車だ。しかし戦車は強固な装甲により防御されているため、爆発による被害は比較的少ない。その為対戦車ミサイルは爆撃ではなく貫通を用いて戦車を破壊するための兵器だ。
しかし威力が低めと言っても、人間が耐えきれるほどのものかと問われれば間違いなく否である。肉体が爆散し燃焼するほどの爆力と火力を有している。
たとえ時雨がプラナリア並みの再生力と強靭な精神力を有しているとしても、直撃して到底生存できる可能性は皆無であるはずだった。第三者の介入が無ければ。
「……ッ⁉︎」
弾丸を打ち込まれ脚を負傷しまともに歩けずにいた時雨を、コンテナの陰に引きずり込んだ少女。
流麗な黒い頭髪を爆風に吹き散らされ戦闘衣を燻らせながらも、時雨を脅威から遠ざけることに尽力していた。
「なん……っ」
当然時雨はすぐにその正体に思い当たったが、それがこの場に存在している理由を問いただす間も与えられない。ひんやりとしながらも外熱に煤け火照っている手のひらで時雨の口を塞いだからだ。
視線で真意を問おうとしてやめる。熟考するまでもなく禍殃から身を隠すためだ。
時雨が発声をやめたことを察したのか、少女は時雨の口から手を離してコンテナの末端に中腰で歩み寄る。そうして顔だけ覗かせて周囲の警戒を始めた。
時雨もまた少女に
「俺を消し炭にしたと判断した……のか?」
それとも見逃されたのか。解を得られぬままにブラックホークは天井付近まで到達した。それに併せて天井ハッチが開いていく。
直接外につながっているわけではないようで、ハッチの外側も暗い室内灯の光が漏れてくるだけだ。しかし間違いなくこの膨大な房室以外の空間に繋がっている。
多少の期待が実るのも束の間、ハッチはブラックホークの通過を確認して閉じる。
禍殃という脅威から逃れられたという事実と、唯一の外への脱出路に再び重たい錠前がつけられた事実。安堵とも落胆とも取れない複雑な感情に苛まれつつ時雨はその場にくずおれる。
「ひとまず……生き延びられたのか」
「安堵している暇は無いわ。U.I.F.はまだ健在だもの」
深いため息をつこうとして少女に腕を掴まれ引き起こされる。確かに少女の言うように、煤けて疎らに歪んだ金属製の冷たい床に倒れていた兵士たちが立ち上がり始めている。
ミサイルの爆撃で火器のほとんどが破損したようだが、U.I.F.兵士の底力は人類のそれをはるかに超越する。捕縛でもされればまず命はない。
少女に引きずられるようにしてひとまずその場を離れた。幸いこの房室は無数のコンテナが迷路状に配置されている。これが兵士が時雨らを探す上での遮蔽物となっていた。
「そろそろどうしてお前がここにいるのか教えてもらってもいいよな……真那」
兵士の足音が完全に聞こえなくなったあたりで、時雨は真那の肩を掴んで口火を切る。
長髪を揺らしながら振り返った少女。頬は煤け、自身のものか時雨のものか判別のつかない血痕を全身に付着させているが判別は容易い。
端正な面持ちは間違いなく時雨の知る聖真那だ。形容しようのない安心感がそれを物語っている。
「その前に止血しないと」
真那の言葉を耳にしてようやく自分の足首辺りに意識がいく。無理に逃走を続けたせいかどくどくと赤黒い血流が噴き出し続けている。もはや感覚もほとんどない。
「申し訳ないけれど、リジェネレートドラッグは全て破損してしまったわ」
懐から持ち出したインジェクターは、その全てにヒビが入るか割れてしまっている。中のナノマシンも全て漏出してしまったようだ。
真那が感染しかねないと危惧もするが、確かネイに聞かされた話では時雨のリジェネレートドラッグに使われているナノマシンはメディカル型だ。感染作用はないはずである。
リジェネレートドラッグがないと言うことはこの危機的状況が改善されたわけではないということ。弾丸は貫通していないが激痛と不制御感が失われるわけではない。
携帯用の包帯と止血剤で簡易的な応急処置を真那によって施される。多少は痛みもましになった気がした。
「それから、これね」
「アナライザー……持ってきてくれたのか」
手渡された物はアナライザーと未来的な小型デバイス。LOTUSの制御機構の搭載された例のデバイスに似たような設計だ。
自身のビジュアライザーとデバイスとを接続すると、すぐに電流のようなホログラムが投影される。
「なんとも窮屈な空間ですね、デバイス内部というものは」
言葉にしたように本当に窮屈そうに両の手をヒラヒラとさせるホログラムはもちろんネイだ。衣類の煤けている真那とは違って具象体のネイは当然いつも通りである。
その姿を認識して真那と合流したとき以上の安心感を得る。ネイがいればインターフィアが使える上に特殊弾を使える。リジェネレートドラッグは投与できなかったものの、ネイと合流できたのは僥倖だ。
「それから、アナライザーの特殊弾は使い物にならないわ」
「どういう意味だ?」
「私がここに来る過程で破裂してしまったのよ」
アナライザーとは別途で差し出された手のひらに乗せられた特殊弾。通常薬莢と弾丸部の間にマイクロ波を放出する超小型のデバイスが接続されている。
それらが三分割にされ、デバイス部に関してはわずかに溶解部まで確認できる。高熱で炙られたような状態だ。
「マイクロ波がなんらかの影響を受けて内部放出された影響ですね。デバイス自体に制御機構がなければ通常使用したとき同様、周囲に抹消空間を生み出し、真那様ごと消失していたことでしょう」
「幸か不幸か。真那が無事だったことだけでも良しとすべきか」
特殊弾以外のマグナム弾は携帯していないという。よもや特殊弾が使えなくなるだなんて思いもよらなかったであろうから仕方ないことだ。
しかしこうなると話は変わって来る。アナライザーが武器として成り立たない以上、U.I.F.に対抗できるのはこの身一つだ。
真那は特別な戦闘訓練を受けているため非力ではないだろうが、あくまでも生身の人間だ。U.I.F.のアーマーはその拳で砕けないし関節技を決めるにしても力不足だろう。
「大した助力にもならなかったわね」
「いや、ネイの存在があるだけでもだいぶ状況は変わってくる」
「私でなくてもいい話だわ」
応急処置を済ませた時雨の足首に包帯を丁重にかさね巻きながら、真那は淡白に告げた。
尻目に表情を伺うが特別落胆した様子も気兼ねした様子もない。しかし散々真那の表情を伺い続けてきた時雨には、僅かな真那の思考の変化が読み取れた。
「真那が来てくれたおかげで、だいぶ精神的にマシになった」
「そう」
他に言葉はないのかと遠慮のないジト目を投擲してくるネイとは対照的に、端的に相槌を打った真那。
この言葉が最善の選択だったのか否かは判別がつかないが、特に言及してくる様子もない。それよりも今は他に問わねばならないことがある。
「それで、結局ここまでどうやって辿り着いたんだ」
真那による超簡潔な説明とネイによる補足から大体の経緯は把握できた。
ジオフロントのアーセナルにある格納施設から、次期都市化計画のために作られた経路が見つかったこと。その経路が鈴なり状に展開され、そのうち一つに真那をはじめとした小隊が進軍し結果この場所に辿り着いたと。
「つまり、この施設はジオフロントに繋がっているのか?」
「確かに真那様があの経路からこの場所にたどり着くことができたことから、その結論に至ります。ただ時雨様、おそらくこの場所とジオフロントとでは、物質的な空間の接続はおそらくありません」
ネイの言うことには真那に後続していた他のレジスタンスメンバーが数人いたと言う。その者たちはこの場所に来ていないのだとか。
「電波暗室化されていて、無線も繋がらないから彼らの安否も確認できないわ。それは彼らから見る私たちの状況にも言えた話だけれど」
真那の簡潔な説明からうかがえる事実関係。どちらかと言えば失踪したのはレジスタンスの構成員たちではなく、真那の方だろう。
時雨の救助のために編成された部隊であるはずが、結果的に防衛省勢力の有する人質が増えただけだ。
とはいえこの未知の空間にネイという存在がやってきたことは、間違いなく状況の好転につながると言える。時雨の思考レベルと軽率的な行動ではリスキーすぎた状況が、多少は緩和されたと言っても過言ではない。
それに時雨に限ったはなし、真那という存在が救援に来てくれたという事実。それだけで切迫した状況がかなり解消された。感情論だが。
「物質的につながっていないというのは、つまるところ経路として繋がっていないということか」
改めて話しを元に戻し、武器として利用できないアナライザーはホルスターごと仕舞う。
「時雨様の探索に伴い、私はくだんの端末の解析から任を外され、次期都市化計画の副産物たる地下空間の解析に努めました。結果、無数に分岐したあの経路の延長線上に、これだけの空間を有する房室は存在しないことが判明しているのです」
「でも私は実際に分岐点からこの場所にまで送られたわ」
「真那様、ほかのスタッフから離反された直後、どのようにしてこの空間に移送されたか記憶はございますか?」
その問いに真那は応じかねている様子だ。
聞くところによれば仲間からはぐれた直後に、真那とネイは赤錆だらけの硬質な鉄壁の空間に投げ出されたという。扉のない通路が延々と続き、脇道が鈴なりに並んでいたとか。
「落下してきたはずなのだけれど、でも天井には開閉装置はなかったわ。通路を進んでセキュリティゲートを抜けた先に、この迷宮みたいな房室があったのよ」
間違いなく時雨の落下地点と同じ場所だろう。真那が指をさす方角も時雨の来た方角に一致している。
それぞれ別の場所から落下したというのに行き着いた先は同じ。不可解な話だ。
「時間間隔的には一瞬だったわ。何かしらの形で移送されたにしても、私の体感時間に違和感が生まれていないことがおかしいし……」
そもそも真那は時雨と違って落下時気絶していない。防衛省の手によって人為的に移動させられたわけではなさそうだ。
「まさか瞬間移動か?」
「さすがに今の技術力でもテレポーテーションの実用化は無理です」
当然の話だ。
「まあとにかく今はこの状況を切り抜けることの方が優先だな」
「ユニティ・コアの反応から、房室内部に点在するU.I.F.の数は十六。時雨様がダウンさせた固体や、倉嶋禍殃の爆撃によって爆散した個体のユニティ・コアが破損せずに稼働していると解釈するならば、生存しているU.I.F.は七人です」
ネイの投影した簡易ソリッドグラフィ上には確かに十六の反応がある。そのうち鳴動しているものは七つだ。
「この足じゃ、接近戦を試みても命を落とすだけだな……」
真那による応急処置はあったが、絶え間なく滲みだす赤いシミと警鐘の様にガンガンと襲い来る激痛を鑑みれば激しい運動は非現実的だ。
しかしアナライザーは武器として成立せず、U.I.F.の武装もまた個体識別コードによってロックが掛けられる。さりげなく真那の武装をうかがうが武器らしい武器はライフルが一丁だ。
時雨の視線に気づいたように、真那はマガジンホルダーから空の弾倉を引き抜き床に置いた。弾丸も装填数分だけということか。
「装填済みの弾丸は九発だけよ」
「連中の装備から回収できないか?」
武器自体にセキュリティが掛けられているにしても、弾丸にはセキュリティそのものが存在しない。マイクロデバイスの搭載されている指向性特殊弾であれば話は別だろうが。
「銃の規格が違うために使用弾丸も不適合です。見た限りU.I.F.がつかっていた短機関銃はクリスヴェクターでしたしね」
「自衛隊のくせにアメリカの銃を使ってんじゃねえよ」
見る限りホロサイト以外の光学照準器は携帯していない様子だ。
「サプレッサーは常備してる。でも……このサイトじゃ精密射撃は難しいわ」
筒状の静音マズルを銃身に取り付けつつ不安げに肩を竦める。
U.I.F.を初弾で屠るためにはアーマーのない関節部を的確に撃ち抜く必要がある。弾丸にほとんど余裕がない以上、遠隔からの狙撃も非現実的か。
「時雨、あなたのインターフィアで精密射撃はできないの?」
「確かにインターフィアなら対象の筋肉の動きから弾道を予測することはできる。だが自分の弾道を誤差なく認識できても、どこに着弾するかは弾丸しだいだ」
時雨の射撃スキルは狙撃ではなくどちらかと言えば近距離型だ。
遠隔からの狙撃経験もないではないが、狙撃銃ならともかく今回用いるのはアサルトライフル。銃の特性を理解できていない以上、スキル不足感が否めない。
「なら、私が撃つ」
「インターフィアによる恩恵は受けられないぞ……いや、俺のARコンタクトを使えば、ネイの特殊技巧も使えるのか?」
「ARコンタクトはあくまでも、大脳皮質に埋め込まれているインプラントチップの描画情報を眼球に映し出しているにすぎません。時雨様のARコンタクトを真那様がつけても、真那様が普段見ている
つまるところネイの特殊技巧を完璧に使いこなせるのは時雨以外にはない。
この状況下で真那が狙撃を行うということはつまり、弾道予測アシストなしの個人スキルだけが必要になるということ。
唯奈のような狙撃肌ならともかく真那はもともと隠密調査型だ。実戦経験が豊富とはいえ銃の扱いが突出しているわけではない。
「時雨の場合、インターフィアを展開している状態でホロサイト越しに射撃するのは技術的に難しいはずよ」
真那の懸念は熟慮に値する。本来インターフィアは対象の筋肉などの構成要素の動きから次の行動を予測するものだ。
したがって自分が発射する弾丸の弾道を予測するものではない。たとえインターフィアを用いていても弾丸は対象をホーミングしてくれるわけではないのである。
「だから時雨がU.I.F.の気を引いてくれればいい。後は私が物陰から狙撃する」
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