第194話

 現場にまでは通常通り車両で地下運搬経路を経由して向かうという。防衛省による一部の地下封鎖が行われている以上、リークされないか不安が残る。しかして現状移動手段として一番捕捉されにくいのはそこしかないのだ。

 招集まで少し時間がかかるとのことで一時的に司令塔から出て、数秒逡巡したもののアーセナルに向かうことにする。


「ふぅ……」


 出向いたタイミングが良かったのか泉澄はキメラに搭乗していなかった。何度か試乗をしたのか、僅かに汗の滲んだシャツの袖を引っ張り皺をただす彼女。

 そうしてもう一度溜息をつくと申し訳程度にふくらんだ丘陵の前で腕を組む。うーむという声が実際に聞こえてきそうな思案顔で唸っていた。


「難航しているみたいだな」

「時雨様、いらしていたのですか……!? 失礼致しました、このような不衛生な格好で……」


 接近に気がついていなかった様子の彼女ははっとしたように自身の胸元を隠す。多少汗が滲んではいるものの不衛生と呼ぶには清涼感があり余りすぎている。

 おそらくは寄った皺やその他諸々の事象を含めての『不衛生』だったのだろうが、傍目から見て彼女は常通り衛生的だ。


「いやそのままでいい。それより、キメラの試乗演習をしているらしいな」

「あ、はい、この機体は完全マニュアルインプラントなので、設計図から機体との連動を機械的に覚えるよりも、実際に操縦士体で覚えるほうが効率がいいんです」

「それは分かっているが……どうしてそんなに必死になって演習するんだ」


 アーセナル演習場には無数の奇々怪々な機器が設置されている。

 おそらくは対立体機動戦車などとの擬似戦闘を行える演習システムなのだろう。いたるところに短砲身弾頭の薬莢や爆撃痕、弾痕などが残っている。散々キメラで暴れまわった証拠だろう。

 泉澄はその問いに少しの間沈黙で応じていたが、わずかに目線を伏せ申し訳無さそうに声帯を震わせる。


「今回、最高の布陣を築いていたはずの状況で、僕は山本一成と相対し敗北してしまいました。勝たねばならない場面で僕は……」

「悔やむ気持ちはわからないわけじゃないが、あれは仕方ないだろ。ユニティ・ディスターバーは事実上無力化されていたんだから」

「あの時点では敵の機体はこちらの撹乱のためとはいえ一時的に無力化状態を装っていました。つまり僕と山本一成の一騎打ちだったのです……それなのに」


 泉澄は目で見て解るほどに項垂れる。基本的に気落ちしても相手にそれを気取られない堅忍不抜の印象の彼女。そんな反応を見せるとは思わなかった。

 きっと彼女は山本一成に敗北したことよりも、あの場面で自分に与えられた使命を全うできなかったことを悔やんでいるのだろう。

 普段から時雨を仕えるべき主君として慕ってくれている彼女のことだ。レジスタンスの一員として強攻策の要として動員されたことに誇りのようなものを抱く一面、一抹の憂慮や底知れぬ責任も感じていた。

 勿論そこには、元々父親であった人物の機体を使っていたからこそのプライドの損耗もあったのかもしれない。

 強靭な精神力を持っているように思える反面、彼女はあくまでも生身の人間だ。些細な事で消沈し心の障壁が歪みとなって生まれてくる。


「……それでも風間のおかげで助かったのは事実だ」

「時雨様」

「あの逆境で俺たちが五体満足生き延びられたのは、強行軍あっての戦果だろ。あの時お前が乱入してくれなければ俺たちは死んでいたはずだ。結果的にメシアに敗れたとしても、総合的に見れば俺たちは当初の目的を達成した。縁の下で風間が戦局を支えてくれたおかげだ」

「僕はお役に立てたのでしょうか……」


 それには答えなかった。これ以上は言葉を必要としないだろうから。

 今の言葉に伝えたい事を込めた。それを泉澄がどう取るかは分からないが、彼女なりに納得の行く解釈をしてくれればそれでいい。


「それにしても、いつからキメラを操縦できるようになっていたんだ?」


 泉澄がインプラント接続していないため動力停止状態に陥っている機体を見上げる。最後にこれを目にしたのは、倉嶋禍殃が設営したと思われる格納庫の中に封じらた状態にあった時点だ。

 あの時は単なる偶然で泉澄の生体データが掌紋認証、声紋認証、網膜認証といった三段階認証を解除できることに気がついた。しかしあの時点では機体を駆動するに至っていなかったはずだが。


「キメラに搭乗したのは、作戦決行直前が初めてでした」

「ということはぶっつけ本番であれだけ動けたということか」

「勿論ボディスキャン適性などは以前から行っていたため、風間泉澄という人間の生体データがキメラに受け入れられることは解っていました。O.A.に搭乗して練習もしていましたし」


 他の人間が搭乗しても動力駆動に至らなかったことは知っている。

 泉澄の生体データが受け入れられたのはコックピット登録に風間のそれがインプットされていたからだ。したらば倉嶋禍殃が風間を登録したということになるわけだが。

 表情から疑念を読み取ったのか泉澄は小さくうなずく。


「僕にも、どうしてあの男がそのような発想に至ったのかは分かりません。僕はあの男に対して、確かに忠誠にも似た献身をしていた時期もありますが、それでもあのような偶像崇拝者が自分以外の人間を信頼していたとも思えません」


 献身という言葉を発するのを僅かに躊躇った彼女は、おぞましい体験を想起するように視点を震わせた。一時的にでもアイドレーターに加担し、あの大量殺戮者を慕っていたという事実に自責の念や悔恨を隠せないのだろう。

 彼女は自身の手のひらをじっと見据えその中に何かを見出すように眉根を寄せた。

 

「本当にそうか?」

「え?」

「本当にそう思うか? 倉嶋禍殃はただ狂っているだけだと、そのためにあんな殺戮劇を犯したのだと……それも間違ってはいないんだろうが、俺はそれだけだとは思えない」


 度々思ったことがある。彼は確かにアイドレーターの首謀者としてノヴァによる殺戮を引き起こした。それは拭い去れぬ事実だ。

 彼がノヴァ崇拝という理由でそれを引き起こしたことも、アイドレーター日報なる犯行声明から確定している。

 だが本当にそれだけなのか。倉嶋禍殃はノヴァという神の使いによる世界の掌握のためだけに狂っているのか。


「救済自衛寮、風間もあそこの孤児だったんだから知っているだろ。倉嶋禍殃が度々あそこに出向いて何かをしていたことを」

「はい、実際に僕は彼に見定められ、アイドレーターに引き入れられました」

「救済自衛寮は元々ラグノス計画を円滑にすすめるために、実験素体を養成するべく設立された施設だ。正確なことは解っていないが、管轄が化学開発部門ナノゲノミクスであったことも知っている。当時防衛省の人間だった倉嶋禍殃は、その化学開発部門の局長だった。これが意味することは、つまり──」

「倉嶋禍殃も、ナノマシン創造に関わっていた……!?」


 はっとしたように泉澄は息を呑む。禍殃がナノテクノロジーに関与していることは以前から何となく想像していたことだ。

 泉澄もそれは理解しているだろう。それ故にその驚愕には別の意味合いが重なる。

 

「つまり倉嶋禍殃はノヴァがナノマシン──人工物であることを知っていたはず。それなのに彼はノヴァを神の使いと呼称し、あまつさえリヴァイアサンを神そのものと形容した……」

「当時は俺達もあいつがただ狂っているだけだと思っていた。だが今は違うとはっきり解る。倉嶋禍殃は敢えてそういう姿勢を振舞っていただけだ。人工物にすぎない、それもおそらく創造に自分自身も関わっていただろうナノマシンを、文字通り偶像として崇拝する姿勢を取ることで……何かを隠蔽しようとした」


 それは彼の真の目的といえるだろう。神による世界の蹂躙。そのような不確定・抽象的な目的を提唱することで真の大命を隠匿した。

 以上の点から推察できることは何か。その隠匿対象はαサーバーを利用できるリミテッド住民の全てに適応されるように思える。だがおそらくは違う。彼が目論んだのは『自分が狂っている』と対象に思わせることだ。

 

「倉嶋禍殃がナノテクノロジーの本質について理解していることを周知しているのは……防衛省だけ」

「おそらくあいつは防衛省に自分の行動原理の不確定さを印象付けようとしたんだ。自分がすでに狂ってしまっていると思わせることで、防衛省の監視の目を撹乱させようとした。結果として、今俺達は奴の居場所を特定できずにいる。防衛省もきっとそうだ」

「つまり時雨様は倉嶋禍殃の目的は防衛省に反旗を翻すことだったと言いたいのですか?」


 そうとしか考えられない。彼は当初よりアイドレーター日報にてラグノス関係者を『腐った果実』と形容していた。これは明確なラグノス計画に対する反逆声明に他ならない。


「例えそうだとしても……あの男が犯罪者であることに変わりはありません」

「そうだな。だがこれで何となく風間がキメラを扱える理由が解った気がする」

「え……?」


 言葉の意味を測りかねたように不審げな顔で見つめてくるのに対し、敢えて解説はしない。

 妄想にすぎない可能性もあるし、そうでなくともこれは泉澄自身が気づいていかなければならないことだろう。そのためにはまず彼女の純粋すぎるがゆえに凝り固まった考え方を正すべきかもしれないが。


「時雨?」


 まだ収集に時間が掛かるとのことで真那の見舞いにでも行こうかと考えていた矢先、医療施設の入口付近でその本人に遭遇する。

 医療用の衣服を身に纏っているかと思われたがそうではなく、あまり見慣れない私服を身につけていた。

 頭部には包帯など巻かれている様子もなく、また館内スキャナの真下に陣取っているところを見てもこっそり病室を抜け出してきた様子もない。


「怪我の容体は?」

「元々保険みたいな検査だったもの。脳内インプラントの損傷が危惧されていたけれどそれもなかったわ。ARコンタクトの接触障害も起きていなかったから、頭皮の傷の療養だけで済んだわ」

「なら、もう退院なのか?」

「いえ、まだ諸診察が終わっていないから、今日中に解放されるのは無理そうね。今は休憩をもらったところよ」


 彼女曰く施設外に出なければ数時間出歩いてもいいとのことであるらしい。

 施設内には目ぼしい要素もなく暇を持て余していた所、時雨が施設に向かってきているところを目撃しここまで降りてきたという。


「面白いものなんて何も持ってきていないぞ」

「私はもう子供じゃないのよ、物で釣られるような年頃でもないわ」


 本来であれば不服そうに言うべき発言であったが、案の定真那はとくに気にした様子もなく肩を竦めてみせる。

 そうして少し話し相手が欲しかったのだと意思表明した。


「珍しいこともあるもんだな」

「対話が嫌いなわけではないわ。ただ不要な会話に時間を浪費することに、些か反抗心が芽生えてしまうだけよ」


 集団の輪に入れない深層心理である。


「真那が療養すらしていないとなると、ここに来た意味もなくなったな」

「船坂さんのお見舞いに行くのはどうかしら」

「そう言えば波乱続きで全然顔出せていなかったな……どんな様子なんだ?」


 その問いに真那は自分の目で確かめるといいとだけ述べ通路を歩んでいく。真那が今半入院している部屋や、以前何ものかの襲撃を受けた昴が治療を受けていた部屋がある階層を超える。

 やがて訪れた堅牢なセキュリティゲートが鈴なりに立ち並ぶ階層には見覚えがあった。

 昴の見舞いに出向いた際、一度だけここに来たことがある。船坂の容体を確認しに来たのだ。その時彼は全身にチューブやら何やらを接続され存命措置を図られていた。だが今抗菌用の隔離ガラス越しに見える彼にはチューブらしきものは殆ど接続されていない。

 点滴なのか輸血なのかは分からないが細い管が手首から伸び、酸素吸入器が口部に重ねられてはいる。生死を争う極限状態というわけではなさそうだ。もちろん瀕死であることは変わりないが。


「まだ一度も目をさましていないそうよ」

「そうか……ジオフロントが襲撃されてからどれくらいが経った?」

「襲撃は八日だから、昏睡してから十八日経過したわ」

「昏睡して目を覚ませなくなる期間ってあるのか? 何ヶ月以上目を覚まさないともう目覚める見込みが無い期間というか」

「医師の話を聞いた限りだとなさそうね。でも現状の治療だと、目覚める確率は限りなく低いそうよ。船坂さんの状態は、どうにも不鮮明なところが多いようだから」

「不鮮明?」


 船坂は左胸部、右腹部、右肩上腕部に近距離から9mmパラベラム弾を受けたという。すべて急所を外していたが、一時間近くの間応急処置すら受けられずに出血を続けていたため致命傷に至ったのことだ。

 しかし弾丸は全て摘出し、その上で脳の状態を確認したが脳には一切の障害が残らなかったというのだ。


「これだけの長期間の昏睡なら、外傷性脳損傷を起こしていて然るべきよ。船坂さんは目を覚まさない……医師も頭を抱えていたわ」

「脳への障害が原因じゃないなら、一体何なんだ」

「確証はないけれど、他には精神的なショック症状が上げられるらしいわ。記憶喪失ならともかく、意識不明状態に陥るなんて非科学的な現象らしいけれど……それに、あの船坂さんが精神的に衰弱して昏睡するなんて信じられないわ」


 不死身の英霊イモータルスピリットと呼ばれた船坂が、か。

 時雨はそうは思わない。確かに強靭な精神力と肉体を兼ね持つ船坂ではあるが、精神的な弱点がないわけではないのだ。

 彼には何者よりも信頼に足り慕い敬い合う関係の存在がいた。その関係がその張本人の手によって引き裂かれたのだというのならば、船坂であっても耐えられるとは思えない。

 彼はU.I.F.のような『鉄のような無人軍隊』でもなければ、時雨のような鉄の心臓を持つサイボーグでもないのだから。


「まあ気持ちがわからないわけではないよな。俺だって真那に撃たれたら回復できても不貞寝する自信がある」

「あなたはドラッグを使えば治せるでしょう」


 そんな精神論や感情論とも言えるような不確定要素は、最初から真那の中にはなかったようだ。

 理屈と理論ばかりで構成された真那の判断基準では、どれだけ考えても納得の行く結論には至らないだろう。


「……俺も感情的になったもんだな」

「時雨は出会った時から感情的だったわ」

「昔と違って今の真那からしてみれば、よっぽどの堅物相手じゃなければそうだろうよ」

「……そうね」


 失念していた。目の前の真那に別の人格を照らし合わせるような発言は禁句だった。

 時雨が知っていて真那自身が知らない真那の人格。それが話題に上がるとき真那はかすかに哀愁を漂わす。注意しなければ気が付かないほどにかすかな変化だが。

 ネイがこの場にいれば、『また地雷を踏みましたね地雷処理班ならぬ地雷自爆班の時雨様』とでも叱責してきそうなものだ。


「それならその聖真那はきっと、私とは比べようもないほどに感情的だったのでしょうね。私とは全くの別人と解釈していいくらいに」


 思わず真那の顔を凝視していた。違う。明らかにこれまでの反応と。

 いつもの卑屈な哀愁の表情がそこにはない。どこか落ち着いた様子で真那は腕を組んだまま目を伏せている。


「……気負わないのか?」

「それなら聞くけれど、あなたは私を気負わせたくて違う人格を引き合いに出したの?」

「そうじゃないが……」

「それと同じこと、意識せずに人の深層心理は言葉や体面に表れてしまうものだもの。あなたが私の人格を拒絶しようとしたわけじゃないことは分かっているわ。それなら、その話題に転換するたびに落ち込んでいるのは酷く馬鹿らしいじゃない」


 彼女はふふっと少しだけ破顔する。表情括約筋が緩む程度の微笑みだったが、真那の笑顔なんて滅多に見られない。


「それに、今あなたの前にいるのはこの聖真那だもの」


 なだらかな胸元に手のひらを添えてもう一度瞼を落とした。


「急に、図太い精神力になったな」

「他に表現法はなかったのかしら」

「これまでの真那は普段こそ鉄仮面だが、事この話題に至ってはガラス細工並みの精神力の弱さを誇っていたからな」

「そうかも知れないわ。でも今の私は一人じゃないもの。私の存在を証明できる存在が私以外にここにある……だから、私はもう怖くないのよ」


 彼女が手のひらを添えているのは、どうやら自身の心の臓を示す胸元では無いようだった。

 彼女の首から下げられている繊細な鎖を見れば、手のひらの重なる位置に蓮のペンダントがぶら下がっているのだろうと推察できる。


「掛けていたのか」

「ええ、どんな時でも私は普通の聖真那でいたいから」


 慈しむように指先で金属の感触を撫でる真那を見ていると、どうにも面映おもばゆいような感覚に陥る。彼女は『普通の真那』という時雨の発言を未だに気にしているのか。

 しかし皮肉な話だ。真那が自分自身の存在証明の媒体にあろうことか蓮のペンダントを選ぼうとは。

 レジスタンスを含む人間たち全てを掌握し、生態系にまで干渉しようとしている非道の人工知能を揶揄するその花を。


「しかしどんな時でもということは、今にかぎらず常につけているのか?」

「ええ。先日の哨戒任務の際もつけていたわ。時雨は付けていなそうだけれど」


 真那は少しばかり気色ばんだように横目に時雨の胸元を伺いつつ、『間抜けな話ね』と自嘲するように呟いた。


「間抜け?」

「……なんでもないわ」


 理解力の足りない時雨に呆れたのかあるいは理解してもらいたいという意思自体がないのか、どうでも良くなったように胸元から手のひらを離す。

 

「似合ってると思うぞ」

「私、服の下につけているのだけれど」


 身の置き場をなくしてとりあえず煽てようとしたものの墓穴を掘る。

 そんな姿が酷く滑稽に見えたのか、彼女は小さくため息をつくにとどめて船坂の治療室に背を向ける。


「部屋に戻るのか?」

「いえ、ブリーフィング招集が出ていたから」


 真那に言われて通知を確認すると確かに棗から収集の通知が来ている。

 おそらくは件の薬物の調査を決起する上で、本調査に参加するメンバーに連絡事項などを済ませておく目的だろう。

 であれば出席する必要がある。そのため真那の背中を追おうとしてはっとして彼女の肩を掴んだ。


「参加するとか言わないよな」

「そのつもりはないわ。調査概要の確認をしたいだけよ」

「本当か」

「疑り深いのは懸命なことだけれど、時に相手にも懐疑心を植え付けかねないわ……勿論スタッフの生死に関わるような重大な任務であれば、病室で一人安泰を貪っていることなんて出来ないけれど。今回はあくまでも現地調査なのでしょう?」

「ああ、ユニティ・コアの反応はない。もし防衛省の人間が潜伏していたとしても、少なくとも生身の人間だろうな。まあだからブリーフィングに参加する必要もない。真那は検査を受けて安静にしておけよ。いつまた生死を問われる事態に見舞われるかもわからないんだ。全体周波数を開通させておくから、無線で状況の把握をしとけ」

「……そう、ならいいのだけど」


 真那は歯の奥に何かが挟まったようの歯切れの悪い反応を返してきた。彼女自身、明確な懸案があるようではなさそうだが。何となく嫌な予感に心中苛まされているといったところであろう。

 彼女を病室にまで誘導してブリーフィングの行われる会議室まで歩を進める。

 その道中で何となくボトムのポケットに手を重ねた。その中に無造作に押し込まれた鎖をたぐり、その先に繋がっている向日葵を模した金属をなぞる。

 ひんやりとした感触が伝わってくる度、香ばしい太陽の花の香りが鼻孔をかすめるような感覚に陥った。


「自分の存在を証明できる存在……か」


 時雨にとって真那の存在とはいったいどちらがホンモノなのだろうか。考えてもやはり答えは出そうになかった。


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