第187話
機銃が火を噴きペイント液でも木材に撒き散らすように弾丸がハイウェイを抉る。コンクリートが無数に撒き散らされる中、幸正は後部座席の足元に収納されていた金属の筒を豪腕で担ぎ上げる。
助手席側のドアを蹴り開けそこから身を乗り出し、肩に担いだロケットランチャーから弾頭を吐き出させた。マヌケな音を吐き出しながら飛び出した弾頭は錐揉みしながらブラックホークに迫る。機体はそれを難なく回避するが、弾雨もまた逸れて後方に流れていった。
「南西南80、仰角62」
「正確な射撃は不可能だな」
どうやら棗の指示した数値は弾頭を射出する方位・角度であるらしい。その指示を受け仰角を変更した幸正は、装填しなおした弾丸を再度空へと吐き上げた。
これもまた回避することで避けられる。すかさずそこに新たな弾頭が襲来した。ヘリは機敏な身のこなしでそれをまた回避する。弾頭は着弾することなく機体を素通りして後方へと沈んでいく。
棗の指示した方位に誤りがあったのか、あるいは幸正の精度に問題があったか。少なくとも機体が回避運動に出ずとも弾頭は空振りする軌道にあった。
「このままじゃいずれ追いつかれる、撃墜できなくても距離を離さないと。ロケランじゃ拉致があかない、別の迎撃手段を考えるべきだ」
「その必要はない、撃墜のための最終調整が済んだところだ」
棗のその言葉の意味を理解するよりも早くブラックホークの軌道が狂う。一寸の狂いもない的確な操縦で追随していたはずの機体は、セイフティシステムが外れた溶鉱炉のように暴れだし回転する。
ぐぉんぐぉんと制御の効かなくなったブラックホークは下降を始め、横倒しになる形でハイウェイに墜落した。
低高度を航行していたためか爆発は免れたものの、炎上し墜落の衝撃で機外に弾き出された搭乗員は半焦げになって燻っている。息はあるものの、あれでは時雨たちに危害を加えることなど叶わないだろう。
ひび割れたフロントガラスの中央にはクモの巣状に赤く亀裂が走っている。ペンキでも塗りたくったような血糊を見れば、副操縦士の墜落以外の死因が見て取れた。
どこかに待機していた狙撃犯による撃墜だろう。先ほどの弾頭牽制は、所定の座標へと誘導するための強引な手段だったわけだ。
車両は火の海と化した機体の残骸を既で回避しドリフトの要領で軌道を修正する。前方には急速に迫ってくるA.A.群が伺える。
「敵陣との接触まで数十秒といったところだろう」
「チャンスは一度切りだ、準備はいいか烏川」
「は?」
唐突な発言に思わず呆けた声を出したが、どういう意味で準備どうのと尋ねられたのかは瞬時に察しがついた。先ほどのまでの話の文脈からして、発信機の奪取に関わることで間違いがない。
まともな武装などもしていない大衆向けの一般車両で突っ込んで、軍用に開発された二足戦車に対しどうこう出来るはずもないというのに。一体棗は何を考えているというのか。
「接触まで僅かだ。手短に言う、黙って聞け」
「はぁ」
「山本一成が発信機を持っているということは、おそらくA.A.群の内側に陣取っているであろうメシアの内部にあるということになる。それを奪取するとなると、敵陣に単身突入してメシアの懐から掠め取る必要があるわけだ」
「ですがその懐がグラナニウムで出来た頑強な鉄の塊であるという前提を鑑みれば、その作戦の難易度は格段に跳ね上がりますね」
「ああ。それを実現するためには、烏川、君のその右腕が必須となる」
右腕と言われてそれがアンチマテリアルのことを指しているのだと理解する。
アンチ・マテリアルはあくまでもノヴァ、正確にはナノマシンを抹消するための機構であるはずだ。メシアに対して有力な特攻作を秘めているはずもない。
「疑問はあるだろう。だが今は黙って聞くんだ。その右腕でA.A.の胸部装甲を破壊しろ。おそらくアレがある」
「あれ?」
「説明している暇はない。もうじき接触する」
棗の至極冷静な言葉に反比例するように、状況は激烈なものへと変貌を遂げていた。A.A.はすぐ目前にまで迫り、接触までの猶予がコンマ次元にまで切り詰められていたのだ。
展開されたチェーンガンの銃口が火花をちらし、それを間一髪で回避した車両の軌道修正前地点に単身砲弾が炸裂する。次いで無形弾頭がいくつも錐揉みしながら飛来してくるが、巧みな回避技術で全て車体を避けコンクリートに着弾した。
爆音とともに足場が隆起し前輪が跳ね上がりはするものの、被害はそれだけに留まった。棗の神業とも言える操縦技術。ドリフトの連発でA.A.の間隙を抜ける。
狭いハイウェイを巨大な金属戦車が何台も縦横無尽に駆け巡ることなど出来るわけもなく、当然のように衝突し合う。
後続の機体もまた玉突き事故の要領でひしめき合い、まともに照準を時雨たちの車両に定めることなど出来るはずもない。味方を撃ってしまうような事態に発展させる事もできないわけで、既にA.A.たちは無力化していた。
「これなら──!」
「待て」
一気にメシアにまで接近できると発言しようとして幸正に制される。
互いが互いの抑止力になりうるその状況で、いち早く悪状況から脱したA.A.もあった。数機のそれらは敵軍第一群から抜け出しメシアへと奔走する時雨たちの車に追随するように、群集から飛び出してくる。
そうして的確な遠隔射撃をけしかけてきた。棗はバックミラーだけで状況を察するなり、無駄のないハンドルさばきで寸前での回避を試みる。弾丸がフォルムを抉り銃痕を刻みつけるが大破炎上には至らない。車両は速度を落とすことなく爆走し確実にメシアへの距離を詰める。
胸部装甲を破壊しろと言われたが、そもそもどうやってあの巨体に単身で強撃を仕掛けろというのか。
そもそも先ほど棗はメシアではなくA.A.と言った。メシアは四足歩行獣型戦車であって厳密には二足歩行のA.A.ではない。
また彼は胸部装甲に『アレがある』といった。アレとはおそらくユニティ・コアのことであろうが、機内に小型の核融合炉を有しているメシアにはそれがない。
そこから詮ずるに棗はメシアではなくA.A.にアンチマテリアルを叩きこめといったわけだ。しかしそれに一体何の意味があるというのか──。
「A.A.が接近戦を仕掛けてくる。烏川、準備しろ」
「いや準備って言われても──」
「問題ありません。準備は整っています」
棗の意思を正確に汲み取れず言葉を濁した時雨の代わりに、ネイは問答無用で躊躇を払いのける。ネイは棗の作戦の本質に気がついているのだろうか。
もはや言及の余地などはなかった。弾丸ではこの車両を食い止められないと判断したのであろうA.A.が、爆速で接近してきていたためだ。鉄骨のようなアームを振りかざし上方から何百トンという重量で叩きつけてきた。
間一髪でそれを回避するが、その衝撃に耐え切れなかったようにコンクリートが跳ね上がり、車両の右輪もまた弾きあげられる。本来ありえない角度にまで持ち上がった車両。その状態でドリフトなどすれば確実に制御がきかなくなり、車はスリップする。そうなれば最期だ。
その好機を逃すはずもなく、A.A.は単身砲照準をこちらに定め弾頭を射出させた。
「伏せていろ!」
こちらの車両を飲み込んでの爆発であったはずだが、視界全体を覆い尽くす炸裂は危害を及ぼしていない。尋常ならざる爆風に車体の傾きはさらに悪化したが、砲弾は確かに着弾していなかった。
硝煙が晴れ何が起きたのかを理解する。単身砲塔は銃口部から数十センチに渡り爛れひしゃげている。どうやら幸正が射出の直前に弾頭でも炸裂させたらしい。
それでもA.A.の猛攻は止まない。これでもかと言わんばかりに傾いている車体に再度巨腕での強襲を仕掛けてきたのである。
「──今だ、行け!」
その絶好のタイミングを棗は見逃さない。無論時雨もだ。
傾き上部に開く状態になっていたサイドドアを蹴り飛ばし、そこから足のバネを活かして跳躍した。迫るA.A.のアームにしがみつく。
百数十キロという速度で爆走する車両と、それに並走するA.A.。その間にある空隙を埋めるためには、双方のどちらかが可能な限り対象に接近する必要があった。
こちらから接近しては相手に反撃の意図を汲み取られかねない。つまり必然的にA.A.による接近戦しかその機会はなかったわけである。
「時雨様、振り落とされる前にアンチマテリアルを──」
「分かってるッ」
ネイに指示されるまでもなく胸部装甲を力任せに殴打した。グラナニウムの装甲をただの殴打で貫通できるはずもなくそれどころか傷一つつかない。
反動が右腕の芯にまで届き、数万ボルトの電流が流れるような鈍痛とも鋭痛とも取れる激痛が肩を襲った。
「クソ──」
「上出来です」
振り乱されるアームにしがみついたまま悪態を放つ時雨とは相反して、ネイは満足気に褒める。そうしてA.A.に対して細い腕を掲げた。
「侵入します!」
無数に出現するポップアップホログラムウィンドウ。それが急激に増加してはそれ以上の速度で消えていく。サイバーダクトにも似た光景。
何をしているのかは分からないが、ネイがA.A.のユニティ・コアにアクセスを仕掛けていることは間違いがない。
「特別指定コードによる侵入を観測。非常対処プログラムから最善の対処法を選択――完了」
突然ユニティ・コアが声を発する。ひどく機械的なノイズ交じりの声だ。LOTUSのもので間違いがない。
「妨害出力データ参照、リセットコアN.E.Iとの照合開始――適合率92.4パーセ」
「いい加減黙ってください」
ウィンドウが全て消失する。よく解らないが今回はネイがLOTUSに押し勝ったようだ。
「プログラムを書き換えます……時雨様、しっかりとしがみついてください」
ネイがそう言い終わるよりも先に突然A.A.の挙動が変わった。車両にさらなる強撃を振り下ろそうとしていたというのに、突然進行方向を切り替えたのである。
顔面の皮膚を引き剥がされるような空圧に耐えつつしがみついているうちに、A.A.がどこに向かっているのか判明する。車両が向かっていた方向──すなわちメシアを取り囲む護衛機の犇めく地点にである。
まさかこのまま時雨を再び捕縛させるつもりなのかという危惧が形をなす前に、A.A.は防衛網に突っ込んだ。それに対し防衛網は接触するまでもなく左右に分かれ道を空ける。自軍の機体が後退してきたように見えたからだろう。
前方には障害物の一つもなくメシアが聳えているのが見えた。
「!?」
脇目もふらず自分へと突っ込んでくるA.A.に対し、何かしらの危機感を得たのだろう。接触の寸前メシアは防御態勢に入る。
だが防御が完成することはなかった。メシアのアームを自身のそれで弾き飛ばし、A.A.はチェーンガン口をメシアの背部装甲へと接触させた。そしてゼロ距離からの射撃。無数の弾丸が勢いを一切相殺されることなく吐き出され、メシアの装甲に莫大なるダメージと損壊を与えていく。
さすがのグラナニウムも7.62mm弾丸を直接叩きこまれては消耗する。ものの数秒で背部装甲が弾け飛んだ。
「な────!?」
露出した内部装甲。そこに格納されている一成の驚愕に滲んだ顔が顕になる。自軍の戦車が司令官である自分の機体に刃向かい、あまつさえ無力化されたとあれば当然の反応だといえるだろう。
何と言ってもこの状況の一端を創りだした時雨すら、なぜA.A.が突然反旗を翻したのかを理解できていないのだから。
一成はハンドガンで応戦していた。9mmパラベラム弾がA.A.の装甲に弾け、一切の損傷を当てることも出来ずに押しつぶされ地に落ちる。
「こ、駒風情が、この僕に刃向かうというのかい!? 何たるギルティなんだ!」
「ザマァないですね。まあそりゃあれだけの圧政を敷いていれば、当然謀反も起きるというもんですよ」
その謀反をどうにかして起こさせたのであろう張本人であるネイは、白々しくも両手を肩の高さに掲げてため息をついてみせた。
それについて指摘している状況でもない。インターフィアによって情報化された視界の中、一成が片手に握りしめる発信機の位置を特定した。
ハンドガンで彼の手元を撃ちぬく。僅かに手首をそれて内部装甲に跳弾した弾丸は、その音だけで一成に戦慄を与えるに至った。
「ふぁぁん!?」
虚を突かれたように声にならない悲鳴を上げて仰け反った一成。力が抜けたのかその手中から発信機が落下する。地面に落下する直前、その直下を通過した車両から上半身を乗り出した幸正に回収される。
「ぼ、僕のイヴ……?」
A.A.から飛び降りて車両に時雨が乗り込んだ頃になってようやく、一成は自分の手中にあるべきものがないことに気づいたようである。
呆けたような顔をしていたかと思ったが、瞬きの後にはその顔は阿修羅像のような造形に変貌していた。
「ぼ、僕のイヴを、返せッ!」
露出したメシアの操縦席から手を伸ばす一成。その姿も瞬く間に遠くなり小さくなっていく。
憤怒の表情から一変、その顔はまさに絶望と形容するに相応しい奇々怪々な皺の塊と化す。乱れた前髪の合間から覗く目は狂気とも悔恨とも取れる複雑怪奇な色に染まり、
「また僕からイヴを奪うのかい……時雨くん」
悲観に染まった彼の声が宵闇にまぎれて拡散した。
車両はひしめき合うA.A.の合間を抜けて敵の包囲網をかいくぐる。ものの数秒で敵陣から飛び出した。
「加速する、衝撃に備えろ」
棗は全開にまでアクセルを踏み込みハイウェイを爆走させる。
敵勢力に背を向ける形で疾走しているわけだ。敵包囲網から抜けたということはつまり彼らは接近肉弾戦にこだわる必要がなくなるわけである。当然A.A.による遠距離追撃が行われるはずだ。
重迫撃砲のような爆砲が轟き、ハイウェイに激しい震撼が浸透する。タイヤが震動に跳ね上げられ加速が減速するのを肌で感じた。
しかしこちらもただ爆撃を受けるだけの受動態勢に留まる理由はない。車体のサイドから身を乗り出した幸正がRPGを肩撃ちし迎撃する。
ロケット砲ではグラナニウムに明確な損壊を与えることはできようはずもなかったが、足場を瓦解されバランスを崩したA.A.もまた速度が落ちる。
索敵哨戒用のブラックホークが撃墜された時点で、防衛省に時雨らを完全に追跡する手段など残されてはおらず、瞬く間にハイウェイの後方には彼らの姿が見えなくなる。
「親父、俺達の周辺にユニティ・コアの反応がないか調べろ」
「敵部隊との距離は離れている。進行方向にもユニティ・コアの反応はない」
「逃げ切れた……のか?」
「安心するのはまだ早い。どうにも敵の追跡網がずさん過ぎる気がしてならない」
無線でソリッドグラフィの情報を確認する棗を尻目に安堵と疲労からの溜息を吐き出す。
そんな時雨に振り返ることなく棗は気の抜けない声音と横顔を晒す。ハンドルを握る手に集中しているようでその瞳は真剣そのものである。
「もしや棗様、ペーパードライバーですか」
「いや」
「それにしてはハンドルの握り方が丁重すぎる気がしてならないのですが」
「この作戦の前にアブサンを一杯飲んだんだ。アルコールが抜けているか今になって心配になっただけだ」
「こんな状況でも飲酒運転の心配か……やはり棗、お前は良い息子だ」
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