第184話
「発射源不明の爆撃を受けている! HQ、何が起きている!」
「何……!?」
予測不能の事態に直面し伊集院は驚愕にその目を見開く。先ほどの形勢からして、こちらの陣形が崩されることなどあり得なかったはずだ。
ソリッドグラフィに映るユニティ・コアの反応は次々と減少していく。確認するまでもなくO.A.が破壊されているのだ。
「敵の航空部隊も確認できません!」
ソリッドグラフィと幾つものコンソールレーダーを確認していた昴が動揺を露わにする。
それも当然の反応だ。ユニティ・ディスターバーを稼働し、機能している敵の勢力はユニティ・コアを搭載しない生身の自衛隊のみになっていたはずだからだ。彼らがいかなる武装をしていたにしても、ここまで劇的な形成の逆転など図られるはずがなかった。
だが事実O.A.は次々と破壊され、残りのO.A.も時雨たちを囲う形で防護網を築き防戦態勢を形成し始めている。
このままではジリ貧だ。敵の爆撃源を特定しないことにはこちらの勢力が衰退していくばかりだ。
「航空爆撃ではない……ならば遠隔爆撃か? 迫撃砲部隊、地上遊撃部隊を周囲から探れ!」
「それが……いないんです」
「そんな筈はない、どこかに潜んでいるはずだ」
「私もこの目を疑わずにいられませんがな……確かに、他に陣営は存在しますまい」
昴に同調するように腕を組み顔にシワを寄せて酒匂は唸る。
「第二陣営がユニティ・コア搭載部隊だとは限らんだろう、ソリッドグラフィでの探索は限界がある。目視で──」
「目視でも……何も見えないんです」
わずかの可能性にかけた伊集院の言葉、だがそれも、無線から伝達されたシエナの声によって否定された。
「哨戒レーダーにも一切の反応がありません。おそらく、当現場周辺区域の半径数キロ圏内に、敵航空部隊は存在しません」
シエナはA.A.のヘイロウ降下指揮のために、航空ヘリに搭乗していた筈だ。現場にいる彼女が目視できないと言っているのであれば、本当に何も視認できないということ。
「本任務決起時点で滞空していたブラックホーク六機はどこへ消えた?」
「アウターエリアから潜水艦がハープーンを発射した時点で、この地点から全てが離脱した」
「離脱ですとな? 何が目的であるか全くの検討もつきますまい」
泰造が貫禄ある髭を指で擦りつつ唸るのを脇目に伺いながら、伊集院は胸騒ぎのようなものが心中に渦巻くのを感じていた。
ハープーンによる外壁爆破による水攻め。これはレジスタンスの取った防衛省の足を掬うための不意打ち攻撃にほかならない。
不意を突かれた防衛省は、当然その不測の事態に最善の対処法で挑むはずである。
航空支援の有無で言えば当然前者のほうが最善に近づくわけで、それをみすみす現場から離脱させる理由がない。水攻めに対空効果などはないのだから。
どうにも裏をかかれているような気がしてならないと思案しつつ、伊集院は酒匂を真似て自身の髭を指先で弄ってみる。
「何であれ、早急に爆撃源を特定せねばならん。さもなくば私たちは主力級戦力をいくつも失うことになる」
消灯したコンソールに映り込む自身の姿。早朝、丁重に櫛を入れ整えた髭を擦る仕草は自分で見ても貫禄がある。
自身が指揮官としての役目を全うできていることに満足感を覚えつつ、彼は外面的にも指揮官としての貫禄を知らしめようとコンソールに指を触れさす。
「確かに、キモいですねえ」
翳した指先は、鋭利な印象のされど冷たく平面な顔に重なった。
「ッ!? 貴様……!」
骨の浮き立つほどに肉感のない頬に薄っすらと浮かんだ嘲笑。
乱雑に掻き上げられたような前髪からは数本の白髪が覗き、だが疲労や衰えを一切感じさせない凄みがその顔にはあった。
ドットの集合体でしか無いその顔に伊集院は明確な焦燥と狼狽を禁じ得ない。
「佐伯・J・ロバートソン……!」
どうやら彼の嘲笑は伊集院の触れたコンソールに限らず司令室全てのモニタに干渉を及ぼしているらしい。三桁ほどもあるモニタ全てを彼が支配している。
「まあ一応言っておいたほうが良いですかねぇ、アダムに小言を言われると後が面倒ですからね。では改まってですが……ギルティ諸君、本日のリバティ日報の時間ですよ」
「佐伯……貴様」
「省長、あまり老人が動揺ばかりするものではありませんよ。ただえさえ皺だらけの顔に、新たな断裂が生まれてしまいますからねぇ」
どうやらこちらの声は彼に届いているようである。
伊集院は脇目に司令塔内部に待機していた構成員に合図を送る。彼がどのような経路でレジスタンスの回線に介入してきたのかを解析させるためである。
伊集院の発言に反応し且つこちらの表情まで認識しているということは少なくともαサーバーではない。あのサーバーは、基本的に聴衆側はコメント機能でしか配信者にコンタクトを取れないからだ。
伊集院は本当に彼がこちらの映像を入手しているのか判断すべく、限界にまで表情を変貌させてみせる。自分自身でさえ幼稚であると判断しうる所謂あかんべぇの表情だ。
「省長、そちらの状況を映像で入手出来ているわけではないので、正鶴を射る発言ではないかもしれませんがね。おおよその推察は出来ますよ。省長のことですからね、おそらく幼稚極まりない顔をしてこちらの反応を伺っているのでしょうねぇ」
「…………」
どうやら自分の幼稚さまで認識されているようである。しかし今の問答で彼がこちらを物理的に観察できているわけではないとは判明した。
そんな時間稼ぎをしているうちに先の構成員が電子ファイルを片手に駆けてくる。
彼に手渡されたファイルに手早く目を通すと、解析の結果佐伯が侵入しているのはレジスタンスの不接触通信回線系列であるとのこと。つまり無線周波数を傍受されている。
ここから今回のリバティ日報とやらが、全国配信ではなくレジスタンスを対象に限定したものであることがわかる。
「さて、驚いているでしょうねぇ」
配信用の入力機器に限界にまで顔を近づけていたのか、彼は腰を上げて距離を取る。そうすることで彼の全体像が映像に収まった。
「あなた方の作戦はなかなかに興味深いものではありました。防衛省が通常兵装としてU.I.F.やA.A.、その他警備機器に搭載しているユニティ・コア。それに干渉する電磁パルスを投射する機械を開発していたことには、ですね。防衛省の不意を突く手段としては最良のものであるでしょう。何と言っても、ユニティ・コアから出力されるLOTUSからの指示系統が失われれば、ただの器でしか無いあれらは無力化してしまうのですから」
「…………」
「しかしあなた方は学習能力が些か欠けていますねぇ。電磁パルス投射機の活用は良いと思いますがね、あなた方は私達に対し、暴動を起こすために既に二度それを用いているのです」
織寧重工からレッドシェルターまで輸送されようとしていたA.A.の奪取。またレッドシェルターに囚われていた唯奈の奪還。それらの作戦の過程で確かにレジスタンスはユニティ・ディスターバーを用い防衛省の裏をかいた。
それ故に防衛省に対し現状最も有効な対抗策として、今回の作戦でもユニティ・ディスターバーを肝として作戦を決行したわけだ。
「私たちも、その電磁パルスに対抗する手段を考案できているのですよ」
「それって……まさか……!」
何かに感づいたように昴はソリッドグラフィに被さるようにしてその一地点を凝視する。時雨たちが拘束されている場所だ。
既に殆どのO.A.の反応が失われているその中で、残存しているユニティ・コアに何か違和感が胸中に湧き出してくる感覚に襲われる。
停止している反応は、ユニティ・ディスターバーによって動きを封じられているA.A.やU.I.F.のものに間違いはない。
しかし佐伯は今ユニティ・ディスターバーに対抗する手段といった。それすなわちユニティ・コア搭載兵器に何らかの改良を加えたということ。つまり今A.A.を含むレジスタンス勢力を激的な包囲網で縮小しているのは外部勢力などではない。A.A.なのだ。
「確認が取れましたっ、佐伯・J・ロバートソンの発言の通り、確かにA.A.が兵装を展開しています……!」
「ですが、どうして……」
「では聞きますが、あなた方はいかなる手段を持って、ユニティ・コア搭載機体であるA.A.をこの電磁パルス下で駆動させているのですか?」
「……まさか」
昴はとある可能性に行き着いて思わず瞼を見開く。瞳孔が拡張するような視界の歪みまで感じる。それほどの動揺に翻弄されたのだ。
「O.A.は確かにユニティ・コアを動力として用いていますが、その行動原理はユニティ・コアに送信されるLOTUSのコマンドに起因しているわけではない。LOTUSによるバックドアを仕掛けられないようにするためですな」
「本作戦において、A.A.には構成員が搭乗し、有線接続で制御を行っている。それ故にユニティ・ディスターバーが発せられたとしても指示系統が遮断されることはない……つまり、そういうことか」
「前頭葉が退化していても、思考力は衰えていないようですねぇ」
不敵な嘲笑がモニタに浸透する。伊集院も流石に佐伯が何を言わんとしているのかを理解した。
ソリッドグラフィ上に散布する赤いマーカー。その数は時雨たちの目視によるA.A.やU.I.F.の数と一致していなかった。三十近い差異でだ。その意味にようやく合点がいく。三十機ほどのA.A.にU.I.F.が搭乗しているのである。
詮ずる所、防衛省もまたレジスタンスと同じ手段でユニティ・ディスターバーの抑制電磁パルスの影響を遮断していたわけだ。
「ユニティ・ディスターバーの投射に併せ、ユニティ・コア搭載兵器が無力化したような動作を取ったのは……ブラフか」
「滑稽でしたねぇ、あなた方は勝利を確信したように奥の手を惜しげも無く出してきましたから。私たちの主力に無防備にも背を向けて」
佐伯は犇めくような笑いを色素の抜けきったような鋭利な唇を震わせ絞りだす。それは勝利を確信したものの余裕が見せる慢心だ。しかしその慢心を覆しうるほどの材料を伊集院は持ち合わせていない。
ユニティ・ディスターバーの効果がU.I.F.にしか及んでいないというのならば、形成再逆転などということにも成り得ないだろう。
◇
「あーあ、局長、大々的にネタばらしをしてしまったようだね」
伊集院と佐伯の問答を無線越しに聞いていたのはレジスタンスに限らないようだ。
片脚装甲が粉砕し関節が逆方向にネジ曲がっているキメラの機体。その頸部を巨碗にて持ち上げたメシアは、泉澄の搭乗するキメラを地に叩きつける直前に留意したようにその動作を止める。と言ったよりも、熱が冷めたようにという表現のほうが適切か。
彼はメシアの巨体をその場で旋回させ、その膂力を活かしてキメラを力まかせに放擲した。金属の獅子はコンクリ片と装甲の破片を撒き散らしながら地滑りし、突然その姿が見えなくなる。件の突貫口に落下したのだ。
巨大なものが水面に叩きつけられるような破砕音が轟き、それも呑まれる。地下運搬経路を爆流する海水に呑まれたのだ。
「ッ……」
泉澄の安否を確認したいところではあったが自身も進退窮まる状況下にあった。強攻策たるO.A.のヘイロウ降下も失策に終わったとなれば、もはや手の打ちようがない。
守護するように防衛網を築いていたO.A.たちの数も、既に片手の指だけで数えうるほどにまで減少している。
意識を失ったままである真那の脇を引き寄せ、すぐにでも駆け出せる態勢を整えた。
「あーあ、何だか興が冷めてしまったよ」
泉澄の搭乗するキメラへの関心は完全に失われたのか、一成はO.A.をいとも容易く弾き飛ばし時雨らの元へと急接近してくる。
このまま弾き轢かれてしまうのではないかと回避行動に移るが、機体はこちらを肉飛沫に変える直前で静止した。
そうしてチェーンガン口を眼前にまで突きつけてくるなりノイズを拡声する。
「君たちはこれから、僕の捕虜だ」
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