第183話

 変遷の神はこちらに微笑む。間を置かずして包囲網のさらに離れた地点に幾つもの飛来物が着地する。

 土煙と砂塵を撒き散らし落下してきたそれが明らかになっていく。その瞬間に悟る。逆転の布石が到来したのだと。


「弾頭ではありません、これは──大型二足歩行兵器だ!」


 防衛省の反応は迅速であった。空襲を降らすように次々と落下してくる金属個体が、包囲網に対し更に包囲網を築ききるよりも早く動く。

 自分達の包囲網を防衛網へと転換し、第三勢力の包囲網からの強襲に備える。短砲身がそれぞれ周囲に向けられ弾頭が装填される。


「砲撃の兆しは確認できません、どういたしますか」

「迂闊に動けば敵の策中にハマるかもしれない。応戦体勢を築いたまま、こちらからは動かないようにした方がいい……けどそんな悠長な思考を出来るほど僕は我慢強くなくてね。全機、砲撃用意!」


 直前の考察など何の意味も持たず、一成は間を置かずして砲撃態勢を整えさせる。

 刹那、砲撃合図の指令が下されるよりも早く何かを肌で感じた。全身の毛が逆立つほどの超音波。鼓膜が震えるような激しい静電気のような衝動。

 ピリピリと空気が振動する。この独特な感覚には即座に見当がつけられた。作戦が完全に成功したことを理解する。

 この超微弱な電磁パルス、間違いない、ユニティ・ディスターバーだ。ユニティ・コアに干渉する超振動。空間を駆け巡っているものはECMだ。

 囲うように築かれたO.A.の包囲網が展開させているものは、件の電磁パルス投射機で間違いがない。硬直したまま微動だにしないU.I.F.、そして砲弾を吐き出さずにいるA.A.を見れば火を見るよりも明らかである。

 次々と力尽きたように、いな魂の抜けたように膝を崩折れさせるA.A.。糸が切れたようにU.I.F.が顔面からアスファルトに突っ伏す光景は異妙の一言。


「クソ……何を硬直している! 貴様ら、迎撃しろ!」

「無駄だ、ユニティ・ディスターバーが稼働している間は、お前たちは何も出来ない」


 状況を未だに認識しきれていない司令官。説明してやる義理などなかったが、敵の司令塔の動揺を煽ることで更に状況が混沌と化す可能性に賭ける。

 目論見はどうやら功を奏したようで、司令塔は明確な動揺を言動に現し始めた。それでもユニティ・コアを動力源に用いない個体、すなわち生身の武装兵の配備に抜かりはない。即座に陣形を立て直させ最善の状況を作り出す。


「一体どこから……」

「講ずるまでもないだろう? 僕たちを上空から見下ろして高みの見物をしている愚鳥が落とした糞さ。それから君、鬱陶しいからあまり騒ぎ立てないでくれないかな。ギルティを正しいリバティへと勧誘するのに君のわめきは騒音にしかならない」

「この状況でそんな悠長な発言を……」

「問題ないさ。A.A.やU.I.F.が無力化されているのは先程この周辺一帯に拡散された電磁パルスが原因だろう。僕たち生身の人間には一切害がない所を見ると、この電磁パルスはユニティ・コアに影響するものだと判別できる。そして僕たちを包囲する形で陣形を築いているあの大型二足歩行兵器も微動だにしていない……これはつまり、あれらもユニティ・コアを搭載し動力源として動いているということさ」


 勿論ステルスヘリは視認し得ないが一成はそうであると決めて疑っていないようだ。言動からして異常な彼であるが、その洞察力と推察力は常人のそれを遥かに凌駕している。


「対して、僕のメシアはユニティ・コアを非搭載だ。これがどういうことか解るかい? この状況において僕は唯一神にも等しい存在であるということだよ」


 彼の余裕を体現するように巨大な機体はアームを回転させ、メシアの制御が未だに生きていることを表明してみせる。チェーンガン口をU.I.F.に押さえつけられる時雨に向け、自身の優位性を主張してきていた。

 それは想定内の反応だ。ジオフロントに格納されていたキメラが小型原子炉を搭載していることから、同系種であるメシアもまたユニティ・コアを用いずとも独自の動力源を利用して稼働できるということを。


「しかし妙だね……どうにも見たことがない機体だ」


 肉眼では砂塵の中に包囲網を展開する機体の姿は視認できない。A.A.やメシアに搭乗している一成たちは赤外線経由で認識しているのだろう。


「織寧重工の従来の機体ではないし件の新型機でもないね。だけど胸部装甲にユニティ・コアが装填されている……局長の新型兵器ということはなさそうだけど」

「私はあんなものを作った覚えはないですねえ。それから一成、私は省長です」

「だけどユニティ・コアを使っている。これがレジスタンスの機体だとして、一体彼らはどこから流出させたんだろうね」


 重要なのはタイミングだ。可能なまでに研ぎ澄ました神経、それをさらに鋭敏化させる伝達がビジュアライザーから反響してくる。

 HQからの指示を受け取ったネイの声である。


「慢心していていいのか」

「それは僕のセリフだけど……どういうことだい」

「ユニティ・ディスターバーは俺達が用意した強行手段だ。この足止め手段で自分達も足止めを食らってしまうような杜撰な作戦を立てていると思うのか? アンタが電磁パルスの影響を受けないように────」

「──今です!」

「俺達にだって対抗手段はある!」


 関節のバネを利用して地面に臥せった態勢から力任せに上体を叩き起こす。拘束していたU.I.F.は他の者たち同様力を失っていて、時雨の膂力に耐えられるはずもなく呆気無く撥ね飛んで行く。

 メシアのチェーンガンが弾幕を噴き散らすよりも前にその装甲に何かが弾けた。


「これは……ッ」


 衝撃で僅かに片方の脚部が持ち上がり機体が傾くのを体感し、一成が狼狽の声を漏れ出させる。彼を何が襲ったのかその正体に辿り着く前に、さらなる強襲が雨のようにメシアに襲来する。大口径弾。唯奈率いる狙撃部隊だ。

 機関銃身は荒ぶりその軌道は大幅に狂う。弾丸の嵐がアスファルトを抉り、その弾雨のなか地面に臥せったまま微動だにしない真那の元へと急接近する。

 彼女を地に押さえつける形で硬直していたU.I.F.を跳ね飛ばし、真那を抱え上げそのまま前方に脚力を全開にまで開放し飛び出した。

 

「俺達のことは気にしなくていい、思いっきりやれッ!」


 地が揺れた。O.A.が囲うように落下してきた時よりもさらに強大な震動。それが直ぐ側で弾けた。

 あたかも震央にでも立っているように瀕死状態のU.I.F.やA.A.を叩き上げる。堅牢な装甲を持つそれらであっても、まるで熱せられたフライパンの上で弾けるだけのポップコーンの様に呆気無く跳弾し落下する。


「何が──」

「一斉射! 一掃せよッ!」


 初めて困惑の色をその声に乗せた一成。当惑の漏れ声は周辺一帯に拡声されたノイズ音に掻き消される。立ち込めていた砂塵の中から無数の影が飛び出した。

 フォルムを脇目に視認しつつ、額から血を垂らす真那を抱えて先ほど開通したばかりの地下への突貫口に飛び込んだ。

 上空に滞空させていた光学迷彩ヘリに機載されていたのであろうO.A.達。それがこの地に降り立ったということは、無差別的な蹂躙劇が展開されるということである。

 そんな場所に生身でいては即効で命を落としかねない。突貫口の鉄筋の飛び出す断面に膂力だけでぶら下がりながら、意識のない真那の容体を手早く確認した。

 U.I.F.に力任せに顔面を叩きつけられたようで額からの出血をしているようであるが、脈は正常である。おそらくは脳震盪。

 一抹の安堵感に胸を満たされつつ慢心していてはままならない状況であると再認識し、地上の状況を把握しようと視線を突貫口の入り口へと向ける。

 視界が光を捉えることはなかった。突貫口を塞ぐように何かの影が指している。


「──クソッ」


 獅子を思わせるような独特な形状からしてA.A.でもO.A.でもない。ましてやそれが四足歩行方の機体であるとなれば、逆光であってもその正体に思い当たるまで時間を要さなかった。メシアである。

 反射的に腰のホルスターに手を伸ばそうとして思いとどまる。片手でぶら下がり、もう片腕で真那を支えているのだ。もしアナライザーに手をかければ真那がこの深奥の逆流に飲まれるか、あるいは時雨も同様の結末をたどるかのどちらかとなる。

 とは言え反抗しなければ、この逃げ道のない限られた空間の中でメシアのチェーンガンに蜂の巣にされてしまう。

 選択肢は一つしか無い。目視で地下までの距離を測る。先程はU.I.F.の人外なる身体能力によって数秒と掛からずに地上に舞登ったわけではあるが、深奥は目視では確認できない。

 意思を汲んだネイがインターフィアを展開させたようで、情報化された視界の中に深奥がうっすらと浮かび上がる。六、七十メートルといったところであろう。

 時雨の肉体であれば辛うじて損傷を免れる標高ではあるが、真那を抱えている以上安堵は出来まい。そもそも最大の問題は濁流のように流れる海水だ。あれに呑まれて生存できる保証などはない。

 突貫の縁に覆いかぶさるようにして覗き込むその機体が巨大なアームを穴の中につきこんで来るのを認識し、そんな危惧など取るに足らないものであると左脳が判断する。

 気づいた時には既に右手は鉄筋から離れていた。二人分の重量を伴って空気摩擦以外の抵抗なく重力に引きずり込まれていく。それでもなお迫るアームに対し、空いた右手で抜銃したアナライザーの照準を定めた。

 正確な射撃など試みている余裕はない。敵は巨体だ。それにたとえ着弾しなくとも、突貫部の何処かに着弾すれば地上との経路を遮断できる。数瞬のうちに紡がれたそれらの思考に身を任せトリガーに指をかけた。


「時雨様!」

 

 ほとんど脊髄反射で振り絞りかけた指を静止させる。指向性マイクロ特殊弾が射出されることはなく代わりに落下現象が止まった。伸ばされた機体のアームに受け止められたのである。

 宙に吊るされる状態で大型四足歩行兵器に拘束されている状況。再度トリガーに掛けた指を震わせはしない。狭い空間に響いた声に酷く聞き覚えがあったからだ。


「僕です、風間泉澄です!」


 この場で耳にすることなどあり得ないと思われていた彼女の声。間違いない、張り詰めた叫声の中に紛れる謙虚さは彼女の物以外の何物でもなかった。

 落下した分の距離を引き戻され再度地上に戻りでる。泉澄の搭乗した機体は時雨と真那を地面に丁重に降ろしそのまま踵を返す。

 逆光から開放され、ようやく自分達を落下から救出した正体を目の当たりにする。


「その機体──キメラか」


 メシアに限りなく酷似した四足歩行兵器。搭載する兵器の差違から、それが一成の搭乗しているものと別物であることを認識した。


「はい、ジオフロントに格納されていた倉嶋禍殃の置き土産です。それよりも時雨様、下がっていてください、この場所は危険です!」


 拡声された泉澄の声はどことなく鬼気迫っている。

 ユニティ・ディスターバーによる敵主力の無力化。その状況下においてヘイロウ降下してきたO.A.による強行作戦。この状況で何が危険となるのか……その疑問は、周囲で展開されている銃撃戦を目の当たりにしてすぐに解消される。

 敵勢力の大部分が無力化しているとはいえ、ユニティ・コアを持たない生身の隊員などは鎮圧仕切れていないのだ。それらを全て掃討しないかぎりは、この場は安全地帯とは言い切れない。

 泉澄の搭乗するキメラはそれらの銃撃戦には参加しない。こちらを庇うように立ちふさがり、飛来する砲弾などを撃ち落としている。

 敵陣営勢力は多大なるものであったが、主力級のA.A.やU.I.F.が機能していない時点で彼らに勝利はない。瞬く間に勢力の半分以上が沈静化される。このままスローターが展開され続ければ、数分と持たずに勝利が約束されるはずだ。


「それは……禍殃のものだよ!」

「──!?」


 視界が開けた。目の前に立ちふさがっていたキメラが視界外に弾き飛ばされたためである。

 キメラは砂塵とコンクリ片を巻き上げながら吹っ飛んでいき、A.A.を巻き込んで横転する。目の前には代わりにメシアの機体が佇んでいた。ひしゃげたアームを見ればそれで力任せにキメラを殴打したことは明白だ。


「禍殃の集大成に汚い手をふれさせるなんて、何たるギルティだろうね、倉嶋泉澄君」

 

 メシアは立ち上がろうとするキメラにまで急接近するなり、その胸部装甲にチェーンガンをつきつける。泉澄が搭乗しているであろうポッドがある部分だ。

 その危惧を言葉にするよりも早く泉澄が反射した。キメラの脚部装甲がメシアの横っ腹に炸裂し自身の上から弾き飛ばす。チェーンガンの弾幕は間一髪軌道をそらし、キメラが巻き込んだA.A.に風穴を穿つ。


「ギルティのくせに、リバティの使者であるアダムの僕に断罪の一撃を食らわせるなんて……何たるギルティだろうね」


 些か理解し難い発言を拡声させつつ、メシアは立ち上がる。それに合わせるように泉澄はキメラを急接近させた。

 巨体に見合わない急旋回からの回転脚が中腰になっていたメシアの装甲に弾け、よろめかせる。横転させるには至らず、メシアは自身の装甲に突き立つキメラの脚部を抱えその場に組み倒した。大地に亀裂がクモの巣状に展開する。

 

「……ッ」


 機体の操縦技術は明らかに一成のほうが上だった。それを悟ったのであろう泉澄は彼から距離を取ろうと腰を上げる。

 だがメシアのチェーンガンが火を吹き脚部関節を爆散させた。堪らずキメラは横転し身動きが取れなくなる。


「ッ、O.A.! 風間を援護しろ!」


 ユニティ・ディスターバーの効果を受けなくするために、これらのO.A.の行動はユニティ・コアに起因していない。

 勿論動力源として搭載はしているものの、それを動かしているものは人工知能ではなく人間の脳だ。キメラやメシアのようにそれらにはレジスタンススタッフが搭乗している。

 つまり有人機であるそれらには臨機応変に対応しうる知性があるわけで、命令にいち早く反応したO.A.の数体が自衛隊の蹂躙を停止する。

 そうして泉澄を援護しようと短砲身を向ける。それが擲弾を発射するよりも早くO.A.自体が爆散する。


「何が起きた……!?」


 状況を正確に把握する間もなく次々とO.A.が爆散していく。形成は一気に逆転され、気がつけば立っているO.A.の数は半数ほどになっていた。


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