第180話


「真那! 走れ!」


 真那が立ち上がるのを確認し脇目を振らずにかけ出した。スポットライトの光撃の中突っ込み、ライフルを構えたU.I.F.にタックルを炸裂させる。

 さすがのU.I.F.も改造人間の全力疾走の加速は殺しきれなかったようで、数歩後ろによろめいた。生まれた隙を逃さずその首元にライフル銃床を叩き込む。


「包囲網が形成される前に何処かに隠れてください、囲まれれば一巻の終わりです!」

「どこに隠れろって言うんだ──よ!」

 

 車両の影に転がり込みながら焦燥感に駆り立てられ喚く。そうこうしている間にも十近いU.I.F.が包囲網を形成させ始めていた。


「あそこしかないわ」


 車両の反対側からアサルトライフルを乱射させつつ、真那は敵陣営のさらに深奥の地点を目線でさす。そこには大破した車両群と、その中に唯一殆どの損傷のない車両が停車している。


「そうか、あそこなら連中も無闇に乱射できない」


 M&C社の車両。仮説が正しいならばあの車両は発信機を車載しているはずだ。であればU.I.F.とてあの車両を爆破することは出来ないはず。


「もし発信機を回収されていた場合は、躊躇なく爆破されるでしょうが……賭けですね」

「考えている時間も惜しい、走るぞ!」


 真那に目線で合図しほぼ同時に硝煙弾を投擲する。紫色の煙が充満し始める前に潜伏場所から一気に飛び出した。

 いち早く作戦に感づいたのであろう局員の連中が体勢を立て直し乱射を再開する。弾雨を縫うように回避し間一髪車両へと転がり込む。先まで止むことの知らぬ豪雨のように土砂降っていた弾幕が途切れる。どうやら読みは合っていたようだ。


「ネイ、車両のセキュリティを回復させて!」

「あまり意味は無い気がしますが……まあ気休め程度でも、首の皮一枚くらいは繋がるかもしれませんね」


 悠長な言葉の反面、迅速に回復したセキュリティ。どうやら車両の主要機構はまだ生きているらしい。その途端、扉が外側から尋常ならざる馬力で叩きつけられる。


「な、何?」

「爆破は出来ないが、車両をくれてやるつもりもないということだな」


 先ほどの衝撃からして扉に突進したのはU.I.F.だろう。

 輸送車両とはいえ装甲車両としての性能も兼ね持っている車両だ。そう簡単に破壊されるとは思えないが、A.A.の突進でも喰らえばあっけなく横転しかねない。

 いくつかの車載物の合間を抜け運転席に踊りこむ。ざっと見た様子、運転機構はレジスタンスの車両とさして変わらない。


「まあレジスタンスの軍需は大半がM&C社からの支援品だから当然か」

「何をしているの?」


 ハンドルを握った時雨を訝しそうに見つつ、揺れるドアを警戒する真那。


「この車両で籠城戦なんて冗談じゃない。いつ連中が強攻策に乗り出してくるか解ったものじゃないしな。一か八かだ。こいつで包囲網を突破する」

「エンジン機構は生きていますね。ただ問題なのはこの車両は旧世代の化石燃料を用いるタイプであることです。ガソリンタンクが片方破損しているようですが、離脱するのに足りなくなることはないでしょう。ただし引火による誘爆の可能性は捨て切れません」

「どうせ土壇場だ。この逆境から少しでも抜け出せる可能性があるならそれでいい。真那、例の発信機を探してくれ」

「既に見つけているわ」


 それを見つけぬことには作戦の意味が無い、そう言おうとした時雨を何やら強化ガラスのような物を手にした真那が制す。ガラスの中には手のひら大のCPUのようなものが収まっている。


「それが発信機なのか?」

「ええ、間違いありません」

「どうして分かる」

「実際に触れていなくとも感じられますから。忌まわしいあの人工知能の悪臭を」


 彼女の言う人工知能というのは十中八九LOTUSのことだろう。

 あまりにも非確実的なそして抽象的な表現ではあったが、彼女の声音から冗談や酔狂でそのようなことを言っているわけではないと感じる。ネイが断言するのだからこれはきっと発信機で間違いがない。そう判断した。


「エンジン点火するぞ! 掴まってろ!」


 であれば、このような危険地帯にいつまでも留まる理由はない。アクセルを限界まで踏み込み加速させる。爆発の懸念はあったが問題なくタイヤは回転した。


「総員離れろッ!」


 状況を正確に察した様子の司令塔が編隊を分散させる。

 車両は疎らになった敵の陣形を物理的に蹴散らしながら、包囲網から抜け出るために爆速を始めた。狭苦しい運搬経路の壁面を削り火花を散らしながら、数秒で車両は最終包囲網を脱した。

 数瞬遅れて後方から凄まじい地摺り摩擦音と、運搬経路の壁面が崩れる崩落音が相次いで追いかけてくる。はっとして振り返ると、すぐ後方に数機のA.A.が追走してきていた。


「砲!」

「──ッ!」


 真那の短い発言を脊髄反射的に解釈しハンドルを右に切る。左の地面が弾け飛ぶ。コンクリ片を撒き散らしながら跳ね上がったものは跳弾する大口径弾だ。あんなものを車体に食らったら、いくら装甲車両といえど貫通してしまうだろう。


「クソ──殺りに来てるぞ!」

「敵の手に渡るくらいならば自分の手で破壊してしまおうと言う、ヤンデレ的思考ですね。恐ろしい」


 ネイの軽口は受け流し今度はハンドルを左にきる。右側の壁が弾け飛んだ。

 タイヤが地滑りし瓦礫が持ち上がったことで、それに乗り上がった車体が跳ね上がる。凸凹した路面に車体が着地する尋常ならざる震撼が襲い来た。


「このままじゃやられるぞ」

「A.A.に弱点はないの?」

「この状況を切り抜けられる要素であるかはわかりませんが、A.A.はグラナニウムという絶縁金属で作られています。これは防弾チョッキなどと同じ原理で衝撃を和らげる構造になっていて、弾丸などの一点集中型の火力を減退させる装甲だといえます」

「ごたくはいいわ。結論を先に言って」

「グラナニウムは一点突きに対する防御機能に優れている反面、面での圧力・衝撃には弱い傾向にあります」

「……それね」


 突破口など見いだせるはずもなかったが、真那は何か考えついたようである。

 脇にまで駆け寄ってきて操縦機構をいくつか確認していたかと思うと、思案顔で唇を震わせる。


「撃発レバーがないわ」

「この車両には大砲も低反動ライフルも低圧滑腔砲もありませんからね」

「困ったわね」


 迎撃でもしようと考えたのか。だが先ほどネイが言ったばかりではないか。A.A.の素材であるグラナニウムは弾丸などの一点型の衝撃に強いと。


「仕方ないわね……時雨、私が合図したらハンドルを限界まで右に振り絞って」

「限界までって……そんなことしたら壁に衝突するぞ」

「構わないわ」


 真那は一切の躊躇などを垣間見せることすらせずに、真剣極まった眼で見据えてきた。

 それでも踏み切れずにいる時雨に見かねたのか、サイドからハンドルを掴んでくる。そうして静止をかける間もなく勢い任せに右に振り切る。

 体側面に台風が吹き付けたような遠心力を全身に患い、車体は速度を維持したまま右旋回した。タイヤが火花を散らしながら壁面に接近するが、真那は限界にまで傾いたハンドルを改めようとはしない。


「掴まって」


 壁面に衝突し車体がぺしゃんこになるかと錯覚した瞬間、さらなる遠心力が先とは逆方向に生じた。

 装甲を壁面に接し凄まじい火花を散らしながら、間一髪車体は大破炎上を免れた。壁面からコンクリ片が幾多も飛散し地下運搬経路に山積していく。

 追走してきているA.A.を足止めできるかとも考えたが、その巨体に似合わぬ俊敏な動きで回避する。


「効果はないみたいだが」

「いえ、大丈夫」


 なにがどう大丈夫なのかと確認する間もなく再び車両は急旋回する。

 進行方向が九十度ほど変わったかと思った瞬間、壁際から離れた車体は追走してきていたA.A.の前に豪速で乗り出した。

 衝突する──その危殆が実現しうる前にA.A.は跳躍した。さすがのA.A.であっても、正面から衝突すれば損傷を免れないからであろう。

 脚部装甲が僅かに車両に接触し、側面からの爆裂的なインパルスを殺しきれず一瞬タイヤが持ち上がる。


「持ちこたえて……!」


 幸いにも横転することなく、地響くような衝撃とともにタイヤは再度地についた。急旋回と接触によって車体は壁に衝突する直前に停止する。

 加速にまで時間を要する車両に対しA.A.の気転は神速だった。跳躍したことによって飛び越えたばかりの車両に背を向けていたはずの巨体は、関節機構のスナップを駆使して百八十度方向を転換する。

 巨腕が掲げられ、マンモスすら呆気無く蜂の巣に出来るのではないかという自動小銃が展開された。


「回避して!」


 真那の怒声を認識するよりも早く、我武者羅にアクセルを踏み込みハンドルを振り切らせる。

 熱を失っていたエンジンが瞬間的に加熱され悲鳴を上げる。タイヤがスリップしまたもや車体が横転しかけるものの踏みとどまる。数十という弾丸が装甲に突き刺さり悲鳴を上げたが、大破を回避することには成功した。

 弾幕の殆どが先ほど装甲車両の破損させた壁面に着弾し、更に深くまでコンクリを陥没させている。

 止まぬ銃声。向けられた銃口からは弾幕が無作為に撃出され、分散し地下運搬経路に瓦礫を山積させていく。


「このままだと時間の問題だぞ──!」

「別の機体が後方に陣取っています。挟み撃ちにされていますね」


 A.A.と比べて圧倒的に小回りの効かない車体では、当然弾幕を回避し続けることなど出来ない。

 エンジン部への着弾は奇跡的に回避できているものの、既に装甲はひしゃげ内部構造もいくらか露出していることだろう。爆破されるのも時間の問題だ。


「時雨、私が合図したら全開までアクセルを踏み込んで」


 アクセルを踏み込めば確かに唯一の離脱方面に突っ込むことになる。

 だが車両は二機のA.A.によって囲われているのだ。当然このまま直進すれば確実にA.A.に接触することになる。巧みなる挟撃に追い込まれ既に進退窮まった状態にあるのだ。

 そんな状況下でも真那はその冷静さを崩すことはしない。幾ばくかの焦燥は表情に見え隠れしていたが、それでも確たる覚悟を感じ取った。それ故に真那の指示に反抗する様な愚行にはいたらない。

 深呼吸を数瞬のうちに済ませ神経を研ぎ澄ます。真那が何を考えているかなど分からぬが、今は彼女の洞察力と知略にかける他あるまい。

 こちらの装甲が剥がし尽くされ丸裸になりかけた頃、弾幕による猛攻が静まった。A.A.は武装を展開させ銃口をこちらに据えたままだ。チェーンガンの駆動音を聞けば、対象が能動的に銃撃を停止させたとは考えにくい。弾丸が吐き出される気配はない。弾切れだろう。


「今がチャンスか──」

「まだよ」

「まだって……今くらいしか離脱できるチャンスはないぞっ」


 さすがに真那の知略だけに命運を任せられなくなる。実際問題、弾丸が尽きたA.A.は接近戦に縺れ込ませようと豪速で突進してきていた。


「今よ!」

「──ッ、死んでも知らないぞ!」


 考える余裕などなく殆ど誘発的にアクセルを爆発させる。

 瓦礫の散布したこの通路では大幅な回避運動は見込めない。数秒と掛からずにA.A.は車両に正面衝突するだろう。


「降りて!」


 真那のその言葉の意味を一瞬測りかねた。

 幾多の弾丸を浴び、蜂の巣状になってセキュリティなど装甲とともに無力化されていたハッチを蹴飛ばした真那を視認し、その意味を斟酌することに成功する。


「そういう作戦なら──!」


 先に言えよと必死の叫びを紡ぐ間もなく真那を車外に突き飛ばした。自身も足のバネを酷使して跳躍し中空で真那の手首を鷲掴む。地面に激突する寸前に彼女の肉体を掻き抱いた。

 通路に叩きつけられ、血飛沫を撒き散らしながらボロ布のように跳ね飛ぶ。肋骨と上腕骨周辺の骨が数本粉砕する激痛。そして脳震盪にもにた感覚。

 明転する意識の中で爆音を感知した。赤く滲む視界の中、真対面から衝突したはずの二つの力の束は、その片方だけがベクトルを百八十度捻じ曲げられていた。

 A.A.は減速することを知らず自身よりも巨大な車両を跳ね飛ばす。車両の前部はわたあめのように押しつぶされ逆方向に突き飛ばされる。

 そのまま突っ込んだ勢いよりも更に爆発的な威力で、壁面に叩きつけられた。そして呆気無く爆散する。


「ああ、唯一の足が霧散してしまいましたね」

「大丈夫」


 やはり至極冷静な真那の声。それと同時に霞みゆく意識でもしっかりと認識できるほどの震撼が来た。震央に立たされているのではないかという縦振動。相次ぐ爆音。吹き付ける爆風。

 全身殴打し激痛が止まず発狂しそうな状況だというのに、更なる激痛が脚部を襲う。どうやら飛散してきた破片が突き刺さっているらしい。


「痛ッ!?」


 一体何が起きたというのか。確認する前に肩口に鋭い痛みが突き込まれる。

 数秒後に冷たい金属が血管中に充満するような、ゾクゾクする気持ち悪さが全身を駆け巡る。リジェネレート・ドラッグを投与されたようだ。

 すぐに三半規管が回復し五感が鋭敏化されていく。セピアな色調に染まっていた視界も明瞭になり、展開されている状況を正確に認識することが出来た。

 予測はできていたことだが、地下通路には先まで時雨が搭乗していた車体ほどの瓦礫が無数に積み重なっていた。粉塵が充満し至る所から火の手が上がっている。通路は通路としての意味をなさず完全なる袋小路と化していた。

 瓦礫の隙間から、抱えるほどもあるひしゃげたチェーンガンが鎌首を覗かせているのが伺える。A.A.も等しくこのコンクリの下敷きになっているわけだ。


「通路を陥落させたのか」

「A.A.は平面の圧力に弱いと言っていたから」


 肩口に突き刺さったままであったインジェクターを慎重に引きぬきつつ、真那は端的に応じてくる。


「あの巨体に対する圧力というのなら、装甲車両で正面から激突しても、きっと撃破しうるだけの効果は見込めない。だから、天井を陥落させるしかなかった」

「まあ実際、正面衝突した装甲車両は、呆気無く跳ね飛ばされていたな」

「あの車両には撃発レバーがなかったわ。武装していない以上、通路を陥落させるには、車体自体の爆発以外に方法はなかった」


 一連の弾幕回避劇は、大方通路に一定以上の損傷を与える目的であったのだろう。

 車体が跳ね飛ばされ大破することによって通路壁に確実的なダメージを加える。この結果まで見越しての作戦であったのならば、真那の知略は驚異的なものだといえる。


「ただ……ごめんなさい。必然的に時雨に大怪我をさせてしまう作戦だったわ」


 暴走する車体から飛び降りる作戦という時点で、時雨が真那を庇わなければほぼ間違いなく彼女は致命傷を被っていたはずだ。それを見越した上での決行であったのだろう。

 しかし真那を咄嗟に守ったのは時雨の判断であるし、心の底から申し訳なさげな面持ちで時雨の安否を確認しようとする彼女の姿を見れば怒りなど湧き上がりようはずもない。


「とにかく今は離脱しましょう。通路を陥落させて追手の追走を阻むことはできているけれど……相手の陣営には牽引機もあったわ。ぐずぐずしていたら、追い込まれかねないもの」

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