2055年 12月25日(土)

第177話

 二日がたった。レジスタンスに戻ってきてからクレアはそれらしい不審な動きは何も見せていない。幸正に指示されていたように、毎晩凛音にリジェネレート・ドラッグを打ち込みその様子を観察する。

 同時に幸正からのコンタクトも何ひとつ無い。解析班がクレアのビジュアライザーを押収しているが、一切無線が接続された様子もないという。

 クレアいわく、指示をだす際に連絡をすると言われていたようであるから、連絡がないのはつまりクレアがすでに時雨らの場所にいることに感づいているからだろう。


 今日は世間ではクリスマスであるはずだが、レジスタンス内でそれを祝う催しなどは当然行われない。

 モノレールの車窓から流れる外の光景は、一切の雪がふらず空は晴天ではなく雨雲に覆われていた。今にも泣き出しそうな空の下モノレールは静かに港区を横断する。

 下界に展開された巨大な発展富裕層区域。そのモール街には普段は見られないネオンやら何やらが申し訳程度に煌めいていた。

 しかしクリスマスの到来を祝福するネオン街に、一切の興味を示すものはこの場にいない。皆が自分の膝を見下ろし鬱蒼な雰囲気を漂わせている。

 この場にいるだけで具合の悪くなるような、そんなお通夜空気だ。


「何ですか皆様、クレア様や凛音様の妊娠が発覚したかのような顔で」

「その例えは意味不明だが致し方無いだろ。あんな通達があればな」

「凛音様方の子供の遺伝子から幸正様のそれが検出されたという通達で……そのような戯れ言に興じている時でもありませんでしたか。それで、いかなる通達が成されたのですか」

「お前知っているだろ」

「知っていますがこの画面を見ているユーザー様のための親切設計として」

「そういうのは逆に迷惑なんだよ、俺達からしたら。まあとにかく……ジオフロントに軍需物資の運送をしていたM&C社のコンボイが襲撃を受けたんだ」


 本日明朝、棗からそのような旨の通達を受けた。

 バージニア級原子力潜水艦によって台場の水中貿易港に物資を輸送完了したM&C社は、そのまま現地待機していたコンボイに物資の搬入をした。

 それは事前の手はず通りで、予定ならばそのまま地下運搬経路を経由し、ジオフロントへと直通するはずだった。そこで予定外の事態に発展したのである。


「イモーバブルゲート直下の地下ターミナルで襲撃を受けたそうよ」


 話に耳を傾けていたのか、真那は時雨にだけ聞こえるくらいの声で注釈してくる。


「既に地下にA.A.軍が待機していたみたい。集中砲火を受けて、コンボイは全壊。今はM&C社からの供給を受けられなくなっているわ」

「それはM&C社の意志的な問題なのか?」

「防衛省の妨害は彼らも覚悟していたことよ。防衛省に現在進行形で歯向かう様な行動を行っているんだもの。だから、彼らの意志的には今後も軍事支援は継続できるはず。問題なのは、今朝の一件から全面的に防衛省がアウターエリアからの侵入対策を取り始めていることにあるわ」

「厳戒な監視体制を23区外周区つまりイモーバブルゲート直下の地下運搬経路に築いているみたいだな。二十四時間態勢、どの通路から侵入しようとしても、虫一匹入り込む隙間もねえ」

 

 情報局から送信されてきたのであろう簡易ソリッドグラフィをビジュアライザーで照会しながら、和馬は舌打ちを放つ。

 確かに彼の言うようにソリッドグラフィの外周区には、赤いポイントが無数に配列されている。

 ソリッドグラフィが観測しうる動的反応はユニティ・コアであるはずだから、つまりその赤いポイントの数だけ、ユニティ・コアを内蔵したA.A.やU.I.F.の兵士が駐屯しているということ。

 ユニティ・コアを平常装備していない自衛隊なども動員されているであろうから、実際の敵勢力はこのポイントの示す物を遥かに凌駕すことであろう。


「散々数減らしてやったってのに、全く勢力が衰える様子もねえな」

「精力と勢力をかけた数の暴力ならぬ数の性欲を示唆しているのでしょうが、流石に難解すぎます。和馬様、ジョークセンスが絶滅危惧種並みですね」

「んなこと考えてなかったわ」

「これだけの勢力が動員されているとなると、もはやM&C社の支援は期待できないわ」

「妃夢路様によってレジスタンスの手口が全て防衛省に漏洩されていることを考えると、こうなることは前提的に解っていたことです。むしろ今まで閉鎖されてこなかったことが不思議なくらいですね」


 それに関しては以前紲も疑問を掲げていた。レジスタンスの行動範囲を拡げる結果になるというのに、それを看過している防衛省の態勢を杜撰すぎると表現したのだ。

 何故彼らはジオフロントがここまで復興されるまで、M&C社の支援に対し軍事的制裁をしてこなかったのか。


「でもこれまでの支援で、ジオフロントはその半分以上の軍需を再興できたわ。武器弾薬的な備蓄は必要数整っているし、問題なのは人員的な支援ね」

「M&C社が以前送ってきた兵士は、調布市JAXA本社での一件でかなり損失しちまったからな」

「ジオフロント襲撃に伴う被害も甚だしい物がありましたからね」

「まだM&C社も人員的な支援を出来る状態にはなかったわ。その状態になる前に、こうして供給のラインが閉ざされてしまった……」


 M&C社は巨大な軍需運送会社ではあるが、あくまでも運送会社なのである。営利目的で各国に軍需を売る民間団体であり、その全てが軍役経験を積んでいるわけではない。むしろその殆どが戦闘訓練を受けたことすら無いだろう。

 それ故に、最初からあまりその面での支援は期待できていなかった。更に先日の大規模被害を伴って、更にM&C社は人員的な意味で困窮している。人員を送ることを渋ることはないだろうが、そもそも送る兵士が不足しているというのが現状だろう。


「他の軍事団体でも尽力してくれれば助かるんだが」


 先日のリバティ日報によって全世界に防衛省の悪事が拡散されたわけで、海外諸国が明確な形でレジスタンスに支援してくれるのではないかと期待していた。

 彼らは伊集院と月瑠の介入がなければ、確実にナノマシンを以ってどこかの大陸を壊滅させていたはずだ。つまり、海外諸国はもはや仮初の安寧すら築けない状態にいる。

 しかし期待は彼らの対応によって霧散した。


「海外諸国の殆どが、未だデルタサイトに寄って自国の存亡をつないでいる状態ですからね。防衛省に対する疑心が確信に変わっても、彼らは迂闊な行動には出られない」


 これまではレジスタンスへの協力はデルタサイト供給の断絶を意味していた。今後はそれだけではない。防衛省が自在にナノマシンを操れず、そのためノアズ・アークが千代田区上空を通過したあの時がチャンスだったということを知っている。

 だがイモーバブルゲートが機能していないことを認知していない海外諸国からしてみれば、いつ自分達の大陸が破壊されるか分からない状態であるのだ。それ故に動けない。


「ペンタゴンでも協力してくれれば大助かりなんだがな」

「私達のような革命軍に協力することより先に、核弾頭を落とすことを考えそうなものですがね」

「しかし、結局俺たちは何のために緊急収集されたんだろうな」


 それに関しては詳細を伝達されていない。口頭で説明したように緊急収集であったため、急くように仮拠点であった学生寮を飛び出してきたのだ。


「救難信号を受信したそうよ」

「信号……? M&C社のか?」

「ええ」

「俺は輸送車両のコンボイは全て破壊されたと聞いていたが」

「コンボイは確かに破壊されたわ。でも、U.I.F.の包囲網を脱した兵士がいたのか、イモーバブルゲート周辺に信号を探知したの」


 M&C社の支援を断絶するために派遣されたU.I.F.の兵士たちの数は計り知れないがコンボイが全壊という前提がある。生半可な勢力ではないはずだ。

 その包囲網から脱した人間、それもおそらく軍役を積んでいない無力な存在がいようとは俄には信じがたい話だ。


「……罠の可能性は?」

「ゼロとは言い切れねえな。怪しいっちゃあ怪しい」

「そうね。けれど罠であっても罠でなくても、結果的に私達が救援に向かうとすれば敵の渦中。だから凛音を置いてきたのよ」


 車両内部には凛音の姿がない。既にジオフロントに着いているらしい唯奈を除いて、モノレールには時雨と真那そして和馬しか搭乗していなかった。無論、一般客で賑わってはいたが。

 凛音が例の発症の危険性を患っている以上、彼女には極力獣化させられない。

 リジェネレート・ドラッグという獣化の副作用を抑制する“ヤク”があるにしても、完全に抑制しきれるわけではないのだ。数を重ねれば確実に凛音の肉体は変わっていく。その証拠が今の彼女の状態であるのだから。

 そうでなくとも、リジェネレート・ドラッグはあくまでもドラッグなのだ。使いすぎればその効能が薄れたり、中毒症状にいたる可能性だってある。

 彼女は戦力として捨てがたいが、戦場に出兵させることはすなわちその戦力を失うことにも繋がる。獣化はさせられない。


「来たな」


 ジオフロントに立ち入ると同時、先ほどまでの真那たちと同じような進退窮まった表情を顔面に張り付かせた棗が腕を組み出迎えた。

 その表情を見ただけで何となく分かる。事態は予想していたよりも切迫しているようだ。


「斥候部隊からの伝令がない」

「斥候って……例の襲撃地点まで派遣していた偵察部隊?」

「ですぞ。どうにも敵の謀略の可能性は捨てきれなかったのですがな、M&C社の生き残りである可能性がゼロではない以上、我々も動かないわけには行きますまい」

「救難信号が発せられたのは、午前10時22分頃だ」

「もう一時間近く経っているな。これが罠ではないにしても、既に死んでいるんじゃないか」

「時雨、問題はそこではないわ」


 少ない情報の中で解釈をしてみたが、それは真那の横槍によって制される。視線で何が違うのかと伺うと思案顔で彼女は彩度の低いくちびるを震わせた。


「今日、予定ではリミテッドへの軍需の搬入は明朝に行われるはずだった。襲撃を受けたのは、イモーバブルゲート直下。つまり、台場の水底貿易港から数百メートル地点よ。つまり、どういうことだか解る?」

「明朝時点で襲撃を受けたということか。だが遭難信号が発せられたのは十時過ぎ……」

「単純計算で三時間近く空白の時間があるということになる。遭難信号を発した人間が意識を失っていた、あるいは発信できる状態になかった、という可能性もあるが……罠である可能性にも直結する」


 しかし防衛省の連中もこれが罠の場合レジスタンスがそれに気づくと判断するはずではないのか。


「いかにも、それ故に罠ではない可能性に賭け斥候を出したのですがな。結果、こちらの部隊からの連絡もまた途絶えてしまっています。加えて、M&C社の生き残りの信号もまた途絶えたまま……これが罠ではないと判断すること、愚行以外の何物でもありますまい」

「だがそれが愚行だとしても、先程言ったように罠であってもなくても、現地に向かう以上俺たちの被る危険性は変わらない。この際、罠の有無など関係がないんだ」


 そもそも信号に応じなければその罠に引っかかることもないわけなのだが。現地にいくというのはつまり、罠にかかる危険を犯してでもそこに出向くつもりがあるということ。

 彼らの思考に一抹の違和感を得ずにはいられない。


「皇、分かっているだろ。M&C社の信頼を失う可能性があるとはいっても、ここで行動に出ることは自殺行為だ。U.I.F.の大量派遣されている場所に、あるかもわからない希望の糸を手繰って突っ込むのは……無謀だ」

「全く同意見。どうせイモーバブルゲートは封鎖されてる。今後はM&C社の援助なんて受けられない。途絶える軍需ラインを取り止めようとすること、それこそ愚行。見ず知らずの人間一人のために、私達が危険にさらされる理由はないわ。何か理由でも? それとも何? アンタ烏川時雨の入隊で、そこまで甘くなったわけ?」


 唯奈の発言は手厳しく非人道的だといえる。この決断によってM&C社の罪なき人間の命一つが犠牲になるのだから。

 しかしその犠牲は致し方ないものだ。現状のレジスタンスは人員的にも軍需的にも困窮し進退窮まった状態にある。あまつさえ遭難信号自体が罠である可能性もある。

 たとえ非人道的だとしても、迂闊な行動で足を掬われそのまま全壊してしまうジェンガのような覚束なさである以上、ここで自分達が出て行くわけにはいくまい。


「俺は甘くなったわけではない」

「どの口が。私なんかを奪還するために、レッドシェルターにレジスタンスの主力を投入したくせに」

「それは状況を鑑みた結果、烏川の発言が最も正しいものだと判断したが故の行動だ。柊はレジスタンスの中核を担う存在、その存在が欠員することでもあれば、俺たち中核を含むスタッフに動揺が走る。明確な戦力の欠如にもなるだろう。そうでなくともスタッフ達の士気低下に直結することは間違いがなかった。故に、俺は論理的解釈よりも精神論を優先した。それだけの話だ」

「はいはい、ツンデレなのは解ったから」

「それを柊が言うのか」

「あ?」

「…………」


 蛇にらみされた鼠のように和馬は委縮する。


「とにかく、今回もその感情論に従ったってわけ?」

「感情論ではなく精神論だ。なお、今回俺達が襲撃地点へ向かう段階を踏んでいるのは、感情論や精神論に基づいた行動原理ではない」

「じゃあ何でよ」

「俺たちは救難信号に応じ、救援に向かうつもりで斥候を派遣したのではない。目的は、M&C社の大破したコンボイに積まれている物資だ」


 予想の斜め上を突いた発言であった。てっきり信号に応じるという話なのかと思っていたが。


「救援活動はあくまでも現地に向かう活動の一環ですな。兎に角、我々が敵の陣中に突撃せねばならないことは前提的に決まっていること。であれば、信号が罠であろうとなかろうと、大した障壁にはなりますまい」


 棗の説明に酒匂が補足する。

 

「……それは解った。それなら質問を変えるわ。車両に積まれているものは、私達の存亡を天秤にかけてまで回収しなければいけないものなの?」


 真那の的確な質問に各々が同様に疑念の視線を棗に集中させる。

 結局危険地帯に足を踏み入れようとしていることに変わりはないのだ。であれば命を張る価値のあるものを車両が積んでいるということ。


「車載物はLOTUSだ」

「LOTUS? あの人工知能のことか?」

「いかにもリミテッドのセキュリティ中枢を担うAI。我々が超えねばならなぬ最大級の壁でもありますな」

「LOTUSはあくまでも無形物でしょう? それを車載しているというのはどういうこと? 輸送車両の制御機構をLOTUSが管理しているということ?」

「そういった意味合いではありますまい」

「ああ。LOTUSを内包した“容れ物”を車載している」


 より一層彼らの発言の意味が不可解になった。真那の論では、輸送車両自体がLOTUSを内包する容れ物であったわけだ。

 棗の発言から推察するに、大破した装甲車両がその“容れ物”を車載しているという意味合いだと解釈できる。つまり真那の言う容れ物と棗の言う“容れ物”とは全く別の意味だということ。


「LOTUSがナノマシンに何かしらの信号を飛ばすための機構ですな」

「それって……LOTUSのセキュリティシステムに守られているもの、という意味ではなく、LOTUSその物の効力を発揮させるための機構ということ?」


 酒匂はいかにもと凛然とした態度で告げ、貫禄すら漂わせる髭を指先で擦った。

 彼らの会話は高次元過ぎて到底理解の及ばないものであったが、なんとなく言わんとしていることは解る。

 例えばデルタボルトや先日の水底基地の管制施設。あそこの機材のようにLOTUSの力を借りてセキュリティ態勢を築いている機構、それが車載されているわけではないということ。輸送車両に載せられているものは、LOTUSが信号を発するための言わば親機のようなもの。

 それだけでは抽象的すぎて何が車載物であるのかは不明瞭だが、信号を飛ばすという技能に一抹の記憶の疼きを禁じ得ない。

 つい最近、ラグノス関係で同じ技能を有した巨大な塊を目の当たりにしたばかりであるのだ。


「ロケットね」

「理解が早くて助かる。先日伊集院及び霧隠が打ち上げ後に撃墜させたSLモジュラーには、人工衛星であるノアズ・アークにとある信号を送信するためのデバイスが組み込まれていた」

「で、そのデバイスを件の軍需運送会社さん方が回収していたってわけね」

「ああ。上空での爆破だったために、SLモジュラーの破片はリミテッド内部にはほとんど落ちず、被害は最小限に抑えられた。破片は全てアウターエリアに散布され、デバイスが太平洋に着水していることが判明したのはしばらくしてからの事だったが」


 軍需運送会社と棗がそのデバイスに関する運送を計画したのも、ロケット打ち上げ失敗のすぐ後のことだったという。


「それをM&C社が回収してあたし達に届けようとしていたわけですね。しかしです、そんな物、あたし達が手にして何の意味があるんです?」

「霧隠月瑠、アンタやっぱ馬鹿? 決まってるでしょ、LOTUSはリミテッドのセキュリティを管理するだけのシロモノじゃない。ナノマシンを制御する、その技能すら携えているかもしれない万能ツールよ」


 SLモジュラー打ち上げからも推察できることだ。つまりそのデバイスを手に入れられればリミテッドのセキュリティを無効にするだけでなく、ナノマシンにすら干渉しうるかもしれないわけだ。

 今のレジスタンスにとって喉から手が出るほどに必要なものであるといえる。


「でもそんなに貴重な物であるなら、どうして搬入をM&C社に全て一任してたんです? あたし達も出向いて万全を期すべきだったんじゃないすか?」

「全くだ」

「アンタが指揮したんじゃないの?」


 腕を組んで同意する棗に唯奈は不審げに声をかけた。当然の反応だ。本来M&C社との連絡と連携を指揮するのは指令である棗の役割だからだ。


「……ぅぅむ」


 髭をどこか気まずそうに撫でる伊集院。気まずげに逸らされた視線は彼がその指揮をとっていたことを示していた。

 皆の視線が彼に集中するが誰も彼に言及はしない。無駄な口論に発展するだけであると判断したが故か。大方M&C社乗組員のクビレを鑑賞したかったからだとか、そんな取るに足らない理由からだろう。


「お膳立てが過ぎたな。今は一刻を争う事態だ。遭難信号を発した人間がM&C社の生き残りであろうと罠であろうと、車両にデバイスが積まれていることに変わりはない。デバイスが再びU.I.F.の手に渡る前に早急に俺たちが奪取せねばならん」

「そういうことなら異論はない。この作戦に動員されるのは誰だ?」

「この作戦は基本隠密だが、敵に捕捉された場合は強行手段に出ざるを得なくなる。烏川は戦力として、またシール・リンクの存在もある。欠かせないだろう」

「私も出向くわ」


 真那が即答する。


「聖にはジオフロントでヘッドクォーターを任されて貰いたかったが……」

「棗よ、HQは私の仕事であったはずだが」

「役割を全うできないことが決まっている人間に、俺達の指揮は執らせられない」

「棗よ、私は仮にも元防衛省長なのだが」

「部下に出し抜かれ、組織ごと奪われ、結果その立場を剥奪されたな」

「……私はお前の父親なわけだが」

「心外だな、俺は伊集院、お前を父親と思ったことは一度としてない」

「…………」

「しかし聖、この作戦に聖が参戦する戦略的利点は見受けられない。だのに何故だ?」

「理由はないわ」

 

 棗は彼女がこの作戦に参加する意思を見せたことに対する何故だったのだろう。真那もそれは理解しているのであろうが、その上で無思慮であることを表明してみせる。

 正直意外であった。最近はその印象も軽減しているものの、効率重視な性格の真那がそのようなあやふやな意思決定を下そうものとは。


「聖、俺はレジスタンスの総司令だ。部下の無配慮な意思決定で作戦を混迷に陥れる様な事態は極力回避せねばならない」

「そうね」


 食い下がるとは思っていなかったものの、真那は存外あっさりと棗の言葉を肯定する。どうしても同伴したかったわけではないらしい。


「棗様、良いではないですか。真那様は隠密スキルにおいて優れている点をいくつも有しています。また時雨様が隠密作戦に派遣される際、基本的に真那様も動員されていました。これが隠密作戦であるならばなおさら、時雨様にとって連携の慣れている真那様が同伴すべきではありませんか」

「最もだな。何れにせよ、他にも数名作戦に動員する予定だった。聖、和馬、君たちも現場に出向いてくれ」

「コマンダー、あたしは派遣されないんです?」


 自分の名前が上がらなかったことに不平を抱いたようで、月瑠は控えめに挙手をしつつ棗に参加の意思表明を試みる。


「君は戦力としては申し分ないが、少々思慮に欠け、且つ主張性に固執しすぎる傾向がある」

「あたしの分析力でイグザミンすると、今さり気なくバカにされた気がするんですけど」

「少しもさり気なくはなかったですがね」

「上司が軽骨だと、部下も似て無分別になるようだな」

「その考え方だと、棗、私に育てられたお前は私に似てクビレ教信者であるという結論に辿り着くが」


 伊集院のどこか満足気な指摘。棗は彼の発言など意に介さず、というよりも聞こえてすらいないように無視し月瑠に向き直る


「この作戦は失敗が許されない重要な案件だ。君には別の任務を与える」

「まあ仕方ないですね、適材適所、コマンダーはあたしに相応しい、ジャパニーズニンジャらしい任務を指示してくれるんでしょうし」

「ああ、君に相応しい任務を与える。君は峨朗凛音の子守をしてくれ」

「ちょっとぉ! コマンダー、それはあんまりじゃないっすかぁ!」

「俺の認識では、どのような汚れ仕事であっても請け負う職、それが忍者であるはずだったが」

「ぅ……」

「君は忍者としての誇りを捨てるのか。俺はそれでも構わんが」

「……分かりましたよぅ。あなたあれですね、超コウメーっす。まああたしはNIGIRIの具材は梅の干し物ではなくたくあん一択なんですけど」


 どんな会話をしていても脱線させるのが月瑠の特技なのだろうか。


「霧隠、これは今回の作戦には関わらない任務だが、重要な指令だ」

「子守がですか?」

「峨朗凛音から目を離さないことがだ。発症の危険性がある以上、極力獣化をさせる訳にはいかない。ある程度のコントロールが可能になっているとはいえ、予測不能な事態に陥った時、突発的に芽生えた殺意が獣化を強制的に引き起こさないとも限らない」

「つまりあたしは、凛音センパイがセンパイ方の行く場所に行かないようにすればいいってことですね。ですがですよ、つい最近までデイダラボッチを極めていたあたしです、凛音センパイの足止めなんてまともに出来ませんよ」

 

 偉そうに胸を叩きながら言うな。


「織寧紲でも連れてくればいいんじゃないの。彼女なら、一号が作戦のことなんて忘れるくらい、平凡な遊びを提供してくれそうだけど」

「それでも無理なら、燎を連れてくればいいんじゃねえか。ちっこいののことだ、ライブでもするまでは、自分の方から離れようとはしねえだろ」


 凛音のことはひとまず気にかけなくて良さそうだ。今学生寮の部屋には凛音とクレアが二人きりで待機している。

 正直今のあの二人だけにすることには抵抗があったが、月瑠や紲が出向いてくれるというのならば、おかしな事態にも成り得ない。


「酒匂、東、君たちはこれまで通り情報局から随時情報を集めてくれ。万が一の事態に陥った場合、君たちが死去するようなことだけは避けなければならない」


 昴は最後の希望だ。彼だけが大命が成就された暁にリミテッドを纏めることが出来る人材だ。

 時雨らはレジスタンス。その行動がリミテッドの為のものであっても、謀反を企て国家転覆を成したことに変わりはないのだから。

 もっとも隠れ蓑の状態で追い込まれた羊のように縮み困り、転覆の機会を希望的観測で待ち構えている現状では、そのような未来のことなど考えている余裕もないのだが。


「柊、君は第二陣営を指揮し狙撃班を編成するんだ。指定の狙撃ポイントに先に向かい哨戒してくれ」

「あの……僕はどうすればよいでしょうか」


 それまで黙って会話を聞いていた泉澄がどこか申し訳なさげに挙手をする。


「風間、君にも今回の任務に参加してもらう。だが烏川や聖とは別の部隊としてだ」

「別……? 潜入部隊ではないということですか?」

「そうだ。先程も言ったが、今回の隠密作戦、敵に気づかれずにデバイスの奪取を遂げることは難しい。おそらく気付かれる」

「つまり僕は潜入を捕捉された際に、強行突破するための部隊に編成されるということでしょうか」


 しかし敵陣営の総合戦力は明らかにこちらのそれを上回っている。かなりの数の動員をしても強行出来ない可能性のほうが高いのではないか。


「いや、強行部隊は一桁人数に留める」

「は────」


 そんなの自殺行為だ。そう言おうとして口を噤む。

 本能的に理解した危険性を棗が抱いていないはずがない。つまりその少数精鋭でも十分に強行突破をなし得るだけの手段を用意しているということ。

 他の者達もその結論に至ったようで、神妙な面持ちの中に不安の色はちらつかせるもののそれを言葉にはしなかった。

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