第173話
高架モノレールを経由して23区を横断する。
ほとんど足を踏み入れたことのない中央区。高架の高さから俯瞰するその町並みは港区とさして変わらない。
冬の到来を表すようにまだ早い時間帯であるのに日は落ち、高層建造物が立ち並ぶ街は闇夜に沈んでいく。光の束が建物の合間から毀れだし、摩天楼区画を下界に展開させていた。
そんな光景を背景にしてモノレール内部は酷く沈んでいる。普段は車窓から流れ行く光景を眺め快活に感情を露わにする凛音も、今や座席に腰を沈め沈黙を貫いている。
真那はそんな彼女に配慮したように目を閉じ、同様に腰を落ち着かせているばかりだ。伊集院に関しては、別の問題が発生しそうだったためにネイが同行拒否をしたためここにはいない。
やがて見覚えのある箱状の施設が近づいてきた。高架モノレールはその施設からほど近い場所のターミナルで停車する。
「着きましたよ」
重い腰を上げターミナルから地上に足を降ろす。自然と足は隔離施設へと向かっていた。様々な感情が脳内で渦を巻き、それに名前をつけるまもなく目的地に達する。
「ここに、かーさまがおるのか」
言葉少なげだった凛音の口からあまり感情の読み取れない声が漏れだす。
「私の説が正しければ、ですが」
「きっと、ネイは正しいのだ」
何を根拠にしたのかは分からない。ただ凛音は確かな確信を抱いて堅牢なゲートに手をかけた。
赤外線が彼女の指先に接触しその生体情報を解析する。すぐにゲートのセキュリティが解除された。
「…………」
それを見て、真那は神妙な面持ちの中に重たい悲壮を滲ませた。
凛音の生体情報を認識しセキュリティが解除された意味。それは熟考するまでもなく明らかだ。
以前港区の隔離病棟に出向いたとき紲に聞かされたことがある。この隔離病棟に足を踏み入れられるのは、収容されている人間の近親者に限られていると。更に後にネイに詳細の確認をさせた所、その近親者は二親等以内であるということも判明していた。
つまり凛音の近親者それも二親等以内の関係の人間が、この施設内部に隔離されているということである。
「いよいよ根拠を持ち始めてきたな」
「…………」
凛音は何も言わずに足を踏み入れる。次いでゲートを超えるがそれを阻む様子はない。紲の時のケースと同じだ。凛音の同伴扱いなのだろう。
気が遠くなるような通路を抜けるとやがて分厚いガラス越しに開けた空間に出る。それもまた見覚えのある光景であった。自分達がいる一階フロアの一階層下の地下フロアにまで吹き抜けになった広大な空間。そこには、三桁近い数の培養槽が立ち並んでいる。
これらの何処かに、アニエス・ロジェの培養槽があるというのか。
「ネイ、この中に入れぬか?」
「原則進入禁止になっているはずですが、セキュリティを突破すれば可能です」
「頼めるか?」
「望まれるのでしたら」
それに凛音は答えない。決意ある視線がガラスの奥の空間に向けられているのを見て、その沈黙を是ととったのだろう。ネイは設置されているセキュリティゲートを解錠する。
「このゲート、つい最近ロックが解除された形跡があります」
「まさか防衛省の連中か?」
「いえ、電子ピッキングの痕跡があります。防衛省の人間ではありません……しかも毎週一度、二度以上の頻度で行われているようです」
つまり権限のないものが無理やりセキュリティを解除したということか。それも頻繁に。週間で誰かがこの隔離病棟に赴いている。
嫌な汗が背筋を伝うのを感じながら、ゲートを超えて房室に降りていく凛音を制すことはしない。たとえ止めても今の凛音はおそらくこちらを顧みない。致し方なく彼女の背中を追いかけ隔離空間へと足を踏み入れた。
「ネイ、アニエスの培養槽はどこだ?」
膨大な数の培養槽。体の一部が崩壊し失われている、そんな人間たちの収められた容器の合間を複雑な気分になりながら歩む。
「流石にそこまでは分かりかねます。地道に探すしかないでしょうね」
「その必要はないのだ」
凛音は先行して培養槽の合間を進んでいく。その足取りに迷いはなく、あたかも目的地を見定めているかのようだ。
やがて彼女は一つの培養槽の前で足を止める。他と遜色のない同じデザインのそびえ立つ筒状の機構である。しかし、他とは異なる点が一つだけあった。
「空……?」
緑色の培養液には何も浮かんでいない。部位欠損の生じた凄惨な人間の肉体も、そこに肉体があったのだと推察できる最低限度の痕跡すらそこにはない。
冷たい悪寒が戦慄となって全身に突き立った。最悪なイメージが脳内で弾け形をなす。
「────なのだな、かーさま」
何かを呟いた凛音。その言葉の大部分は聞き取れなかった。しかし、彼女が母親のことを呼んだことだけは解る。
何も知らず、母親の記憶をことごとく失っているはずの彼女。その彼女は全てを理解したような悲哀に満ちた顔で、どうしてか悲しい笑顔を浮かべていて。
そんな彼女に掛ける言葉を持たない。声を掛けることに意味すら持たない。
「あ……」
金属製の何かが硬質な床に弾ける音。それが背後から反響した。
「凛音、さん……っ!?」
「!?」
そこに佇んでいた少女の姿を視界に収め、最大級の驚愕を禁じ得ない。
控えめな胸元に抱えられたガスマスク。綺麗に切りそろえられた特徴的なプラチナシルバーの間から覗く大きな瞳は新緑の色。
明らかに日本人離れした要素で塗り固められているその少女は、見紛うことなき凛音の妹だ。
「どうしてここに……それに、それはお母様の……」
硬直していた彼女は面前にそびえている巨大な培養槽を目視し、その瞳に困惑の色を映し出す。
「かーさまに会いに来たのだ」
不自然なほど冷静に凛音は端的に応じた。振り向かずクレアを一瞥することすらなく、凛音は培養層に手を触れさせたまま感傷に浸っている。
「クレア、お前……」
彼女の予期せぬ登場に際し次なる行動を見極められなかった。
敵と見なしアナライザーに手をかけるべきなのか、あるいはその手首を拘束し連行すべきなのか。しかしそのどちらの行動も及ぶには至らない。直観的に、今この均衡状態に自分が足を踏み入れてはいけないのだと判断した。
クレアはあたかも捕食動物に遭遇してしまった小動物にように、注意深い眼でこちらの出方を伺っている。それに対しやはり凛音は振り返ることすらしない。培養槽から手のひらを離し、その場に屈みこむとシミ一つない真っ白い床から何かを取り上げる。
先ほどクレアが取り落としたものであろうか。この位置からでは凛音の豊満な髪に隠れてその実態は計り知れなかった。
「なぁ、クレア」
沈黙を破ったものは不意に紡がれた凛音の声。平坦にも抑揚の顕著にも思える内心の図りしえないそんな声音。彼女が何を考えているのか、その解答に行き着いている人物は本人を除いて誰も居ないことであろう。
それ故に声をかけられた張本人たるクレアも応答を言葉にしない。ただ戸惑ったように大きな瞳に動揺と焦燥の色を渦巻かせている。
「リオンはな、おねーさんにはなれないのだな」
「っ……」
染み渡るように発せられたその言葉にクレアが小さな肩を震わせた。
それは凛音自身の言葉がクレアとの間に壁を築いていたからか。同じ血を分かつ姉妹の間に、明確な軋轢が生まれてしまったが故か。
「リオンには、クレアのおねーさんでいられる資格はないのだ」
「凛音さん……」
クレアは何かを言いかけ二の句を紡げずに閉口する。掛ける言葉を見つけられなかったというわけではあるまい。
おそらく彼女の頭の中には、それを自分が発言してはいけないというそんな躊躇が生まれている。先に姉妹の間に距離を築いたのは他でもないクレアなのだから。
「リオンはな、酷いおねーさんなのだ」
「違うのです、酷いのは私なのです」
「クレアは酷くないのだ。だってリオンはクレアのためだと思って、結果的にクレアを苦しめているのだ」
「え……?」
凛音の発言の意図が掴めなかったのか、クレアは惑ったように凛音の背中を見据える。
凛音は妹の疑念に応えることはしなかった。代わりにその場に屈みこむと、何も内部に存在しない培養槽の前に何かを据え置く。先ほど拾い上げたそれだろうか。
「リオンはな、自分がおねーさんになれなかったことが悲しいのだ」
「……凛音さんは、私のお姉さんなのです」
少しの間返答に窮していた様子のクレアも思い切ったように唇を震わせる。
小さな胸に掻き抱いたガスマスクを更に強く抱き竦めて、内なる衝動に身を任すように長いまつげを揺らせて。
「凛音さんは、酷くなんてないのです」
「それは、クレアが優しいからそう言ってくれるのだ」
「……私は、優しくなんてないのです」
「どうしてそういうのだ?」
「だって私は凛音さんを、皆さんを裏切ったのです」
消え入りそうな声。それは彼女が能動的に幸正に付いて行ったことを表していた。
彼女が何を考えU.I.F.との繋がりを持ったのかはわからない。十中八九、父親の存在がその影響力が彼女に行動を促したことに間違いはないのだろうが。どんな理由があるにせよ、防衛省と接触していたことに変わりはないのだ。
「そう、なのだな」
「……どうして、怒らないのです?」
「怒っていないからなのだ」
凛音はそこで視線だけ振り向かせた。その瞳には憤怒の色も哀惜の色もない。
「おかしいのです。私は、酷いことをしたのです。皆さんを騙していたのです」
「それは嘘なのだ」
静かに否定した凛音はゆっくりと立ち上がる。そうしてクレアに対面した。
平静を失ったように狼狽えかけているクレアに反比例するように、やはり凛音は冷静だった。それは機械的なそれでも無機質的なそれでも、ましてや義務的なものでもない。どこか慈愛すら錯覚させられるほどの暖かな瞳を携えて。
「何も嘘ではないのです、真実なのです」
「嘘なのだ」
「真実なのですっ」
「ならば……これは、何なのだ?」
凛音は一歩、その場から横に移動する。そうすることで培養槽の全容が明らかになる。そこには依然として変わらず、誰の姿も痕跡もない現実が佇んでいる。
凛音がこれと呼んだ物は培養槽その物ではあるまい。その前に据え置かれた平たい円筒状の物体だ。
「ガスマスクのフィルター……?」
それを見てすぐに何であるか理解が及んだのであろう、真那は不審げにフィルターを見ていた。
間違いなくそれはガスマスクのフィルターである。クレアが常時携帯している物で間違いあるまい。
「それは……ただ落としてしまっただけなのです」
「だがこの場所にこれを持ってくる理由は何なのだ? かーさまのためではないのか?」
「それは……」
口籠る。なにか後ろめたいことがあるように。いやこの状況に限って言えば、クレアの態度は保守的には見えない。誇るべきことを押し隠しているような、そんな浮ついた感覚。
「とーさまはいつも言うのだ。味方を犠牲にしても家族は大切にしろと、だ」
「……それなら、私は凛音さんのことを犠牲にしているので、やっぱり酷いやつなのです」
「クレアはかーさまのために頑張っておるのだろ? なら、クレアは酷いやつではなくて嘘つきなのだ。だって……クレアはリオンたちのことなど騙してなどいないのだからな」
「騙しているのです。これまでも……今も」
「騙してないんていないのだ。クレアがそのつもりでも、リオンは騙されてなんていないのだ」
根拠などどこにもない言葉には物言わせぬ何かがある。それは凛音の声音に秘められた確たる自信によるものか、あるいはそれがほんとうの意味での真実であるからなのか。
どちらにせよ、時雨には彼女たちの考えていることなど理解できない。
「……凛音さんは、何も知らないだけなのです」
「それならそれでいいのだ。だけどなクレア、リオンはクレアに何も傷つけられていないのだ。それだけは解っておくのだ」
「…………」
慈愛にあふれた、そうありながら悲哀に滲んだ笑顔は凛音の揺れる複雑な心境を表現しているようで。対してクレアはやはり歯の奥に何かが挟まっているような、そんな苦しげな顔で率直すぎる実の姉を直視している。
どうしてこの姉妹の間には明確な隔たりが存在してしまうのだろう。まだ幼い彼女たちの間に。
「クレア、あなた、どうしてここにいるの?」
彼女たちの対話だけでは話が発展しないと判断したのか、黙ってクレアの後方を固めていた真那が開口する。彼女が離脱しようとした場合に備えてであろう。その心配も奇遇に終わったわけであるが。
真那は保身のためか背中側で手をかけていたコンバットナイフのハンドルからそっと手を離し、クレアに歩み寄る。
「私は……お母様に会いに来たのです」
クレアは近寄ってくる真那に比例するように距離を取るわけでもなく、神妙な面持ちのまま俯いている。
その様子からしてこちらに危害を加えようなどと考えているようにも思えないが油断は禁物だといえるだろう。何と言っても彼女たちは、突然レジスタンスから姿を消しただけの存在ではない。U.I.F.と密会し、更に昴を襲撃した人間たちである可能性が強いのだ。
「ということはやはり……この培養槽が、」
「アニエス・ロジェの収容されていた物なのね」
直感的にこの培養槽に向かった凛音。彼女がどうしてこれがアニエスの物であると知っていたのかは解らない。
この場に出向いて少しだけ失われていた記憶が刺激されたのだとか、単なるカンだったのか。それは定かではなかったが、たしかな確信を持っているように見えた。
疑念は絶えないが今はそれよりも直視しなければならぬ事実がある。問題なのは、この培養槽の中に誰の存在も残されていないということだ。
「かーさまは、もう、いないのだな」
「……なのです」
「これは、多分かーさまも喜ぶと思うのだ」
凛音はフィルターを見下ろして呟く。そしてまた隔離施設内部に苦渋のような沈黙が到来した。
どう行動すべきか判断がつかない。本来ならばクレアを拘束すべきなのだろう。しかし彼女が行動に出ないかぎりそれは出来ない。何と言っても彼女が本当に防衛省に加担しているかなど、確証を持てずにいるからである。
あくまでもそれは状況証拠から導き出した解答であって、クレアの言質から憶測したことでしかないのだから。
それに今は凛音に採択を委ねるべきであると、そんなあやふやな衝動に突き動かされてもいたのだ。
「クレアは、戻ってくる気はあるのか?」
「……それは」
「戻る気はないのか?」
「なくは、ないのです」
その返答は正直以外だった。幸正の言葉こそが絶対であるという姿勢を示す彼女が、レジスタンスに敵対する組織に加担する立場から身を引こうとしていること。
あのクレアが。一度距離をおくまでして従順に幸正に付き従っていた、不安と怯えが背広を着て歩いている様な少女がだ。
「それなら、戻ってくるのだ」
その返答を予期していた者もいたようで。凛音はそれを聞いても少しも驚嘆の色を見せない。
「でも……」
「でもじゃないのだ」
「で、でも」
「そこまでなのだ。とーさまはいつも言っておるのだ。峨朗一家である以上、ネガティブ思考はしけーなのだ」
「……どうして、凛音さんはそんなに明るく振る舞えるのですか」
クレアは心底から湧き出す名前のつけられない感情に翻弄されるように、その小さな拳をきつく握りしめていた。
「リオンは周りに笑顔を振りまくのだ。そうやって、皆を楽しくするのだ」
「どうして、」
「そうしないと、傷つく者がおるからなのだ」
「…………」
「さっきも言ったろ、リオンはクレアのことを思って、結果的にクレアを傷つけているのだ。それでもな、リオンは笑顔は絶やさないのだ。絶やせばきっと、クレアはもっと苦しむことになるからなのだ」
支離滅裂。彼女の言葉にまとまりはない。それでも彼女の感情がなんとなく肌で感じられるようで。
「戻ってくるのだ、クレア」
「それは、出来無いのです」
「何故なのだ? クレアは戻ってきたいのだろ?」
「だって……私は、お父様の言いつけを破れないのです」
クレアはガスマスクを抱えたまま目を伏せる。
彼女の謙虚さ、内気さ、そして臆病さ。それは幸正の厳格さやクレアに対するとある厳粛さによって、心の内側に根付かせられている感情たちだ。
先のように彼女自身の感情を言葉にすることはあっても、その強制力は感情に従順になることを許さない。
クレアの全ては幸正の言葉だ。たとえ仲間を裏切る結果になろうとも、幸正の言いつけだけは決して破ることが出来ない。何が、そこまでクレアに強制させるのか。
「とーさまの言いつけはたしかに大事なのだ」
「…………」
「それなら、とーさまの言いつけに従って、凛音たちのところへ戻って来るべきではないのか?」
「え?」
「クレアはとーさまに命令されていたはずなのだ。毎晩リオンにリジェネレート・ドラッグを打つように、とだ」
確かにそんな命令を受けてはいた。凛音がスファナルージュ第三統合学園の女子学生に排斥され、その際精神状態を著しく狂わせられた。
獣化という避けようのない現実に直面し、その殺戮衝動を軽減させるために獣化時でなくとも毎晩ドラッグを打ち込むべきだと判断した。
その役目を負わされたのがクレアなのだ。結果的にその日の晩にクレアと幸正は失踪したため、その責務は一度として果たされていなかった。
「でも私は……」
「クレアはとーさまに新しく、リオンたちの場所へ戻ってはならぬと命じられておるのか?」
「それは……言われていないのです」
「それならクレアの責務はまだ継続中なのだ。戻ってきてリジェネレート・ドラッグを打ってくれぬ場合、クレアはとーさまの命令に背いたことになるのだ」
「……凛音さんは卑怯なのです」
「リオンはクレアよりおねーさんなのだ。その分ずるさを極めているのは当然のことなのだ」
どこか偉そうに凛音は比較的(妹と比較して)起伏のある胸を反らす。
困ったようにガスマスクを抱えた手と手を絡め合わせるクレアに歩み寄り、強引にその手首を鷲掴む。
「は、離してくださいなのです」
「お断りなのだ」
「離してくださいなのですっ」
「続きは署の方で聞かせてもらおうなのだ」
「っ……離し」
「黙るのだ」
「っ……」
自分の手首を掴むその手を振り払おうとしたクレア。だが彼女は凛音の平坦でありながら、どこか強制力のある声に思わず抵抗を収める。
驚いたようにその眼を何度も瞬かせ凛音の様子をうかがう。
「リオンはクレアのおねーさんなのだ。そのおねーさんの言いつけが聞けぬのか?」
「わ、私は、」
「とーさまの言いつけは聞けて、おねーさんの言うことは聞けぬのか。それなら、クレアは悪い子なのだ」
「……そうです、私は悪い子なのです。だから、」
「悪い子はリオンが更生させてあげるのだ。というわけでクレアはレジスタンスに戻ってくるのだ」
「ぅぇ?」
「ゴーバックホームなのだ」
「ぇ……ぅぇぇぇえええっ」
何かを決心したような様子だったクレアを凛音は逃さない。むなしく抵抗するクレアに構わずその手を引いていく。
「…………」
「……どうするか」
その光景をすこしばかり呆気にとられ俯瞰している真那に小さく語りかける。
彼女は眉を僅かに寄せ視線を彼女たちから外し、培養槽のそばに据え置かれたフィルターに注いだ。
「クレアの立場を正確に認識できていない以上、正直、判断しかねるわ」
「クレア様がU.I.F.に加担し、昴様を襲撃した人物である可能性の高い幸正様とともに行動していたことは、間違いありません。そしてその行動原理は、全て幸正様の命令にあります。すなわち、抵抗の色を見せつつこうして凛音様の連行に甘んじているところを見るに……これすら、幸正様の命令である可能性があります」
ネイもその結論に達していたらしい。それ故にこの状況における最善の策を見いだせずにいる。
クレアが幸正に同伴せず、一人でこの場所に出向いてきたということも気になる。全てはこちらをはめるための幸正の策である可能性すらあるのだ。
である以上は、迂闊に敵勢力の人間をレジスタンスの潜伏先に誘導するのは危険な行為だといえる。
「とりあえず私達の一存で決めていいことではないわ。棗の指示を仰ぎましょう」
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