2055年 12月23日(木)
第170話
「なるほど、それで私の所へ来たわけか」
翌日ジオフロントへと赴いていた。真那と共に出向いたその場所で、司令塔に待機していた伊集院が髭を指で撫でながら語尾を強める。
「それでもも何も、まだ何も発言していないんだが」
「詳細は聞くまでもない。大方、ロジェに関することだろう」
彼は管制モニタを操作しながら目的を憶測してくる。彼の憶測は正しい。実際に彼の知っていることを全て聞き出そうとしてここまで出向いたのである。
「はるばるここまで出向いた君たちのその努力には、私もこの知識を持って報いねばならんな」
「知っていることは全て話したのではないの?」
真那が不審そうに指摘する。ここまで出向いておいてこの発言もどうかと思うが、実際伊集院の知っていることについては全て聞かされていた。
それ故にここに来たのは、垂らされた見えない糸を手繰るためであったのだが。もしやまだ話していないことでもあったのだろうか。
「何を言っている。ロジェのクビレの魅力は一朝一夕話し聞かせたところで伝授しきれるものでは……ない!」
「クビレの情報なんていらないんですよ」
「ならば尻か? ふぅむ……ロジェは確かに尻も魅力的な女性だった。だが尻が映えるのは、あくまでも芸術的なクビレがあってこそだ。クビレの起伏無くして尻の醍醐味は語ることなど出来ん。つまり全てはクビレに回帰するということ。クビレがすべての起源。女性の魅力は全て、クビレに収束しているということだ」
「そんなことはどうでもいいわ。例の漏出事故について何か知っていることがあるなら教えて」
「そんなこと、だと……クビレはそんなことなどという言葉で片づけられるような単純明快な物ではない。クビレは、」
「…………」
「……漏出事故についてだったな」
真那の冷たいまなざしをその身に受けてか伊集院は臆したように目を反らす。そうして再度髭に指を伸ばしつつ思案顔になる。
「漏出事故についてあれ以上私が知っていることは、ない!」
「何故自信満々に無知であることを豪語しているのですか」
「普通に言っても示しがつかんからな」
「格好つけていっても示しは突きません。見苦しいだけです」
「むぅ……」
伊集院は腕を組んで不満をその顔に張り付ける。言い返す言葉を持たなかったのか反論はしない。代わりに操作していたパネルから何やらファイルを送信してくる。
「これは?」
「開けてみたまえ」
得体のしれないファイルを不審に思って問いかけるが、彼はその中身については何も言わない。
「クビレ盗撮の秘蔵フォルダなどでは……なさそうですね」
ファイルサイズを確認したのかネイが唸る。彼女に促されるようにしてその数値に目を向けるが、サイズからしておそらくは書式だろう。一瞬躊躇したものの開封する。
「何かしらの記録書ですかね」
「ふむ……それは、化学開発プラントに関する資料だ」
「科学開発プラントって……アニエス・ロジェが死去したあの?」
「正確には、その工場をも含む化学開発部門全体のプラントだと言える。漏出事故が起きた工場に直接的に関わるものではない」
だがそれでも全く収穫がないということはなさそうだ。あれ以上の情報は持ち合わせていないと言いながら抜け目のない男である。
「科学開発プラント、ナノテクノロジー開発局……これですね」
「記載されている内容は、ラグノス計画においていかなる研究がなされていたか、という物だ」
「そんな重要な情報、どうしてアンタが?」
「私はこれでも元省長だ。それくらいの情報にならアクセスする権限があった」
「今はその権限がないだろ」
「む、むぅ……」
伊集院は途端に返答に窮したように目を反らす。まさか、これまでそんな重大な情報を隠匿していたというのか。ラグノス計画の悪逆非道を白日の下に晒す物的証拠となりえる情報を。
「実はこれまで出会ってきたアジアン女性のクビレフォルダに、偽装して隠していたことを忘れていてな。つい昨日まで見つけられずにいたのだ」
「月瑠様のことを責められないですね」
そう言えば月瑠も防衛省時代レジスタンスに関する情報を記したデータを誤って抹消してしまったのだとか。その不祥事を発覚させないために、彼女は伊集院に紛失の事実を隠してきたという。アホだ。
「でも、レジスタンスの解析班に端末を渡せば、すぐに情報を見つけられたはず」
真那はどこか責めるように伊集院に詰め寄る。彼が隠匿していたことに謀反の可能性を見出したのかもしれない。
詰め寄られ伊集院は動揺するわけでもなくただばつが悪そうな顔をする。
「解析班に一度通しはした。だが解析に伴い、最終的に端末内のハードディスクを初期化すると言われてだな」
「それで解析を拒んだわけですね」
「当然だ。二十八か国を渡り歩き、盗撮してきたクビレ秘蔵フォルダを抹消されてはたまったものではない、からだ!」
「だから何故そこで威張るのですか」
真那はその茶番を耳にため息をついていた。伊集院のことを疑うことすらばかばかしく思えたのだろう。この父にしてこの子ありとはよく言ったものだ。
伊集院の元で働いていたからこそ、月瑠は頭のねじが数本抜けた正格になってしまったのだと痛感する。大事なところで危機感のない雇用者と被雇用者であった。
「まあいいでしょう。重要な情報を発見次第、私の方で解析班に送信しておきます。が、伊集院様あなたは早急に解析班に通してください」
「む、むぅ、この端末を通せば秘蔵フォルダが……」
「あなたは原始人ですか。別の端末にコピーすればよい話でしょう」
「!?」
伊集院は雷に打たれたように一驚を喫していた。その発想には至らなかったらしい。
「ともかくとして折角の情報源だ。さっさと中を見て見るぞ」
「大方目は通しました」
「早いなおい」
「文書ファイルとは言っても簡潔に纏められていましたので」
「それで、何か新しい情報は入ったの?」
「ええいくつか。アニエス・ロジェの死去に関する情報は何も記されてはいませんでしたが、このプラントに関する構造は大方掴めました」
ということは既知の情報以外にも、実りのある何かがあったということか。
「まずナノマシンにはいくつか種類があるようですね」
「種類?」
「はい、一般的なナノマシン、つまり2052年時点で世界中に蔓延を始めていたノヴァの元となるナノマシンです。これがナノテクノロジーの基本構造となりますが、防衛省はそれ以降も、さらなる研究を進めていたようです」
そう言って彼女はウィンドウを拡大し俺達にも見えるようにする。真那と肩を寄せてウィンドウを覗き込むと、文字ばかりが敷き詰められていた。
頭が痛くなるほどのデータ量に目がくらむ感覚を覚えながら、ネイが示す部分の文章を視認する。
「ナノテクノロジーの最終段階では独自の意志を持つ個体の創造を可能とする……独自の意志? それってプログラムによる思考回路ではないということ?」
「おそらくはそうでしょう。そしておそらくこれはウロボロスのことです」
ここでその名前が出てこようとは思いもよらなかった。ウロボロス……あのナノマシンが意志を持っているというのか。
「あくまでも憶測ですがね。ウロボロスの行動原理は、従来のノヴァとは似通っているようで、ですが異なっています。従来の個体は単純に炭素の収束する地点、すなわち有機生命体の多く集まる場所に出現します」
それは水底基地に出向いた時にも実感したことだ。台場の人間たちを可能な限り台場海浜フロートに集めることで人的被害を収束し、事なきを得た。
「ですがウロボロスは明らかにそれとは異なった行動をしていました。小型潜水艇が発射した魚雷を飲み込み、ナノマシンへと変質させる。そして地下ダムの内壁を食い破り、海へと逃れた。もし有機生命体の多く存在する場所に向かう、というプログラムだけで行動しているならば、まず地上の人間たちを襲ったはずです。にも拘らずウロボロスは太平洋へと向かいました。太平洋深海には、飲み込んで変質させても数余りある、無数の有機生命体が生息していることを理解していたからです」
「つまり……近視眼的な行動しかできないプログラム思考とは違った、完全なる知能が存在しているということ?」
口元に手を添えて考察を言葉にする真那に、ネイはまあ仮説ですがねと肩を竦めた。
しかし本当にウロボロスには知能が存在するのか。森羅万象をも変質し、物理法則の根幹をも捻じ曲げてしまうあのナノマシン。そんな神をも凌駕する存在に、思考するための知能が存在しているのだとしたら、身の毛もよだつような話だった。
「まあそれは置いておくとして、他にもさまざまなナノマシンの開発を推進していたようです。対核兵器用に開発されたニュークリア型、医療発展目的のメディカル型、無限機関としてのジェネレーター型――これは発電目的ですかね。まあ開発は難航しているようですが」
「ただの生物兵器以外にも用途を見出していたのね」
「どうせまともなことに使うとも思えませんがね……話を戻しますが、最後にもう一つ、種類があります。それがインフェクト型」
「インフェクト……感染?」
「そうだ、人体をナノマシンに変質させる、いわゆる『発症』症状だが、それを引き起こす個体はそのインフェクト型に限る」
ナノマシンなど一括りだと考えていたがその実そうではないようだ。
「ノヴァはこのインフェクト型であり、時雨様のような改造人間は、その抗体因子を体内に取り込んでいるわけです」
「ちなみに、君たちが致命傷を負ったときに用いているリジェネレート・ドラッグはメディック型だ。所謂メディカルナノマシンだな」
「ノヴァとは違うのか」
「似て非なるものだと言えるだろう。メディック型はあくまでも肉体の再構成を目的としたナノマシンだ。感染作用はない」
回復のたびにナノマシンを体内に取り込んでいると考え、気味の悪さを感じていたが。どうやらそれは杞憂であったらしい。
いやまあ感染作用がなくともナノマシンであることには変わりないのだが。
「それで、そのナノマシンの種別がどうしたんだ」
「型によって、ナノマシンの構成要素も変わってきます。インフェクト型は増殖をする時、炭素やケイ素と言った元素を媒体にしますよね」
「それは嫌というほど聞かされた話だな」
「漏出事故が起きた工場ですが、あそこにあったタンクは何の物質を貯蔵している物であったか、覚えていますか?」
そう言われて浮かぶものはあのセピア色に滲んだ写真である。あのタンクには炭素やケイ素を示す表記があった。あの背景に映っていた場所が漏出事故の起きた工場と同一であるのならば、漏出事故の際に漏れ出したのもその元素である。
つまり事故のあった工場はインフェクト型の製造工場であったということだ。
「そう言うことです」
ネイは納得のいったような顔をしたのを確認して、神妙な面持ちのまま頷いた。
「インフェクト型ということは感染機能があったということ? アニエス・ロジェやその他の死傷者は、感染して死んだということ?」
「いや、あの工場はあくまでも製造プラント。完成したナノマシンを貯蔵しておくための場所ではない。すなわちあくまでも元素を保管しておくための施設だ」
「つまり、感染による死亡はないということか」
「とは言えナノマシンの構成要素はすべてそろっているプラントだ。人間の手が加わらずとも、漏れ出した物質が大気中で化学反応を起こし、発症ということもないとは言えないだろう」
「なんですか色々と情報を隠し持っているではありませんか。何でこんな大事な局面で出し惜しみしているのですか、あなたは」
「む、むぅ……何も情報を秘匿していなければ、役立たずとして壇上から落とされるかもしれんからな」
「現時点の方がよっぽど役立たずです。壇上どころか登場人物リストからも抹消してやりますよ」
「そのようなことをすれば、クビレの良さについて語ることが出来なくなるではないか」
「そもそもそんな機会はないのでさっさと臨終しやがってください」
ばつが悪そうに表情を歪めた伊集院に、ネイは容赦のないダメ押しを連呼する。
しかしまあ重要な情報を隠匿されているのは不都合だ。彼の事情など些細なことであるし、この際全て知っていることを洗いざらい吐き出させるべきか。
「まあ今の情報は、先ほど君たちに渡した文書から確認しえたものだ。他には何も知らぬ」
「それではもう用はありませんね。自主的に壇上から降りていただけますか。それとも私の権限で存在そのものを抹消されることをお望みですか」
「待て、早まるなシール・リンク。私は君たちに貢献しうる有力な情報をまだ秘匿している」
「はぁ……なんですか今度は」
「この作品に登場するすべての女性のクビレ指数を記したファイルがここに、」
彼の言葉はそこで遮断される。伊集院がいた場所を伺うが、そこにはもう誰の気配も存在しない。
おそらくは理解しうる常識を超越した現象が彼に襲いかかったのだろう。特に憂慮すべきことでもない。
「まあでです。伊集院様の仰っていたように、確かに大気中における化学反応が原因で感染症状が起きるという可能性を全否定することは出来ません。ただ、おそらくアニエス・ロジェの死因は、それではないでしょう」
たった今管理者権限(?)を行使し伊集院の末梢を執行したネイは、涼しい顔をして話を戻す。
「どうして、そう言い切れるの?」
「この書類には、死因と関係がありそうな情報が記されているからです」
「単なるガス中毒とかではないのか?」
「それに関しては、私も少々疑問を持っていたのですがね。そもそも、一酸化炭素を含まないガスが漏出したところで人はそうそう死に至りません。ましてや炭素などと言えば、有機生命体の構成要素の大部分を占める物であります。それがいくら充満しても、簡単に人が絶命することはないでしょう」
「なら……感染による死亡じゃないのか」
「いえ、そうではありません。マスメディアでは、そのプラントはナノマシン製造目的のものではなく、ゴム製造を主としたレゾルシノール貯蔵工場であると公開された、という話を覚えていますか? 何故レゾルシノールであるかというと、ナノテクノロジー研究に化学開発部門が抜擢される以前、その工場ではゴムの生産をしていたからです。その名残として、どうやらその当時の化学物質がまだ残されていたようですね。現状使われていなかった緊急放出弁が誤作動を起こし、HCI蒸留塔の温調異常が生じ事故が起きた」
「蒸留塔の調温? 結局、どういう事故なの?」
「爆発事故ですよ」
ネイは端的にそう宣言する。それは初めて聞かされた話であった。
以前ここ三年間で生じた事故を列挙してもらったことがあるがその際、件の事故に関してだけは事故の詳細が省かれていた。ネイが故意に省略してのではなく、情報がそれしかなかったのだろう。しかしよもや爆発事故とは。
「でも、レゾルシノールの工場としての機能は使われていなかったのでしょう? どうしてそれが誤作動を起こしたの?」
「簡単な話ですよ。私たちが疑っていた第三者の介入……それを立証付ける証拠だということです」
なるほど確かに動作していなかったはずのものが動いていて誤作動を起こしたという現象は、自然に起きたこととしてはあまりにも偶発的過ぎる。
何者かの手が加わっていると考えた方が可能性としては高いだろう。
「つまり、アニエス・ロジェを含む作業員数十人が死去した爆発事故。その原因は、おそらく防衛省の何者かの手によるもの……ということね」
「重ねて、その事実に感づいてしまった凛音様は、口封じのためにアニエス・ロジェに関する記憶を抹消させられた。
「そもそも防衛省の目的はアニエス・ロジェの殺害だったのか?」
「どうかしらね……凛音がそう言う形で関与していることから鑑みても、その線は濃いでしょうね。でもナノマシン、ラグノス計画の情報漏えいの危険性を冒してまで、どうして自分たちの研究機関を爆破させたのかしら」
真那の疑念に答えられない。その疑問に対する回答を持ち合わせていなかったためだ。
「正直、さっぱりですね」
やがてネイはお手上げですとでも言わんばかりに肩を竦めて見せた。
「爆発事故後の防衛省の行動の意味は、いくらでも推測できます。凛音様の記憶操作は、ラグノス計画の何たるかが漏洩しないようその保険として行ったこと。マスメディアに嘘の情報を流したことも、同様の理由からと言えるでしょう。ですが、そもそも爆発事故に至った経緯があまりにも判然としません」
「やっぱり、工場にいた作業員の誰かを抹消する目的だったのかしら」
「だがどうして味方を抹消する必要がある」
「構成員の中に諜報員がいた……とかではないかしら」
「それは考えにくいですね」
考えを纏めるように思案に暮れていた真那だったが、ネイはそれを即刻否定する。
「漏出事故によって死亡した人間のリストですが……一人を除いて、全てがこのプラントの従業員です。防衛省の上層部に着くためには、自衛隊としての階級を取得するほかありません。ただの工場作業員として潜伏し、どれだけ社会的地位を上げることが出来ても、上層部には間接的にすら接触できません。諜報活動などもってのほかですね」
「見当違いということね……一人を除いてというのはアニエス・ロジェのこと?」
「はい、アニエス・ロジェはフランスから渡日してきた軍人です。それ故に自衛隊階級などは有していませんが、海自の管理職にはついていたようですので」
以前ネイに聞かされた話からすると、アニエスは二十四歳のころ国外派遣という目的で日本に来たという。
当時フランス海兵隊の人間であった彼女がどういう経緯で、日本に来たのかは解らない。その目的は十中八九ラグノス計画に関与するためであろう。
「それ故にアニエス・ロジェが諜報員である可能性は、まあありますね」
「アニエスはフランス海兵隊よ。日本の画策していた世界恐慌を見越して、フランスが斥候目的として潜入させたという線はないかしら」
「アニエス・ロジェが日本に上陸したのは十七年前です。それはクレア様や凛音様の年齢から考えても確実です。確かにラグノス計画の発案自体は2036年、十九年前のことで、アニエス・ロジェの上陸より以前のこととなっていますね。とはいえ、その当時から諸国が動き始めていたか、と考えると……少々不可解ですね」
「どうしてそう思う」
「あくまでもラグノス計画の考案だからです。その時点では、まだナノテクノロジーに着手すらしていなかったことでしょう」
「でもナノテクノロジーを開発すれば、軍事運用することだって可能になって来るわ。フランスもその時点で日本の防衛省の策謀を嗅ぎ取っていたのではないかしら」
「……そうかもしれません」
ネイはしばし黙りこくっていた。指先をこめかみに押し当て考える。まるで自分自身の中にある秘密の考えを捻出するように。結局その考えは形にはなりえなかったようでネイは小さく息を吐き出し頷く。
「不明瞭さは依然として残りますが、アニエス・ロジェが諜報員であったという線が、今のところ濃そうですね」
「ラグノス計画調査のために日本へと派遣されていたアニエスは、十四年間も諜報活動を続けていたということか」
「並大抵の精神力では成しえないことでしょうね。世界を破壊に陥れかねない生物兵器の開発に、直で携わってきたのだもの」
「アニエスの諜報活動に感づいた防衛省がそれ以上の漏洩を防ぐために、アニエスを殺害したというところか?」
「ですかね」
肯定するネイであったが未だ納得はできていないようである。だがあえて言及することは避けたようで、彼女は司令塔から出るようにと指示をする。
「どうしてだ」
「来客がいるからです」
ネイに促されるようにして扉を開けるとそこには巨体が待ち構えていた。
毅然とした面持ちと貫禄を感じる佇まい。大日本帝国時代の軍人を思わせる威厳のある風格ではあったが、老成しながらも凛々しい顔には温かみが滲み溢れていた。
「酒匂さん」
「奇遇ですな、聖殿、烏川殿」
「珍しいな……酒匂さんが昴様につき従っていないだなんて」
「はっはっは、私とて昴様のプライベートに常に介入しているわけではありませんぞ」
豪快に筋骨隆々な老人は一笑する。壁面が震撼しているのではと錯覚するような笑声だった。
「私はあくまでも昴様の護衛役。執事ではありますまい」
「それで、どうしたの?」
「ふむ、皇殿を探していたのですがな。なかなか見当たらずここに行き着いた経緯ですぞ」
「皇なら今リミテッドの内部少数勢力にコンタクトを取ってるはずだが」
「そうでしたか。それは失念していましたな」
泰造は思案顔になって腕を組む。筋肉が窮屈そうだ。
「何の用事があったの?」
「火急の用事ではありませんぞ……それより、貴殿らは何故この場に?」
「伊集院に用事があってな。無線で話せばよかったんだが、何か収穫があるかと思ってジオフロントに出向いた」
「なるほど、それは良き心がけですな。詮ずるところ、貴殿らはこの後特別用事があるわけではない、ということですかな?」
「ああ、そうだな」
真那と目を見合わせ確認するが彼女も異議があるわけではないようで。
「では、医療病棟に立ち寄ってはくださらぬか」
「医療病棟?」
「ふむ……昴様が療養している施設ですぞ」
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