第163話


「いったい何が……」

「長期間にわたる強制ひきこもり環境に我慢がならなくなったクレア様が暴れに暴れた……というわけではなさそうですね」

「そんな軽口叩いている時じゃない。異常だぞ、これは」


 明らかにこの部屋で何かが起きたことは確実。クレアがここまで部屋を散らかすことはないだろうし、まさか強盗でも押し入ったか。

 住民が殆どいない台場で強盗などまずないであろうし、それに盗み目的にしては荒らされ方が不可解だ。

 棚やデスクの引き出しが開けられている様子はない。ここまで痕跡を残す家探しをしたのだから、その人物が律儀にも引き出しを閉じたとは覚えない。

 そもそも泥棒の目的と言える貨幣は今の時勢存在しない。さすれば、これが単なる金銭目的の強盗であると考えうのはお門違いだ。


「クレア……っ」

「待ってください凛音様」


 血相を変えて部屋から飛び出そうとした凛音を冷静なネイの声が呼びとめた。


「何故止めるのだっ」

「どこを探すつもりなのですか? 暗中模索しても仕方ありません、クレア様の安全を第一に考えるならば、部屋に押し入った人物を特定し、痕跡を辿るのが得策ではありませんか」


 動揺しきった凛音に掛けられたネイの言葉は彼女の狼狽を中和するに至ったらしい。凛音はネイの意見が尤もだと判断したのだろう。逸る気持ちと衝動を抑え込み、こちらに向く。


「誰が……クレアを連れて行ったのだ?」

「まず窃盗行為が目的ではなさそうですね。ここまで部屋を荒らし痕跡を残して消えるなど、到底物を盗む目的で室内に忍び込む者の思考とは思えません」

「クレアに遭遇し、部屋を荒らした可能性は?」

「クレア様は部屋の電気をつけていたことでしょうし、空き巣であると考えた線は薄いでしょう。クレア様が中にいると知っていた上での犯行と考えるのが筋ではないでしょうか」

「部屋が荒らされていることを見ても、最初からクレアを拉致することが目的だったということか」

「誰が、クレアを連れ去ったのだ……?」


 凛音は不安を隠しきれないと言った様子で先と同じ言葉を絞り出す。その双眸には憂いが浮かび小さな拳をきつく握りしめている。


「クレア様をピンポイントで狙ったことから考えると、レジスタンスであるクレア様がこの部屋にいたことを知っている人物となります」

「だがクレアがここにいることなど、誰も知らぬのではないか」

「確かにクレア様は普段からこの部屋に籠っていますので、寮の学生ですら彼女の存在を認知していない人物の方が多いと考えられます。であるからして、部屋に押し入った人物は一般市民ではないと判断できますね」

「一般市民ではないって、まさか」

「断定はできませんが……U.I.F.の可能性が高いでしょうね」


 背筋が凍りつくような戦慄を感じた。防衛省の手がこの寮にまで及んでいたというのか。


「私たちは日中学園に出向いていますので、事実上クレア様は基本的に一人でこの寮に待機しています。その情報を事前に敵が得ていて、その上でクレア様を狙ったと考えるのが妥当でしょう」

「情報を得ていたというのはつまり……漏れていたということか」


 そう呟くと同時に脳内に浮かび上がったものは幸正による情報漏えいだ。

 彼が防衛省と接触していたことは事実なのであるから、いつ情報を流されていてもおかしくはなかった。最悪の事態だと言えよう。


「――というのが最初に抱いた可能性だったのですが。どうやらそれは違うようですね」

「どういうことなのだ?」

「この部屋の状態を良く見てください。荒らし方から見ても、到底U.I.F.が犯行に及んだものとは思えません。荒れているということは、クレア様が抵抗したということです。とはいえ、U.I.F.が実際にレジスタンスの潜伏先に押し入るのだとしたら、その抵抗の暇すら与えないことでしょう。何と言っても、標的は無防備な武装すらしていないクレア様なのですから」

「仕掛けてきたU.I.F.が不注意だったという可能性はないのか?」

「そうだとしてもいくつか疑問が残ります。まず、何故防衛省はクレア様を狙ったのか」


 そんなもの人質にする目的だからではないのか。


「正直、この学生寮を取り巻く台場の警備状況は無いも等しいような物でしょう。ジオフロントと違って、まともなセキュリティすら存在しない。レジスタンスの残存軍事力を台場に割り振っていると言っても、それは所詮人員的な警備体制に過ぎない。人質を取るようなことをしなくても、台場に空爆でも仕掛ければそれで済む話なのです」


 そんなことをすれば他の住民たちに被害が及ぶではないか。そう指摘しようとして口を噤む。今の防衛省がそのような理由で躊躇するとは到底考えられない。

 佐伯・J・ロバートソンのことだ。レジスタンスを殲滅しきるためならば、迷いなく台場を壊滅させることだろう。


「また、不可解な点は他にもあります」

「なんなのだ?」

「この部屋にて問題の出来事が起きた時間帯です。先ほどの私の論だと、時雨様含む学生たちがキャンパスにいる時間帯にクレア様を襲うべきです。ですが犯行は放課後に行われています」

「どうしてそんなことが解る」

「これは状況証拠にすぎませんが、まず、この部屋が荒らされた状態で放置されていること。もしU.I.F.がクレア様を連行したのならば、少しでも痕跡を残さぬために部屋を元通りにして離脱すべきでしょう」

「確かにぐちゃぐちゃなのだ……」

「そして、これも状況証拠の域を出ませんが、その痕跡が犯行時刻を物語っているからです。電気ケトルですが、カーペットに漏れ出している水が未だに熱を保っています。沸かしてから、長く見積もっても三十分以内でしょう」


 つまりクレアが連れ去られたのは今から三十分以内ということか。

 確かにそう考えればU.I.F.が犯行に及んだという線は薄くなる。いつ帰ってきてもおかしくない時間帯にクレアを襲う意味はない。


「……犯人は誰だ?」

「それは分かりかねますね。ただ……」


 ネイはそこで二の句を言いよどむ。どうしたのかと彼女の顔を窺うと、ネイは歯に物が詰まったような表情を浮かべていた。

 

「犯行に及んだ人物は、おそらく明確な殺意の下に行動しています」

「それって……」

「時雨様、足元を見てください」


 指示され自分の足元を見下ろした。ネイが意図していることに見当が付けられずにいたが、散乱している書類の中にネイが見せようとしたものが混入していることに気が付く。

 赤く彩られた資料。それがケトルから漏れ出した水に滲み、赤い模様を象っていた。血である。


「クレア――――!」


 それを見た凛音は我慢がならなくなったようにその場から駆け出した。

 胸に忍び寄る黒い雲を振り払うように、堰を切って部屋の外へと躍り出る。クレアの危機を察知しての衝動的な行動だろう。


「待て凛音っ」

「止めても無駄でしょう、今の凛音様には、クレア様のことしか見えていないでしょうから」

「俺たちも追いかけるぞ」


 施錠している余裕もなく、急速に離れていく凛音の小さな背中に追いすがる。明らかに異常な事態なのだ。凛音一人で行かせるわけにはいかない。


「クレアはどこにいる? がむしゃらに走っても見つけられるはずがないぞ」

「それに関しては問題ありません。敵はどうやら逃走の素人であるようですから。痕跡がいくつも残されています」

「痕跡って……」

「どうやら部屋に土足で上がり込んだようでしたので、靴底の形状がはっきりとカーペットに残されていました。路上にはあたかもヘンゼルとグレーテルのように、明瞭にその足跡が残されています」


 時雨には見えない足跡がネイには見えているのだろう。彼女に指示された道を進んでいく。やがて辿り着いた場所は学生寮から一キロほど離れた地点であった。

 その場所には酷く既視感を覚える。記憶の底を掘り返し、この場所には数日前に訪れたのだということを思い返した。


「ここ……峨朗を追跡した時にきた場所だ」

「そうですね」


 幸正が防衛省のブラックホークと接触していた場所でもある。

 どうやらクレアを連行した人物の正体は、U.I.F.で間違いはなかったらしい。ネイの予測は当てが外れたわけだ。


「クレア……どこなのだ」


 暗闇に沈むその場所には見たところ人の気配がない。時雨たちがいる地点は高台になっているためこの場所からでは確認できないだけだろう。

 ネイの示す足跡はその先に向かっていた。


「凛音、迂闊に飛び出すなよ……最悪、クレアの命に関わる」

「解っておるのだ」


 今にも飛び出していきそうだったために念を押すが、そのことは心得ているようで。

 高架の支柱に身を潜めながらアナライザーを抜銃する。そうしてシリンダー内部の薬莢を排莢し通常弾を装填した。


「……不可解ですね」

「何がだ?」

「この先は袋小路になっているはずです。敵は退路の存在しえない場所に、何故隠れ潜んでいるのでしょうか」

「……もしかして罠か」


 その可能性は十分にあると言えよう。敵の目的はクレアを人質にすることで間違いあるまい。

 それ故にU.I.F.たちはあからさまな痕跡を残し追跡しうる環境を作ったわけだ。

 部屋を荒らした状態で放置していた理由もそう言うことなのだろう。すべては時雨たちを誘導するためにあえてあの状態を維持していた。


「いえ、というよりは……」


 ネイは違う結論に辿り着いたようで。その顔を思慮顔に顰めては眉根を寄せる。


「時雨様、もしかすれば、この拉致ですが、」

「やめてくらさいなの、ですっ!」


 ネイの言葉を掻き消すように、聞きなれた悲鳴が宵闇に反響した。

 

「クレアッ!?」

「っ、凛音待――――」


 先の冷静性などとうに欠かれ、彼女は閃光のようにその場から飛び出した。高台から跳躍し暗闇の中に紛れ込んでいく。


「時雨様、追ってください!」


 ネイのその指示はどこか焦燥が織り交ざる。凛音とクレアの危機を察知してのものか?

 判断はしかねたがその場に留まる理由はない。凛音の背中を追ってアスファルトに躍り出た。


「な……何っ!?」


 強襲を予測していなかったわけではないだろうに、その場にいた人物の一人が驚嘆の叫びをあげる。

 声の質からして年若い少女の物だ。U.I.F.にはあまり女性の局員はいなかったはずだが、女性だからと言って手加減など出来るはずもない。

 発声源の場所へ感覚で急接近しU.I.F.に背中から奇襲をしかけた。首を強打し昏倒させる。続けざまに、その傍に佇んでいた人物を羽交い絞めにする。その場に組み伏せ背中にアナライザーの銃口を押し付けた。

 接触した感触はU.I.F.のアーマーのそれではない。自衛隊員なのか。


「っ、な、なんなのよっ!?」


 地面に臥せったその者が絞り出したものは、やはり女性特有の甲高い悲鳴で。

 待ち構えていたはずであろうに、何故ここまで容易く奇襲に成功したのか。この者たちはそこまで注意散漫なのか。


「い、意味わかんない何起きてんのよもうっ!」


 クレアの悲鳴が聞こえたあたりから、別の少女の狼狽しきった混乱の声が放たれた。

 おかしい。何故そこまで動揺している。クレアを人質に取ったのだから時雨たちが来ることも予測できていたはずではないのか。


「アンタら何よっなんなのっ!?」

「っ……」


 暗闇にのまれているため殆どその姿は明らかではないが、クレアの特徴的な銀色の髪が翻るのが見えた。 

 対象はどうやらクレアの髪をを鷲掴んでいるようだ。後退り、それに伴ってクレアがその場に横転する。冷静な判断を欠いていたが、そんな姿を見てすぐに挙動に違和感を抱いた。

 クレアを人質に取っている状況に変わりはないというのに、その声には明らかなる動揺が見て取れる。何かがおかしい。本当にこの者たちは敵なのか。


「痛ッ――離してよっ!」


 地面に組み伏せ背に銃口を付きつけている少女は、あからさまに痛みを言葉にして叫び散らし拘束から抜け出そうとする。

 その挙動も実戦に秀でた人間のそれではない。あたかも背中に銃口を押し付けられていることすら理解していないような。

 暗闇の中だが至近距離故に自分が拘束している対象の姿は視認が出来た。

 よく見ればそれは自衛隊員が着用する軍服などではない。先ほど気絶させた者もクレアを拘束している人物も。身に纏っているものは防弾仕様の軍服ではなくただの繊維服。明らかにそれは局員の、それどころか軍人の服装ですらない。


「もしかして……」

「クレアを、離すのだっ!」 


 ふとした可能性を抱き、拘束している人物に確認をしようとした瞬間。すぐ脇の空間を爆発的な力の本流が駆け抜けた。

 薄桃色の光の帯を引いて急接近を仕掛けているのは、クレアを助けだそうとしている凛音の姿。リジェネレート・ドラッグを投与したのか獣化している。


「ひっ……っ!」


 凛音の接近により本能的な恐怖を感じたのだろう。対象はまともな判断を下すことも出来ずに体を硬直させる。

 その拍子に、反射的な物だったのだろうクレアの首に爪を立てた。


「……ッッ!!」


 ひと雫の赤い水滴が滴り落ちクレアが痛みに表情を歪ませる。何よりもそれを目にしていた凛音が、自身を突き動かす激情に抗うことが出来なかった。

 その感情は当然の産物なのだろう。実の妹が死に瀕している光景を前に、凛音はただ対象を止めようとしただけなのだろう。

 それでも彼女は人間ではない。通常の人間ならば必然的に押さえ込むことの出来る力を、獣化した彼女に制御することなど到底できなかった。


「ひゃ……ッ!?」

「ひぅっ!」


 凛音は瞬く間に対象に肉薄し蹴撃を叩きこむ。あっけなく対象は突き飛ばされクレアはその場に横転した。

 凛音の強襲は留まらない。彼女は着地と同時にその場から跳躍し対象に再接近を畳み掛ける。

 尻餅をついていた対象に馬乗りになりその髪を鷲掴むと、鋭利な爪を喉元に突き込もうとした。その息の根を止めるために。


「やめろ凛音ッッ!!!」

「……!」


 目にもとまらぬ速度で叩きこまれた凶器の指先は、対象の喉を貫通する寸前に静止していた。皮膚一枚に爪が食い込みそこから一筋の血が伝う。


「ひ……っ!?」


 対象は何が起きているのか理解が及んでいないようであったが、喉に走り抜けた痛覚に状況把握を迫られたのか途端にその顔が青ざめる。

 あまりの恐怖に目を塞ぐこともできないという様子で。言葉を失っていた彼女は徐々に体を震わせ始めた。


「え、あ、何……っ、な、何なのアンタ……ッ」


 自分の喉に突き付けられた鋭利な殺戮衝動を前に少女は絶句していた。U.I.F.でもなければ軍人でもない。ただの学生だった。


「おぬし……っ」


 その顔には見覚えがある。昨晩凛音を屋上に呼び出し排斥を企てていた学生である。確かめるまでもないものの自分が拘束し組み伏せている少女の顔を確認するが、やはり昨晩遭遇した学生のうちの一人。

 雷光のように頭の中で全てを理解した。部屋を荒らしたのもクレアの拉致もU.I.F.による奇襲などではない。この女子学生たちが行ったことなのだ。


「な、なに……ッ、やめてよ、痛いよ……」

「り、リオンは……」

「離れてよッ!」


 狼狽する凛音を彼女は突き飛ばす。そうしてよろけるようにして後ずさると、躓いて仰向けに倒れ込んだ。その首からは僅かにだが鮮血が滴り続けている。


「アンタ、今、ウチを殺そうとした、でしょ……!」

「っ、ち、違うのだ、リオンは、」

「バケ、モノ……ッ!」


 口から吐き出し表情に張り付けて恐慌を顕にする。静まり返った闇の中に凛音への明確な恐怖の声が反響した。


「っ、こ、殺そうとした! ウチを殺そうとした……!」

「ち、違うのだっ!」

「やめて、殺さないで……っ」

「り、リオンは……た、ただクレアが……」

「く、来んな、来んなバケモノッ……!」


 あまりの恐怖に心の底から蒼白になりながら、少女は必死になって凛音から距離を取ろうとする。

 その目には明確な怯えの色が滲み目頭からは涙が毀れ出していた。怯えた魚のように目と口をしきりに開閉させ、歯をがちがちと震えさせる。


「まつのだ、リオンは別に、その、助けたかっただけで……っ」

「ふ、ふざけんなっ……! アンタ、ウチを殺そうとしたッ!」

「違うのだっ、リオンは、リオンはクレアが――」


 少女はきっと心の底から恐怖しているのだ。殺戮衝動に突き動かされ危うく自分を殺害しかけた凛音に、地獄の針に突き刺されるような恐怖心を覚えている。


「やめてよッ、殺さないでよっ」

「殺さないのだ、リオンはその、おぬしらが、」

「来ないでッ、嫌、嫌だよ……死にたく、無いよぉ……」


 必死に便宜を図ろうとする凛音に撤回しようのない一言が突きつけられる。

 少女はもはや後ずさることすら出来ぬほどに、その身の自由が利かなくなっているらしい。全身をがたがたと尋常ならざる度合いで震わせ泣き叫ぶ。

 失神でもしてしまいそうなほどの怯え方に、凛音はもはや掛ける言葉すら持たないようだった。


「リオンは、リオンは……」


 彼女は手を伸ばしたままその場に立ち尽くしていて。


「離して!」


 時雨が取り押さえていた少女は拘束から逃れようともがく。

 拘束を続ける必要などはなかったため解放すると、彼女はよろめきながら泣きわめく学生の元へと駆け寄った。


「みやび、大丈夫ッ?」

「あ、ぁぐっ……さ、沙江川ぁ……!」


 みやびと呼ばれた少女は幼子のようにしがみ付き泣き喚く。


「いこ……マジあいつらヤバいよ……!」

「ぅぇぐっ……」


 正気を保っている方の沙江川と呼ばれた少女は、あたかも化け物でも見るような目で時雨たちのことを睨んでいた。


「がちで人間じゃない……! それにその尻尾っ……ノヴァに生えてるもんだしッ!! アンタもノヴァと同じバケモノなんだよッ!」 

「ちが────」

「死ねよッ、マジ死ねよっ! 失せろバケモノ! あたしら人間の領域に踏み込んてくんなよ!! 消えろ人殺しッ!」


 少女たちはやみくもに逃げ惑う追いつめられたニワトリのように、一心不乱に駆け出した。

 彼女たちの姿が見えなくなっても、取り残された時雨とクレアは動き出そうとはしない。消えた少女たちへの意識など微塵にも感じず、視線は凛音に集中していた。


「ちがうのだっ、リオンは……」


 黒い絵の具で色付けられた空のキャンパスから、しとしとと冷たい雫が降り落ち始める。

 彼女の感情を顕にするように、全ての事象を押し流そうとするかのように激しく叩きつける雨粒の嵐。それはその場に佇む凛音の小さな体に爆ぜる。

 指先が生血に染まった少女は小さな両の手を抱えあげ、じっと見つめる。血塗れな手のひらを見て激しく肩を震わせ始めた。


「違う、違うのだ……っ、リオンはバケモノなんかじゃ……っ!! リオンは人殺しじゃ、ないのだ……っ」


 耐えきれなくなったように彼女はその場にくずおれた。

 長い桃色の髪が鉄の臭いの染み付いたアスファルトに溶け、それによって彼女の周囲の地面が赤く染まった。

 あたかも滴る鮮血のように。波紋を広げ彼女を外界から隔離する。彼女の周囲に、内に潜んでいたはずのどす黒い感情が溢れ出しまとわりつく。


「リオンは……ノヴァなんかじゃ、ない、のだ……」


 凛音の淡い心の叫びはどこにも届かない。冷たく打ち付ける激しい氷のような障壁に阻まれて、彼女の内側で反響するだけで。

 彼女の中に芽生えた衝動。ああきっと彼女は認めてしまったのだ。その衝動に身を任せてしまいたいと。それは、


「リオンは──────ノヴァ、なのか……?」

 

 殺戮衝動という惨憺たる逃れられない現実だ。

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