第119話
「……くそ」
「どうなっているのでしょうか……」
会議室に戻ると棗が何やら考えあぐねている様子だった。泉澄と幸正、和馬とともに何やら議論しているようである。
「どうしたの?」
「HQと連絡が取れない」
「ヘッドクォーターということは……本拠点か?」
「ああ、妃夢路に言われた通り日付更新したから、出立の準備を整えていたんがよ。無線が繋がらねえんだ」
訝しく思って本部あてに無線を発信する。確かに和馬の言うように誰も出る様子がない。
「連絡がつかないなんて……妃夢路が席を離れている可能性は」
「そうであっても、代理の者を本部に配置しておくだろう」
胸騒ぎがする。
「どうするか」
「本部からの伝令がない以上、あまり目立った行動はは慎むべきだが……」
「ですがソリッドグラフィを確認しながら向かえば敵の索敵部隊には遭遇しないのではないですか?」
「いや、ソリッドグラフィそのものが機能していない」
そんなばかなと思いつつビジュアライザーにてソリッドグラフィを展開させようとする。何も反応がない。
「本拠点の本体にアクセスできません」
「どうなってる?」
「可能性としては、ジオフロントの増築作業によって電力が落ちた可能性があります」
「電力? ああジオフロントのか」
ジオフロントの機構は全て電力制御室から分配される電力で動作している。一度に甚大な動作が起きるとブレーカーが落ちてしまう可能性があるわけだ。
「でも無線が繋がらないのは、どういうことなのでしょうか……」
「俺たちの無線周波数は遠方からでも送受信を可能にするべく旧東京タワーのシステムを用いている。ジオフロントの電力供給システムはタワーに直結しているから、ブレーカーが落ちたことによってタワーのシステムもダウンしたのだろう」
「なるほどな……なら、すぐに無線も復活するか?」
「それは厳しいですね。ジオフロントの電力が落ちるなどということは、かなりの電力消費だったはずです。予備電源すら機能していないということは、おそらく復旧までにしばらく時間を要するかと」
詳しいロジックは分からないが妃夢路の指示を受けての行動は難しいということか。
しかし電力不足による弊害ということならば安心だ。何か予測不能な事態が起きたわけではなさそうだから。
「よし、妃夢路の誘導は受けられないが拠点に帰投する」
「まあしゃあねえか。無線も繋がんないんじゃあまり長時間離れてるのも心許ないしな」
準備が整い次第出立することとなった。一部の部隊はこの駐屯地に残り大多数は本拠点に帰投することとなる。
万が一の事態に備え武装をそろえると各々軍用車両に乗り込んだ。
「んじゃ、行くか」
「大型車両十二台か……目立つな」
ずらりと群列を組んだ車両は圧巻の一言である。通常リミテッドにおいて一般車両は存在しない。
リミテッド全域へのラインが高架モノレールとして確立しているからだ。
「大丈夫ではないでしょうか。ターミナルはすぐ近くにありますし」
泉澄の言葉通り難なくターミナルにまで到着した。周囲の警戒はしているが今のところ索敵部隊の姿は見当たらない。
すべての車両が地下運搬経路に流れようやく安堵の息を漏らす。
「あの真ん中の車両は何なんすか?」
「あれは護送車両ですね。重監視対象として拘束している伊集院純一郎を運ぶための車両です」
「エンプロイヤーを乗せているんですか? あんな強そうな車に……もしかしてエンプロイヤー優遇されたりしてるんですかっ?」
「風間の説明ちゃんと聞いてないだろ。護送だっての」
「すっごいですエンプロイヤー、あたしもちやほやされたいです」
「話聞け」
地下運搬経路を進んでいると今自分たちがどの地点にいるのか解らなくなる。
これまではソリッドグラフィという万能マップがあったものの、それが使えないという状況だけでひどく手詰まりに思えてしまうのだ。そして無線が使えないということも。
短距離間ならこれまで通り無線が使えることは分かっているが……本部がどうなっているのか少々気がかりではある。
「しかし、今あたしたちが向かってるのって、レジスタンスのアジトなんですよね」
「まあ、そういうことになるわね」
「あたし何気に興味深いです。拠点がどんな構造になっているのか、宅建三級を持つあたしの好奇心が絶えないですね。まあそんな資格持ってませんけど」
「ルルは建物に興味があるのか?」
「ないですけど、センパイの自室には興味があります」
「何故に」
「だってセンパイ、前学生寮の部屋には入れてくれなかったじゃないですかぁ」
そんなこともあったようななかったような。
以前屋上に立ち入らないという要望にそんな条件を突き付けられた気がする。寿司屋からの帰り学生寮まで一緒に行ったのだが……。
「……確かあの時は霧隠が興味ないと言って入らなかったんじゃ」
「そう言えばあの時SUSHI屋で食べた、あの黒光りするぶっとくて大きくてかたい太巻き、おいしかったですね。今度はセンパイの黒光りするぶっとくて大きくてかたい太巻きを食べさせてもらうという約束をしたようなしなかったような」
露骨に話を逸らしてきやがった。
「まあそう言うわけなので、招待してくださいね」
「前後文脈がかみ合っていない時点で、そういうわけも何もない」
「センパイのケチ」
「現代の日本男児の部屋が気になるんだろ。なら和馬の部屋に招待してやる。非健全なる日本男子の趣味が衆目にさらされることになるだろうな」
「ちょ、まてよっ!」
売れない芸人のコントかくやというツッコミ姿勢で和馬が乱入してくる。
「和馬センパイっすか? なんだか他の女の匂いがしてそうで、超リザーブっす」
「ひどい言われようだ」
「まあ確かに私のモフモフの色では染まっているわね……私の……ユルサナイ」
「頼むからそのことには触れないでくれ……」
そう言えば和馬の部屋がC.C.Rionグッズで埋め尽くされている理由をまだ聞いたことがなかった。
「モフモフの色とは何なのだ?」
「この変質者の部屋にはアンタのグッズが」
「なんでもないぞちっこいの。柊の頭が常に脳内お花畑なだけだ」
「アンタのグッズでいっぱいなだけよ」
和馬の抵抗むなしく唯奈は結局言ってのける。鬼すぎる。
「C.C.Rionグッズなのか? それは嬉しい事実なのだ」
「……変態と言わないでくれるのはちっこいのだけだぜ」
「何故なのだ? 自分のグッズを使ってくれるのは嬉しいのだ」
「そうだ俺はロリコンじゃない。あくまでも別の事情からグッズを置かざるを得ない状況にあってだな」
「別の事情とは何なのだ?」
凛音の率直な問いかけに、和馬はC.C.Rionグッズを暴露された時よりも抜き差しならない状態に陥ったようだ。
「この際だし、話してくれてもいいんじゃないか?」
「それは確かに気になりますね……」
「お前ら便乗するんじゃねえよ」
本気で疎ましく感じているのか睨んでくる。
「私も気になるわね」
「……なんかすげえ嫌な予感がするんだが」
「説明、というか弁解は十五文字以内で」
「やっぱりかよ、前回三十文字だったよな明らかに減ってるよな」
「うるさいわね。じゃあ三十文字にしてあげるわ」
「あのな、前回その三十文字で説明しきれなかったんだが。そもそも」
「はい、そこで三十文字。死刑」
「すげえ既視感がするんだがよッ」
「黙れ性犯罪者」
「まだ弁解すらさせてもらってないんだがよっ! つかまだ未遂だ!」
「見苦しいわね……まあいいわ。じゃあ文字数制限はなし」
「ほ……なんだかんだ言って寛容なとこあるじゃねえか」
「ただし、私が納得できなかったら、もぐわよ」
「もぐってなにをだよ!?」
「その通りです」
ネイの言葉の意味は不明だった。
「まあ、別に他人に話して面白い話でもないから、超端的にまとめるとだ……昔の女がC.C.Rionが好きだったんだよ。それで、そいつの形見っつうか、まあ思い出っつうか……取り留めもない気持ちで保管してるんだ」
「確かに面白い話ではなかったですね」
「自分で言っておいてなんだが、そう言われるのはちょっとむかつくぜ」
「その、形見ということは、その方は……」
「……ああ」
そう呟いた和馬の表情は悲しげでありながらもどこか寂しそうだった。
そんな彼の反応を見てこれ以上は踏み込むべきではないと判断する。誰にでも触れてほしくない話というものもあるだろう。
「そやつは、C.C.Rionが好きだったのだな」
そんなことなどお構いなしに凛音は好奇心旺盛な目で和馬に問いかけていた。
「ああ超好きだったな。ちっこいののオオカミ耳を模したC.C.Rionの寝巻まで愛用してたしよ」
「何だそれ、リオンも欲しいのだ」
「ふふっ……本拠点に付いたら凛音様にも差し上げます」
「違うのだシエナ、リオンではなくてクレアに着せたいのだ」
「ぇ?」
「クレアがそれを着たら、リオンとお揃いなのだっ」
「お、お揃い……はわわ」
大きな耳をぴょこぴょこさせながら詰め寄る凛音に、クレアは少しばかり呆けた顔をする。お揃いというワードに反応したらしい。
「しかし懐かしいですね……あの頃が」
「懐かしい? シエナはその人物のこと知ってるのか?」
「えっと……」
シエナは困ったように和馬の顔を伺う。話してもいいかと確認を取ったのだろう。
「別にいいぜ。ここまで話したんなら隠すことでもない」
「それでは僭越ながら私の方から説明させていただきますね」
シエナはそこで一つ咳払いをする。
「皆様、
「確か、去年あたりまでリミテッドにおいて最も総資産を有していると広報されていた資産家でしたか?」
「いかにもその通りです風間様。葛城財閥とはリミテッドの立ち上げに伴い莫大な投資をした大富豪ですね」
そんな話は前に聞いたことがある。確か財政的な面でレッドシェルター居住権を勝ち得た家はその葛城財閥しか存在しないのだとか。
「スファナルージュ・コーポレーションよりもなのか?」
「スファナルージュは正確にはリミテッド立ち上げの後に居住権を獲得した企業ですので。リミテッドにおける電子賃金で言えば、むろんスファナルージュが最高資産を有していると言えますね」
「まあ葛城家ってのは、つまり超金持ちだったってことよ」
「もともとは大手の運送会社だったと思います。海運部門にも進出しており、世界でも名を知られている有数の企業でした」
「なるほどな。それでその葛城財閥が何だと言うんだ」
「そこの嫡女が俺の恋人だったんだよ」
特に偉ぶる様子もなく和馬は静かにそう述べる。
「アンタ、金に目がくらんだからと言って……そんな大財閥の嫡女に手を出すなんて……後ろから刺されるだけじゃすまないわよそれ。コンクリ攻めにされかねない」
「どうして柊はそう俺をまず女たらしに仕立てあげるんだよ」
「そう思われても仕方ない人間だからでしょ」
それも酷な言われような気がするが。
「ふふっ唯奈様、そのようなご心配はなさらなくても大丈夫ですよ。和馬様は心の底から
「……そう言われると、流石に照れるな」
「あら、あれだけ熱愛されていたのです。恥ずかしがることなどないのですよ」
「とにかく、そういうわけだ。余計な話も混ざったが、別にちっこいののグッズだらけなのは俺の性癖がおかしいからじゃねえ」
「まあ、そういうことなら見逃してあげるわ」
存外素直に唯奈はそう応じた。和馬が想像していたよりも一途な人間だと解って彼の認識を改めたのかもしれない。
すまない和馬、ちょっと誤解していた。
それからしばらくの時間が経過しコンボイの進行方向が目的方面に切り替わった。
「もうじきジオフロントに到着する。統率に支障をきたしかねない私語は慎め」
車両を運転していたルーナスがこちらを一瞥することもなくそう言ってのける。
「今、どのあたりですか?」
「C34ブロックです。もう数分もすればジオフロントが見えてきます」
本来、地下運搬経路から直接東京タワーに入る手段はなかった。
ジオフロントが増設されたことによって軍需資源の運搬の問題も浮上し、地下経路からジオフロントへの道が開通されたのである。
勿論、地下運搬経路からジオフロントにつながる入り口地点にはセキュリティゲートが設置されているが。
ルーナスの言うとおり少ししてそのゲートが見え始めていた。
「ゲートが、開いている」
「……お兄様、車両を止めてください」
シエナの指示でルーナスがブレーキを踏む。それに次いで後続車両も停車するのが解った。
車両から降りてゲートの様子を伺う。確かにゲートは限界にまで開かれた状態になっていた。
「どうした?」
「ゲートが開いている」
無線機から違う車両に乗っている棗の声が響いてくる。
「何……?」
「スタッフが開けけたのかしら」
「いや、おそらくそれはない。ゲートの開錠は基本的に上官の指示を通さなければ出来ない。そもそもこの時間帯は物資の搬入は行っていないはずだ」
「それに第一前提として、一般構成員にはゲートのパスワードは教えていないしね」
「胸騒ぎがするな……」
「この距離ならばタワーが機能していなくても無線が通じるのではないですか?」
それもそうだ。そもそもタワーの電力遮断によって無線が使えなくなっていたのは、かなりの距離があったからである。
この場所からならば妃夢路たちに通じるはずだ。
「こちら皇、HQ、聞こえるか……駄目か」
「東と酒匂はどうだ?」
「試しましたが……つながらないのです」
無線からの反応はない。何だろうか。底知れない悪寒がわだかまる。この上ない感じたことがないような焦燥感。
この先のジオフロントの中で何か予測もつかない事態が起きているのではないかという。
無線が反応した。ピピ、ザザザとECM効果でも起きているのではないかというそんなノイズ。
「……こちら情報課っ」
聞こえてきたのは聞いたこともないような昴の切羽詰まった声。
「東か? 状況の報告を」
「来てはいけません……! 今すぐ逃げてく」
彼の叫びは怒涛のような破裂音に遮られた。小銃の乱射音。
「銃声――――ッ!?」
「何が……っ」
そして爆音が轟いた。無線機からではない。開け放たれたゲートから直に衝撃が伝わってきた。
「敵襲……!?」
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