第120話


「ど、どうしてジオフロントが……」

「考えるのは後だ! 総員、武装し出撃体制を整えろ!」


 流石の状況対応能力だといえるだろう。棗は即座に車両内部の部隊員たちに臨戦態勢を促す。そうして彼自身も車両に乗り込んだ。


「突入する!」

「乗れ!」


 ルーナスの指示に従い下りたばかりの車両に転がり込む。ドアも閉めぬままにルーナスはアクセルを全開にした。

 加速する車両はジオフロントへと続く長い通路に雪崩れ込む。

 高速道路の長いトンネルのような定間隔で築かれたライトの明滅する閉鎖的な通路。

 下りになっているその一本道をコンボイにて爆走していると、再度爆音が轟いた。


「ひゃっ……!」

「く、そ! まじで敵襲かよ!」


 衝撃に車両が大きくはね、それによって倒れかけたクレアを和馬が支える。

 助手席の背もたれに手をかけフロントガラスの先の光景を見やる。先ほどの爆発の影響か黒煙が通路中に立ち込めていてほとんど何も見えない。

 光源の低いライトでは黒煙を払拭など出来るはずもなく、車両は間隔だけで狭い通路を突っ走っていた。

 車両のフロントライトは使われているが、それでも十メートル先を見るのがやっとという状況だった。


「ジオフロントに出ます! 衝撃に備えてください!」


 再度爆音が轟くと同時シエナの叫びが車内に反響した。

 最大速度で突っ込んだ車両はジオフロントに踊りでる。煙幕から躍り出て、そうしてようやくジオフロントの状態を視認することになった。


「ッ!?」


 最初に視界に収まったものは火柱のような炎。

 黒い火煙が立ち上り真っ赤な炎は舐めるように広大なジオフロント全域を飲み込んでいた。

 真っ黒い油煙を上げているのは機構を動かすために使っているガソリンに引火したからか。

 そこら中にスタッフたちの黒く焼け焦げた亡骸が散布し密閉空間には嫌な臭いが充満していた。

 呆気にとられ俯瞰している間にも小規模な爆発が相次ぐ。コンテナが破裂し内部の化学物質がまき散らされた。


「ひどい……」

「! あぶねえ!」

「きゃっ!?」


 棒立ちになっていた泉澄を和馬が押し倒す。一瞬次、彼女のいた場所を弾雨が薙ぎ払う。

 はっとして視線を元に戻す。積み上げられたコンテナの奥には百数十という数の武装した人間たちが隠れている。

 それらはレジスタンスのスタッフなどではない。

 

「U.I.F.……!?」

「時雨、隠れて!」


 真那の一喝に触発されコンテナ群に身を潜める。真那や他の隊員たちは銃撃してくる敵に対し迎撃を始めていた。

 巨大なクレーンの上には狙撃兵までもがいる。その奥には見慣れた巨漢の姿が見えた。


「あれは……酒匂様!」

 

 小銃を手に十数名の構成員を従えて応戦している。熟視するまでもなく劣勢であることは理解できた。

 酒匂は小さな少年を抱えている。おそらくは昴だろう。負傷しているのか意識はないようだ。

 そんな彼らに追いすがるように別の駆動部隊が酒匂たちを挟み撃ちにする。


「なんて数だ……」

「半数、遠方の敵軍に応戦しろ! 酒匂たちの援護に回れ! 半数はこの場で応戦だ!」

 

 アサルトライフルをコンテナの陰から乱射しながら棗が大喝する。彼と同様に幸正たちもまた牽制射撃を行っていた。

 そんな彼らから分裂し半数ほどがコンテナを越えて奥の方まで進撃していく。酒匂たちを追いこもうとしている部隊に応戦するためだ。

 新たな銃撃戦が展開される。見るからに劣勢だった酒匂たちへの援護射撃が加わり、軍配は僅かにこちらに傾き始める。

 しかし敵軍はU.I.F.の兵士たちである。こちらの兵力が数倍に膨れ上がっても、少しも臆する様子なく侵攻を継続している。


「E2、クリア!」

「負傷、八人! 応急処置に回ります!」

「敵の配置を正確に割りだせ」

「開発施設、第一、第三クレーン上にスナイパーを観測」

「撃ち落とせ」


 幸正の指示に従いジオフロント全域に銃声が反響し続ける。鳴りやむことのない筒音と爆音、そして無数の悲鳴。

 わずか数秒のうちにいくつも命が失われていく。敵も味方も見境なく。


「RPGだ!」

「耳を塞げ!」


 発射されたミサイル弾頭が味方の隠れているコンテナに着弾する。

 耳をつんざくような金属音が響き渡った。数人の隊員が吹き飛ばされ横転する。


「あのロケットランチャーを潰せ!」

「集中砲火! てーッ!」


 数百という弾丸が再びRPGを発射しようとしていたU.I.F.に着弾する。

 さすがの強化アーマーもそれだけの弾雨を全て捌ききることなど出来るはずもなく、関節から血をまき散らし倒れた。

 吐き出された弾頭は軌道を大幅にそれ天井にぶつかって弾けた。

 巨大な運搬用ドローンが軌道を変え機械音と重音を巻き上げながら旋回落下する。

 ドローンは空間を引き裂きながら急落下しそのまま巨大なクレーンに衝突する。


「回避ッ!」


 爆音がいくつも連なりクレーンの骨組みが殺人の雨となって降り注ぐ。それに追い打ちをかけるようにクレーンはそのまま横倒しになった。

 爆風と硝煙が砂嵐のように全域に押し寄せる。隊員たちはコンテナに身を伏せ衝撃に耐えぬいていた。


「くそ……ッ! 船坂はどこだ!」

「襲撃直前から姿が見えません!」

「無事なのか!?」

「安否の確認もできてはいません!」

「総員、迎撃しろっ!」


 敵陣から突撃銃部隊が飛び出してくるのを確認し棗が怒涛の指示を飛ばす。

 隊員たちは果敢に身を乗り出しそれらを射撃する。突っ込んできていた者たちの殆どが、どす黒い血をまき散らして絶命する。

 そのうちの数名は強化アーマーを盾に突っ込んできていた。その手にはライフルがない。


「武器も持たずに突撃……?」

「! まずい、殺せ! 自爆兵だ!」


 棗の迅速な指示の甲斐なくコンテナが吹き飛ばされた。耐え難い衝撃にこちらの隊員の殆どが突き飛ばされる。

 

「体勢を立て直せ! 押されるな!」


 炎上するコンテナの陰に身を隠す。敵も味方もかなりの損壊を被っているようだ。ライフルのマガジンを再装填しながら状況を伺う。

 すると時雨たちの隠れているコンテナに昴を抱えた酒匂が転がり込んでくるのが見えた。


「酒匂さん、東の容体は!?」

「奇襲の際に、私の目の届かない場所で敵の銃撃をうけましてな……右大腿骨、肋骨を数本、また左腕を骨折している可能性がありますな」

「致命傷ですか……?」

「応急の止血をしてはおりますがな。危険な状態であることには変わりありますまい」

「すぐに治療すべきだ」

「昴様の従者としては率先して昴様の安全を確保すべきなのは解りますが。この状況を背に、逃げ隠れることは私の意義に反しますぞ。貴殿、昴様を安全な場所へ。医療班に治療を急がせてもらえますかな」

「りょ、了解しました!」


 負傷した隊員をジオフロント外に連れ出している救援部隊の人間に、酒匂は昴の身を任せる。充分すぎるほどに気絶した昴を丁重に扱って隊員は車両に乗せる。

 

「これで昴様の安全は確保できましたな」

「いや、東の安全はこの場をクリアしない限りは獲得できない。一人たりとてこの場から逃がすわけにはいかない」

「当然ですな。この場は死守しますぞ」

「ふん……ここは通せぬな」


 屈強な男たちが隊列を組み次々に敵陣のU.I.F.をダウンさせていく光景は壮絶の一言。

 またM&C社からの護衛部隊の戦力もあってこちらの勢力も減退しては行くものの、状況は沈静化しつつあった。


「でも、どうしてU.I.F.に強襲を掛けられたの? 何が起きたの?」

「正直、私にも状況は図りかねます。皇殿方が来る数分前に、突然爆音がしましてな。情報統合室から出た時には、ジオフロントは火の海となっていましたからな」

「どうして本拠点の場所が……」


 そこまで言いかけてはっと気づいて唯奈を見やる。彼女は小さく頷いて応じてきた。どうやら彼女も同じ結論に至ったようだ。

 先ほど彼女に教えられた諜報員の存在。それによって本拠点の位置が特定されたと考えるのが自然だろう。


「戦況は俺たちに軍配が上がっている。このままいけば敵勢力を鎮静化させられるはずだ」

「だが、その前に誘爆しかねん」

「ジオフロントのコンテナに誘爆性のある資源はあるか?」

「化学原料はありませぬがプラスチック爆弾の類はありますぞ」

「まずいな……そのコンテナが爆破される前にこの場を収めないとジオフロント自体が崩落しかねない」

「それなら、急いで消火活動に移らないと、」


 その時だった。敵陣からコンテナを蹴散らすようにして装甲車両が飛び出してくる。

 炎の絨毯が這う床を直進し一直線にこちらの部隊へと突っ込んできているのだ。


「ムーブッ!!!」


 隊員たちは左右に回避しその状況を切り抜ける。

 突っ込んできた装甲車両はそのままジオフロントの外へと飛び出そうとしていたのかもしれない。

 生まれた間隙を塗って時雨たちが入ってきた通路に潜り込もうとしたが、車は制御が効かなくなったように横倒しになって火花を散らしながら滑り込んでいく。

 そのまま装甲車両は入り口のゲートを塞ぐ形で壁に衝突する。タイヤがパンクしているのが見える。唯奈が狙撃したのだ。


「もう一陣行った!」


 はっとしてクレーン上の唯奈から目を反らすと、すぐ脇を猛烈な勢いで何かが通過していった。

 乾いた轟音が一瞬にして離れていく。地鳴りのような爆音につられて視線で追いかけると三台のバイクが出口目がけて突っ込んでいった。


「出口は塞がれて――――ッ!?」


 出口を塞いでいる装甲車両をバイクはひしゃげたコンテナを足場にして飛び越えた。

 急上昇し一台は車両に衝突して横転、地滑りし壁に叩きつけられた。だが二台は装甲車両の向こう側へと着地する。


「まずい、逃がすな!」

 

 数人がバイクを射撃するが弾丸は掠りもしない。静止をかけるまもなく二台のバイクは通路の奥へと消えた。


「くそッ!」

「私が追うわ!」


 間髪入れず真那が隣から飛び出す。

 

「おいっ」

「烏川、君も行け! この場は俺たちが収める! 君たちは逃亡を図った連中を何としてもとめるんだ!」

「了解!」


 戦場に背を向けて真那の背中を追いかけた。


「時雨はバイクを起こして」


 装甲車両を乗り越え時雨は横転していたバイクの運転手に肉薄する。そうして後頭部を掴み顔面を壁に叩き付けた。

 バイザーが幸いし死亡はしていないようで気を失っただけのようだ。


「出してっ」


 バイクを起こしまたがった時雨の後ろに真那が乗り込んでくる。

 アクセルを全開にまで振り絞りエンジンを暴発させた。バイクは一気に走りだし地下運搬経路まで続く通路を一気に駆け昇っていく。

 かなり加速しているが敵の姿はまだ見つからない。

 

「時雨、もっと速度あげて」

「無免許なんだが」

「運転してる時点でもう現行犯ですよ」

「このままじゃ距離を離されてしまうわ。もっと速度を上げて!」

「……事故っても知らないぞ!」


 車体が地鳴るような唸り声を上げる。勢いよく回転数を増すタイヤに合わせて体の前面に凄まじい風圧が突きつけた。

 可能な限り加速させる。凄まじい爆音の様な排気音に併せ速度は加速度的に上昇する。

 このバイクの出しうる最高速度にまで到達せん勢いだ。


「見えて、来た!」


 蛇行する長い通路の先十数メートルほど前方に先行していた二台のバイクを発見する。

 どちらもライダースーツを着用しヘルメットをかぶっているため人相は分からない。

 敵の二人は時雨たちが迫ってきていることに気が付いたのか速度を上げた。


「畳み掛けるッ!」


 エンジンを暴発させて進む中型バイクはみるみる敵との距離を縮めていく。そのうちセキュリティゲートから躍り出ていた。


「時雨、奴ら地上に出るつもりみたい!」


 はっとして視線を上げるとライダーたちは地下運搬経路ではなくターミナルに踏み込んでいた。

 直進しようとしていた機体を傾け急カーブした彼らに追いすがる。

 急斜面になっているターミナルからこの速度で飛び出せば横転しかねないが。速度を落とせば彼らに逃げられてしまう。

 

「掴まってろよっ!」

「……っ!」


 胸元に回された腕に込められる力が倍増する。

 ぎゅぅっと締めつけられると同時に背中に形容し難い感触が押し付けられるのを意識して感じる暇などはなかった。

 一浮遊感の後突然押し寄せる凄まじいグラビティ。顔面に吹きつく空気の層に思わず瞼を閉じかけ、その暇すらなくバイクは地上に降り立った。


「市街地に逃げ込む気みたい!」

「追走する!」


 ターミナルから飛び出したバイクが住宅街に入り込むのが見えた。

 今は使われていない大通りを爆走させ二つの陰を追いかける。外は深夜帯ということもあってひどく暗闇に包まれていた。

 

「敵の目的は、暗闇に乗じて逃げきることでしょうか」

「そう簡単に逃がしてたまるか……! ネイ」

「はい、インターフィア」


 とたんに視界が明瞭化する。サーモグラフィ機能が適用され建造物を透過し離れていく対象の姿が映り込んだ。

 HUDが対象物までの直線距離を表示し同時に最短ルートを検出する。


「この建造物帯じゃ、追いつけない」

「時雨様の初心者マーク必須な大根運転では距離が離されるのが落ちですね」

「先回りしましょう」


 背中に顔を押し付け風圧に耐えている真那。彼女の言葉に声を張り上げて返す。


「目的地なんて、」

「敵は防衛省の人間よ。多分、レッドシェルターに向かってるはず」

「正面ゲートまでの道を進めばいいのか」

「この場所から一番近いゲートは南検問所です。直線距離で数キロですね。時雨様はこのまま大通りを直進しE2ブロックに向かってください。敵が私たちを撒くために市街地を抜けていくならば、先に辿り着けるはずです」

「解った」


 ハンドルを傾けて向きを変え延々と続く大通りを走らせる。

 一定間隔で後方へと消えていく電灯に眩暈のようなものを覚えながら、目的のブロックにまで到達した。


「いたわ」


 読み通り時雨のバイクより数秒遅れて敵の車体が突っ込んでくる。

 対象はこちらが待ち構えていることを確認するなり、急カーブして経路を変更した。


「真那!」

「任せて!」


 すかさず入り込もうとした脇道とバイクの間に機体を滑り込ませる。

 突っ込んでくるライダーに向けて真那はサブマシンガンを乱射した。

 弾丸は片方の腹部に数発着弾しライダーはその場に横転する。バイクは火花を散らしながら回転しつつ地すべりしそのままビルに突っ込んだ。


「あと一人だ!」

「っ……!」


 血のように赤いバイクに乗っているライダーは神業ともいえる急旋回でこちらとの衝突を回避する。

 それに追随する時雨は引き離されないようにするので精一杯で。


「真那、撃てるか?」

「角度的に難しいけど……やってみるわ」


 弾丸が尽きていたのか真那はサブマシンガンを放り捨てる。

 そうして両の手を時雨の胸から手放し時雨の腰辺りに右手を忍ばせる。腰のホルスターから何かが抜き取られる感覚。

 数秒と経たずに彼女は両腕を抱え上げた。それぞれ一丁ずつ自動拳銃を構えて。時雨の物と真那が持っていた物だろう。


「時雨、そのまま直進して」


 真那に命じられたまま体重を前面に傾けた。敵のライダーは機体を旋回させているところで。その片手にはハンドガンが握られている。


「っ」

「構わず直進」


 衝突しかねないこの状況において冷静な真那の声。


「だが」

「私を信じて」

「……加速する!」


 銃口がこちらに向けられるのに対し恐怖しない。

 敵のライダーが車体を180度回転させてこちらに突っ込んでくるが、それでもハンドルを左右に切ったりはしなかった。

 前方から突っ込んでくるライダーが弾丸を排出する。マズルフラッシュとともに吐き出された弾丸は時雨を大きく逸れて通過していった。

 間をおかず、今度は時雨の頭の右側で連続して乾いた筒音が噴出される。弾丸は一瞬にして十数発ライダーの体へと飲み込まれていく。


「っ!」


 ライダーも反応は早い。弾丸が銃口から吐き出される前にハンドルを右に切っていた。

 回避運動に出た瞬間のその隙を真那は見逃さない。

 左のハンドガンが銃火し、放出された鉛玉は的確にバイクの前輪を捕らえた。

 車体の前面が急激に跳ねあがる。後輪のみによる走行状態になり立て直す隙を真那は与えない。

 方向転換が出来なくなっていたライダーの頭側面目がけ引き金を引いた。

 ぱぁんと弾ける破砕音。インターフィアによって加速化された視界の中、排出された弾丸は一寸の狂いなく直進しバイザーに弾けた。

 ライダーはバイクから跳ね飛ばされアスファルトに落下する。

 闇夜の静寂に反響する激しい炸裂音。バイクはそのままバウンドしながらぶっ飛んで行き先ほどと同様ビルに突っ込んで静止する。

 黒装束のライダーは十数メートルほども跳ね飛ばされていた。

 全身を殴打したためか立ち上がるに立ち上がれないようである。両肘をついて上体を起き上がらせようとしている。


「弾丸はヘルメットを貫通しなかったわ」

「狙って撃ったのか?」

「殺さない確証はなかったけど」


 ブレーキを掛けながらUターンしライダーから十メートルほど離れた場所で停止する。

 相手のヘルメットには巨大なひびが入っているが真那が言ったように貫通はしなかったようだ。

 おそらくは真正面から着弾させたのではなく斜めに入るようにして撃ったのだろう。

 貫通しなくても弾丸が当たれば衝撃で仰け反る。防弾チョッキで弾丸をもろに受けたようなものだ。


「一緒に来てもらう。アンタには聞かなければならないことがいくつもある」


 バイクから降りて小銃を構えながら接近していく。

 アスファルトに臥せっているライダーはハンドガンで応戦してきたが、弾丸はすぐに底をついた。

 

「諦めろ。抵抗しないなら俺たちも殺したりはしない」

「…………」

「その拳銃を捨てて――――」


 相手が視線をこちらに向けた瞬間言葉を失っていた。

 ヘルメットの割れたバイザーの隙間から見えてしまったのだ。特徴的な色の髪の毛が。


「お前、まさか――――」

「っ! 時雨、下がって!」


 あまりの驚愕に立ち竦む時雨は不意に背中から引っ張られた。真那に引き寄せられたのである。

 彼女とともにアスファルトに横転した直後、目の前の空間に何かが落下してきた。

 隕石でも降ってきたのではないかと錯覚するような爆音。地面が深く穿たれ瓦礫が生じる。その衝撃にさらに数メートルほど跳ね飛ばされた。

 砂塵と粉塵が砂嵐のように巻き上げられる中、目の前に巨大な金属の塊が聳えていることを理解した。


「A.A.……!? レッドシェルターはまだ先のはずだ!」


 いや違う。これまで見たことのない形状をしていた。新型機でもジオフロントの格納庫に隠されていた機体でもない。

 あのキメラという機体ほどのサイズを誇るマシンが立ち塞がっていた。

 獣を思わせるそのマシンは全身を震わせ世界そのものが震撼するような彷徨を轟かす。


「見たことのないタイプですね。駆動源は電力ではありません。どうやら内部に小型の原子炉をもっているようで」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろッ!」


 真那を助け起こして距離を取ろうとする。

 その間すら与えられない。マシンは前方二本のアームを振り上げ、地に伸し掛かるようにアスファルトを叩き割った。


「っ……!」


 でかすぎる。こんなものよけようがない。

 マシンがその場に突っ伏せば、逃げ出す間もなくぺしゃんこに押しつぶされることだろう。

 

「ふふっ、どうだい、僕のメシアは」

「っ、この声、まさか」

「山本一成……!」


 拡声音は紛れもなくあのマッドサイエンティストの物。このマシンを操縦しているのは一成なのか?


「時雨くん、久しぶりだね」

「……っ」

「そんな目で見ないでくれよ。今日は折角、僕のメシアをお披露目に来たというのにさ」


 メシアと呼ばれたマシンはその言葉と同時にその巨大な上体を持ち上げた。そうしてもといた場所へと鎮座する。

 動くに動けず真那を背中に回した状態で固まっていた。


「メシアという命名、そしてこの神そのものを具現化したようなフォルム……どうだい? アダムの僕にはピッタリな救世主だろう?」

「…………」

「イヴを邪悪な蛇の毒牙から解放するために設計したんだよ? 美しいだろう、僕は神だ!」

「頭のおかしい邪教信者のたわごとにしか聞こえませんね。アイドレーターとなんら変わりません」

「ふふふ、言ってくれるじゃないか、シール・リンク。ただ、それはあながち間違っていないんだよ。このメシアは禍殃のマシン技術を用いて設計したのだからね」

「またパクリ技ですか。唯奈様に生え際チャイニーズと呼ばれるのも致し方ありませんね」

「そうやって話を逸らそうだなんて考えても無駄だよ。僕は今イヴを解放することしか頭にないんだからね」


 一体何を言っているのか。イヴとはLOTUSのことではないのか?


「さて、メシアのお披露目も済んだことだし……そろそろ邪魔者を排除することにしようかな」


 その瞬間、生物本能的に前方に転がり込んでいた。

 何の根拠もない回避行動だったといえたが先ほどまでいた空間が爆散した。

 鼻腔をかすめる火薬の臭い。ミサイルが着弾したのである。


「っ!?」

「真那、離れるな……!」


 相次いで雷鳴のように降り注ぐミサイルの嵐。真那を抱きかかえながら必死にそれらを回避した。


「ああ、流石だね時雨くん。僕からイヴを略奪しただけはあるよ」

「身に覚えがないんだよ、クソ野郎が!」

「ほらほら逃げるがいいよ。これまでのよしみもあるからね。リバティヘブンへのフリーパスは、アダムの僕が発行しておいてあげるさ。勿論……片道切符だけどね」

「ミサイルぶっぱなしながら、何がよしみだッ」


 真那を抱えての回避行動は想像以上に小回りが利かなかった。

 爆風に跳ね飛ばされながらも回避し続け、背中が何かにぶつかるをの感じる。


「追いつめられた……ッ」

「はははっ、まさに背水の陣だね、時雨くん。もう退路はないよ」


 眼の前に立ち塞がる巨大なメシア。獣のようなマシンはあざ笑うように大口を限界にまで開口する。

 メシアは再び鼓膜を破らんとするほどの彷徨を荒げた。獲物を捕食する直前の肉食獣のように。


「時雨、私はいいわ。一人で逃げて」


 絶望的な状況下で真那が時雨の肩を強くつかみ静かに呟いた。


「何言ってんだお前」

「私を抱えてじゃ時雨は逃げきれない。でも時雨一人ならバイクで逃げられるわ」

「置いて逃げるなんてできるわけないだろ」


 真那は本気で置いて行けと言っているようだ。自分が足手まといになっていることを理解しその選択を選んだ。


「そんなこと言ってる暇はないの。時雨だけでも生き延びなければ、私たちは多大な損失を被ることになるのよ」

「もう黙れ」

「黙らないわ。時雨が逃げるまで、私は、」

「いいから黙れよ! 絶対に置いていかねえ」

「っ……」


 ビルの外壁を力任せに叩き付けた時雨をみて真那は怯んだように口ごもる。

 彼女が本気ならばこちらもまた本気だ。こんなところで真那を失ってなるものか。


「……分からず屋」

「そうさせたのは、お前だ」


 アナライザーを手に取りマイクロ特殊弾を全装填する。敵うはずなどないと解っていつつも、何もせずにただ捻りつぶされるのだけは嫌だった。

 たとえ死んでも真那が生き残れる可能性を信じて。


「メシアは救世主の意だよ。でも全ての人間にとっての救世なんて存在しない」

「…………」

「僕の追い求めるリバティは君にとって、禍殃で言うギルティなのかもしれないね、時雨くん」


 メシアは右肩の位置に装備してあるミサイルポッドを時雨に向けた。

 マイクロ特殊弾の装填数は五発。敵のミサイルは九連装。どう考えても捌き切れる数ではない。

 それでもやるしかないのだ。


「それじゃグッバイ時雨くん。そしてウェルカムトゥーリバティ」


 ミサイルポッドが火を噴いた。そこからの光景はひどくスローモーションに認識された。

 吐き出された弾頭は狂いもなく放出されている。それらの弾頭目がけてただトリガーを振り絞ることしかできない。

 高速で射出された特殊弾は五発分。それらはミサイルに着弾しその一瞬だけ全てを抹消しうるブラックホールを空間に抉り出す。

 その消失現象は瞬く間に失われる。ミサイルは後続から複数迫ってきていた。


「ッ……」


 ああ終わりだな。流石にこの状況ではそう実感せずにはいられない。

 いくらリジェネレート・ドラッグによる人外な生命力を持っているにしても、弾頭が着弾すれば肉体は木端微塵だ。修復しようがないだろう。

 ただ真那の前に立ち塞がることしかできなかった。


「――――機関装備マシンガン稼動オペレート


 黒。いつの間にか時雨たちの前に立ち塞がっていた少女。

 霧隠月瑠はその腕に掲げた巨大な銃砲から中口径弾を一斉に吐き出させる。


「霧――!」


 空間が爆流に飲まれた。尋常ならざる衝撃音とともに空中でミサイルが連鎖爆発する。それらは一つとして時雨たちに着弾することなく消失した。

 幾何学的な形状の銃砲を下げて振り返る。爆風に煽られ彼女の灰色の髪が吹き乱された。


「どうして……」


 そこにいるのか。という二の句は紡がれえない。彼女の奥に聳えたつ巨体が新たな動作に出ていたからだった。


「僕の神聖なる天誅を邪魔するなんて、無礼な参入者だ」


 無防備にも背中をさらした月瑠にメシアは巨木のようなアームを振り下ろした。確実に押しつぶせる位置取り。


「させないですよ、アダムセンパイ」


 風神のように空間を貫いた月瑠がナノマシンブレードアトゥーメントでアームを両断する。あっけなく無機質な金属骨格は分断され落下した。

 月瑠は地面に着地するや否や到底人体が成せるとは思えない反発力で跳躍する。


「これで終わりではないですよ……! ニンジャ・TSUJI・GIRI!」


 相も変わらず意味をはき違えている技名。聞いているこっちが恥ずかしくなるようなネーミングで何の惜しげもなく言い放った。

 そしてもう片方のアームに上方からの旋回切り落としを仕掛ける。


「完成された美を、これ以上穢させるわけにはいかない! アダム・アボイダンス!」


 さらにひどいネーミングセンスを披露した一成は、その巨体には見合わない敏捷性で回避する。


「霧隠、気を付け――――」

「さすがアダムセンパイですね! 技名も身のこなしも超キレッキレっす」

「はははっ、君もなかなかにエレガントなダンスをするじゃないか。今度アダム&イヴ主催のダンスパーティーに招待してあげるよ」

「あいにく一緒に踊れる友達がいないデイダラボッチなので、遠慮しとき、ますっ」

「おっと危ない。僕の華麗なるアダム・アボイダンスがなければ、月瑠くんのキレッキレのダンシングに断シングされるところだったよ」

「アボイダンスとダンシングと断シングを掛けてるんすねっ! 流石アダムセンパイっす! 常人では到底及ばない超ポエティックな言葉遊びです」

「月瑠くんも僕のこの穢れを知らないジョークセンスについてくるとは、中々の逸材じゃないか」

「……何やってるんだこいつら」


 戦闘自体は相当過激な物であるのに、交し合う会話には緊張感も何もあったものではない。

 真那のことを助け起こしつつ離脱の準備を整えようとする。


電磁投射砲レールガンモジュール稼動オペレート


 メシアの装甲を蹴飛ばし着地した月瑠。彼女は砲塔を動き回るメシアに向けた。

 彼女のコマンドに合わせて銃砲ペインキラーに緑色のラインが走る。あたかも生きているかのように鼓動のように。どくんどくんと鳴動。

 彼女は腰から抜き出した手のひら大ほどもある弾丸を装填口に挿入する。


「プロジェクタイル装填コンプリート。ペインキラー、熱伝導コンプリート──発射」


 空間を殺人弾丸が貫いた。

 目で追うことなど到底できない速度で排出された弾丸はメシアの残っていたアームに直撃する。一瞬の間隙すら待たずアームは弾け飛んだ。


「おっと……これはまずいね。撤退しよう」

「待て、逃がすか!」


 反射的にアナライザーを構えるが当然弾薬は装填されていない。振り絞ったトリガーも空振りに終わる。


「違うよノンノン、これは戦略的撤退というやつさ。賢者は退くタイミングも心得ているのだよ」

「負け犬の遠吠えっすかね」

「……また会いに来るよ、僕のイヴ」


 マシンは跳躍し一気に距離を取る。そうしてレッドシェルターの方へと消えていった。

 闇の中に姿を晦ましたマシンの姿から目を反らし、新たな敵が押し寄せてこないかを意識する。

 警備アンドロイドのサイレン音すら聞こえてこない。ここに待機していたのは一成だけであったのかもしれない。


「助かった……」


 どっと安堵感が押し寄せてくる。もしあの時月瑠の介入がなければ確実に死んでいたことだろう。


「大丈夫です? センパイ、聖センパイ」

「ああ、だがどうしてここが……」

「先輩たちのことを追いかけてきたんですよぅ」


 何であれ、今回は月瑠の機転に救われたというところだろうか。

 周囲を見回すがすでにライダーは姿を消していた。おそらく先ほどの一成の介入も事前に決まっていたことなのだろう。

 敵が地下運搬経路ではなく地上に出たのもメシアによる強襲を実行するためだったのだ。


「聞こえる?」

「……ああ、聞こえるぞ。追跡はどうなった」

「一人、逃してしまったわ」

「そうか。もう一人はどうなった?」


 無線で真那が棗と連絡を取り合っている。真那に指示される前にビルに突っ込み炎上しているバイクに駆け寄った。

 そうして炎の中からライダースーツを掴み引きずり出す。幸い火の手が肉体に及んでいる様子はない。

 乗り手は銃撃による腹部からの出血をしているもののまだ息はある。その旨をアイコンタクトで真那に伝えた。


「生きているわ」

「よし。捕虜はこっちも数人とったがその人物も捕縛する」

「どうすればいい?」

「スファナルージュをブラックホークでそちらに向かわせている。それで戻ってきてくれ」

「解ったわ」


 そこで無線は切れたようで真那はライダーを引きずり出した時雨の元へと近寄ってくる。

 そうしてその手を拘束すると腹部の簡易止血をする。あくまでも応急処置だがしないよりはいいだろう。



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