第114話

「────ッ、時雨様! 後ろですっ!」


 泉澄の呼びかけに反射的に応じて、時雨はアサルトライフルを後方に振り上げた。

 そうしてトリガーを振り絞る。乾いた筒音と同時に銃口からはじき出された鉛玉が肉体を抉る鈍い音が響いた。

 肩に着弾したのかたじろいだ局員に肉薄し銃床ストックをその顔面に叩き込む。対象はその場に昏倒し気を失った。


「クリアだ」

「こっちもだッ」

「リオンもみんな倒したのだぞっ」


 足元にはすでに十人近いU.I.F.と自衛隊員が転がっている。

 α部隊は宇宙航空センターに潜入したと同時、駆動部隊だと思われる部隊の強襲を受けた。


「ユニティ・ディスターバーの効果は効いていないのか……?」

「ディスターバーの効果範囲は単体で五十メートル程度だ。遊撃部隊は外部からの襲撃を仕掛けている。その位置からではここまで電磁パルスの効果は届かない」

「まだ来るわ!」


 はっとして周囲を見渡すと無数の人影が飛び出してくるのが見えた。強化アーマーを身にまとっているそれらは見間違えることもなくU.I.F.。


「敵影を確認。殲滅開始」

「別働隊か……!」


 全方位からの強襲。拡声器を用いているのかこの一帯全体に響き渡るような声が轟いた。

 

「ムーブッ!」


 銃撃が響いた瞬間、その場から転がるようにして飛び出した。船坂の指示に従いそのまま身を低くして駆け出す。

 他の皆が行動できているかは分からないが、ここで彼らを助けるために足を止めては時雨自身が狙撃されかねない。

 

「っ……クソッ!」


 包囲網は逃走経路を全て奪っていた。前には二人ほどの武装した人間が待ち構えアサルトライフルを乱射してくる。

 なりふり構ってられずコンバットナイフを抜刀する。

 

「どけッ!」


 弾丸を回避しながら肉薄、懐に入り込み片方のU.I.F.の首元めがけて振り上げる。反射的に手の向きを変え柄で兵士の顎を右下から叩き上げた。

 U.I.F.のアーマーは関節部が脆弱だが間隙は酷く狭い。それ故に刃物や弾丸による物理的なダメージより、殴打によるインパルスを引き起こしたほうが効果的なのだ。

 案の定あごの骨が粉砕するような鈍い音が反響する。


「捕捉」

「っ……!?」


 そのまま振り払った勢いで別の兵士にナイフを投擲するが、悪運してアーマーに弾けコンバットナイフが破砕する。

 体勢を崩した時雨に銃口が向けられている。


「時雨様に、そんなものを向けるなっ」


 乱入してきた泉澄がU.I.F.の手首に組み付いた。その手首を力任せに自身の方へと引き寄せ彼女は柔の技術を畳み掛ける。

 四肢を駆使して兵士を横転させ、アスファルトに背中を殴打した兵士の肩関節にMP7A1の銃口を押し当てる。

 血飛沫が吹き散らされU.I.F.の手からアサルトライフルが弾き飛ばされた。


「どくのだ!」


 すかさず接近した凛音がU.I.F.の側頭部に回し蹴りを叩き込み突き飛ばす。


「ご無事ですか?」

「ああ、皆は?」

「リオンは大丈夫なのだ」

「私もよ。でも、このままではまずいわ」


 真那たちが時雨の隠れた物陰に集まってくる。

 纏まって行動しては殲滅されかねないが、今は隠れていなければ速攻で針のむしろにされかねなかった。


「捕捉。総員、遊撃姿勢」

「くそ……っ」

「フラグを観測。回避奨励」


 集中放火されそうになったときU.I.F.たちの包囲網に何かが投げ込まれる。

 グレネードだ。それは殺人的な破壊力を持って爆発するかと思いきやまばゆい閃光を迸らせる。閃光弾である。


「皆こっちだ!」


 船坂が包囲網の外部から弾丸を乱射してくる。それによってU.I.F.が数名ダウンしたのを確認し、包囲網に生まれた逃走経路に向けて駆け出した。

 後方に牽制射撃をしながら駆けるがすぐに後ろから射撃され始める。火薬が爆発する音が反響し足元が穿たれていた。


「距離を取れッ!」

「ムーブッ! ムーブッッ!!」


 先行する船坂の背中を追って必死で駆ける。

 

「そこに隠れましょう」


 逃げ切れないと判断し身を隠すことにする。進んできた発射場までの道を戻り衛星組立棟に身を隠れさす。

 すぐにU.I.F.たちの怒涛のような足音が近づいてきた。


「息を殺せ」


 船坂に言われるまでもなく可能な限り音を殺す。自衛隊員たちは隠れ潜む衛星組立棟の前にまでやってきて脚を止めた。


「どこだ?」

「見失ったな……捜索範囲を拡張しよう」

「B駆動部隊はこの一帯の捜索を、A部隊はロケット発射場付近を捜索しろ」


 その指示が飛び交い局員たちの足音が離れていく。なんとか隠れおおせたようだ。

 安堵が胸をついてこみあげてくるのを感じながらも注意を引き締める。油断などできる状況ではない。


「どうして私たちの潜入に感づかれたのかしら……」

「それも駆動部隊の奇襲は皇さん達と別れてすぐでした……まるで照らし合わせたみたいに」


 泉澄の言うとおりあたかもα部隊の潜入タイミング経路を読んでいたかのような奇襲だった。

 計画を理解していなければ少なくともこんなに早く的確に対処されるはずがない。


「――くそっ、本部に繋がらない!」


 無線にて妃夢路たちと連絡をつけようとしていた船坂。何度もトライしているようだが依然として無線が復活しないようだ。


「くそ、計画は破綻か……どうする?」

「俺たちだけでは判断しえない。まずは皇に確認する」

「棗にも無線が繋がらないわ」


 すでに連絡をつけようとしていたらしい真那が小さく首をふるう。

 

「なんだと?」

「きっと、この宇宙航空センター全域にECM電波が発せられているのだと思うわ。私たちの潜入に気が付いて発動させたのかも」

「でも、さっきまでは繋がっていたのだぞ」

「それなら、私たちの潜入に気付いたのち改めてECMを発信したのかも」

「……何であれ繋がらない以上は今後も繋がらないと考えた方がいいかもしれませんね」

「くそ……!」


 この状況は予想外であった。まさかこんなにも早く潜入に感づかれるものとは想像もしていなかったのだ。

 とはいえ棗にも連絡がつかないとなれば、もはや泣き言を言っている時間などない。

 

「ど、どうしましょうか」

「撤退の二文字はない。このロケット打ち上げは阻止しなければいけない。危険を顧みている余裕はなさそうだな」


 隠れ場所から頭を出して目標地点を見定める。

 ロケット発射場を示す二つの電波塔。直線距離で五百メートルといったところか。


「いけるか?」

「俺たちを捜索しているU.I.F.の数は三十人近い。まっすぐ突っ切ってエンジンに爆弾を仕掛けるのは厳しいだろう。隠れながら向かうしかない」


 皆がアイコンタクトを取り合いその場から歩を進める。

 

「いざと言う時のために二手に分かれた方がよくないか」

「そうだな。俺は正面側から牽制目的で攻める。峨朗凛音、ついてきてくれ」

「解ったのだ」

「敵の目は俺たちが集中して引き受ける。烏川、お前たちは隠密で潜入してこれを設置しろ」


 船坂が渡してきた迷彩バッグを背負う。C-4を収めているものだ。


「いいか、君たちは迂回し発射場の反対側から接近しろ」

「わ、分かりました」

「爆弾の設置場所はロケットの第一エンジンだ」


 船坂の作戦から鑑みるに彼らはあえて敵勢力に発見されるつもりなのだろう。

 危険だが四の五の言っていられる状況でもない。班で別れ時雨は真那と泉澄を連れて直進する。

 数百メートルほど進んだころ、迂回しロケット発射場の裏側に到達した。

 近くで見るとロケットは圧巻なほどに高くそびえている。C-4ひとつでこれを本当に破壊できるのかと不安になるが、今はそんな心配をしても仕方ない。

 

「敵の数は、目視で確認できる限りだと八人ね」

「遊撃部隊ですね。接近戦になった場合、少々厄介ですが……」

「決行は船坂義弘たちが乗り込んでからの方が良さそうですね」


 泉澄の潜めた声に無言で応じる。U.I.F.たちは周囲に目を光らせレジスタンスの突撃に備えているようだ。

 もし一人にでも捕捉されれば彼らの銃口は一斉にこちらに向けられる。そうして問答無用で弾丸を撃ち込まれることになるだろう。

 その時不意に乾いた銃声が弾けた。


「突入が始まったわね」


 敵勢力の即座の指示が飛び交い、離れた地点でさらなる銃撃戦がはじまる。

 あれだけの数の隊員たちに囲まれた凛音たちの安否が心配だが、彼らの覚悟を無駄にしないためにも、早急に爆弾を設置する必要がありそうだ。


「よし……行くぞ」


 警戒していたU.I.F.たちが霧散するのを見て一気に接近する。障害物がないため一人でもU.I.F.が振り返れば一瞬で捕捉されるだろう。


「コンタクト、八時、アサルト」

「持ち場を離れていないU.I.F.がいます」

「ダウンさせる」


 未だに持ち場を離れず周囲を注視していたU.I.F.。その背中に肉薄しライフルストックを後ろから首筋に振り下ろす。

 

「襲撃、観測」


 死角に別の隊員が潜んでいたようだ。無線機を既に用意されていたのか彼は救援部隊を要請しようとする。

 真那が投擲したナイフが彼の右手首の関節を的確に切り裂く。たまらず無線機を取り落としたすきを逃さず、泉澄が打撃を即頭部に御見舞した。

 銃声でU.I.F.に位置を特定されては凛音たちの牽制の意味がない。


「敵はもういないみたいです」

「よし、さっさと爆弾を設置するぞ」


 周囲を警戒しながらロケットへと接近する。そうして手早くC-4を第一エンジンに接着した。


「これでよし」

「完了ね、なら早く離脱しないと――」

「っ!? 伏せてください!」


 泉澄の悲鳴。それがなければ時雨は木端微塵に粉砕されていたことだろう。

 咄嗟に真那を抱き掴んで飛び退った直後、先ほどまで時雨たちがいた空間が抉り去られた。アスファルトが一瞬にして消失し球体状に抹消される。


「マイクロ特殊波──立華紫苑です」

「解ってるッ」


 この正確な射撃性能からして彼女に違いない。こんな平地では狙ってくれと言っているようなものだ。


「真那、風間、俺から離れるな!」

「はい!」

「インターフィアを発動します」


 倒れていた真那を引っ張り起こし駆けだす。ネイの発声に併せて視界が一瞬にして変化した。

 視界に映るものすべての情報が数値化され構造がHUDにより演算化される。鋭敏化した視覚のまま周囲を素早く見渡した。立華紫苑はどこにいる。

 第二ロケット発射場の電波塔中腹が光る。


「あそこだ!」

「ひぁっ!?」


 飛来してくる特殊弾の弾道を読み着弾地点にいた泉澄を力任せに引っ張りよせる。

 そのまま彼女を後方に突き飛ばし自身もまた飛び退る。瞬く間に空間が消失した。

 インターフィアによる感覚器官の加速化がなければ回避のしようがない狙撃だ。当然生身の真那と泉澄では回避などできようはずもない。

 

「バレットの装弾数はっ?」

「十のブルパップ式です」


 十回目の特殊弾回避を試みる。肉体に追従し損ねた頭髪がわずかに抹消されるが難は逃れた。


「今だ! 走れ!」


 スナイパーライフルである以上クイックリロードはできない。再装填までの隙が逃げ切れるチャンスだ。

 真那の手首を掴み駆け出す。そうして先ほどの衛星組立棟の陰まで一直線に突っ切ろうとした。


「ひぁ!?」

「何だ……!?」


 その直前で何かに足をつまずかせて派手に横転する。

 全身を殴打しながらも自分が足をつまずかせた障害物が視界に映り込む。おそらく船坂たちがダウンさせたのであろうU.I.F.だった。


「時雨様っ」

「来るな!」

「っ」


 駆け寄ってこようとする泉澄に一喝して静止をかける。そうして痛む身体に鞭打ちながら立ち上がりつつ後方を仰いだ。


「第二陣狙撃です――――!」

「まずい……!」


 再度のマズルフラッシュ。この状態ではよけようはずもなかった。無意味とは解っていつつも即断で真那に覆いかぶさる。


「……っ!?」


 消し炭になるはずだった時雨たち。だが特殊弾は着弾する直前に目の前の空間を抉って消失した。


「何が──」

「さっさと隠れてッ」


 突然の出来事に困惑していると無線から聞きなれた声が響く。

 

「柊ッ! 助かった!」

「いいから早く隠れてっての!」


 急かされ真那を引っぱって物陰に隠れる。泉澄もまた傍に身を隠すのを確認して無線機に問いかけた。


「打ち出された特殊弾を弾丸で射抜いたのか?」

「んなわけないでしょ。前回と同じ。アンタみたいにインターフィアは使えないんだから。アスファルトを狙撃しただけ。舞い散った破片に特殊弾が着弾したのよ」


 なるほど、考えたものである。


「しかし極端に成功率の低そうな手段ですね」

「うっさいわね、うまく行ったんだからいいでしょ。ていうか特殊弾打ち抜くよりは現実的でしょうが……ってそんなこと言ってる場合じゃない。早くその場所から離脱して」

「爆破か?」


 時刻を確認するがまだ発射までは時間がある。


「まだ時間あるけどそこは危険すぎる。はやく離脱した方がいい」

「凛音と船坂は?」

「もう離脱してる。いいからアンタたちも早く離れて。ここから離れられないでしょ!」


 援護をするために唯奈は狙撃ポイントに陣取っている。時雨たちが危険な位置にいる間は彼女も撤退できないのだ。


「分かった。柊も気を付けろ」

「言われなくても解ってる。ほらさっさと逃げて」

「現在進行形で逃走中だ……しかし、どうしてお前には無線が繋がっているんだ?」

「無線がECMで遮断されていたからECMを遮断するジャミング電波を発信させたのよ。今なら皇棗たちにもつながるはず」

「本当か?」

「ええ。それより少し気になることがあるから一時的にアンタたちから照準をそらさないといけない。その間は援護射撃を出来ないから、アンタはできるだけ急いで行動して」

「ああ、分かった」

「メイデイメイデイ、聞こえる? ……繋がったわ!」


 逃走経路たる地下通路。そこへとつながるターミナルがある組立棟に走りながら真那に近寄った。そうしてビジュアライザーに耳を傾ける。


「こちらβ、皇だ。聞こえるか?」

「ええ聞こえてるわ。無線は復活したみたいね」

「ああ、感度良好だ。進捗状況を報告しろ」

「目的は達成。対象SLモジュラーの第一エンジンにC-4を設置した。今は被害範囲外に離脱中だ」

「よし、一度どこかに潜伏しろ。逃走経路を補足されてはまずい。君たちが爆破時の被害範囲外に逃れた後、爆破する」

「了解した。ネイ、ここから一番近い位置で爆破範囲外に潜伏できる場所は?」

「観測しています……西南方向二百メートル地点に用途不明な建造物があります。そこに避難しましょう」


 ネイに指示された地点へと物陰を経由しながら駆けていく。しばらく進むとネイの指定した建築物が見えてきた。

 

「あの建物……総合司令塔に似ているわね」


 確かに外観だけだが棗たちが向かった司令塔に類似している。向こうには巨大なパラボラアンテナが設置されていたのに対しこっちにはそのような物がない。

 あれが衛星の電波を受け取るものであることを考えるとここは司令塔ではなさそうだ。

 施設内部に潜入し職員がいないことを確認する。無機質な廊下に身を潜め更に声を潜めて棗に声を掛けた。


「こちらα、目標地点に到着した」

「爆破範囲外に逃れているか?」

「ああ、問題ない」

「他のメンバーも確認する。α全部隊員、応答しろ」

「私と泉澄は、時雨と一緒にいるわ」

「リオンなのだ、ヨシヒロともう地下運搬経路にまで離脱しているのだ」


 無線から凛音の快活な声が響く。どうやら無事に逃げおおせていたらしい。デコイ作戦であったため安否が心配だったが杞憂に終わったようだ。


「柊は無事か?」

「組立棟の最上階に留まってる」

「離脱は?」

「アンタたちが全員離脱するのを確認するまでは動くに動けないわよ。それに……」


 唯奈はそこで言葉を切る。何かを言おうとしてやはりやめたようだ。


「了解した。規定時刻になり次第、爆破を決行する」

「まだ数分あるが現時点で爆破しては駄目なのか?」

「確実に破壊するために打ち上げ後に爆破する必要がある」


 落下時に爆発させる目的だろう。


「だが今皇たちは総合司令塔にいるんだろ。それなら発射も何も、発射ボタンすら押されないんじゃないのか?」

「いやおそらく、ロケットの発射管理はこの司令塔ではないどこかで行われている。俺たちがこの場に潜入した時点でこの施設はもぬけの殻と化していた。故に発射管理システムはちがう場所で行われていると判断した」

「別の場所……」


 そこまで言われはっとして自分がいる場所を再確認する。

 総合司令塔に類似していたこの施設こそが発射システムのある管理棟なのではないだろうか。

 そうである場合、この廊下の先には伊集院や薫がいるということになる。


「時雨様、もうすぐ発射されます」


 泉澄に告げられ時刻確認すると、すでに打ち上げの四十四分まで一分を切っていた。


「二人とも衝撃に備えろ」


 ロケットが打ち上げられる時刻を固唾を飲んで待ち侘びる。一秒一秒が重たい。何が起きるか解らなかった。


「ロケット打ち上げまで二十秒」


 宇宙航空センター全域にアナウンスが流れ始める。SLモジュラーが発射されるまでのタイムリミット。

 窓から外の様子を伺う。離れた場所でロケット発射の準備が整い始めているようだ。


「十六」

「安全系、準備完了」

「十三」

「エネルギーの充填が完了」

「八」

「メインエンジンスタート」

「四、三、」


 地鳴りのようなものが聞こえ始める。


「ゼロ」


 エンジンからジェットが噴射しロケットは上昇を始めた。凄まじいスモッグが立ち上りはじめ視界は砂塵にのまれる。

 SLモジュラーの様子など何も見えなくなっていた。


「C-4を爆破する! 衝撃に備えろ!」


 視界を追い隠していたスモッグの中で激しいフラッシュが吹き散らされた。

 ついで爆音。数珠を繋いだように連鎖する爆発の連打。一瞬遅れて大地を揺るがすような大爆発が轟いた。ロケットが墜落したのだ。


「ロケットの破壊を確認、目的を達成した!」

「よし……!」

「爆発範囲は最小限に留まった。烏川たちの隠れている地点にまで火の手は及んでいない。この爆風と砂塵の目くらましに乗じて離脱しろ」


 真那たちと目配せ施設外部に駆けだそうと踵を返す。


「よし、これより離脱を開始す――」


 言葉は乾いた筒音によってかき消された。廊下の奥から反響してきた音。


「銃、声……?」


 泉澄のかすれた声。それに次ぐように金属音を伴って小銃が弾丸を乱れ飛ばす音が響いてきた。銃撃戦が起きている。


「何が……!?」

「アサルトライフルの銃声、それも複数。十人くらいが銃撃してる」

「音の反響からしてかなり広い部屋のようですね。この廊下の突き当たり右に向かった場所です」

「……まさか」

「ええ、おそらく管制室でしょう」


 ロケットの打ち上げ指示がなされた場所。つまり伊集院たちがいる場所だ。


「どうしてそんな場所から……船坂たちが乱入したのか?」

「いや俺たちは地下運搬経路にいる。レジスタンス構成員の仕業ではないだろう」

「なら……」

「烏川!」


 入口の方から呼びかけられ反射的にアサルトライフルを構える。だがそこから接近してきているのは棗率いるβ部隊。


「状況はどうなっている」

「よく解っていない。まだ銃撃戦は続いてるみたいだが」


 耳を澄まさなくても銃撃音と悲鳴が反響してくる。

 棗はその音に表情を歪めながら廊下の奥へと進むように指示を出してくる。すなわち銃撃戦の勃発している管制室側へと。


「おいおい逃げなくていいのかよ」

「何もこんな場所に突っ込まなくてもいいだろ。SLモジュラーの破壊は成功した。深入りに何の意味がある。レジスタンスの仲間が戦ってるわけではないんだ」


 中で何が起きているのかは気になるが自ら危険を冒すことはない。そんなことを話しているうちに銃声と悲鳴も止んでいた。


「それはそうだが……」


 棗はそれに的確な応答はしてこなかった。というよりは答えとして適正な物を見つけられなかったと言ったところだろうか。

 時雨は和馬と顔を見合わせ彼の心情を探り合う。彼が何を考えているのか理解が及ばない。


「現状を正確に把握することは必要なはずだ」

「そうかもしれないけれど……」

「必要なことなんだ」


 真那に対し棗はそう断言した。物言わせぬその態度に思わず二の句を紡げなくなる。何が彼をそこまで狂わせているのか。


「……まあ、いいだろう」

「リーダー様がそう言うならしゃあねえな。それで、どうすりゃいいんだ?」


 折れたとでも言わんばかりに承諾した幸正に便乗するように和馬はその肩をすくめて見せる。


「管制室内の監視カメラをジャックしたい。可能か、シール・リンク」

「勿論ですとも。私は次世代型高性能人工知能の」

「御託はいい。早急にカメラの映像を映せ」


 普段の冷静な棗の発言とは思えない焦ったような声音。流石のネイも茶化している時ではないと判断したのか直ちにカメラの映像を出現させる。


「……!」


 監視カメラをジャックして確認した総合司令塔、その管制室内部。そこにはにわかには信じがたい光景が広がっていた。


「壊滅状態……だと」


 管制室内部にいたと思われるU.I.F.たちは全てが殺害されていた。壁や機械、床は一面真っ赤に染まりあがり見るも無残な光景が出来上がっている。

 そんな地獄絵図の中、佇む二人の人影が見えた。


「何のつもりだ、立華薫」

「…………」


 壁を背に追いつめられている伊集院純一郎。そんな彼の顔面にアナライザーの銃口を向ける立華薫。

 管制室の荒れようからしてU.I.F.たちを殺害したのは薫で間違いはない。だがなぜこんなことになっているのか。


「なんでか。んなこと最初からわかってんだろ」


 薫は照準を伊集院の額へと向ける。

 対し伊集院は形容しがたい表情を浮かべていた。恐怖とも後悔とも取れる面持ち。


「やはり君たちは……転覆を企てていたのか」

「いまさら確信しても遅いんだけどな」


 転覆だと。それは防衛省内部における分裂の話だろうか。

 以前、昴から聞いたことがある。防衛省内部では佐伯・J・ロバートソンを筆頭とした革新派閥が存在しているのだと。

 それはあくまでも指針的な意味での派閥だと考えていた。

 まさかこれほどの殺戮を、いやそれには留まらない防衛省そのものの転覆を目的とした派閥だなどとは。


「だが……何が目的だ」

「んなこた知らねえ。俺は佐伯の野郎に、ロケット打ち上げ後てめえを殺害するように言われただけだからな」

「あの爆発も貴様たちの企てた策謀か」

「それはちげえな。ロケットが墜落したのはレジスタンスの仕業だろうが。まあそれも佐伯の野郎の策略のうちかもしんねえけどよ」

「……左翼の犬め」

「何とでも言っとけ」


 薫の指がアナライザーのトリガーに掛かる。

 一体何が起きているのか理解が及ばない。ただ解ることは予測すらしていなかったことが起きたということだ。


「内部分裂……」


 そう言うことだろう。

 

「目も当てられねえな。散々非人道な政策をもとに悪行働いてきた挙句、仲間割れかよ。同情さえ惜しめないな」

「…………」

「ただの内部分裂だというのならば俺たちが介入するまでもないだろう。事の成り行きに身を任せた方がいい」

「そうですね……この結果、防衛省内部で様々な衝突が勃発する可能性があります。そうなれば防衛省の軍事政権に致命的な打撃を与えることとなるでしょう」

「…………」


 皆の意見がまとまりつつある中、棗だけは口を噤んだままだ。

 激しい焦燥に全身を突き動かされているかのように。彼は頭の中で必死に何かを模索していた。


「何かおかしなこと考えていないだろうな」

「撤退はしない」

「……俺たちが出ても状況が悪化するだけだ」

「それでもだ。俺たちは管制室内に攻め込む必要がある」

「棗……」


 皆の困惑したような視線が彼に集中していた。基本的に棗の意見に忠実な真那でさえも困惑と非難の目を向けている。


「あーもうめんどくせえ、てめえを抹消すりゃ、それで解決だわな」

「…………」


 ウィンドウの中で薫が伊集院の額にアナライザーの銃口を押し付けた。ハンマーが引かれ今にも伊集院の脳天に弾丸がぶちこまれそうで。


「死ね」


 そして何ともあっけなく弾丸がはじき出された。乾いた銃声が反響し静まる。

 ゼロ距離で打ち込まれた弾丸は外れることなく伊集院の命を吹き散らす……ことはなかった。


「が、は……っ!?」

「!?」


 薫の胸部から鮮血が吹き散らされる。薫は胸部を撃ち抜かれた反動か苦痛に体をよじらせた。

 アナライザーの銃口からはじき出された特殊弾が伊集院の後方で弾ける。弾丸は彼を捉え損ねていた。


「そこまでだ、立華薫」


 ウィンドウの中、その隅には小銃を構えた棗が佇んでいた。


「っ!? あんのバカリーダーが……っ」

「ちっ……!」


 棗の構えた銃が無数の弾丸を乱射する。間一髪でそれを回避した薫はデスクの陰に身を潜めた。


「何故あんな勝手なことを……」

「予想外の展開だが致し方ない。総員、突入だ」


 幸正の指示に併せて開け放たれている扉から室内に雪崩れ込む。棗は伊集院の近くにまで近寄り、その場から薫の隠れている場所に牽制射撃をしていた。


「棗……貴様」


 伊集院が棗を見て驚愕したように放心する。面識があるのか?


「烏川、和馬、皇を囲え。その他は援護射撃をしろ」


 幸正に指示されるまま棗を護るように配置させられる。


「今はこの状況を打破しないといけなそうだな」

「TRINITY相手に一戦交えなきゃなんねえとはな……」


 各々が小銃を構え薫の潜伏する地点に照準を合わせる。彼がいつ飛び出してきても離脱できるようにという配慮だ。

 照らし合わせたように唯奈からの着信が入る。


「早くそこから離脱して!」

「どうした?」

「アンタたちを探してたU.I.F.がこぞってそこに向かってる!」

「……位置を特定されたのか?」

「こっちからも悪い報せさ。北方、南方からのこっちの遊撃部隊に応対していた部隊の半数が、そっちに向かっている」

「くそ……っ」

「囲まれたら、それこそ一巻の終わりですね。抜き差しならない状態に陥る前に離脱した方が身のためかと」

「っ、皇っ!」


 伊集院の隣に佇み額に銃口を向けている棗に叫びかける。彼の指示を仰がないことには行動のしようがない。


「シール・リンクの言うとおりだ。今は離脱に専念しよう」

「総員、離脱準備だ」


 時雨と和馬が薫を警戒しつつそのまま管制室外へと離脱した。棗は伊集院の両手を拘束し武器の類を奪っているようだ。


「包囲網形成。敵の反応を捕捉」

「ちくしょう……!」


 だが施設の正面ゲートから出ようとしたとき、いくつかの足音が外から迫ってきていることに気が付く。


「コンタクト、八時、短機……十人程度です」

「捌いている時間はない。硝煙弾を」

「グレネードを観測」

「怯むな! スモークだ!」


 硝煙が一斉にまき散らされ殺傷性がないことを理解した様子の自衛隊員。微かに生まれたその隙をついて一斉に駆け出した。


「逃亡観測、追跡開始」

「しつけえ連中だぜっ、これでも食らってろ!」


 追撃してくるU.I.F.にライフルで迎撃しつつ一目散に目標地点へと駆ける。その先から十式戦車が向かってきているのが見えた。

 どうやら妃夢路の言っていたように本当に防衛網の一部がこちらの殲滅に移行してきたらしい。ロケット組立棟に潜り込むとすでに唯奈はその場に待機していた。


「遅い! 何してたのよっ!」

「色々あった」

「色々って、それ説明になってない……ていうか何でソイツがいんのよっ!?」


 棗に拘束されている伊集院純一郎に気が付いたのか唯奈が頓狂な声を上げた。


「話は後だっ、逃げるぞ!」

「え? ちょっ――――」


 状況を正確に把握できていない様子の唯奈の手首を鷲掴む。そうしてターミナルから地下へと潜り込んだ。


「シグレっ、大丈夫だったのか?」

「大丈夫とは到底言いにくい状況だな、今は逃げないと死ぬ」

「ですがこのまま地下を逃げては敵の追跡を許してしまうのではないですか……?」


 確かにそれもそうだ。それに問題はそれだけではない。

 レジスタンスが姿を消したこの組立棟にターミナルがあることが知られれば、レジスタンスが地下運搬経路を活用しているということにも気が付かれてしまう。


「爆破する! 離れろ!」


 ターミナルの入り口で船坂が何かを設置していた。どうやら使わなかった分のC-4であるようだ。

 彼は総員に十分距離を取らせ遠隔で爆破する。


「よし、早急に脱出するぞ!」


 ターミナルが破壊されるのを確認し地下運搬経路を駆ける。

 すぐにここに来る際に利用した輸送車両が見えてきた。それに乗り込み後方からの追跡の手がないことを確認、ようやく安堵の息を漏らした。


「死ぬかと思った」

「それはこっちのセリフ。アンタらがなかなか戻ってこないせいで、立華紫苑と狙撃戦させられてたのよこっちはッ!?」

「落ち着け。よく死ななかったな」

「他人事みたいに……まあ、あっちにはこっちの位置を特定されていなかったから。それで? 一体どうなってんの? 何でその老害がここにいんのよ」


 唯奈は説明を促すように目線で装甲車両内をさす。

 棗と船坂に挟まれ手錠で拘束されている伊集院はその表情を極限にまで強張らせていた。拉致られたことに対する恐怖というよりはもっと別な――。


「何でと言われても、俺も正直理解できない」


 何が起きたのかこっちが説明してもらいたいくらいである。

 何故あの状況で棗は相対する薫と伊集院のいた管制室に乱入などしたのか。結果的に危険な状況になると理解していながら。


「船坂、峨朗。伊集院純一郎の拘束を任せる」

「構わないが、説明はしてくれるんだろうな」

「……ああ、もちろんする」


 棗のその端的な応答で納得したのかはわからない。船坂はそれ以上詰問しなかった。

 ただ無言で伊集院の前に佇み小銃の照準を定めている。この様子では棗の真意を確かめることなど出来なそうだった。

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