2055年 12月8日(水)
第113話
「こちら地上遊撃部隊第一班軍曹、栗沢。目標地点南方に到着。オーバー」
無線機から遊撃部隊を率いる統率官の声が聞こえてくる。目標地点である宇宙航空センターから一定の距離を取って待機しているのだろう。
「こちら第二班兵長、桐生。北方での潜伏を完了した。応答願う」
「こちら本部。各遊撃部隊の配置を確認。その場で待機せよ」
インカムから響いてくるのは妃夢路の声だ。
本拠点にて待機している妃夢路は今回の作戦の全指揮を執ることとなっている。勿論正面から防衛網に突入するデコイ遊撃部隊の統率だが。
本隊である時雨たち潜入分隊の指揮はこれまで通り棗がとる。
「こっちの配置は完了したみたいだね。そっちはどうだい皇棗」
「目標地点までおおよそ0.4マイル。このまま接近を続ける」
地下運搬経路を進んでいた。いつもと同じ内装だがその場所はこれまでの場所とは全く違う。
これまでは基本的にリミテッド内部での隠密作戦の際に用いていたが、今通っているのはアウターエリアの地下だ。
入り組んだ広々としている地下運搬経路を越えていくと外界につながるターミナルが見えてくる。
「あのターミナルが目標地点E3ブロックだ」
「E3ってことはロケット組立場の真下か」
聞かされていたように、確かにロケット組立のための機材などが搬入できる構造になっている。他の場所では見たことがない巨大なリフトなども設置されていた。
「突入のタイミングは?」
「まだだ。偵察に向かっているスファナルージュ率いる航空部隊が帰還してからになる」
「噂をすればか。航空部隊からの発信だ」
棗の言うように無線が繋がる音。ルーナスの声が続く。
「こちら航空偵察部隊、敵陣への斥候を完了した」
「スファナルージュ兄、報告を頼むよ」
「各方面における防衛網は予想していた数の通りだ。各方面に一個中隊が配置されている。戦車が三台、アサルト部隊が二個分隊、遠方に迫撃砲部隊が配置されている」
「航空部隊は配置されていないのか?」
「確認はできませんでしたが、おそらく機体が格納されているだけでしょう。こちらの出撃を観測したら出動するかと思います」
シエナの発言から憶測する。防衛省の戦力が大きく投与されているということもあって流石の防衛網だといえるだろう。
「こちらの遊撃部隊の突入により防衛網を打開することは不可能ではないかと思います。ただ正攻法で攻めれば、確実にこちらもかなりの損害を受けることでしょう」
「それに関しては問題ない。当初の予定通り我々潜入分隊が目的を達成する」
「遊撃部隊の突撃開始は変更なしかい?」
「ああ。打ち上げがなされる20時44分までに爆弾の設置が完了できるよう、余裕をもって開始させる」
「それなら、21分でいいのかい?」
「ああ。後方航空部隊にはランディングゾーンに待機するように伝達してくれ」
「了解したよ」
遊撃部隊に関しては妃夢路に任せておけば被害を最小限にとどめてくれるはずだ。同時に確実に潜入に成功するよう段取りをしてくれるはず。
ビジュアライザーで時刻の確認を図る。突撃開始の21分までもう十分を切っていた。
「各々、覚悟はできているな」
「愚問だ。いまさら物怖じなどしない」
「いいだろう。では最終確認をする。まず遊撃部隊がデコイ出撃を開始したら、俺たちもこのターミナルから潜入を開始する。潜入後αとβに別れ、それぞれ任務の遂行を試みる」
「αがロケットにC-4を設置する班。βが総合司令塔を占拠して爆破を担当する班……それで間違いない?」
「ああ。では点呼を取る。まずα、開始しろ」
「ナンバーわんっ、なのだっ」
「2」
「3よ」
「4だ」
「ご、5です!」
何が楽しいのか点呼に真っ先に応じた凛音に次いで時雨は端的に応じる。それに数珠をつなぐように真那、船坂、泉澄と続いた。
「君たちはロケットの第一エンジンにC-4を設置することだけを考えていればいい。ただし敵に見つかってはいけない。見つかっても戦闘には出るな。どこかに身を隠し機会を伺うんだ」
各々アサルトライフルを装備していることを確認する。武器は最小限にした方がいいというのが棗の指示だった。潜入である以上は無駄な荷物は少ない方がいい。
「C-4は用意してあるな」
「ああ所定通り、八キロ分用意してある。確実にエンジンを爆破できる分量だ」
「いいだろう。次はβの点呼をする……1」
「2だ」
「3だな」
「私もね、4」
「βは俺が指揮を執る。潜入後、一直線に総合司令塔へと向かう。おそらく司令塔には複数のU.I.F.が待機しているはずだ。敵に何らかの行動を起こされる前に鎮圧する必要がある」
「私は遠隔から援護すればいいわけね」
「ああ。柊は組立場から出ずそのまま最上階を目指せ。そこにて狙撃ポイントを見つけα、βともに援護射撃をしろ」
スナイパーライフルを抱えた唯奈に棗がそう指示を飛ばした。唯奈は言うなれば保険なのだ。αが敵に捕捉された時のための担保。
「立華兄妹に関してはどこに配置されている?」
「先ほどの斥候では彼らの姿は発見できませんでした。おそらく、どちらかが伊集院純一郎の護衛についているのかと思います」
「護衛ならきっと立華兄がやっているはずだ。妹はスナイパーだ。きっと会場のどこかに狙撃ポイントを置いてる……柊、気をつけろ」
言われなくても解ってるとでも言わんばかりに唯奈はライフルの銃床を指先でトントンと叩いてみせる。
「その立華薫と伊集院純一郎だが……どこに待機している?」
「それは分からない。おそらくは施設内部だ」
「具体的にはどの施設ですか?」
「状況を観測できる環境にいると考えれば総合司令塔の可能性がある」
総合司令塔ということはβ部隊が占拠する地点ではないか。
「おい大丈夫なのか。立華兄はTRINITYだ。一個小隊並みの戦力があると考えても過剰じゃない」
「とはいえ、数で掛かっても奴は倒せないだろう。立華薫含み、伊集院たちもまた全て司令塔外部へと燻りだす」
「どうやってなのだ?」
「ガスを使う」
そう応じて棗は用意していたものと思われるガスタンクを目線で差した。
「これでTRINITYを抑制しきれるとは考えにくいが、司令塔内部に潜り込めば俺たちに軍配は上がる。奴らとてロケットの管制を行う司令塔を安易に破壊できないはずだ」
確かに。何であれ薫や伊集院が総合司令塔にいないことを願うほかなさそうだ。
「さて、そろそろ21分さね」
「いよいよか……」
皆の表情が引き締まる。作戦が決行されようとしていた。
「陸上遊撃部隊、突撃開始!」
◇
「観測領域内に砲弾の侵入を確認!」
司令塔内部に観測班の悲鳴にもにた叫びが轟いた。
「位置は?」
「方位250度……迫撃砲弾です! B2地点に着弾!」
「方位130度、こちらからも複数の砲弾の接近を観測! 迎撃します!」
「来たか……」
伊集院はこれがレジスタンスの来襲であると直感的に理解した。
「対地上レーダーに複数の反応あり! 戦車です!」
「何機だ!」
「南方方面、八機観測」
「北方にも同数観測しました! 迎撃射撃! 開始!」
どうやら敵は南方二方面から攻めて来ているようである。
かなりの戦力を蓄えてきたらしい。おそらく海外諸国との連盟でも結んでいるのだろうと伊集院は推察した。
「航空部隊を出動させよ」
「航空部隊に次ぐ! ブラックホーク01、02を解放! 遊撃部隊を殲滅せよ!」
「ブラックホーク01、発進する」
「ブラックホーク01、無線機の感度良好、レーダーで捕捉した。方位250度、高度2000フィートに上昇せよ」
「ブラックホーク01、了解」
司令塔からの指示で戦闘ヘリが発進したのが解る。
無機質的かつ機械的なそのパターン化された口調から、操縦士がU.I.F.であることが解る。
「目標敵陣の方位は250度、距離0.6マイル。経路120度」
「ブラックホーク01、了解。レーダー観測、完了」
「殲滅を許可する」
「殲滅を許可する。ブラックホーク01、02、敵陣営を殲滅せよ」
「ブラックホーク01、了解」
発進したヘリたちが敵の戦車へと急接近していく。そして数秒後、大地を揺るがすような震動が襲い来た。
レジスタンス遊撃部隊への空爆が開始したのだ。
「始まったか。まあ、この調子じゃ、俺の役目はなさそうだけどな」
レーダーに観測されているレジスタンスの反応が次々に失われていくのを見て、薫は不満そうにそう呟いた。
おそらくは戦闘に乱入したいのだろう。だが伊集院の護衛という役割を預かっているためそれが成せず苛立っている。
「油断するな。敵の数は我々よりも多い」
「つってもこの様子じゃ、あと数分も持たずに殲滅だろ。張り合いがねえ」
確かに薫の言うとおりである。敵陣営の戦力は減少傾向にある。それは殲滅が成功しているというよりも、敵が撤退しているかのような動きであった。
「ブラックホーク01。機関部損傷、墜落」
「総員、離脱せよっ」
「総員、りだ――――」
ブラックホーク一号機、操縦士の声はそこで途絶える。一瞬撃墜され無線が途絶えたのかと判断したがそうではない。ハウリング音は健在だった。
だがしかしU.I.F.は何も言葉を発しない。ただ戦闘機が急激に高度を下げていく音だけが反響する。そして爆音。無線の断絶。撃墜されたのだ。
「何が起きた」
「敵遊撃部隊の地点に、判別不可の特殊電磁パルスを観測」
「電磁パルス、EMPか。レジスタンスが用いているアレと同一か?」
「おそらく、この電磁パルスによって観測機に多少の弊害が生じているゆえ、確証は持てませんが……おそらく間違いないかと」
柊唯奈をレジスタンスが奪還しようとした時、彼らは特殊な電磁パルス攻撃を仕掛けてきた。
高周波レーザーウォールが無効化されている間に特殊車両を数台レッドシェルター内部に潜入させ、電磁パルスを投射したのである。
結果、電子兵器などに影響が出ることはなかったが、U.I.F.の強化アーマーやA.A.、警備アンドロイドと言ったユニティ・コアを動力とする機構が全てクラッシュした。
ギミックは理解していないが、明らかにただの蜂起軍であるレジスタンスが開発できるものではあるまい。やはり連中は海外の軍事団体と提携している可能性が高い。
「一筋縄ではないかない……か」
「そうじゃなきゃ俺としても困る。早くこっちまでせめてこい」
「不謹慎だ。それに君も理解しているだろう。敵は確実にここまで攻めてくる。……別経路を経由してだ」
「ま、そうだな」
「まあいい立華薫、君はこの総合司令塔に敵陣営の潜入を許すな」
「ちっ……」
舌打ちをするものの素直に従うようだ。アナライザーを構えて入り口付近に控える彼を尻目に伺いながら、伊集院は眉根を寄せる。
確信はなかったが薫はどちらかといえば左翼側だろう。つまり佐伯側だ。
今回の打ち上げ作戦に乗じて何かしかけてくるかと思っていたが、どうやらそう言うわけでもないらしい。現状は従順に自分の指示に従っている。
「別機動隊、E3ブロックへ出動せよ」
◇
「誰も……いない?」
総合司令塔を制圧すべくβ部隊を率いて出向いた棗。彼はガスによる陽動作戦を試みようと総合司令塔に潜入していた。
広大なコンソールが無数に配置されている司令塔内には誰一人姿が見えない。
「どうなってんのかね」
「ロケットの打ち上げは、この司令室で行うはずだ。誰もいないなどということはありえない」
棗はアサルトライフルを胸前に構えながら音をたてないようにして室内に潜入する。
物陰にU.I.F.たちが隠れているのではないかと踏んだのだがそのようなこともない。
「俺たちの突入を恐れて、皆して逃げやがったとかか?」
「それはないだろう。少なくとも立華薫まで配属している以上、俺たちに臆することはないだろう」
「とはいえ確かにここには誰もいない」
幸正の同意を耳に周囲を改めて警戒する。棗たち以外の人間がこの場所を襲ったのか。だが室内には争った形跡が何一つ残されていない。
あたかも最初から誰もいなかったかのような静かな空間。
「どうするよ?」
「時間はあまり残されていない。熟考している猶予などないだろう。行動に移す」
「ならば二班に分かれるべきだ。実行班、及び警戒班にだ」
「峨朗の言うとおりだな。よし和馬、峨朗は正面ゲートの警戒に当たれ。U.I.F.が仕掛けてきた際には応戦し、司令塔内部に誰も侵入できないようにしろ」
「幸いこの建物には窓の類はねえみたいだしな。正面ゲートを護りぬけばそれでいいわけか」
「俺は烏川たちからの連絡を受け次第C-4を爆破させる。それまで持ちこたえてくれ」
「待て、俺も皇の作業に加わる」
棗がコンソールに対面しようとしたところで幸正が彼の隣に並び立った。
「必要はないが、それよりも警備に回ってくれ」
「いや、無線配線の役割を担う必要がある」
「……まあいいだろう」
幸正が指令側に固着する理由は分からなかったが彼の考えあってのことだろう。
「おいおい、敵襲に俺だけで対応しろってのかよ」
「厳しいだろうが、防衛ラインを全力で死守してくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます