第53話

「俺たちはここで待機、か」


 じめっとした地下通路から出てすぐ和馬がそう言った。彼は自分たちがいる場所を見回す。


「あれだけ正面ゲートのセキュリティを向上していても、やっぱ穴はあるもんだな」


 今和馬たちがいる場所は織寧重工の地下だ。

 先日の視察の際に時雨が地下通路との境にあったセキュリティゲートを開錠した。それによって和馬たちの潜入経路を獲得していたのである。

 勿論こうして外部から人間が潜入できる程度の広さはあるが、格納庫のA.A.をここから外に流すことは難しい。ただでさえ馬鹿でかいA.A.なのだ。それを狭い通路に移動するには物理法則への干渉が必要になる。


「ここが新型A.A.格納庫……時雨が言っていた通り、例のホームレス収監施設と同じ構造ね」

「あの廃工場も織寧重工の下請けなんだろ? 傘下に入ったことによって潰れたって話だ。織寧重工も散々黒いことやってそうだよな」

「お初にお目にかかる、織寧社長」


 真那と和馬が話をしている間にもインカムから棗の声が聞こえてきていた。おそらく現在進行形で織寧社長に接触しているのだろう。紛争に発展しなければいいが。


「なんだね君は。防衛省の人間ではないな。金融機関の物か?」

「いや、俺は織寧重工との商談のために来た」

「商談、だと?」

「棗、相変わらず率直に行くわね」


 同様にインカムの声に耳を傾けていた真那が呆れたように呟く。

 この作戦の肝は、防衛省の連中の監視が散漫になっている間に全て完遂しなければならないところにある。そのためには多少強引にでも効率的に商談の話を持ち出す必要があった。


「織寧重工がレッドシェルターの直属の軍事産業貢献会社になったのは、その実力だけだとは考えにくいわ。きっと、裏では様々な活動で防衛省に支援しているのでしょうね」

「ただ支援してるだけなら、別にあくどくはないか」

「いや、そうは言いきれない」


 和馬が様々な構想を脳内で展開させていると、船坂、幸正と話し込んでいたルーナスが近寄ってくる。船坂たちに関しては、ネイが事前に作成していたこの工場の3Dモデルを操作している。

 

「どういうことだ?」

「シエナ様の管轄内でリミテッド内の重工業関係者について探ったことがある。スファナルージュ・コーポレーションの進出に関することでだ」

「スファナルージュって、重工業に進出してたか?」

「あくまでも考察段階の話だ。実際は軽工業への進出に留まったからな」


 それでどうして言い切れないのか。


「重工業関係に関して調べていた時、織寧重工についての情報を掴んだことがある。あの会社はリミテッド建築の時点で、既に防衛省に加担していた」

「具体的にどういう加担の仕方なの?」

「リミテッドに配置されている警備ドローンやアンドロイドを始めとして、警備系列は基本的に織寧重工管轄の開発だ」

「別にそれは悪どくねえんじゃないのか? 実際、アンドロイドの配置によって治安自体は保たれてる」

「ああその通りだ。だがそれと同時に、水面下で別の干渉をしていたという話がある」

「軍資金の不正横流しに関する話だな」


 船坂と話していた幸正が和馬たちに話に口をはさんでくる。


「知っているのか?」

「ああ、俺も恋華から聞かされた話だが、聞いたことがある」


 船坂もまたその話に理解があるのか彼と同様に会話に加わってきた。


「今は織寧重工と言えば民営の重工業会社だが、もともとは防衛省直轄だったという話を知っているか?」

「そうなの?」

「ああ、今から四年ほど前までの話だな」


 四年前と言うことはノヴァ侵攻以前の話になる。和馬は織寧重工がリミテッド建築後に発足したものだと思っていたため意表を突かれた。

 だがしかし考えてみれば、ただの民間企業に防衛省がレッドシェルター防衛のための三層防御壁の一角を担わせるとも考えにくい。


「イモーバブルゲート建造が進行していた時、防衛省の資金が不正に流出されたという記録が残っていた」

「解析を繰り返し痕跡を辿れば、その不正運用が織寧重工によるものだったということは明白だった。それが原因で、織寧重工は防衛省直属機関から民間工業に落とされた、と言う情報がマスメディアで報道されたが……実際はそうではない。日本がイモーバブルゲートを建築するにあたって、高周波レーザーウォールを用いているのは知っているな?」

「ええ。ノヴァウィルス、すなわちナノマシンの領域への侵入を防ぐための物ね」

「あの技術は従来の日本には存在しなかった。ナノマシンの研究自体は円滑に進んでいたが、肝心のリミッター機能に関しては全く未着手だったのだ」


 それはつまりナノマシンを製造するだけしてその制御機構をに関しては全く飲み着手だったということ。そんなもの抑制機構のない核兵器みたいなものである。

 ましてやナノマシン。グレイ・グーなる消滅機能を備えているナノテクの産物とあれば核兵器よりもたちが悪い。扱い方によってはその被害範囲は世界全土に及ぶ。


「その開発に伴って、日本は海外の軍事技術を流出させ、盗んだという話がある。それに関わっていたのが織寧重工と言う話だ」

「つまり、織寧重工は防衛省の指示の下で動いたということ? 話から察するに、資金の横流しにも関係してそうだけれど」

「その通りだ。それも防衛省の指示の下だろう。その証拠に、島流しにあったにしては、防衛省と織寧重工の関係が友好すぎる。汚名を削ぐためにも、A.A.やアンドロイドの開発も別の重工業会社に委任しているはずだ。だのに、今でもなお織寧重工はリミテッド最大の重工業ときている」

「加えて、他の重工業会社は織寧重工の傘下にくだり、必要とされなければ廃業にさせられる始末だ」


 たしかに不審な話である。ここから考察するにマスメディアには嘘の情報を流したということか。その目的は防衛省が海外の軍事技術の運用をしたことを隠匿すること。

 すなわち織寧重工を囮に使ったということか。いやそれにしては織寧重工との関係が続いていることが疑わしい。織寧重工の賛同の元と言うことだろう。


「いろいろと曰く付きな重工業会社だ。謎も深い。可能性も低いが、ナノマシンの製造にもかかわっている可能性もある」

「もしその場合は、あくどいなんてレベルじゃねえな」

「もしそうならリミテッドの治安を安定させるためのアンドロイドやドローンがリミテッドを腐らせる一端になってる可能性もあるわね」


 皆の表情が曇っていくのが解る。たとえこの商談が成立したとして、自分たちはそんな裏のある人間たちと手を組むことになるのかと。何故棗はそんな曰く付きの重工会社と手を組もうとしているのか。


「故に、このレジスタンスの計画に関してはほころびが多数ある。だがそれでもなお俺たちが織寧重工に接触する行動の意味は十二分にある」

「なんでだ? 新型A.A.の販売をレジスタンス対象にやってくれる保証なんてねえ」


 場合によってはレジスタンスが不利な状況に陥る。なんといっても織寧重工が話の通りの機関ならば、和馬たちは敵の巣の中に足を踏み入れたようなものだからだ。


「織寧重工接触による目的は何もA.A.の流出だけではないということだ」

「どういう意味だ?」


 その意味を図りかね和馬が問おうとする。だがその前に船坂が訝し気に問いかけた。彼も理解の及んでいない話なのか。

 

「交渉が決裂した場合も俺たちに利益はあるということだ」

「どういうことだ? たしかに交渉が決裂した場合に備え、俺たちがここに武装して待機している。内部潜入組の脱出経路確保のためだ。だが決してそれは利益に繋がったりはしないだろう?」

「そうとは限らない」


 そう言う幸正はひどく無表情だった。普段から表情が顔に現れない彼ではあるが今回の彼はさらにそれが際立っている。

 無の表情の中、眉間には軋轢にも似たシワが寄っていた。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。


「なるほど、新型A.A.である陸軍用機RG2ワイヤラブルを買い取りたいと」

「そういうことだ」


 どうやら商談の方は順調に進んでいるようである。


「話が早くて助かる。だが、あなた方は防衛省のためにA.A.を開発していると聞く」

「我々は確かに防衛省が用いる軍用機を開発しています。ですが、かと言っても防衛省直属の機関と言いうわけではない。顧客が対等な資金を用意できるのならば、そちらに流すことも吝かではありません。あくまでも私たちは民間企業、ですので」


 やけに最後の民間企業というところを強調してみせた。

 

「つまり金が入るのならば、相手が何者であろうと、取引する姿勢は変わらないと」

「平たく言えばそうですね」

「なるほど、金がすべてか。大手企業の社長らしい考えだ。我々にとってもそれは好都合だ」


 つまり織寧重工の意向としては防衛省以外にも販売する意思はあるということか。

 

「ですが、販売後のアフターケアは一切受け持っていませんぞ。ご理解いただけると思いますが。現状リミテッドで軍用機や武器に定義されるものを有している組織は限られます。防衛省は当然、我々のような製造機関のみ。他の組織個人が有した場合、どうなるかは分かっておられますよな」

「勿論だ。それを理解したうえで商談を持ち掛けている」


 この場合のアフターケア。それを請け負わないというのはA.A.を手にしたことでいかなることが起きても、責任は負いかねるということ。それ即ちリミテッド新法逸脱行為により射殺されてもと言うことだ。


「お互いの見識が一致したわけでありますし、そろそろ商談の方に戻りましょう。それであなた方は何機のRG2ワイヤラブルを購入したいと?」

「全部だ」

「……はっはっは、ご冗談を」

「冗談ではない。俺たちは御社で製造されたすべてのA.A.を買う意思がある」

「理解しておられぬようですな」


 社長の声色がかわる。先までは顧客に対する営業口調であったのが、愚者を窘めるような口調に。


「控えめな言い方ではご理解いただけないと判断せざるを得ません。我々が今回製造した陸軍用機RG2ワイヤラブルの機数は、312台になります。そのうち一台あたりの総生産額がこれほど。結果的に、あなた方にこれらすべてを販売する場合、最低でもこれだけの資金を用意していただく必要がある」


 ビジュアライザーを操作する音。おそらくは電卓ソフトでも操って、棗に見せているのだろう。

 以前時雨が盗み聞いた話では、一台あたり要求額は5億だという。単純計算すれば総額1500億を超えるわけだ。社長が呆れるのも無理はない。

 

「俺たちなら、この額を用意することが出来る」


 だが棗は少しも狼狽えない。実際にそれだけの資金がレジスタンスにはあるからだ。


「……我々も忙しくてね。そのような酔狂な話に耳を傾けている時間的猶予はないのですよ」

「俺たちも困窮した時間の中で商談を持ち掛けている。あなたの下らない躊躇に付き合っている余裕はない」

「ひとこと申し上げますが、これだけの資金を調達できる機関がリミテッドに存在するとでも? いや存在しても、防衛省を省けばスファナルージュ・コーポレーションくらいな物でしょう。もしあなた方がカルテブランシェ所有者だとしてもこの額は工面できない。人を小ばかにするのも大概に……」

「もし俺たちにA.A.を流す意思があるのなら、俺たちはさらにこれだけの額を用意する」


 説教を垂れる社長を棗が更なる追加額で黙らせる。おそらく、社長も目を見張るほどの額を提示したのだろう。


「こんな額を工面できるわけが……」

「あなたは先ほど誰が相手でも販売の意思があると言った。それならば、この額で売る意思はあるはずだ」

「あなたは、一体……」

「織寧重工は相手を選ばないんだろう? この商談において、互いの立場は問題にならない。大事なのは金なのだからな」


 その指摘に社長は思わず口を噤んだようだ。自分でそれらのことを言った手前、否定できないのだろう。


「だが既に防衛省との間に計200台の契約が……」

「何を恐れている?」

「当然です。防衛省との契約を反故にすることなど……恐れ多くてできますまい」

「それならこの商談はなしだ。情報は得ている。防衛省にまず不当な額で取引を迫られ、新たな予算案でも今後の運営は厳しいのだろう?」

「な、何故そのことを……」

「だが俺たちが用意したこの額なら、今後の生産費用にリコール額を上乗せしても余るはずだ。この話をなしにするのは痛い決断ではないのか?」

「だ、だが……」


 社長はまたもや言葉に詰まる。どうやら棗の発言は図星であったようだ。

 佐伯・J・ロバートソンが提示した額でも、まだ次期生産ラインに達していなかった。だが防衛省に販売する以外に資金を回収する術がなく、否応なく織寧重工は防衛省との契約を呑むしかなかったわけだ。まさかそこまで棗は読んでいたとは。


「こちらの保証としてこの契約を呑んだ場合、防衛省の制裁の手が織寧重工に下されないよう処置を取り計らおう」

「そんなことが可能なのですか?」

「当然だ。その程度の軍事力なくしてこの契約には踏み出さない」

「軍事力……まさか、あなた方は……!」

「あなたは先ほど相手が誰でも商談は行う意思を見せた。俺たちが何者であろうとも、な」


 棗の正体に感づいたのか硬直する社長の言葉を棗が遮る。

 社長の反応から推測するに、織寧重工は何らかの形で防衛省の抑制を受けていたようだ。おそらくそれはリミテッドにおいて生死を分かつほどのこと。少なくともレジスタンスの力を借りざるを得なくなるほどの。

 もはや織寧社長にこの契約から引く選択肢はなかった。


「……本当に守ってくれるのか?」

「ああ。だがこちらもいくつか条件を付加する。今後一切のA.A.の他組織への販売を行わないことだ」

「あ、ああ……解った」

「交渉、成立か」


 さすがのひとことと言えるだろう。周到に織寧重工について下調べし弱点を徹底的に突いていく巧妙な手口。棗と言う人間は、こうしてこれまでに幾度となく様々な機関を傘下に収めてきたのかもしれない。

 和馬たちの心配も杞憂だったようだ。


「そこまで、あくどくはなかったわけだな」

「織寧重工も、あくまでも防衛省に脅されてしていたにすぎないのかもしれないわね」

「このまま問題なく任務が遂行できればいいのだが……」

「信用してはなりません」


 不意に聞き慣れない声が響く。

 

「何者だ!」


 反射的に各々が銃器を構えた。

 薄暗い照明の点滅する格納庫。そこと地下連絡通路を繋ぐセキュリティゲート。先ほど和馬たちが経由してきたその通路から声が響いてきていた。


「敵ではありません」

「それを判断するのは俺たちの方だ。悪いが、そこから出てきてくれないか」

「わかりました」


 船坂の要求に暗闇に潜む人物はあっさりと応じた。どこか中性的な声はこちらの警戒心と注意力を散漫にさせる。

 だが和馬は一瞬の油断が命取りになると知っていた。故に、銃を中腰に構えたまま注意深く通路の先を見やる。

 カツンカツンと足音が反響し、近づいてくる。そして人影がそこから歩みだしてきた。


「皆さん、突然の介入、失礼いたします」

「っ、君は――――」

「ぼくは、エリア・リミテッド・現皇太子である、東・昴と申します」

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