2055年 10月2日(土)

第41話

「今日はガッコーがお休みなのだ。だからリオンもお休みするのだぞ」


 そう言って凛音はベッドから起き上がることを拒んだ。毛布にぐるぐる巻きになってベッドに沈み込む彼女。そんな凛音をクレアは困ったようにベッド脇から見下ろしている。


「凛音さん、今日は土曜日で休日なのです、けど……レジスタンスにお休みはないのです」

「リオンはガッコー生活に疲れたのだぁ、もっと寝たいのだぁ」

「で、でも」

「あれなのだ、リオンのお仕事の場はこの部屋なのだ。この部屋でおねんねするのがリオンのお仕事なのだ」

「人間がNEETになっていく姿を垣間見た気がします」

「いったい何があったんだ」


 普段の凛音からは到底考えられないその姿に当惑していた。疲れなど知らぬとでも言わぬばかりの超快活な凛音がまさかこんなにも自堕落な状態に陥っているとは。

 

「はぁ……やっぱりこうなったわね」

「いたのかワンスト……じゃなくて柊」

「アンタ普段から私のこと名字で呼んでんのに、なんで咄嗟にそれが出てくんのよ。ほんとは嫌がらせのつもりなんじゃないの?」

「滅相もない」


 反射的に頭を腕で覆いそうになりつつ訝しく思って入口付近に寄りかかっている唯奈を見やる。


「で、やっぱりとはどういうことだ」

「アンタたち、昨晩、燎鎖世かがりびさよの追跡をしたでしょ? どうやらその時に勝手にそこのモフ……峨朗凛音が燎鎖世と連絡先交換してたみたいなのよ」

「全く気が付かなかった……何か問題あるのか?」

「別に、これと言って際立った問題は浮上していない。ただ、峨朗凛音が何のために連絡先なんか交換したと思う?」

「十中八九、レジスタンスとしての活動の為ではないな」

「そ。真意は読み取れないけど、まあ心中は大体察せるわね。大方、NEXUSのヴォーカルである燎鎖世と仲良くなりたいっていう願望でしょう」


 まあ凛音らしいと言えば凛音らしいが。だが彼女がこんな状態になっているのとどう関係してくるというのか。


「峨朗凛音、NEXUSのライブに興味があったみたいなんだけど、でも燎鎖世はネットアアーティストであって、公でライブなんてしない。しかもそれに追い打ちをかけるように、昨晩メッセージのやり取りの過程で改めて言われたわけよ。『自分のファンでいるのはやめろ』ってね」

「なるほど、それでへこんでいるわけか」


 凛音の数ある超分かりやすいものを垣間見た気がした。

 

「困ったものね……今日も任務があるのだけど」

「お前もお前でいつの間に」

 入り口を開けた状態で会話を聞いていたのであろう真那。どうしてこうこの少女たちは時雨の部屋に我もの顔でずかずかと入ってくるのか。レジスタンスの任務の一環で割り与えられているだけの部屋なのだが。

 まあ新たに開け放たれた扉の向こう側に和馬が突っ立っているのを見ても、そんな概念は存在しないらしい。

 

「騒がしいと思って来てみれば……朝から何の宴会だってばよ」

「緊急の伝達ではないけれど新たな任務が発令されたわ。皆の端末にも指令が伝達されているはずよ」


 伝令を確認しろと言わんばかりに真那が自身のビジュアライザーを細い指先で小突く。


「新たなって、まだアイドレーター局員捜索の任務も完遂してないんだぜ?」

「今回の任務は継続的なものではないわ。この休日の間に遂行すべき課題」

「まあどうせ休日中は捜査の方も捗らないし、いいんじゃない? それで? 任務っていうのは何なわけ?」

「前に棗を交えての会議をしたとき、時雨、あなたに向けて出された任務があったのを覚えてる?」

「織寧に接触するあれか」

「その時、10月10日に織寧紲の力を借りるからその前日までに仲良くなるように、と言われたでしょう?」


 そう言えばそうだった。あと半月ほどだがそっちに関してはなかなか捗っていない。と言より個人的に接触することが少ないため芳しくないのだ。


「その任務についての詳細が公開されたわ。どうやら、10月10日、織寧重工が大規模な新型A.A.の講演会を執り行うようなの。棗はその講演会に侵入して行動を起こそうと考えているみたい」

「織寧重工か。あそこに潜入って生半可じゃどうにもなんないわよ。A.A.輸送中の襲撃だって、重工で行うのは危険だから道中の決行になったわけだし」


 もっともである。以前ソリッドグラフィで確認した限りでは織寧重工グループの本社は台場メガフロートに存在していた。このフロートではなく東北東に位置するさらに巨大なフロートである。

 目と鼻の先ではあるが問題なのはその工場が厳重な警備の下に運営されているということにある。かなりの数の館内ドローンやアンドロイドが配備されているであろう。


「その辺の詳細はまだわからないけれど。わかっているのは、その日に潜入するにあたって私たちはこの休日のうちに重工本社を徹底的に捜査しつくす必要があるということ」

「それが今回の任務なわけか」

「当然、正規の手順を踏んでの入場というわけにはいかないわ」

「織寧重工グループ本社は、えっと、通常体験入場やマスメディアの介入も徹底的に拒んでいたと思うのです」


 そんな重工に下見で行ったところで入れてもらえるはずがない。かといって潜入しようにも警備に引っかかる可能性が大いにあり得る。


「今回は、重工内部には潜入しないわ」

「どういう意味だ?」

「今回取得すべき情報は、重工内部のセキュリティレベルと場内構造。それから従業員のシフト。そして何より軍用A.A.に関する詳細だもの」

「烏川時雨のアナライザーのインターフィアを使えば、そのうちのいくらかは解析できそうね。というかインターフィアって対人以外に建物の解析も出来るの?」

「可能です。セキュリティレベルにもよりますが。インターフィアは有機物無機物関係なく、因子レベルにまで対象を解析することが可能です。レッドシェルターの建築物レベルのセキュリティウォールが建物自体にかけられていれば、厳しいですが……」

「そのセキュリティレベルの認識は、現地で行った方が効率的ね」


 真那は口元に手を添えさせながら唸っていた。そんな彼女を含む時雨たちの前にクレアがおずおずとコーヒーを置いていく。

 時雨はそれに口を付けながら思考を巡らせる。インターフィアで内部構造を把握すること自体は難しくない。だがさすがにすべての情報を習得するのは無理だ。


「インターフィアで解析するにも限界がありますね。できて内部構造、従業員のシフトの把握程度でしょう」

「一番重要なA.A.に関しては……」

「内部に潜入し、主要ネットワークに直接ハッキングする可能性があります。そこからなら、サイバーダクトで何とかなりそうな気はしますが」


 インターフィアは対象の構成を素因子レベルまで解析することが出来る。ただしこれは一切のセキュリテも存在していない対象に限る話で通常人間などにしか使わない。

 それに対しサイバーダクトは直接対象物にネイが侵入する。そのセキュリティをかいくぐり痕跡を残さずに解析することが出来るのだ。勿論それに見合う危険性も多々あるのだが。


「まあまずは、現場に行くのが先決ってもんよ」

「それもそうね。実際にこの目で確かめてから作戦を練ったほうがいいかも」



 ◇



 午前10時前、時雨たちは本社へと赴いていた。予想していたほど警備システムらしいシステムはない。かといって潜入が容易そうと言えばそうでもなかったが。


「あそこが織寧重工本社の正面ゲート。アンタたちが燎鎖世を追跡してる間、私たちが追跡した織寧紲は、そのゲートを通って内部に入った」


 インカムから唯奈の声が聞こえてくる。有事の際に備え、最寄りの高層建造物帯の最上階に控えているのだ。おそらくスナイパーライフルで目の前に聳えるこの建造物を抜け目なく観察しているのだろう。


「正面ゲートでは、IDカードによる身分証明のほかに二重のセキュリティシステムが作動してる」

「二重?」

「場内入り口には生体識別センサーが設置されてんだ。レッドシェルター入り口やイモーバブルゲートの高周波レーザーウォールと同じようなもんだ。殺傷性はないが、一瞬にして通過した人物の生体データを識別する」

「登録している人間の生体データを読むからIDを偽造しても無駄。きっと、もし登録していない私たちが通過しようものなら、速攻でセキュリティが作動するでしょうね」

「従業員に扮しても潜入も無謀か……」


 万策尽きたと言いたくなるほどの厳重なセキュリティだ。この生体識別センサーに、高周波レーザーウォールのようなセントリーガン連動機能があるかは分からないが。

 だがセキュリティが作動したら無数の警備アンドロイドが攻めて来ることだろう。問答無用で銃殺される可能性もある。


「とりあえずは建物の構造を解析する」

「任せたわ。現状、アンタの付近に人影やアンドロイドの姿は見えない。でも物陰に隠れてやってよね」


 唯奈のその指示に合わせアナライザーを抜銃した。そうして建物そのものに向けてインターフィアを発動する。


「解析完了。現従業員数は170名、総被雇用者数は、290名ですね」

「セキュリティコードのレベルは4。レッドシェルターほどじゃないが、内部から直接サイバーダクトを行う必要があるな」

「製造したA.A.の格納庫は、地下に存在するようですね」


 ネイの脇に縮小された建物の立体見取りホログラムが出現する。どうやら重工の3Dモデルであるようだ。

 

「地下? そこから地下のルートで運搬できたりするの?」

「そういうわけではないですね。そもそもそれが可能ならば、先日の輸送作戦の際、私たちレジスタンスの襲撃に備えそっちを使っているはずですから……ただ、どうやらその地下には、工場の敷地外に通じる通路が存在するようです」

「敷地外っていうのは……もしかして」

「はい、面白いことに、レジスタンスが用いている地下通路と直通しています。おそらく、東京都都市化計画に伴う23区の改築以前は、その通路を使って商品を運搬していたのでしょう。ただA.A.は何分巨大ですので、その通路を使うことが出来なかった。今は、どうやら通路に通ずる場所には、高度のセキュリティの掛けられた重厚な壁が設置されていますね」


 たしかにホログラムにはそのようなものが存在する。だがこれを突破すれば地下から潜入することが可能ではないのか?


「それは得策とは言えないわね。アナライザーの特殊弾なら穴を空けられるでしょうけど、確実に気づかれる」

「仰る通りです。ですが内部からなら痕跡なく、セキュリティを解除することが出来るかもしれません」


 結局、内部に入る必要があるということか。


「だがどうやって潜入する。IDだけなら偽造でどうにかなるが、生体識別センサーはどうやってかいくぐるんだ?」

「それはこれから考えるのよ」

「考えてどうなるものでもない気がするが」


 ネイの力を借りたところであのセキュリティを突破するのは難しい。と言うより不可能と言っても過言ではないだろう。

 外部には際立って多くのアンドロイドやドローンがいるわけではないが正面ゲートには警備兵が数人雑居している。あの監視を突破して潜入するのは難しい。


「あれ、もしかして、烏川くん?」


 反射的にアナライザーをホルスターに隠す。建物の影に隠れていた時雨のすぐ後ろには、両の手を背中側で組んだ私服の紲が佇んでいる。こんな場所で紲に遭遇するとは考えていなかった。


「そんなところで何してるの?」


 物陰から織寧重工を監視していた時雨を不審に思ったのか、彼女は訝しそうに時雨を見つめる。今日は学校がないため当然私服姿だった。どこかに出かけていたのかもしれない。


「……偵察?」

「ちょっとアンタ! 何バカ正直に答えてんのよ!」


 動揺して思わず回答を誤る。インカムから唯奈の叱責が届いた。


「偵察……?」

「じゃなく観察だ。大学部を卒業したらA.A.やアンドロイドの開発に携わりたいと思っていてな」


 我ながら即興にしてはなかなかの言い訳ではないだろうか。


「そうなんだ。うちはA.A.やアンドロイドの開発に関しては大手だもんね」

「大手というかリミテッドのその類は、織寧重工グループの専売特許だろ?」

「それはそうなんだけど……ってそれより烏川くん、うちを観察しに来たのなら、どうしてこんな場所にいるの? 中に入ればいいじゃない」

「入るも何も……ここの従業員じゃないからな」

「ああ、そんなことなら、特別通行証を発行すればいいんだよ」

「そんなもの発行できたのか?」

「仲介人がいればだけどね。私が発行してあげるよ。ついてきて」


 彼女は不信感が解けたようにふっと表情を和らげて正面ゲートへと進んでいく。近づいたら射殺されてしまうのではないかと冷や冷やしながら付いていったが、そういう様子は特にない。

 彼女は時雨を正面ゲート前に立たせて掌紋登録と網膜登録をさせた。すぐに仮通行証が発行される。


「はい、どうぞ」

「これだけでいいのか? もっとこう厳重なセキュリティとかあるんじゃないのか?」

「普段はそうだけど、これは一時的な仮通行証だし、それに私のIDを使って発行してるからね。とりあえず烏川くんはこれを使えば中に入れるよ」


 ゲート警備員の様子を窺うが彼らは特に不審そうな目を向けてくるわけでもない。まあ紲が招待したということもあって同級生程度にしか考えられていないのだろう。


「勝手になかに招き入れていいのか?」

「ダメな理由なんてないよ? 烏川くんみたいに、こうして見学に来る人は結構いるしね。学生は確かに少ないけど……」

「学生じゃなかったら、誰が来るんだ?」

「私はあんまり詳しくは知らないけど、自衛隊の人とかが多いかなぁ」


 思わず眉根をひそめ推察する。


「自衛隊となると、防衛省関係者と考えて間違いはなさそうですね」


 紲に聞こえないことをいいことにネイは考察を始めていた。


「少し気になるけど、でもまあ防衛省の扱うA.A.を開発してるのは織寧重工よ。その関係で定期的に訪れてるんじゃない」

「けどよ。A.A.なんてそうそう発注するモンじゃねえだろ? 実際この間は補充で運送してたけどよ」

「まあそうね……烏川時雨、潜入に関して新たなミッションを課すわ。そのことについても調査して」

「了解した」

「? 何を了解したの?」


 不審そうに紲は時雨を見返してくる。


「いや……何でもない。それより織寧、普段ここを訪れてる人間はどうやって施設内を見学してるんだ?」

「特別、ガイドとかがいるわけではないんだよ。普段は警備員さんにお願いしてるんだけど……烏川くんがよければ私が案内してあげる」

「その提案に乗って。最悪有事に至っても、警備員より織寧紲の方が口封じできそうだし。何より、アンタは織寧紲ともっと仲良くなる必要があるんでしょ」

「ああ、よろしく頼む」


 時雨の使っている角膜操作レベル3のARコンタクト。それにはゲートに張り廻ったレーザーウォールが表示されていた。

 だが通行証を片手に通過しても何のセキュリティも発動しない。見た限り周囲にはセントリーガンの類もない。

 

「このセキュリティ、レッドシェルターみたいな銃殺処理プログラムはないのか?」

「そんな物騒なものここにはないよ」

「だがリミテッドにとって、この施設はかなり重要な物であるはずだ」

「そうかもしれないけど、でも少なくともそんな危険なもの私は見たことがないかな」


 先行する紲の後を追う。どこを案内するかは既に決めているのか彼女は目的地へと迷わずに向かっていた。


「私もね、この織寧重工の社長の娘だけど、でもあんまり詳しくはないんだ」

「詳しくないというのは、この工場についてか?」

「と言うよりは、お父さんたちの考え方についてかな……さっき烏川くんが言っていた通り、織寧重工は防衛省の専属重工みたいになってるの。あくまでも民間企業だけどね。A.A.もアンドロイドもドローンも大半はここで作られてる」

「織寧重工のレッテルはすごいからな」

「そうなの、かな。でもそのレッテルの下には、沢山の廃業になった中小企業があるわけだから、私はあんまり誇れないかな」


 振り返った彼女はどことなく複雑そうで。その発言を聞いて時雨は以前ホームレスが収容されていた工場について思いを馳せる。あの施設はもともと織寧重工の下請けだった会社の物だ。

 織寧重工グループがリミテッドの重要な施設として成り立つためにどのような過程を経たのかは分からない。だがこの紲と言う少女は何かしらの懸案を抱いているのかもしれない。


「それにしても、この場所に見学に来るなんて、烏川くんも大分変わってるね」

「どういう意味だ?」

「だって、織寧重工は確かに一般アンドロイドも取り扱ってる。でも大半は軍事産業用の物の開発だもん。防衛省が自衛隊に配備したり、そういう目的で作られているんだよ? 烏川くんは軍役志望なの?」

「……まあ、一応な」


 元防衛省局員だなんて言えるはずがない。それもTRINITYのプロトタイプである強化改造人間だなんて。


「今の時代、軍役志望の人間は多くないっていうしね。烏川くんのその意気込みは立派だと思うよ」

「いやまあ、」

「壁の外にいるノヴァ、あんなのに立ち向かいたいだなんて、そんな覚悟普通は抱けないもんね」

「いまやレジスタンスや、アイドレーターとかいう偶像崇拝団体も徒党を組んでいるしな」

「レジスタンスかぁ」


 不意に紲はその表情を曇らせた。足を止めて何やら考え込む。だがすぐに思い出したように歩き出した。


「織寧はレジスタンスに何か確執があるのか? 前も確か、レジスタンスに対してそういう反応してたよな」

「だって悪者たちだよ? 確執がないわけがないよ」


 特に抑揚もなく彼女はそう言い切る。たしかにレジスタンスの意向や考え方がいかなるものであろうと、一般市民から見ればレジスタンスは単なる謀反軍だ。リミテッドと言う均衡を保たれた世界に破綻を齎そうとしている異端者たちなのだから。

 その実、本質は全くの逆なのだが。ナノマシンを悪用している防衛省をレジスタンスは正そうとしているのだから。鎖世風に言えば不詮衡ふせんこうな世界の調和だろうか。


「それにしても、織寧の反応は少し過敏な感じもするが」

「…………」


 詮索は無言によって断ち切られた。誰しも人に言えない言いたくないことの一つや二つはあるだろう。無遠慮に踏み込んでいい領域でもあるまい。それは過干渉に値する。

 まあそのレジスタンスの任務の一環でこうして紲に接触しているわけなのだが。

 それから施設内のいたる場所を案内された。アンドロイドの製造工場から化学開発班の施設。従業員のデータも取得できたため、これは今後の任務の運用へと応用できそうだ。


「それにしても烏川くん、あんまり授業はサボらない方がいいよ」


 地下の軍事アンドロイドの格納庫に案内されるさなか紲はふと振り返りそう言った。


「烏川くん、編入してきた日から授業サボってたじゃない? ゼミで噂になってるんだよ? 烏川くんについて」

「噂……?」

「突然リミテッドの重要機関、スファナルージュ・コーポレーションのマスコットと一緒に編入してきた。おまけに授業には出席せず、校内中を探索してる。凛音ちゃんは学生の目を欺くおとりで、どこかの機関から派遣されてきた諜報員じゃないか、とか。冗談半分だと思うけど」

「……へぇ」

「だいたい当たってますね」


 学校中を嗅ぎまわっていることはばれているらしい。まあサボっている間の大半は屋上で月瑠と過ごしていたわけなのだが。


「それに、さっき烏川くんが言ってたよね、アイドレーター。最近有名になってきてるし、烏川くん、そういう意味でも疑われてるんだよ?」

「……学生のカン、ある意味すげえな」

「え?」

「いや、なんでもない。俺はあくまでもただの学生だ。諜報員だとか、アイドレーターとかレジスタンスとか。そういうのには一切関与してないさ」

「レジスタンスについては、話題に出してないんだけど」

「アホぐれ様」


 ネイがビジュアライザー上で空想のハリセンでしばく動作をする。


「それに俺たちは、他の学生と友好関係を作りたくて学校に入ったわけじゃない」

「……詳しくは詮索しないけど、でも同じ学校の学生なんだから。もうちょっと、みんなと関わってもいいんじゃないかな」

「それなら織寧が最初に友人になってくれ」

「え?」


 脈略の破綻しきったその言葉に彼女は少し驚いた様子で振り返る。

 しまった、紲とあと半月で仲良くなる必要があるからと言って少し強引すぎたか。冷や汗が首筋を伝うのを感じながら無言で唯奈たちの助けを求める。


「アンタね……友達いないでしょ。そんな風に言われて友達になれるわけないじゃない」

「ご名答です唯奈様、時雨様には友達らしい友達はいません。流石ボッチどうし解っていますね」

「別に私はボッチじゃ……って、別に友達なんていらないわよ。私たちはレジスタンスなのよ。遊んでる暇なんてないんだから」

「凛音様は唯奈様とより一層仲良くなるために、毎晩入浴の時間を遅らせています。そうして唯奈様が来るのを大人しく待っていますが……」

「ま、まあ、レジスタンス内では交友関係があっても……ってそうじゃないわよ!」

「おまえらな任務中だぜ?」


 こいつらは参考にできなそうだった。


「私たち、もう友達のつもりだったんだけど」

「……そうなのか」

「なんだかその反応、ちょっと傷つくなぁ」

「悪い」

「ふふ、冗談だよ。それよりここが地下に入る通路」


 目の前には堅牢な金属製の扉が聳えている。その脇には何やらスロープのようなものが設置されていた。高架モノレールの高架部分を想起させるそれは、おそらくは地下のA.A.を地上へと移動させるための物なのだろう。


「この下に、A.A.が格納されているのか」

「うん。実はね、最近新型のA.A.が開発されたみたいなの。その講演会が半月後くらいにあって、それまではここで厳重に保管されているんだって」

「そんな場所に部外者の俺が入っていいのか?」

「多分よくはないと思うけど……烏川くんは何もしないって信頼してるし構わないよ」


 すまない紲。その信頼をこっぴどく裏切ることになりそうだ。

 彼女に招き入れられ格納庫に足を踏み入れた。どうやらその格納庫は以前出向いたあのホームレス収容施設と同じ構造をしているようだ。

 あの時は各格納庫にはホームレスが収容されていたが。ここにはA.A.が格納されている。

 

「あの廃工場は織寧重工の下請けだったので、おそらくは既存の格納庫と同じものを用いていたのでしょう。あの格納庫にはかなりのセキュリティが使われていましたし」

「ということは、この格納庫を突破するのも大変そうだな」

「突破?」

「ああ、いやなんでもない」


 とはいえ以前はサイバーダクトで格納セキュリティを突破出来た。今回もやろうと思えば可能だろう。少なくとも今ここでやるメリットはなさそうだが。


「時雨様、格納庫のセキュリティ管理体制をスキャンします。間を持たせてください」

「無茶いうな」

「どうしたの?」

「いや……それにしても、この格納庫にはどれだけの新型A.A.がある?」

「うーん、私は詳しいことは解らないかな。ただ、ここにある機体全部、レッドシェルター外周区の軍用A.A.と交換されるんだって」

「交換って、全部か? 前のモデルに整備不良でもあったのか?」

「そういうわけではないと思うんだけど……性能が段違いに違うのかなぁ」


 レッドシェルター外周区には遠隔セントリーガンを誘導操作する高周波レーザーウォールのほかにA.A.が配備されている。レッドシェルターである千代田を囲う形で、全域にだ。

 一定間隔で配置されているその数は軽く三桁はくだらないだろう。もしかしたら四桁にも上るではないかという数だというのに。

 それらをすべて回収し新型を再配備するというのは、コスト的にも労力的にもかなりの損失だ。それに見合うだけの影響がその政策にはあるというのか?


「性能については、何かわからないか?」

「うーん、私が知っているところだと、武力制裁システムに遠隔操作モジュールが組み込まれたってことかな」

「遠隔操作? どういうことだ?」

「これまでの名称は、A.A.──アーマード・アグリゲートだったでしょ? でも、新型の正式名称は、陸軍用機RG2ワイヤラブルなんだよ」

「ワイヤーって有線ということか。まさか手動式になるのか?」


 これまでのA.A.は2パターンに分かれていた。第一操作方法はオート、つまりインプラントAIによる自動自立駆動。第二方法は内部に操縦者が搭乗しての手動操作だ。それ以外の改良となれば遠隔操作、つまりは外部からの操縦となる。


「詳しいことは解らないよ。でももしかしたら、人間の脳と間接的につながって、動かせるようになってるのかもしれないね」

「実質、それはA.A.が意思を持つことと同義ですね。AIではなく人間の脳。しかも遠隔操作が可能となると、改良を施し、一人の操作主が複数機を操ることも可能でしょう」

「そんなものがレッドシェルターに配備されたりしたら……レジスタンスでも、レッドシェルター突破は一筋縄ではなくなるわね」

「皇の野郎は、一体何を考えてやがんだ?」

「その新型の講演会に潜入することが目的なわけだから、もしかして、A.A.をレジスタンスに流すつもり?」

「それこそ一筋縄ではいかねえぞ。話を聞く限り、織寧重工は防衛省と軍事提携してるみたいだし……ッ! 烏川、すぐに隠れろ!」


 考察を繰り広げていた和馬と唯奈。不意に和馬は切羽詰まった声を上げた。


「何故だ?」

「いいから早く隠れろってんだ! 防衛省関係者が来てる!」

「!」


 反射的に時雨は隠れ場所を探す。格納庫には隠れられそうな障害物はない。


「掴まってろ」

「ひゃ……!?」


 致し方なく紲の腰を抱え上げ天井配管に乗り上がった。大跳躍と片腕での二人分の体重の持ち上げ。人業とは思えない筋力を使ってしまったが、今は紲の目よりも新たな参入者の方が懸案事項だ。


「痛ったぁ……何するの、烏川くん」

「頼むから少し黙っててくれ」


 肩をきつく腕で抱えているためか紲は困惑の織り交じった声を漏らした。

 だが腕を解けば彼女は落下しかねないし彼女だけ下におろすのも得策ではない。時雨の存在が漏れては修復不可能な状況に陥りかねないからだ。


「なるほど、総生産資金はかなりの物ですねぇ……織寧社長はどれほどの利潤を見込まれて?」

「……!」


 その声を耳にして全身が硬直するのを感じた。語尾を不自然に伸ばす嫌味じみたこの口調には聞き覚えがある。


「佐伯・J・ロバートソン……!?」

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