第40話


「それじゃ、俺たちはここで」


 男子寮と女子寮の中間地点。そこまで来た時点で時雨は月瑠に別れを告げる。


「部屋まで送ってくれないんですか」

「あいにく女子寮は男子禁制だしな」

「それじゃまた月曜なのだ! ルル!」

「それにしても凛音センパイ。それにクレアセンパイもどうして男子寮と言うか烏川センパイの部屋に住んでいるのですか?」


 その問いに時雨はまあ色々あるんだよと至極てきとうにあしらった。男子寮に消えていく3人の姿を見つめ、だがやがて月瑠もまた女子寮に向かって歩みだす。


「着信……」


 月瑠は震える端末に触れて起動したホログラムタスクに指先を触れさせる。すぐにボイスオンリーの表記と共に、着信する。


「霧隠月瑠、進捗状況を報告せよ」


 聞こえた声は久々に耳にした男の声だった。


「進捗状況ですか? 何のすかね」

「とぼけるな。君に課している任務に関する話だ」

「ああ、ジャパニーズカルチャーの話ですか? それはもう、だいぶ進んでますよ! 今日も、ジャパニーズNIGIRI専門店に行ってですね、ぶっとくてかたい、おっきな黒光りする太巻きを食べたんですよ! 超インスパイアリンでしたよ」

「そんなことはどうでもいい、我々が君に課している任務に関してだ」


 無線越しにため息が聞こえてくる。


「なぁんだ、エンプロイヤー、そんなことどうでもいいじゃないですか。それよりですね聞いてください。ジャパニーズの回らないNIGIRI専門店では、特別天然記念物のガラパゴスゾウガメがネタで出されるんですよ!。超イリーガルじゃないっすか? あたし、やっぱりジャパン超リスペクトしてます!」

「そんな話をするために連絡をしたのではない」


 何の話か思い当って月瑠は思わず話を逸らそうと試みる。だがそれも失敗に終わった。どうやらこの男は、本当に現状の把握のためだけに連絡をしてきたらしい。


「はぁ……わかりましたよ~。進捗状況の定期報告ですよね。し忘れていて申し訳なかったです」

「ターゲットへの接触は?」

「えーと……多分まだです」


 言葉を濁す。


「多分とはどういうことだ? ターゲットの存在は確認できたのか?」


 月瑠には彼に隠していることがあった。一瞬それについて切り出そうとして反射的に頭を振り乱す。


「あーえっと、はいそうです! 多分……いえできてますよ、当然じゃないっすか! あたしを誰だと思ってるんですか?」

「君のことは高く買っている。君の忠義と誇りもだ。それ故にこの任務が不注意に終わることがないことを願っている」

「う……だ、大丈夫です。あたしは約束は破りませんよ!」

「期待している。次の提示報告には出席するようにしたまえ。改めて確認するが、君に課せられている任務、それは――――」


 通信は途絶えた。月瑠は女子寮に向かいかけていた足を止めた、空を仰ぐ。そうしてたまっていた空気を一気に吐き出した。


「はぁ……どうしますかね」


 月瑠は先日送られてきていたターゲットの詳細データを誤って破棄していた。関連ファイル諸々やターゲットの情報についてすら。

 自分の任務自体は把握しているものの、そのターゲットが誰なのか解っていない現状、任務達成は絶望的で。


「と言っても……データの紛失の報告なんて、ジャパニーズニンジャの風上にも置けないっす……」


 変なプライドが邪魔をしているのは解っていたが、それが解っているからと言ってどうなるものでもない。月瑠は再度ため息をついた。


「任務内容は……ターゲットの暗殺、ですか」


 それは大将ではなく、月瑠自身の人には言えない秘密。


「超、ナンセンスです……」


 その言葉は紛失したデータと同じように宵闇に紛れ呆気なく消えた。

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