第30話
「時雨様は、学生生活を送られたことがないのですか?」
部屋で衣類の準備をしていると脈絡なくネイが問いかけてきた。
「孤児だからな。救済自衛寮にいた時は、ずっと施設内に閉じ込められていたし」
「その救済自衛寮に関してですが、確か真那様のお父上、聖玄真氏が経営されていたとか」
「ああ、そういう関係があったから、真那と知り合ったんだよ」
「聞いた話ですと、防衛省が運営していたということですが。自衛隊、U.I.F.の養成孤児院か何かだったのですか?」
「さあ、どうだったんだろうな。実際俺も、あの施設がどういうところなのか、ついぞ解らなかった」
昔のことを思い出す。今より2年半ほど前まで時雨は救済自衛寮の孤児だった。
「施設は外界から閉ざされていた。到底ただの孤児院にはなさそうな施設的な背の高い壁と関門には番兵だ。セントリーガンまで仕掛けられていた」
「侵入者対策ですか?」
「いや逆だ。外からの侵入を拒むんじゃない。内から逃げ出そうとする孤児を、閉じ込めて置くための措置だ」
思い出すだけでも吐き気がしてくる。今でも思い出せる。同じ孤児があの施設から逃げ出そうとしてセントリーガンにハチの巣にされた光景。血潮を撒き散らしながら呆気なく彼の命は奪われた。当時その人物は13歳の少年だった。
「あの環境から考えても、もともと防衛省はろくな組織じゃなかったということだな。でも、実際俺は不自由をしていなかった。何かしらの実験体にされるわけでもないし、虐待を受けるわけでもなかった。ただ、月に一度、孤児が失踪する出来事だけは、途切れなかったが」
「失踪というのは、防衛省の仕業ですか」
「十中八九そうだろうな」
救済自衛寮では他の孤児との積極的な接触は禁じられている。だから失踪者が出てもそれが表向きには広まらなかったのだ。
「時雨様は防衛省に所属し、あまつさえサイボーグのプロトタイプとして働いていました。それは失踪事件に関与している、ということですか?」
「さぁ……どうだか、詳しいことは覚えていない」
時雨が防衛省に入った経緯。その辺の記憶には分厚い靄のようなものがかかり鮮明に思い出すことが出来ない。
「12月の半ばだったか……2年半前、2052年だ」
「ノヴァの侵攻を既に受けていた時期ですね」
「ああ、俺はずっと前から真那とは知り合いだった。その時まで何も特別なこともなく生活してたはずなんだ……だが思い返しても、2053年の頭辺りには、防衛省に所属していた記憶しかない」
「つまり、12月頭から年越しまでの間の記憶が、ぽっかり失われている、と?」
ネイのその憶測に時雨は答えない。彼自身そう判断していたがそれすらもあやふやなのだ。記憶が失われているならば相応の違和感が残る。ただ時雨には記憶のブランクという実感がなかった。
「まぁただ、記憶を失っているのが、俺だけじゃはないのは間違いない」
「真那様ですか」
衣類を鞄の中に突っ込みながら肯定した。時雨の記憶の中の真那とレジスタンスの真那。それには大きな差異がありすぎる。時雨との時間の共有の記憶。些細な出来事の記憶。学生経験がないと言っているのもそうだ。
何かが起きている。第三者の介入が――――。
「準備できたし、行くか」
アナライザーをホルスターに収め鞄を持って立ち上がる。荷物と言ってもめぼしいものは着替えだけだ。学業関係書類などはすべてデータで取り扱われる時代なのだから。そもそもまともに授業に出席するつもりなど甚だ存在しないが。
「なんだこれ」
部屋の扉が開いた時点で時雨は踏みとどまった。部屋の前、廊下に鎮座している一抱えほどもある鞄。普段銃火器の類を持ち運ぶときに用いるパラシュートバッグだ。
「時雨様、メモ書きがありますね」
「今の時代、活字のメモだと? ……『烏川シグレへのシ令。このカバンを持っていくのだ(解読不能)』……なんだこれ」
最後の1文字は無理やり抹消しようとしたのか擦れて見えない。だが感覚的に『ぞ』であると考えた。時雨の名前をカタカナで書いていることや口調からしても凛音が書いたものか。だが何故語尾を消したのかはわからない。
「ふふっ、きっと司令官らしく振舞いたかったのでしょう。可愛いではないですか」
「とは言えほんとに持っていくのか? 少なくとも学校生活に必要なものが入ってるにしては、流石にでかすぎる気が」
「メモの裏にも何かが書いていますね。『全員の着替えが入ってるのだ。開けたらユイナに怒られちゃうのだ』」
「もはや差出人を隠す気はなさそうだな……着替えか。それなら開けないほうがいいか」
開けたその場所に唯奈の下着でもあれば二度と日の出を見ることはなくなるだろう。なんとなく違和感はあったがその鞄を抱え上げる。
「なんだこれクソ重いぞ」
「気のせいです、重くなんてありませんよ。万年ニートの貧弱時雨様」
「いやこれ明らかに30キロ以上」
「うわぁ、時雨様、女の子の下着の量まで物色するつもりですか? とんだゴミクズ変態野郎ですね」
「…………」
「時雨様、準備は整いましたか? もう皆様、出立の用意が出来ております」
シエナの介入でネイを問い詰められなかった。何かを企んでいるのは間違いない。ネイがこういう行動に出るときは大抵ロクなことにならないのだ。注意しておいた方がよさそうだな。
◇
レインボーブリッジを高架モノレールで経由し着いた台場。時雨たちは学生寮に向かう前に一度校舎に向かっていた。
「ほぉ、ここが学院か」
教室内を見回して感慨深そうな声を出す和馬。時雨もまた多少の好奇心から教室を見渡す。時雨は中等部までしか教育機関に通っていなかったために、大学の教室というものに触れるのはこれが実質初めてだった。
膨大な空間の中には床に設置する形で長机と椅子が無数に配置されている。学校といえば黒板というイメージではあったが当然のように全てホログラフィック投影型モニタだ。各机にも小型の投影機が内蔵されていることから見て、これを用いて講義を行うのだろう。
聞いた話だとスファナルージュ第三統合学院はその他の学院に収まりきらない学生を集めているとかで、そこまで学生の数は多くないという。大学部の学生は時雨たちを含めて100人程度だとか。
「窓の外、遮蔽物も何もないわね。海を境に千メートル圏内には20階層以上の建築物……この窓も防弾ガラスじゃないし。この教室じゃ、狙撃されても回避のしようがないんだけど」
「席が百ほどあるけれど、講義を受講する学生がこれだけいるということ? これだけの人数同時に監視するのは無理。いざという時に対処しきれないわ」
それに半面、唯奈と真那は落ち着きなく教室中を見渡している。
「お前ら気を張りすぎだろ……」
教室中をくまなく捜索し監視カメラや盗聴器がないかを調べている唯奈。その徹底ぶりに僅かな呆れを覚えたようで和馬が口角を引き攣らせる。
「張りすぎなんてことはないわ。私たちはレジスタンスなのよ。常に細心の注意は怠れない」
「幸正様が仰られていたように、遊びではありませんしね」
「盗聴器の類はないわね……私たちの潜入を見越した防衛省やアイドレーターが、先に動いているわけでもないみたい」
「あの、皆さま……ここは確かに教育機関ではありますが、スファナルージュのセキュリティシステムが搭載されています。銃火器の発砲や、刃物の類など、探知した瞬間に発動しますので。もう少し肩の力を抜かれても大丈夫ですよ」
「そのセキュリティを掻い潜ってアイドレーターの誰かさんが潜伏しているわけなんだけど」
「それは……」
唯奈の的確過ぎる指摘に痛いところを突かれたのだろう。シエナはばつが悪そうに眉根を寄せそして謝罪する。
唯奈としてもただその脆弱なセキュリティ体制を敷いていたシエナを責めているわけではあるまい。単純に管理体制がずさんであることで、任務に支障が来さないか細心の注意を払っているに過ぎない。
「またスファナルージュ・コーポレーションの運営する統合学院では、通常の大学とは異なり、全てみな同様に定められたカリキュラムに則って講義を受けて貰う形となっていおります」
「つまり従来の大学とは違って、自分で受けたい講義を受けるって言うわけではないわけ?」
「当然これまでの大学のように大学講師を雇う余裕など人員的にありません。まあまず、講義を進めるのは講師ではなくアンドロイドなのですが。それにエリア・リミテッドにおいて、教育機関は小等部から大学部まで全て義務教育です。そのあたりは多少皆様の大学に対する検知と異なっているかもしれません」
「ふーん……まあでもそれなら好都合ね。この教室に全ての学生が集まるわけでしょ。つまりここで講義を受けることによって、潜伏犯を監視できるってわけね」
「シエナ様、そろそろ校門が閉鎖されます。そろそろこの者たちを寮に案内した方がいいのでは?」
ルーナスのその言葉を皮切りに時雨たちは校舎を後にすることにする。だがクソ重い荷物を持ち上げようとした瞬間、閉ざされた教室の扉が開いた。
「あ、こんばんは……って、あれ」
教室に入ってきたのは女子学生であるようだ。少女は時雨たちを目にするなり不審そうな顔を浮かべる。
真那や唯奈と違って一切戦争を知らない一般人のその双眸にも、明らかなる不信感が渦を巻いていた。私服の者たち六名が夜の教室に一同していればおかしな反応でもない。
「あの……」
「あら、
「シエナ理事……?」
そんな女学生の前に歩み出たシエナ。少女の方は理事のシエナがいることに困惑し悄然と立ち尽くしている。
滑らかに伸びる黒の長髪にすこし茶がかった大きな瞳。薄桃色のカーディガンに清楚な白いブラウス。青を基調としたスカートは流行りのブランド物なのか横文字のロゴが刺繍されている。
本拠点である旧東京タワーからモノレールでここに来る間、時雨は棗から送られてきた任務の資料を確認していた。潜入任務に関することではなくもう一つの指令。個人的に接触すべき相手について、そこに記されていたのだ。確かその人物の名前が、紲。
「本日付で、第二統合学院からここに編入することになった、学生の方たちです」
「へぇ……そうなの?」
「はい、それで前日の下見をしていただいていたのですが……紲様は、何か忘れものですか?」
「う、うん……課題の資料の入ったディスクを忘れちゃって」
紲と呼ばれた少女は時雨たちのことを気にしながらも、自分の机へと向かっていく。どうやら時雨のいる通路を通る必要があったようで。
少女のことをさりげなく観察しながらも重いバッグが邪魔にならぬよう一気に引っ張った。
「げ」
鞄のファスナー部分に机の脚が食い込んでいた。一気に引っ張ったことによってファスナーが開き中に収められていた荷物が一斉に溢れ出す。唯奈たちの衣類は雪崩のように溢れ出し、ちょうど脇を通過しようとしていた紲に襲いかかった。
「ぬぁっ!」
「きゃぁっ!?」
否、鞄から出てきたものは衣類などではない。鞄にぎゅうぎゅうになって収まっていたのか、丸まったピンク色の何かが転がりだした。それは悲鳴を上げながら猛牛のごとく紲に突進し体勢を崩させる。
尻もちをついて倒れこんだ紲を咄嗟に助け起こそうとして、だがピンク色の何かが舞い上がるのを見て止まる。ふぁさっと舞い降りた長い髪に小ぶりな体躯。そして極めつけは大きなケモノ耳。
「……凛音お前」
「な、何なのだ……?」
「ううっ、痛ったぁ……」
なぜ彼女が鞄の中に潜んでいたのか。だがそれよりもまず先に解消せねばならない重大な問題が浮上していた。
あおむけに倒れこんだ紲。その下半身、大胆にめくりあがったスカートの中に頭を突っ込んでいる狼少女。スカートの間から覗いているチャームポイントの大きな耳が、ピコピコと小動物的に脈動する。
「シグレシグレ、見るのだ凄いのだ、凛音は今、真っ白なセカイにいるのだっ」
「え、え……え? ……ッ、い、いやっ!」
状況を判断できずにしばらく困惑していた紲だったが、理解したのだろう。顔面を熱で炙った金属みたいに染め上げ、いかにも女性らしい悲鳴を上げた。唯奈や真那であれば絶対に出さない黄色い悲鳴である。
小ぶりな尻をフリフリ動かして何かを堪能している凛音のフードを後ろからむんずと鷲掴み、引っ張り上げる。
「おい」
「真っ白いセカイから、シグレの顔に変わったのだ」
「何考えてるんだ。鞄の中に忍び込むなんて」
「あら、何を仰られているのですか時雨様。私はこの目でしかと見ました。時雨様がいたいけな凛音様に薬を盛り、ぐっすりと眠っている凛音様を鞄に忍ばせる姿を……ああ、なんておいたわしい」
「それマジ? 流石にそれはやばいわよ。聖真那、筋肉ハゲダルマに連絡して」
「おい待て誤解だ、そんなことはしてない」
そんな時雨の肩を誰かが軽くつかむ。和馬が俺は解っているぜとでも言わんばかりに親指を突き立ててくる。そしてその親指で自身の首を掻っ切る仕草をした。
「シグレが無理やり、リオンをここに押し込んだのだ。それで、出してほしくば毎晩のオフロ権を、ユイナから自分に移せ、と言ってきたのだ」
「は……死ね」
柊唯奈よ、語彙力どこ行った。
「モフモフとの入浴は私の特権で……ってんなわけないでしょ! バカじゃないのっ?」
唯奈の一人問答は無視して考察する。今の凛音の発言からしてこれは単独犯ではない。
基本的に単純で裏のない凛音がこのように自身の目的遂行のために他を貶めるような虚偽申告をすることはありえない。つまり彼女にこの発言をさせた何者かがいるということになる。
掴んでいるフードを寄せて至近距離で問い詰める。
「その台本考えたのは誰だ」
「ネイなのだ。こうすれば学校に潜入できるって、教えてくれたのだ」
「そういうことか……だからかネイ」
「別にいいじゃないですか。それとも何ですか時雨様。あのまま凛音様を放置し、自分だけ女子高生だらけの楽しい楽しいリーガル楽園ワールドでハーレムでも作ろうと考えていたのですか? 最低ですね。とんだクズ野郎です。ゲスです。ゴミです。凛音様に対するその行為は、ペット虐待行為に該当します」
「動物扱いしてるお前も大概だとは思うが」
ため息をついて凛音を床に下ろす。ここで責めても無意味か。
悩みの種が増えたことに額を抑えて対応策を捻出しているうちに、未だに床に座ったまま会話を呆けた顔で見つめていた紲に和馬が歩み寄る。そうして手を伸ばした。
「たてっか?」
「あ、ありがとう」
「悪ぃな騒がしくてよ」
「う、ううん、私は大丈夫」
和馬の手のひらを遠慮がちに握って紲は立ち上がる。現状況において想定外なのは凛音が鞄に紛れ込んでいたことではない。この紲という少女に凛音の存在を目撃されてしまったことだ。
「学生に目撃されてしまった以上は、隠しても仕方ありませんね……手続きは、私が明日までに済ませておきます」
「おいそれって」
「リオンも通ってよいのか?」
時雨が問うよりも先に凛音がシエナに詰め寄った。
「はい、ですが凛音様、今回は特例ですからね?」
「わかっておるのだ、ありがとうなのだぞシエナっ」
抱き着いた凛音をシエナはやれやれと言った様子で苦笑しながら愛でる。懸案事項が増えてしまったが状況が悪化しないことを願うほかあるまい。
「あの……リオンって、もしかして」
和馬の傍でじっと会話を聞いていた紲だったがついぞ聞かずにはいられなくなったのか。凛音のことをじっと見つめて何度も目を瞬かせる。
「どうしたのだおぬし。キズナと言ったか? リオンに何か用なのか?」
「えっとその、リオンちゃんって、あのC.C.Rionの」
「突然申し訳ありません紲様。皆様の編入に関しては、明日通達があると思いますので、今夜はもうお休みになりましょう」
「え? あ、そう、だね」
核心に迫る質問を最後まで言わせずシエナが紲の手を掴む。
「織寧重工まではしばらく距離がありますし、私もお供しますね」
「う、ううん、理事さんにそんなことさせられないよ。私は一人で帰れるから、大丈夫っ」
「いいですから、さあ行きましょう」
状況をうまく呑み込めていない紲をうまく丸め込むシエナ。彼女は紲を連れ半分引きずるようにして教室から出て行った。
織寧重工──時雨のカンは間違ってはいなかった。軍用A.A.や警備アンドロイドといった軍需機構を開発する重工会社。民間企業でありながら、レッドシェルター含む23区において最も巨大な重工だ。
その最大規模のグループの嫡女、それが
「あれが、時雨様の――」
「ああ」
「ハーレムソサィエティ・学園編の最初の犠牲者ですか」
「ちげえよ」
◇
「ここが、今日から俺の部屋になるわけか」
ルーナスに案内され赴いた寮の部屋。清潔な白い壁にソファや家電と言った必要な設備が一通り揃えられた快適な空間だ。
東京タワーの部屋で過ごしてきた時雨にとっては比較的狭く思える。だがどちらかと言えば生活感があって、いかにも学生寮といった部屋だ。
「それはいいんだが」
「うむ、それはいいのだが。どうしたのだ? シグレ、何か問題があるのか?」
「そうだな大アリだ。主にお前がこの部屋にいることに関して」
ちゃっかり部屋に同伴してきた凛音を見下ろす。あの鞄に自分の着替えも入れていたのか小さな鞄をベッドにおく。そうして彼女は一つしかないベッドにダイブした。
「ふっかふかなのだ」
「俺じゃなく柊や真那の女性陣と一緒の部屋じゃダメなのか」
「別にどこでもいいのだが、一身上の都合とか言うやつでこの部屋なのだ」
彼女の編入が急遽だったことと彼女の容貌が明らかに大学生でないことに関して。何より彼女が世間で有名なマスコットであること。そのケモノ耳のこともあって、人目に付きやすい女子個人寮に一人で住まわせることは難しいと判断された。
結果、紆余曲折を全て強引に省略し時雨の部屋に住み着くことになった。話によれば正式に彼女が大学部の学生に認定されるまでとの話で、長くても二、三日、早ければ明日にでも別の部屋へと移動という話だが……。
凛音が鞄に忍び結果一般学生に目撃されてしまったことは皇たちにも伝えている。作戦内容が一部変更し彼女の学生としての潜入も追加されたわけであるが。
そうはいっても些か無理がある気もする。彼女を学生として潜り込ませるということは他学生に姿を見られるというわけで。確実の彼女がC.C.Rionのマスコットであることも知れ渡るだろう。
それにここは男性寮だ。ここに住むことも些か問題な気がするが。
「迷惑か? それなら仕方ないのだ」
「迷惑ということはないが」
「ならいいではないですか。そもそも意図せずとはいえ時雨様が凛音様をここに連れ込んだのです。今更四の五の言ってんじゃないですよ」
「主犯がよく言う」
ため息をついてデスクに備え付けの椅子に腰を落ち着かせる。
「まあ騒がないならいい。隣の部屋は和馬だが、反対側は普通の学生の部屋だ。お前がいることが知られたら問題になりかねない」
ベッドは一つしか無いことだし今日は床で寝るしかあるまい。制服一式をまとめた鞄を下ろししわが寄らないようにハンガーにかける。
「そろそろ時間なのだ」
「なんのだ」
「夜10時半が、リオンのお風呂の時間なのだ」
「意外と規則正しいのですね。この部屋備え付けのバスルームあるみたいですし、入って来てはいかがですか」
時雨は入浴する気分にもなれず、床に適当に毛布を敷いて横になる。
「いや、違うのだ。規則正しいのはリオンではなくユイナなのだ。その時間になるとユイナがリオンの部屋まで来て、お風呂にさそ」
「さ、誘うわけないでしょっ!?」
金具が悲鳴を上げてドアが弾き開けられた。呆気にとられ入り口を見やる。すごい形相で底に仁王立ちしていたのは、言わずもがな
「アンタ何言ってくれちゃってんのよねえ。私がなんでアンタみたいな奴と入浴しないといけないわけ?」
部屋の中にずかずかと入ってきて凛音の肩をむんずと鷲掴む。そうして小さな体をゆさゆさと揺らした。
「リオンは、何かおかしいこと言ったか?」
「おかしいことだらけよ! なんで私がアンタを誘わなきゃなんないのよ」
「……という割には、部屋のドアの前に待機して、凛音様を強奪する機会を窺っていた唯奈様でした」
そんな火に油を注ぐようなことを。ネイは被害を受けないがこの場合確実に時雨に火の粉が降りかかるのである。
「別に好機を窺ってなんて」
「ならどうしてこんな場所にいるのでしょう。女子の唯奈様が、男子寮に。それも、こんな夜中に」
「……私は烏川時雨に伝達があってきただけ」
気まずくなったのか目を逸らした。そうして床に腰を下ろした時雨の元まで近寄ってくるとビジュアライザーを点灯させる。
「皇棗から、アンタ宛に指令書が届いてる。アンタ、あの織寧紲って子に接触するよう言われてんでしょ? その子に関する追加情報」
送信されてきたファイルは確かに織寧紲に関する情報だ。
「本当に凛音様に会いに来たのではなかったのですね。まあそもそもこの伝達などわざわざ部屋に出向く必要もなく、メッセージで送信してくだされば済む話で」
「詮索してんじゃないわよ……まあ、そこの峨朗凛音にもちょっと用があるから、借りてくわ」
「ほほう、それは詮ずる所」
「それ以上言ったら後悔させてやる」
ギロリと強烈な睨みを何故か時雨が利かせられ思わず口を噤む。唯奈は踵を返し凛音の身体を引きずるようにして部屋から出ていく。
「……寝るか」
一連の出来事はなかったことにして、時雨は毛布に包まった。
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