2055年 9月24日(金)

第23話

「輸送車両の、襲撃?」


 展望窓には暗幕効果が敷かれ、照明に照らされた展望台にはソリッドグラフィの特徴的な青白い光が灯っている。

 時雨たちの囲うその立体型観測装置内部には、港区一角から千代田区に掛けて今作戦に関わると思われる経路が表示されている。

 

「防衛省に諜報員として潜入している恋華が、実際に軍法政策会議で仕入れてきた情報だ。恋華、君から詳細の説明を頼めるか」

「ああ構わないよ」


 船坂がビジュアライザーを操作するとホログラム液晶が点灯した。そこに映し出されている妃夢路の顔がソリッドグラフィに向けられる。

 彼女は現状この本拠点にいない。レジスタンスという裏の顔を潜め防衛省内部に戻り諜報活動を再開している。


「情報としての信憑性は私が保証するよ。それでこの作戦についての詳細だけど……本日9月24日1時、防衛省が損失分を補うために軍用A.A.を調達する」


 A.A.といえば、アーマード・アグリゲートの略称だ。防衛省が革命軍鎮圧、そしてレッドシェルター防衛のために用いている巨大二脚戦車。


「調達っつーのは、織寧重工からか?」

「そうさね。港区にある織寧重工グループの本社から装甲輸送車両5台。それぞれに二機ずつA.A.は積まれている」

「襲撃するということは交戦前提ということか。俺たちの顔が割れる危険を伴っての作戦なわけだが……目的は奪取か?」

「そうなるね。軍用A.A.があればレジスタンスの基礎軍事力は飛躍的に上昇する。こんな機会はめったにないからね。ぜひ奪取したいところだよ。この輸送ルートを見てくれるかい?」


 ソリッドグラフィには港区のある一点からレッドシェルターまでマーキングされているルートがある。これが装甲車でA.A.を運送する道となるのだろう。


「でも、防衛省だってバカじゃない。私たちがこの情報を掴んでる可能性は視野に入れてるはず」


 唯奈の発言は最もである。この情報は妃夢路が防衛省から漏洩したことによってレジスタンスが仕入れられたものではあるが、これまでのレジスタンスの行動から何かしらの原因で情報が漏れていることは察せられているはずだからだ。


「その通りだね。今回の運送には護衛部隊が配備されている。有線接続の、つまり操縦者が搭乗している軍用A.A.。それだけでも脅威だが、問題なのはそれ以外さ」

「それ以外……?」

「烏川時雨は馴染みだと思うけど、立華兄妹も参加することになるのさ」


 額から頬にかけて冷や汗が流れるのを抑えられない。戦闘狂いなバーサーカーズの防衛網を突破して軍用A.A.を奪取しろというのか。


「それは無理がある」

「そういう反応をすると思ったさ」


 彼女たちは時雨と同じサイボーグであり、そしてそれぞれの個としての戦闘技能は時雨よりも明らかに秀でている。薫は近接戦闘術に優れ紫苑は言わずもがな生粋のスナイパー気質だ。

 薫だけでなく紫苑まで動員されているとあれば、確実に彼らは時雨たちの襲撃を予測し、襲撃地点にて最大限の防衛網を張ってくることだろう。

 ましてや有線接続のA.A.まで同伴しているとあれば、最悪、機動部隊が全滅なんて事態にもなりかねない。


「TRINITY総括のアンタなら解るはずだ。あの二人のキチガイさが」

「そんなにやばいのか?」

「ええ、あのおふた方はTRINITYの要です。その武力制裁部隊と呼ばれる所以は、彼らの素の戦闘力に起因しているのです。先日のホームレス収監施設について思い出してください。あの時、アダ――山本一成の介入があったでしょう?」


 重工工場にて差し向けられた無数の探査ドローンに警備アンドロイド。あれは山本一成によるものだった。


「ですが、山本一成とは勝手が違います」

「君のその懸案も分からないではないけどね。だがそれならあの二人とは直接鉢合わせないプランを立てればいいだけの話さ」

「そんな単純な話じゃ」

「まあいいから聞きなよ。そこさね」


 妃夢路に指示され伺ったソリッドグラフィの一地点。そこには建設中の高層建築物密集地がある。台場とレインボーブリッジを境にして存在する本島。その沿岸部付近の高層住宅地だ。


「知っているかとは思うが、現状エリア・リミテッドの治安を維持している機械系統の開発をしているのは、織寧おりね重工さ」


 妃夢路は教鞭を振るうかのように電子タバコをこちらに向けてくる。そのあたりの軍需常識には疎い方ではあるが、だがしかし織寧重工の存在くらいは知っている。

 織寧重工と言えば、民間企業でありながらエリア・リミテッドの重工業を事実上独占して市場を牛耳っている重工会社である。

 普段から目にする警備アンドロイドやDNA探査ドローン。そして自立駆動型二足歩行マシン、A.A.。あれらを開発しているのは、防衛省直属の重工ではなくあくまでも民間企業の織寧重工であるのだ。


「勉強不足のサイボーグ君がいるようだから、ざっと説明しようじゃないか」


 とはいえ時雨はその程度の情報しか脳内にインプットできていない。

 その事実を言わずもがな理解したのか妃夢路は不敵な目線で俺を見据えて小ばかにするように再度電子タバコを振るう。そうしてそれを口に咥えニコチンを排出した。

 この場に彼女がいないことは承知しているが感覚的に煙たい。


「織寧重工は民間企業であると同時に、エリア・リミテッド最大の軍需企業であると言える。レッドシェルター内部にも兵器の開発部門はあるけど、それは豆粒程度の規模しかない些細な物さ。基本的にレッドシェルター内部の国家直属の重工業が担うのは、織寧重工の開発したモデルの生産だけだね」


 それくらいならば時雨にも解る。そんなささやかな反抗心から睨みを利かせるが、妃夢路はそれに対しても鼻で笑って見せた。どうやら時雨の見栄を見て楽しんでいるらしい。


「織寧重工の特別な点は、彼らは軍事力の保有を許されているということさ」

「確かに、民間が武器の所有をすることは厳正に取り締まられている。だがA.A.の開発を促進させているということは、必然的に武器の開発も伴っていると考えるべきか……」

「そうだね。あの防衛省が民間の手の及ぶ一般市民エリアで武器の生産を進めさせていることには、甚だ疑惑が絶えないね。織寧重工を国営機関にしてしまった方が、よっぽど寝首を刈られる危険性が減るというのにさ……まあ織寧重工の経歴には、色々と不可解な点も多い。そのことに関しては、関係がないから伏せておこう」


 気になる発言をしておきながら彼女は肩を竦めて話の転換を図った。織寧重工の謎とやらに関する探究心が芽生えないではないが、今はあまり脱線させていい状況ではあるまい。


「まあそれでだよ。織寧重工は前述の通り最大規模の軍需機関さ。そう言うこともあって、従来の重工業会社は全て織寧重工に吸収され、その傘下に下っている。だから23区中にその工場は散らばっているわけでね」

「私たちを含めて、革命軍の殆どがその本社の位置を特定できずにいたのよ」


 真那が妃夢路の説明に介入してくる。彼女のお膳立てがあっては話が進まないと判断したのだろう。


「そうはいっても重工業の経営には必ず生産ルートがある。必然的に本社の位置の特定もできるはずじゃないのか?」

「防衛省も馬鹿じゃないわ。革命軍の襲撃対策として、厳密なセキュリティを重工関係の情報網に被せて、私たちの目を攪乱させていた」

「まあでも、本社の位置に関しては、私の方で特定することが出来た」

「その位置というのが……」

「そう、台場よ」


 真那は端的にネイの憶測に肯定した。真那が指差す先は本島から切り離された台場。

 建設途中と思われる高架の築かれたレインボーブリッジとでのみ本島と繋がるその孤島には、確かに工業地帯と思われる堅牢な建造物が陳列している。そのうちでも最も規模の巨大な施設が沿岸部付近に建造されていた。

 時雨は殆ど台場についての知識を有していなかったが、あれはもはや一つの独立地帯となっているという噂を聞いたことがあった。


「一見ただの規模のでかいだけの重工会社に見えるが、実際この地下にはさらにでっけえ格納庫があるってハナシだ。開発プラントもな」

「その区画は、港区台場からレッドシェルターの千代田へ行くためには通らざるを得ない経路。当然だね、台場はレインボーブリッジでしか本島に繋がっていないからね」


 妃夢路の言うように、ホログラムマップでも解るように台場は唯一レインボーブリッジでしか本島と繋がっていない。


「予測経路がすでに表示されているけれど、予定時刻になったら、装甲車両はその他の護衛部隊と共に、この織寧重工を発つわ。工業地帯を抜けて、レインボーブリッジに向かう」

「そしたら、装甲車両がレインボーブリッジを通過する際、橋の結合をパージし、阻害するのさ」

「パージって……待て。人間の密集するレインボーブリッジで大規模な破壊工作をするつもりか?」


 パージするというのはすなわちブリッジの構造そのものを瓦解させるということだろう。橋を破壊するということ。

 しかし、レインボーブリッジは台場と本島を繋ぐ唯一のラインである。当然民間人が利用している。そのような状態で橋を落とすとなれば、被害は甚大な物になると言えよう。大量虐殺の伴う最悪な計画だ。


「落ち着いて。レインボーブリッジは、今モノレール用の高架を設置する過程で立ち入り禁止建設区画指定にされていて、住民は利用していないわ」


 言葉に激昂を乗せたつもりはなかったが、内心の憤りを感じ取ったのだろう。真那は至極冷静に諭してくる。

 どうやら台場は民間人が殆ど存在していないという。2052年に東京都23区が東京都都市化計画によってエリア・リミテッドへと変貌を遂げた際に、同時に大規模開拓が行われた。

 いくつも分散していた孤島全てを人工島でつなぎ、巨大な海上フロートへと埋め立てたのである。これによって港区沿岸フロート全体が台場として成立し、その広大な土地に重工業地帯が建設されたのだとか。

 確かに日本地図に存在する台場と比較して、視覚的な規模が数倍にまで肥大化している。

 

「あまり建築物を破壊するのは褒められた行為じゃないけどね。だが、レインボーブリッジは、というより台場は、とある事情から今一般人向けに改装中なのさ」

「一般人向けだと? 最大の工業地帯なんだろ? 何故民間人の立ち入りを助長するような改築がなされている」

「慢性的な土地不足と言ったところかね。23区内の子供の数と、台場を除く活動領域の比率が少し変動していてね。彼らの教育課程を確立させるために、台場に教育機関が建設されているのさ」


 教育機関ということはつまり学校か。ノヴァの侵攻以降、というよりも東京都都市化計画以降、教育機関がその意味を成していなかった時期があった。

 都市化計画にはかなりの人手が要され、教育機関に回す人員が圧倒的に欠如していたという理由がある。

 その方面の復興に関して時雨は詳しくないが、教育機関に関しては防衛省の管轄ではないどこぞの富豪が復興を進めたのだとか何とか……。


「スファナルージュ・コーポレーション、だったか」


 記憶が正しければ、そのコーポレーションが教育機関の推進を担っているとか。スファナルージュ・コーポレーションはただの富豪であると同時に、防衛省の専属商業団体でもある。

 大型商業施設シトラシアの経営もスファナルージュ・コーポレーションの管轄だったはずだ。


「ま、そう言うわけで、建設途中だから比較的簡単にパージできるわけよ」

「しかし橋を落としてどうする。目的のA.A.まで破壊してしまったら意味がないだろ」

「目的はあくまでも連中の防衛力を減退させることだ。これを見ろ」


 船坂がコンソールを何度かフリックすると、ソリッドグラフィ上で織寧重工グループ本社からホログラムの車両が何台か走り出した。本作戦のシミュレーションだろう。

 装甲車両のコンボイには護衛する形で四台のA.A.が並走している。コンボイの前に一台、後方に一台、左右に一台ずつ。簡易的なダイヤモンド陣形の中央にコンボイが位置している感じである。


「貴様らには、この地点の建造物にて待機してもらう」


 幸正が指し示したのは、本島における件の高層建造物密集地の建物のうちの複数。

 

「敵は常に俺たちの襲撃に備えているだろう。故に、正攻法では任務失敗の可能性がある。最悪、全滅という事態になりかねない」

「それで、君たちにはちょっとしたアトラクション気分を楽しんでもらおうと思っていてね」

「恋華、不謹慎だぞ」

「あんまり固い考え方するもんじゃないよ義弘。それで、君たちに待機してほしいのは、指定した建造物の屋上さ」

「屋上だと……まさかまた……」


 何となく嫌な予感に脳内を苛まされる。この感覚は初めてではない。ここ数日で二、三回ほど体験した感覚である。まさかな……。


「単純思考じゃ、レジスタンスとして生きていけないよ。降下作戦。酔狂だけど、敵の裏をかくにはもってこいじゃないか」


 また飛べというのか。


「なお、今作戦には港区担当航空員2名と、その部下たちも参加する」

「ルーナスとシエナ?」

「そうだ。あの二人にはブラックホークにて俺たちの離脱を援護させる。部下は地上遊撃部隊の増員に当たらせる」


 彼の言葉に比例するように、どこからともなく作戦決行地点へと向けて数機のブラックホークの影が航行していく。それに目を奪われていたが、視線を戻すとA.A.を乗せた装甲車両のコンボイがレインボーブリッジに差し掛かろうとしていた。


「ここで、ボーン、さ」


 コンボイがレインボーブリッジの端地点に達したところで、橋はガラガラ瓦礫と化して瓦解していく。

 装甲輸送車両五台のうち二台はその崩落に飲まれ洋上へと落下。それらの護送役として同伴していたA.A.もまた前を走行していた機体を除いて、全て瓦礫に飲まれ海中に飛沫を上げて沈んでいった。


「こんなにうまく行きますかねえ」

「行くだろうが……問題なのはこの後よ」

「どういう意味だ」

「さっきも言ったが、この作戦はおそらく防衛省のやっこさんにも読まれてる。なんつっても、極力被害を抑えて、かつ効果的にコンボイから護衛を引き離せるのは、後にも先にもこのレインボーブリッジしかねえからな」


 和馬は人差し指の関節で復元されていたレインボーブリッジを小突く。当然ホログラムに接触することはなかったが。

 確かに、ちょっとした圧力を加えるだけで敵の防衛力を効果的に削ぐことが出来る場所はここしかないだろう。


「んでま、問題なのはコンボイを孤立させた後のハナシだ。防衛力を削いだっつっても、前を走行しているA.A.はどうしようもねえわけでよ」

「それに、同伴している部隊がこれだけだなんて到底思えないわ」

「でしょうね。確実に、装甲車両はA.A.以外の物を積んでる」


 真那と唯奈は歯にものが詰まったようにその表情をしかめて見せた。


「A.A.以外の……何のことだ」

「決まっているわ。『鉄のような無人軍隊』――U.I.F.よ」


 考えてみれば当然の話である。防衛省が今回A.A.の運送に乗り出した目的は、レッドシェルターの防衛網強化に他ならない。そのためのA.A.であるわけだが問題なのはその運送手段である。

 ヘリでは重量的にA.A.は運べないため大型機を用いて航空するのが得策だろうが、だが台場に滑走路などはない。それ故に革命軍――というよりレジスタンスの手の及ぶ一般道を経由するしかないわけだ。

 普段はレッドシェルターという絶対不可侵の壁に護られている防衛省が、その外部に表れている絶好のタイミング。それを蜂起を企てている人間たちがみすみす見逃すわけもない。防衛省も最大限の防衛力をもってこの運送作戦を成功させようと考えるはずだ。

 しかしそれにしては防衛網が甘すぎる。A.A.は危険な殺戮マシンであるが、だが破壊が出来ないわけではない。現に時雨達は連中をコンボイから引き離すことが出来る作戦を企てているわけで。

 となれば、あの装甲車両には最強の防衛軍団となりうる要素が積まれていると考えるべきだ。


「U.I.F.の兵士が一定数以上動員されていた場合……敵に利がありますね」


 Unmanned Iron Force――『鉄のような無人軍隊』。その名の示す通りU.I.F.の兵士は生身の人間でありながら、無人と錯覚されてしまうような無機質な存在である。

 破壊や殺戮に一切の躊躇を抱くこともしない本当の意味での武力掃討部隊。おまけに小口径弾丸程度ではびくともしない強化アーマーで全身を覆い隠しているのだから更に攻略しづらい相手である。

 その機械的な戦闘スキルもあって行動パターンを読むことは容易い。個を相手にするのならば負けることはないだろう。だがそれが小隊となって壁を成したのならば状況は一変する。

 U.I.F.の兵士がごまんといる装甲車両に突っ込もうとしているレジスタンスは、軍隊アリに飲み込まれる昆虫と大差ない。彼らの動員があるのならば、この奪取作戦の成功率は著しく激減するだろう。


「そんな死に急ぐようなこと出来るか、とでも言わんばかりの顔をしているね」

「実際酔狂な作戦だからな。U.I.F.がどれだけ動員されているか知らないが、生身の俺達じゃ連中が十人いただけでも全滅しかねない」

「ところがどっこい、そうでもないのさ」


 妃夢路は腕を組んで豊満な胸をたくし上げほくそ笑む。何かU.I.F.対策でも講じているのか。ホログラムウィンドウの中の彼女は何から説明したものかと悩むように一瞬思案し、やがて二本の指で電子タバコを口から離す。


「烏川時雨、君がレジスタンスに所属するきっかけになった、コンボイ救出作戦のことを覚えているね」

「当然だ。そう言えばあの時も降下作戦やらされたな」


 危うく死にかけたために身に染みている。彼女が言っているのは、アウターエリアにおいてレジスタンスの中継地点へと向かってきていたM&C社のコンボイを救出した時のことだろう。

 後続車両が次々と爆破されていく中、幸正たちの機転で地下運搬経路を陥落させ事なきを得た。


「あの時、君は何故我々がM&C社の救援に躍起になっていたのか、疑問を抱いていたようじゃないか」


 M&C社はレジスタンスに対して軍事的介入をしている団体であるが、彼らはあくまでも軍需運送会社である。武器を各国で売りさばいて儲ける。そのために活動している連中で、時雨たちレジスタンスはその顧客のうちの一つにすぎない。

 ノヴァに全滅させられる危険を冒してまで、その彼らを救う理由は何であるのかと時雨は問うたのだ。それに対し棗の返答は、車両には時雨たちに必要な物が積まれているという物であった。

 療養や本拠点への移動、そして間を置かずしてのホームレス収監事件。色々と問題が相次いで起きていたために、M&C社の積荷の中身に関しては確認していなかった。


「その中身が、面白い物なのさ」

「抽象的な発言はやめてくれ」

「せっかちだねぇ。つまり、M&C社のコンボイが積んでいた物は、最大の難敵と思われてきたU.I.F.を無力化できるものだということさ」


 U.I.F.を無力化だと? そんなまさかと思いつつ見やるも妃夢路は虚言を吐いているような様子でもない。彼女は通信越しに何やらコンソールを操作して見せる。当然彼女の手元は伺えないが操作の反映はこちら側に現れた。

 ソリッドグラフィ上に新たなホログラムが出現する。そこには何かの電磁投射機にも見える物体が具象化されている。何かのパーツの一部なのか、同じものが連結して一つとなるような形状の何か。ケーブルやらアンテナやらが接続されたそれは、どこか近未来兵器を思わせる。


「これはユニティ・ディスターバー」

「ユニティ? 聞いたことがない名称だな」

「右に同じだぜ」

「当然さ、これに関しては実用段階に持っていくまで、ある程度の調整が必要だったからねえ。烏川時雨、君たちが死守したM&C社の荷台には、これが積まれていたのさ」

「それで、この機械の機能は?」

「簡単に言えば、電磁パルス投射機さ」


 電磁パルスと言えばEMPのことか。高高度核爆発や雷などによって発生するパルス状の電磁波。規模にもよるが、その破壊力だけで言えば場合によっては核弾頭などよりも甚大な被害を齎すという。


「なんだ、これでレッドシェルターを陥落させるつもりか? 木端微塵にして」

「時雨様、電磁パルスに物理的な破壊力はありません。EMPと言えば、基本的電気網や重要インフラを破壊するものですね」

「流石に君たちが思っているような破壊性能はないさ。それに、これは電磁パルス投射機と言っても、単なるEMPではないのさ」

「どういうこと?」

「これは内部に内蔵されているコンデンサを用いて、電子装備を麻痺させる。でも電子機能のある装備を無差別に麻痺させる、というわけじゃない。それだけなら、私たちが命を賭しても手に入れようとする道理がないからね」


 EMPは近代的な兵器ではあるが、しかし今のエリア・リミテッドにおいて対防衛省に用いる物としては大した効果を発揮できない。何故ならばA.A.やアンドロイドは完全自立駆動するマシンであり、パルスによって破壊される中枢インプラントを内蔵していないからである。


「ユニティ・ディスターバーは、その名の通り個を妨害するものだ。これは特殊なEMPを投射し、ある特定の電磁波に干渉しその機能を麻痺させる」


 抽象的な解説が船坂の口から発せられる。


「ある特定の電波?」

「ユニティ・コアだ。ユニティ・ディスターバーのEMPは、U.I.F.の強化アーマーに組み込まれているユニティ・コアに干渉することが判明している」


 ユニティ・コアという名称自体は初めて聞いたわけではない。時雨自身のうなじ皮下に埋め込まれていた小型発振器がそれだ。そしてソリッドグラフィが観測するセンサーでもある。


「とにかくだ。ユニティ・ディスターバーはその機能故にU.I.F.、また同じユニティ・コアを用いているアンドロイドやA.A.にも有効であることが判明している。一時的な干渉しかできないだろうが、作戦を円滑に進める手助けとなるだろう」

「しかし見るからに、かなりの電力を消費しそうなものですが。内部のコンデンサだけでは持続的な妨害は難しいのでは? それに、EMPは超長距離からでも、電磁装備に影響を与えるほどの主張性があります。流石にコンボイが目的地に到着する前に、対象に気付かれてしまうのではないですかね」


 ネイの言葉はもっともである。U.I.F.やアンドロイドに干渉するということはつまり、それらから逆に干渉される居場所にあるということになる。

 流石にEMPを無効化することなどは出来ないだろうが、もし事前にユニティ・ディスターバーの存在に感づかれた場合、到着する前に破壊される可能性もあるわけだ。一体どうやって敵に気付かれないようにするつもりなのか。


「それに関しては問題ないさ。必要な時に、現場に直行させればいいのさ」

「直行って、車両じゃ接近する前に感づかれる。速度重視で、ヘリかなにかで接近するにしても、ユニティ・ディスターバーを積んでるヘリの方が、先に破壊されて墜落する」

「そのどちらでもないね」


 妃夢路は意味深に口角を吊り上げて見せた。彼女がこういった内心を読み取れない反応をする時、それは何かしら彼女なりの確信があるときである。

 つまり彼女なりにU.I.F.をどうにかできる、そんな打開策を考えているということか。彼女なりなだけで終わったら困るわけだが。

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