第24話

 装甲車両は予定通り定時にA.A.を搭載して織寧重工本社を出発した。

 五台の巨大な、それも分厚い鉄板のような装甲の車両が連なっている様は、普段から一般車両すら目にしない工業従業員には珍しい物なのだろう。工業地帯を抜ける間、彼らの好機の視線にさらされながら薫は不快な心境に陥っていた。


「俺たちの働きでのうのうと生きてる一般人風情が……ぶっ殺したくなる」


 装甲車両の荷台の上に鎮座し流れすぎていく発展区画を見据える。薫に睨み据えられた作業員は蛇に睨まれたネズミのように竦み上がっていた。


「死にたくなけりゃ、さっさと家の中に閉じこもれってんだクソ野郎どもが」

「兄さん、不謹慎」


 インカムから妹の声を聞き取る。彼女はすでに例の地点にて待機しているはずだ。今回の輸送作戦。レジスタンスが見過ごすはずがない。そう読んだ防衛省長である伊集院純一郎の計画は、薫としては不本意ながらも最善と認めるべきものだった。

 レジスタンスはこの装甲車両の中にあるA.A.を求めて姿を現すことだろう。だがこっちのレジスタンス対策は万全だ。

 レッドシェルター防衛隊である無人型軍用A.A.とは違って随伴している軍用A.A.は有線接続である。どんな手練れがレジスタンスにいたとしても、この存在はかなりの脅威となるはずだ。

 さらに薫と紫苑というTRINITYきっての武力掃討人員が配備されているのだ。自身の頓挫する車両の内部には、薫ですら時に背筋が寒くなるような殺戮兵団が収容されている。この運送作戦が失敗に終わることなどありえなかった。


「もうすぐ提示地点を通過する。立華隊員、備えろ」


 装甲車両の運転手から無線が届いた。薫はそれに返事をすることもなく前方にそびえる高層建築物帯を見据える。

 大規模な本島から台場へのモノレールの増築という理由で、改築作業が進行しているという。そのため目前にまで迫っているレインボーブリッジも、その先の高層建造物帯にも一切人の気配が感じられない。

 レジスタンスが襲撃を仕掛けてくるならば間違いなくこのエリアだろう。その推察から、この作戦の決行に伴ってあのエリアにはすでに紫苑が待機している。

 車両はやがてレインボーブリッジに差し掛かる。千メートル近いブリッジには高架が掛けられ、ここにモノレールが開通するのだということは明白である。高架はモノレールを伝って本島にまで及び、蜘蛛の巣状に展開されてエリア・リミテッド全域に蔦を伸ばしていた。

 

「紫苑、なんか見えるか?」

「現状は何も。気味が悪いくらい平和」


 レインボーブリッジの中間地点に差し掛かったが襲撃という襲撃はない。レジスタンスとしてはあの高層建造物帯から出る前にA.A.を奪取しようとするであろうから、そろそろ仕掛けて来てもいい頃合いなのだが。

 

「さっさと出てきやがれ。こちとら連日の事務関係の雑用で感覚が鈍ってんだ」

「だからその雑務をこなしたのは、私。兄さん、何もしてない」

「ごちゃごちゃうっせぇんだよ。どっちにしろ面倒ごと押し付けられたことには変わらねえ」

「あ、あの……立華隊員。あまりローカル周波数の無線でお騒ぎになられるのは……緊急伝達に対応できなくなる恐れが」

「何話しかけてきてんだゴミが、感染すんだろ」

「で、ですが」

「だから耳元でうっせえんだよ。死にてぇのか」

「ひ、ひィ!?」


 まったく自衛隊の人間は腰抜けばかりである。防衛省内部にはトリニティを抜けば、U.I.F.以外には通常の自衛隊しか戦闘局員は存在しない。自衛隊はU.I.F.のような強化アーマーを着用することもないわけであくまでも普通の人間である。

 薫にとってその彼らのあまりにも人間らしい脆弱さは、不快以外の何物でもなかった。彼らは抗争を恐れている。自分とは全く逆の考え方であった。

 途端にこの作戦をこなすのが面倒に感じられる。現状一切襲撃を受ける気配はないし、何よりただの護衛など薫の性に合わないのである。薫は人間の血を浴びたかった。激しい銃撃戦のさなかで人を殺害する感触に飢えていた。

 瞬間、乾いた反響音が轟く。


「――――きた」


 パァン! と空気の破裂する音と同時に最後尾を走行していた車両がバランスを崩す。タイヤがパンクした。狙撃である。

 車体は横転することは免れたが、そのままハンドルが狂ったように急旋回し左を並走していたA.A.に激突する。その車両を回避しようとした後続のA.A.。それも横転した車両に巻き込まれ、一瞬のラグを置いて派手に横転した。

 勢いを殺せずに火花を撒き散らしながら装甲車両は地滑り、そのまま強烈な破砕音とともにブリッジの塀に衝突する。


「どこだレジスタンスァッ!」


 無線が恐慌に飲み込まれる中、待ち焦がれていた襲撃に薫は狂気の雄たけびを上げた。このタイミングを待っていたのだ。これでようやく血が見れる。

 肉眼で周囲を注視し研ぎ澄まされた神経の中、冷静に高層建造物帯を伺った。そしてその一つ、その最上階にてマズルフラッシュが迸るのを観測する。


「そこかッ!」


 爆走する車両の上で薫は一寸のブレもなくトリガーを振り絞る。吐き出された特殊弾は一直線にスナイパーの狙撃ポイントへと発射された。

 ギシリ。基盤の歪むような、嫌な音。


「兄さんっ! そこから離れ―――」


 紫苑の言葉がインカムから響くと同時、薫は反射的に車体から手を離し踏み飛ばした。反発で跳躍した薫は信じられないものを目にした。

 一斉にレインボーブリッジの結合部分が乖離され、パージし巨大な瓦礫と化す。たった今駆け抜けてきた地面がガラガラと崩落していく。コンボイはその隊列を崩し不安定な地面をただひたすらに駆け抜ける。

 だがしかしすでに並走してきていたA.A.と一台の車両が瓦礫に飲まれ、洋上に落下し始めていた。

 ブリッジを崩壊させたのか――――!? その思考に辿り着いた瞬間、パージされたブリッジの瓦礫が逃走経路を完全に断った。



 ◇



 レインボーブリッジがパージする寸前、薫が投射した指向性マイクロ特殊弾。それは唯奈が狙撃ポイントとして潜伏していたA4ビルの最上階目がけて飛来してきた。

 かなりの距離があったために本来ならば届くはずもなかったが、だが薫の狙いに違わず狙撃ポイントに着弾する。


「回避しろッ」


 反射的に唯奈の元まで駆けよった時雨が突き飛ばすと同時、先までいた場所の空間が一気に抉り去られた。


「ちょ……何よ今の、ホーミングしてきたんだけどっ」

「マグナム弾丸にホーミング機能って……まあそんなことを話している時じゃない。離脱するぞ」

 

 コンクリ壁が基盤を失い今にも崩壊しそうになっている最上階。時雨は唯奈の腰を抱える形でその場所から駆け出した。


「ちょっとどこ触ってんのよ!」


 凛音のようにフードを掴んで投げ飛ばすわけにもいかずの対応であったが、案の定唯奈は激昂して横っ面を殴打してくる。


「日に日に増してゆく胸囲の体脂肪率を常に気にしている唯奈様の体重を示唆するような行動に出るのは自殺行為ですよ時雨様」

「示唆したつもりはない」

「べ、別に気にしてないし……って余計なお世話ッ」


 火に油を注ぐネイ。しかしそれに対する制裁は時雨の側頭部へと再度行われた。スナイパーライフルの銃床が遠慮なくこめかみに叩きこまれるが、抵抗する彼女に構っている余裕もなく時雨は屋上にまで躍り出る。

 予備動作なく隣のビルの屋上に飛び移った。


「ちょ、危ないじゃない落ちたらどうすんのよ!」


 暴れる唯奈を思わず離すと彼女は地に足が着くなり身の毛がよだったようにその身を掻きいだく。そこまで触られたことが不快だったのか。


「落ちなかったんだから問題ないだろ。それより早く、A6の狙撃ポイントに向かったほうがいい」

「薫様のホーミング特殊弾も問題ですが、それより懸案は紫苑様でしょう。確実にこの高層建築物帯のどこかに狙撃ポイントを築いているはずです」

「ああはいはい、解ったわよ」


 ライフルを手に階段を駆け下りていく唯奈を尻目に、時雨は屋上から下の光景を見下ろした。レインボーブリッジパージ作戦。どうやらうまく行ったようである。ブリッジの中間地点からパージが行われたことによって、コンボイの後方から瓦解をけしかけることが出来た。

 当初の目的通り、追走していたA.A.は一台を除いて太平洋海中深くにまですでに沈んでしまっていることだろう。残されたコンボイは防衛網を失った状態で建造物帯の合間を爆走している。


「こちらA4屋上地点、敵のA.A.制圧を確認」

「確認済みだ、これより爆破を開始する」


 インカム越しの幸正の発令。それに伴ってコンボイ前方の地面が膨れ上がる。

 そして衝撃。破壊された水道管から甚大な破壊力を有した間欠泉が吹き散らされた。コンクリートの瓦礫が飛来しコンボイの行方を遮る。

 突然の障害物に対応が遅れたようで、最前部の装甲車両はブレーキを利かすこともできずに瓦礫に突っ込んだ。爆破こそしなかったものの後続の車両を巻き込み猛進は妨げられた。

 相次ぐように後方でも同じ水道管の爆破が生ずる。コンボイを包囲するように瓦礫が山積した。


「これより降下する」

「遊撃部隊本隊は俺に続け。凛音は烏川の指示を仰ぎ臨機応変に対応、A.A.を奪取しろ」

「援護狙撃するわ」


 頼りがいのある唯奈の無線音声を耳にしながら時雨はその場から跳躍する。一瞬の浮遊感、次いで凄まじい重力に全身を引きずり込まれる感覚。高層ビル屋上からの降下。

 10秒とかからない落下だが、このタイミングで敵の奇襲を受ければ生存確率は大いに下がる。落下しながらも周囲に意識を配った。


「時雨様、敵陣営の生体反応を確認しました」

「どこだ?」

「2時方向、B2ビルの18階フロアです」


 インターフィアによりサーモグラフィ化された視界に、狙撃体勢に入っている誰かの姿が映る。その瞬間その地点で発火炎マズルフラッシュが放射された。

 この超長距離からの狙撃ということは狙撃手は紫苑。そして使っている狙撃銃はアナライザーBullet(S22)。指向性マイクロ特殊弾に違いない。


「くそ――降下を狙われたか……ネイッ」

「撃ち返しは間に合いません、時雨様、回避してください」


 そんなの無理だ! と返す直前に何かが時雨の身体を捕らえた。特殊弾ではない。着弾していたのなら、今頃俺の肉体は肉片すら残さず抹消されていたことだろう。

 数瞬の後、時雨の身体を捕らえ損ねた弾丸が地上の瓦礫を抉り去る。


「シグレ! 無事か?」

「悪い凛音、助かった!」


 時雨を抱えていたのは凛音だった。既にリジェネレート・ドラッグを投与しているのか『獣化』と呼ばれる肉体強化の成された彼女。

 時雨たちはそのまま地上に着陸する。


「っ、次弾発射されました!」

 

 赤い尾を引いて飛来してくる特殊弾。着地による回避モーションの間に合わないタイミング。だが弾丸は時雨たちに着弾するよりも早くマイクロ波を吹き散らし前方の空間が抉り去る。


「スナイパーは私に任せて」


 唯奈がマイクロ弾をどうにかして無効化したのだ。一体どうやったのかと着弾地点を視認すると地面のコンクリが大きく抉れている。地中深くには押し潰れた大口径弾が突き刺さっていた。

 恐らくは地面を狙撃してコンクリ片を撒き散らし、それに特殊弾を着弾させたのだろう。信じられない精度だが今はそれに感心している余裕はなかった。

 エンジンの停止した装甲車両。その後部ハッチが展開しそこから強化アーマーを身に纏う兵士が躍り出る。U.I.F.だ。


「やはり出てきたか」

「……どうすればいいんだ?」

「ユニティ・ディスターバーの発動まで時間を要する。それまで持ちこたえてくれ」


 そのために君たちを送り込んだのだからなと、そんな無責任な返答が寄せられた。インカム越しに棗が様々な指示を飛ばすのを確認しつつ、時雨は凛音のフードを掴んで横転している車両の影に身を潜める。ここまでは想定通りの展開だった。


「コンタクト――21人と言ったところでしょうか」


 索敵を展開させていたネイがU.I.F.の人数を観測する。それだけならばまだいいが、残存しているA.A.までもが瓦礫によって封鎖されたこの空間に陣取っていた。U.I.F.とA.A.は銃火器を展開し行方を阻む瓦礫の除去を試みている。

 何故時雨達の降下作戦が発令されたかというと、A.A.には超高高度対空狙撃兵器が搭載されているからである。今回の作戦はこうして対象を包囲することで足止めをすることであったが、それは当然外部からの接触も困難になるのである。

 だがA.A.の対空技能もあって、ヘリなどで空からの奇襲をしかけることは難しかった。結果的に生身の時雨たちが包囲網の内部に侵入し、打開策の到着まで時間稼ぎをすることになった。ユニティ・ディスターバーの発動まで、時間を稼がなければならない。


「ネイ、現状もっとも時間稼ぎに最良な手段は何だ」

「A.A.の破壊でしょうが、現実的とは言い難いですね」

「ならばどうすればいいのだ?」

「策なしです。我武者羅に敵の気を逸らさせるしかないでしょう」


 つまり万事休すという所だろう。正直二桁以上のU.I.F.を敵に回して勝利をもぎ取れるとは思えない。

 連中はあくまでもただの人間であるが、だが戦闘時における強化アーマーの恩恵は甚だしい。なまじ弾丸では貫通することすら難しいわけで。物理的に致命傷を与えようものならば、比較的脆弱な関節部を的確に狙わなければならないのだ。

 しかして、何もせずにこの場に潜伏し続けていれば、いずれ連中は瓦礫をどかしてこの場を離脱してしまうだろう。棗たちがいかなる方法でユニティ・ディスターバーをここまで誘導するつもりなのかは図りかねるが、それまでは時間を稼がなければいけない。


「幸正様方の遊撃部隊の掩護はあまり期待をしない方がよいかと。瓦礫のバリケードがある以上、彼らは遠隔からの強襲を仕掛けることしかできない。しかしここには時雨様方がいますから……迂闊な破壊工作は試みれないでしょう」


 唯一正確な援護狙撃を期待できそうであった唯奈も、今は紫苑との攻防に手いっぱいであるはずだ。

 つまり時雨と凛音でどうにかせねばならないわけだ。それが現状もっともはっきりしている事実であろう。時雨は凛音に目配せをし潜伏場所から躍り出る。


「U.I.F.の兵士の弱点は間接だ。アーマー部はまともに破壊できないから――」

「うんにゃぁっ!」


 時雨の戦術的助言など聞く耳持たず、凛音はU.I.F.の一人に背面から肉薄しその首筋に強打を叩きこむ。

 そんな叫びと共に襲い掛かれば当然対象に感づかれてしまうが……まあ敵の数が圧倒的に多い以上、隠密の奇襲など特に意味を成さない。

 あっけなくU.I.F.のアーマーを凛音の小さな拳が粉砕するのを一驚と共に確認しつつ、時雨もまたもっとも近隣に位置していた兵士に接近する。

 アナライザーに装填していた通常弾をインターフィアによって情報化された視覚を頼りに射出する。狂いなく放たれた弾丸は一寸違わず膝裏間接に着弾しU.I.F.はその場で体勢を崩した。

 悲鳴一つ上げない兵士におぞましい感覚が背筋を伝うのを感じつつ、時雨は屈んだ対象の顎元に蹴撃を叩きこむ。

 衝撃を殺せずに仰け反った兵士の顔面を殴打し、仰向けに倒れ込んだその胸元を踏み散らす。アーマー越しに肋骨が数本逝く破砕音を感じつつ対象の手放したアサルトライフルを手に取って周囲に乱射した。

 奇襲にいち早く気が付いた数十のU.I.F.の兵士たち。だが彼らは至近距離から放出された弾幕にすら狼狽を見せない。

 それはただの弾丸ではアーマーを貫通できないという大前提から来る余裕の構えなのか、あるいは彼らが『鉄のような無人軍隊』と呼ばれるが故の感情の冷たさの賜物なのか。


「何やっているんですか弾丸なんて効きませんよ」


 この乱射はあくまでも牽制目的である。

 時雨は弾幕にて孤立させた二人の兵士に強撃をお見舞いする。腕をクロスさせ首元を隠した対象の背後に回り込み、その首元に側拳を撲りつけた。

 兵士は前のめりにつんのめるもののそのまま踏み留まる。通常ならば失神してもいい衝撃であったはずだが。

 間髪入れずにその顔面をアナライザーで強打した。全力の投入もあって流石にアーマーも耐えられずバイザーに亀裂が走る。再度打擲を打ち込むとバイザーが粉砕しそこから多少の赤い飛沫が噴出した。

 これには耐えられなかったようで、バイザーの赤く染まったU.I.F.の兵士はその場に顔面から突っ伏す。


「シグレ後ろだっ」


 凛音の酷辰に脊髄反射的に応じコンバットナイフを背後に叩き付ける。途端耳を塞ぎたくなる金属音と共に、肘まで電流が走り抜けた。

 背中から時雨を羽交い絞めにしようとしていたのだろう兵士は刺突の衝撃を殺せずに後ずさる。

 再度ナイフを引き戻し肘鉄を胸部装甲に叩きこむ。倒れこんだ兵士に馬乗りになり、逆手に握ったコンバットナイフをその手首に突き立てた。

 

「が――――ッ!?」


 通常ならば耐えきれないほどの激痛であるはずだが兵士は一寸の隙も見せずに伸し掛かる時雨の腹部を蹴り飛ばす。

 凛音の鳩尾エルボーの数倍ほどの火力を伴った衝撃が襲い来てそのまま数メートルほども弾き飛ばされた。


「にゅぁっ!?」


 同様に拳圧に耐えきれなかったようで凛音のくぐもった悲鳴が鼓膜を掠める。だが彼女の様子を伺う暇などはない。背中から派手にその場に横転した時雨へと向けて、片腕が使い物にならなくなっている状態の兵士が弾丸をばら撒いてきたからである。


「ディスターバーはまだかッ?」

「現状、この区画に接近中の車両、機影は存在しません……観測できたものは、高架モノレールだけです」


 周囲の情報を観測し続けているネイが少しばかり焦りを含んだ声で応じる。確かに彼女の言うように、この区画の上方に設置されている高架にモノレールが位置している。

 何かしらの不備でも生じたのかそれはその場に留まって停止していた。もしかすれば先ほどの破壊工作に伴って、モノレールへ電力供給していた機構が破壊されてしまったのかもしれない。

 いずれにせよそんなことはどうでもよかった。このままでは時間稼ぎをするどころか、ディスターバーがここに到着する前に時雨たちが死んでしまう。


「くそ……ッ!」


 おまけにA.A.の機関銃照準がこちらに向けられていた。ここまで大胆な牽制をしていれば当然気づかれる。事前にこの状況は推測できてはいたが、装甲車両すら呆気なく貫通できる機関銃を向けられて時雨は恐怖心を抑えられない。

 が、唯一時雨たちにとって良き条件がそこにはある。それはA.A.が無人型ではなく有人操縦型であることだ。あくまでも人間の反応速度でしかA.A.は時雨の攻防については来れない。


「パイロットの筋肉震動から弾道予測を試みます」


 時雨にはネイという超ハイスペック人工知能がいるのである。インターフィアという技能をデフォルトで備えている彼女ならば、操縦者の指の動きからA.A.の動きを読み取ることが出来る。

 それはつまり象すら簡単に殺せそうなあの機関銃の弾道を読めるということである。


「コンタクト、123度、アサルト――三人」


 それはまたU.I.F.に関しても同じ。インターフィアがなければ、時雨の反応速度では連中の攻撃に対処しきれず呆気なく絶命していたはずだ。

 視界を貫く形でネイの観測した弾道予測ラインが表示されるのを認識し、その延長線上から自身を逃した。弾幕の合間を縫って兵士へと急接近する。

 マガジンリロードしていた対象の肘を鷲掴み力任せにへし折る。骨が粉砕する嫌な音と共に関節があらぬ方向へとねじ曲がった。

 だがそこで強襲は収めない。自身の隙を対象に与えぬ間に奪掠したライフルでその顔面を殴打する。

 脳震盪でも起こしたのか倒れ込むその身を掴み別の兵士へと叩き付ける。反動で撥ね飛んだ兵士の背後に回り込み背中から羽交い絞めにして、その首元にナイフを突きつけた。


「止まれッ、動いたら喉を掻き切ッが――ッ!?」


 人質に取ったつもりだったが、どうやらU.I.F.相手にそのような作戦は意味を成さないらしい。

 遠慮なしに引かれたトリガー。弾丸は時雨の束縛する兵士のアーマーに跳弾し、一部が時雨の脚に着弾した。思わず兵士の拘束を解き鮮血を噴出す脚を抱え込む。

 そこに生まれた隙を兵士は見逃さない。ライフルを構え照準を合わせる。視界に表示された弾道予測ラインは数十の数。その半数以上が時雨の肉体上に重なっていた。確実に回避しきれない超至近距離。

 

「――――来ました」


 だがしかし弾丸は肉体を貫通しなかった。それどころか皮膚と筋皮質を抉る気配すらない。

 視界の中で時雨に銃口を向けていた兵士がライフルを構えたまま硬直していた。トリガーに指は掛けられたまま振り絞られることはなく。それだけではない。その兵士に限らずその他のU.I.F.が機能を停止している。


「っ――――」


 瞬間、肌で感じるほどの超音波を観測した。鼓膜が震えるような激しい静電気のような。


「何、が」

「これがユニティ・ディスターバーだ」


 インカムから響くのはHQの周波数に繋げられているのか棗の物。ネジが完全に止まってしまったように、人形のように微動だにしない兵士たちに狼狽しつつ時雨は思考を展開させる。

 これがユニティ・ディスターバーの効果だとしてどこにその電磁パルス投射機があるというのか。ネイの観測では新たにこの場に接近するヘリも車両もなかったはずである。


「そう言うことですか……」


 だが理解の及ばない時雨に反してネイは何やら合点がいったようである。U.I.F.やA.A.が再起動しないか注視しつつ視線で解説を促す。


「作戦決行前に聞かされていたことですが、レインボーブリッジが立ち入り禁止区画になっていた理由は何でしたでしょうか」

「確か高架の増設とかで……」

「その通りです。この区画はこれまで実装されずにいた高架モノレールの設置のために、この場所を閉鎖していたのです。であるならば、本来この場所にモノレールが来るはずがない……そうは思えませんか?」


 言われてみれば確かにおかしい。レインボーブリッジの効果は既に開通していたが、だがまだ立ち入り禁止の標識が外れていない以上、不備が全くないというわけではないはずだ。

 そんな状態のブリッジをモノレールで渡らせるはずがない。何かしらの厳戒なる封鎖状態を敷かれていたはずだ。それなのにモノレールがこの場所にまで来た理由――それは、


「モノレールに、ユニティなんとかを積んでおるのか……?」


 モノレールの全開にまで開かれた扉。そこから見覚えのある機構が頭を覗かせていた。本拠点で確認したホログラム、ユニティ・ディスターバー。その実物が各車両に設置されているのである。

 緑色の光を放射しているのは微弱な電磁パルスの鳴動を意味しているのか。その機構のギミックは時雨の知能指数では理解不能であったが、あれがU.I.F.の行動抑制をしていることは間違いない。


「これって……成功したってことでいいんだよな」

「ユニティ・ディスターバーへの電力供給は高架を通じて行っている。だが高架モノレールの管理は国営企業の担当だ。今はセキュリティに侵入している状態だが、彼奴等の管理権限が復活すれば不正な電力配給を遮断される」

「そうなれば、ユニティ・ディスターバーも稼働しなくなり、U.I.F.の兵士やA.A.が動き出すわけですね」

「ああ、もって二十分という所だろう。迅速に行動しA.A.の奪取を試みてくれ」


 時雨は棗に指示されるがまま装甲車両に接近する。そうして背後から近寄り操縦席に座っているであろう運転手の出方を見る。

 時雨の接近には気が付いているであろうが、だがしかし運転手が何かしらのアクションを起こしてくることはなかった。アナライザーを構えつつ確認すると、運転席の自衛隊員は頭部からハンドルに突っ伏し流血して絶命していた。

 他にU.I.F.ではない自衛隊員がいるかもしれない以上気は抜けないが、この場の制圧は成功したと考えてよいのではないか。想像以上に呆気なく任務の完了に近づいていることに一抹の不安感を感じつつ、時雨は運転席の隊員を車外に引きずり出す。

 何であれ今は車両を操縦してこの場所から移動させる必要がある。運送の襲撃に関しては、防衛省もすでに感づいていることだろう。

 連中の接近、またユニティ・ディスターバーの効果が薄れるよりも早く、この場から離脱する必要があった。


「……どうやら、そう簡単には行かせてもらえないようですがね」

「え?」

「っ……てーな」


 進退窮まったようなネイの言葉の意味を図ることが出来ず、問いかけようとした時。凛音ではない誰かの声が反響した。

 反射的に視線を振り返らせると、横転した車体を持ち上げ何者かがその下から姿を現した。


「あー……やっとお出ましかよレジスタンス」


 薫は頭部を摩りながら立ち上がりこちらを見た。額からはどす赤い血が滴り特徴的な青い髪は煤け乱れている。最初の水道管破裂の際に車体の下敷きになって抜け出せなくなっていたのか。

 その存在がこの場にいなかったことに、もっと早く気が付くべきだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る