2055年 9月22日(水)
第21話
「これは、どういうことだね、
レッドシェルター帝城内部・円卓会議室。臨時の軍法政策会議の発令によって収集された防衛省幹部が参席するその室内にて。
「はて、これとは何のことですかな」
佐伯は全てを理解していたが白を切る。白を切っていることをあえて防衛省長である伊集院に知らしめるような態度に、伊集院は自制心をかき乱されるような感覚を覚えた。
だが逆上しては佐伯の思うつぼである。この男はそういう男なのだから。それを理解している伊集院は整えられている髭を指先でつまみ、精神を落ち着かせる。
卓上のホログラムコンソールには巨大なレールガンの立体図が展開されていた。
「白を切っても無駄だ。君が21日、昨晩、無断でデルタボルトを使用したことは確証を得ている。それもリミテッド内部、港区B8区画――レッドシェルターのすぐ近くにだ。多大な民間人の犠牲を払うことや、最悪防衛省そのものが抹消される可能性もあった」
「ですが実際には、そうならなかった」
「それはその場に何故か集まっていたレジスタンスが阻止したからだろう」
「どちらにせよ、あの弾頭には通常量の5パーセント程度のナノマシンしか使っていませんでしたよ。たとえ着弾したとしても、被害はあの工場だけに留められたでしょう」
気味の悪い笑みを浮かべ佐伯が淡泊に告げる。後頭部へと頭髪を流し露出させている額には、彼の嘲笑を表現するように小さなシワが寄っていた。特徴的な白衣を翻して足を組み伊集院を試すように肘を突く。
ナノマシンに関することは伊集院はほとんど知識がない。佐伯がそういうのならばそうなのだろう。だがしかし、
「そもそも、あの場所にレジスタンスが集まっていたことも不可解だ。そして、その場所に彼らが集まっていたことに、君が気づいていたことも。佐伯局長、君は何かを隠しているのではないのか?」
「ははは、面白いことを申しますねえ、そんなわけないじゃないですか」
「……今回のことは、今後の君の研究指針に影響することを忘れるな。今後同じような独断の行動に出た場合、どうなるかは解っているな」
その言葉に、佐伯はやはり不敵な笑みで応じる。伊集院はその仮面の内側にどんな思惑があるのかを探ろうとして、だがやめる。
その代わり彼から視線を逸らし別の席に腰かける30台ほどの男を睨む。
「君に関しても同様のことが言える。山本一成」
「ああ、今後は独断行動に出たりはしないよ」
この男もまた伊集院にとっては理解の及ばない存在だった。この男の考えは全く読めない。それは佐伯以上の不可解さだった。
「いくらTRINITYだとしても、だ。佐伯局長がデルタボルトによる狙撃を行った際に、同じ場所に港区全域のDNA探査ドローン、及び警備アンドロイドを向かわせていたことも判明している。銃撃戦の痕跡も確認した。レジスタンスを掃討するための行動であったと判断するが、それは如何に?」
「それに関しては、僕の一存では答えかねるね。詳細は佐伯局長を介しての照会をお願いするよ」
佐伯を見やると彼はしたり顔を浮かべて伊集院を見ていた。だが視線が重なるとすぐに不敵な笑みに戻る。まったく食えない男だ。
「もう一度聞く。君たちは何か知っているのではないのか? あの場所にレジスタンスがいた理由。そして、あの工場に何があったのか」
「工場? それはどういうことですかね」
「あの工場は、織寧重工の元傘下の物だった。だがほかの工場にパーツ製造の権限を奪われ、現状機能していないと記録されている。つまりレジスタンスがA.A.の獲得のために潜入したとは考えにくい。他に何か理由があったのではないのか?」
「さぁ? どうなんでしょうねぇ」
すました顔で佐伯はすっとぼける。伊集院は、この男が何らかの方法でレジスタンスをあの場所におびき寄せたのではないかと踏んでいる。デルタボルトで一掃するためにだ。
その証拠を掴むために、先刻現場に部下を向かわせたが、証拠となるようなものは何も残ってはいなかった。おそらくは、事前に佐伯が証拠の抹消をしたのだろう。今は問い詰めるだけの材料がない。
「まあいい。それでは今回の議会についてだが……妃夢路」
「ああ、説明すればいいんだね」
伊集院はあえて、進行役に妃夢路を選んだ。彼女は化学開発部門顧問である佐伯の補佐だ。それによって佐伯の反応を窺ったわけだがボロを出すことはなかった。
「2日後、9月24日。織寧重工から軍用A.A.が運送される」
恋華はコンソールを操作し円卓を取り囲む者たちにそれぞれ同じファイルを送信する。そこには運送任務についての詳細が記されている。テキストだけで軽く5メガほどあるファイルであったが、それにあからさまに嫌そうな顔を浮かべる者はいない。
A.A.とは、エリア・リミテッドの統治をする上で、今や欠かせない存在となっている友人・無人型自動二脚戦車【アーマード・アグリゲート】のことである。
レッドシェルターを囲うように配置され主に革命軍殲滅のために出動されるマシンだ。
殺傷性能を持たないドローンや対人殺傷軽兵装を持つアンドロイドと違って、A.A.は対戦車用にも用いられる。それくらいの戦力である。
「これまでの革命軍との抗争の間に、破壊された分を補うことが目的だね」
「んで、烏川の所在はどうなってんだよ」
恋華の言葉を遮るように、円卓に足を投げ出している男が面倒くさそうに問う。TRINITYの立華薫である。彼の隣には彼とは正反対に仰々しく腰かけている妹の紫苑がいる。
「烏川時雨に関しては未だに生死の確認は取れていない。まあ大方、レジスタンスの研究員に解剖でもされているんだろうね」
妃夢路はクスクスと意味深な笑みをサングラスの奥に潜め、その他の者たちの不信感を煽る。
「チッ……手間かけさせやがってクソ野郎」
「お兄様、下品」
「せーな、こちとらアイツがいなくなったせいで、事務関係の諸々負担が回ってきてんだ。武力制裁部門が聞いてあきれるぜ。いつまでこんな雑用やらされんだか」
「その業務私がやってる。兄さん基本何もしてない」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーぞ」
「仲がいいのはいいけどね。そろそろ話を進めてもいいかい」
会議の目的を忘れて言い争いをするサイボーグ兄妹。妃夢路は呆れたように首を軽く振るった。TRINITYの総括部長を兼任している身としては、もはやこの口論も日常茶飯事なのである。
「今回は、織寧重工グループ本社からの運送となる。使用するのは装甲輸送車両5台。各車両に2台ずつ積む予定さ」
「そんなしちめんどくせぇ前置きはいらねぇ、さっさと本題に入れ」
「これが本題なんだけどねえ。まあ聞きなよ。織寧重工グループの本社は港区・台場にある。レッドシェルターまでは10キロちょっとだね」
「護送?」
「とはちょっと違うね。皆も知っているだろう? 近日巷を騒がせている振興偶像崇拝団体──アイドレーターについて」
ああ、と、その場にいる皆が納得した。
「奴らがこの運送に割り込みを入れてくる可能性がある。今回は護衛というよりは連中の動きを見ることが目的さ」
「そういうことだ。それに伴い、今回の作戦にはTRINITYも参戦してもらう」
「この作戦は、立華薫、立華紫苑が要となる。なお、昨晩の一件がある山本一成に関しては、同作戦決行時は謹慎処分とする、佐伯局長も同様だ」
「致し方ありませんねぇ」
総指示されることは想定済み、と言わんばかりに佐伯は肩を竦めてみせた。その挙動がさらに伊集院の神経を逆撫でる。
「重ね、大規模運搬作戦となると推測される。酒匂陸上幕僚長。君はその作戦決行時、東・昴の護衛体制を強めろ」
「了解いたしました」
筋骨隆々という表現以外に思いつかないような屈強な
伊集院よりも豪快な、それでいてきれいに整えられている髭、そして左瞼に惨たらしく刻まれている傷跡が特徴的な彼は、落ち着いた物腰で頭を下げる。
彼は現皇太子の護衛役を一任させられている。だがその護衛というのも、一般人に対する牽制のために伊集院は行っていた。
実質、今のエリア・リミテッドを管理しているのは防衛省である。天皇と皇后が崩御した今、皇室として生存しているのは皇太子である
伊集院は彼を皇太子とし名目上エリア・リミテッドの象徴的存在としておくことで、一般人の疑心を抑え込ませている。実際問題、彼の存在はあくまでも象徴に過ぎないのだが。
「では、これにて今回の軍法政策会議は閉会とする。各々資料に目を通しておけ」
「私は今作戦への参加権はないので、目を通す必要はなさそうですねえ」
「それじゃあ、失礼するよ」
会議が終了すると同時に佐伯と山本一成が起立する。彼らはそのまま会議室を後にした。
「立華」
「……指令?」
「あんだよ」
伊集院に呼び止められ薫はあからさまに嫌そうな顔をする。だが紫苑に引きずられ伊集院の元までやってきた。
「作戦当日まで、佐伯・J・ロバートソン、及び山本一成を監視しろ」
「あ? ふざけんな、んなめんどくせ」
「断った場合は、今作戦への参加意思もない物と判断する」
「……ちっ」
薫は案の定、悪態をついた。
◇
「なるほど……レジスタンスの集まっていた重工工場へのデルタボルトによる狙撃、ですか」
皇太子、東・昴は会議の後、酒匂からすべてを聞かされていた。その会議内容を耳にして昴にはいくつか思い当たる節があった。
「これは、いよいよぼくの考えも核心を持ち始めましたね……」
「早計は危険ですが、おそらくは」
齢15にして酒匂が全幅の信頼と忠誠を捧げる昴。その華奢な肢体と面持ちには、だが酒匂を従事させるだけの貫禄があった。
「では、ぼくたちもそろそろ行動に移すことにしましょう。例の作戦の決行は、二日後の十三時からでしたね」
「仰る通りです。運送ルートの方は私が確認しておきますぞ」
頭を下げて退室する酒匂。昴は深呼吸をすると、とある決意を胸に抱いた。
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