第20話
「北西方面から数十機の探査ドローンの接近を確認したわ。至急屋上へ集合して」
時雨たちが屋上に着くころには、闇夜の中でも正確にそのシルエットが確認できるほどにまでドローンは接近してきていた。さらに地上からは蟻の大群のように警備アンドロイドがこの重工目指して進んできている。
「どうなって……」
和馬が辟易をあらわに苦言を漏らす。それもそのはずだ。エリア・リミテッドを統括する上で欠かせないアンドロイドやドローンの警備網にも死角が存在するからである。
それらは本来家屋の中に侵入したり家屋内を透過して探知するすべを持たない。それは防衛省による統制政策の上で、住民への圧迫が度を過ぎたものになった場合、住民による
であるのに、施設内にて生じた紛争にこうしてドローンやアンドロイドが急接近してきている。それも紛争探知を知らせる甲高いエマージェンシーサイレンを響かせながらだ。
「潜入を探知されたな。峨朗凛音がブレーカーを操作したことが原因か、ノヴァの出現が原因か。少なくとも存在に気が付かれていることは確実だ」
「どうすればいい」
「穏便に切り抜けたかったが、ここまで接近されてはもはや離脱の手段はない」
幸正は差し迫った危険を前にしても至極冷静にライフルを抱え上げて応じる。
「掃討ね」
「全員、ブラックホークに乗れ。ここでの戦闘は、最悪収容されていた民間人たちを巻き込みかねん」
指示されるがまま時雨は機体に乗り込んだ。幸正の指示通り真那がエンジンを掛けていたようで、ヘリは隊員が全て搭乗次第、ローターの空気をかき混ぜる風切り音とともに上昇を始める。
すぐに、フロントガラス越しに無数のドローンが突っ込んでくるのが見える。それらは勢いを緩めることもなくそのまま機体に衝突した。その衝撃でブラックホークはバランスを崩し空中で旋回する。
どうやらドローンをぶち当てて、時雨たちのヘリを落とそうという算段らしい。
「烏川、機銃で応戦しろ」
命令される前に時雨はドアガンであるガトリングにしがみつく。そのまま銃口を前方に向け我武者羅にハンドルを振り絞った。
全身を痺れさすような超高速の振動が腕から伝わり全身を震えさせた。雨のように降り注ぐ弾薬は、ドローンの装甲をぶち抜いて次々と墜落させていく。
「全方位にドローンを確認……さすがにこれだけの数のドローンを、プログラム以外の方法で同時に操るのは無理よっ、全体に指示を飛ばしている司令塔があるはず」
「どれが司令塔だよ!」
「そんなのわかんないわよっ!」
唯奈と和馬の焦燥に駆られた声を片耳に挟みつつ、時雨は状況の判断に努める。
空を飛び交うドローンはすべてが同じ形状をしている。時雨の認識のとおりであるならばドローンには銃火器などの殺傷を目的とした装備は備わっていなかったはずだ。
そしてあくまでも憶測にすぎないが、もし司令塔が存在するにしてもこの無数のドローンの中にあるとは思えない。もし仮に、これだけのドローンや警備アンドロイドを同時に動かしている人間がいたとしたら――――それは。
「山本、一成……」
そんな芸当が出来るのはあの男しかいない。
「あの自称アダム男ですか」
「可能性は?」
唇に細い指を押し当てて熟考するネイは小さく首肯するにとどめた。
防衛省管轄、U.I.F.上層統括機関TRINITY。そのうちの一派閥、総合開発部総括長、山本一成。
そもそもドローンやアンドロイドと言った警備用機器を開発生産しているのは、総合科学開発局である。彼であればこれだけのドローンを遠隔で動かしていてもおかしくはない。
「ネイ」
「解っています。山本一成がメインで用いる周波数は把握しています。これを用いれば特定が可能です」
「真那、ガトリングを代わってくれ」
半ば真那にガトリングを押し付けるようにして開かれたドアから身を乗り出す。インターフィアを展開、視界には無数に存在するドローンを繋ぐ電波が表示される。蜘蛛の巣状に広がった電波網。
山本一成が直接全体に周波数を合わせることはできない。もしそれが可能ならば、司令塔は存在しなくても全体の周波数を合わせている個体はあるはずだ。
「特定しました」
インターフィアによって情報化された視界の中に、ネイがマーキングしたのか赤く強調される個体があった。外見的な見た目は他の個体と変わらず、だがネイがそれであるというのならばそうなのだ。
「柊、あれを狙撃できるか?」
「無茶言わないでよ。あれだけ蚊みたいに縦横無尽に動き回られてちゃ、照準を合わせようにも即視界外。それにもし動きが鈍くても、これだけの遮蔽物があったんじゃあ、ホーミング弾でも実装されない限りは無理ね」
唯奈の言うように、目的の個体とヘリとの間には無数のドローンが飛び交い、堅牢な金属のカーテンを引いている。おまけに目標までは直線距離で100数十メートルほどの距離があるのだ。
十分スナイパーライフルの射程内ではあるが、距離が広がれば広がるだけ鉄のカーテンも分厚くなるということ。
「仕方ないか……ネイ、ドローンの自律制御値数は?」
「私のアクセス権限であれば何の問題もなくクラッシュできるくらいの数値です。オーバーライトでもする気ですか?」
それには答えず時雨は操縦桿を握る幸正に視点をずらした。
「指定する座標の直上にまで移動してくれ」
「座標は?」
インターフィアによって明晰化された視界内にはすべての地点の座標情報が表示される。時雨はその情報に従い、目標の個体の存在する座標を幸正に伝えた。
真那と和馬のガトリング掃射で道を切り開きながら、目標座標の直上にまで到達する。
ドアから身を乗り出し下界を見下ろすものの、当然のように目標物までの間には無数のドローンが飛び交っている。
殺傷兵装を備えていないとはいっても、あの金属の塊を胴にまともに受けては肋骨の一本や二本は軽く粉砕しかねない。しかし四の五の言ってはいられない。
「ここからどうすんだ?」
和馬の不審げな目線。正面から直上に移動しても遮蔽するドローンの幕は薄れないだろうと言いたげな目だ。しかし多少条件は異なってくる。
「セカンドセクション――――オーバーライト」
ネイの掛け声に合わせてアナライザーのフォルムに幾何学的な赤いラインが走った。
神秘的なそれでいてどこか不気味さを漂わすそれに、一同の視線が集中する。誰かがそれについて質問してくる前に、ネイがくちびるを震わせた。
「こう、するのです」
そのセリフに合わせて時雨は機体から跳躍する。そうして足場のない空間へと身を乗り出した。落下する。
上方から和馬の驚愕したような声が聞こえるが、それも一瞬にして遠のいていく。下方から凄まじい空気の束が全身に押し付けてくるのに絶えながら、可能な限り空気抵抗をすくなくするべく両の腕を胸部に強く押し付ける。
ドローンの間隙を急落下する延長線上に確実に直線落下では回避し得ないドローンの束があった。このままではあの金属の塊に足から突っ込んで脚部骨が粉々に粉砕しかねない。
「そのままでかまいません」
どうにかして回避しようと自由の聞かない空中で身動ぎしようとしたが、ネイの制止が入った。その真意を尋ねる間もなく、時雨は衝突することなく先のドローンの束の位置を通過する。ドローンが時雨を避けていた。
「ドローンには危険回避機能が備わっています。ドローンは元々紛争を探知するためのものであって、戦闘機能が備わっていませんからね。それ故に自身から衝突することはあっても、他からの攻撃はすべて自動で回避するのです」
正直時雨にとってそんなことはどうでも良かった。もう十数メートル真下に。目標のドローンが位置しているからである。
時雨は無理やり自身の体勢を切り替えアナライザーを力任せにドローンへと叩きつけた。ガキンと耳をつんざく金属音が反響し装甲を叩き割って内部にめり込む。
瞬間アナライザーに浮かんでいた幾何学的なラインはドローンに移行し、その機体全体を覆い尽くす。
アナライザーおよびネイの複合技能第二段階――オーバーライト。対象物の構成因子を変換し変性させる。
今回はネイが山本一成の周波数を解析した。その周波数をネイが独自の周波数に切り替え、ドローンの操作権限を自分に移行させたのである。
「うまく行きました」
ドローンは力を失ったようにその場から落下を始める。ブラックホークも何とか撃墜されずに済んだようだ。警備アンドロイドに関しては、ドローンから受け取る識別システムが途絶えたため自動的に機能停止に陥っていた。
時雨は力なく降下していくドローンに身を任せるようにして地上まで到達する。既に空を埋め尽くしていたドローンの面影はなく、空には静かな宵闇が広がっている。なんとか難を逃れることに成功したのだ。
「さすがは時雨様です。ついに地上だけでなく空をも駆ける覇者となったのですね。トリ頭が幸いしました」
すぐにブラックホークもまた地上まで降下してくる。思考力を失ったかのように地上を徘徊する警備アンドロイドの合間にランディングした機体。
そこから身を乗り出させてきた幸正は時雨の姿を確認するなり大地に足を降ろした。
「迅速に、ここから離脱する」
「何故だ、ドローンもアンドロイドももう停止しているだろ」
「そうだが、これらが止められたことは防衛省に伝わってるはずだ。きっと今度はU.I.F.の別動隊が送られてくるはずだぜ」
山本一成のことだ。既にどうやってドローンやアンドロイドが機能停止に陥れられたかを理解していることだろう。それと同時に時雨がレジスタンスに加担していることも。
「和馬の言う通りだ。すぐにこの場から離脱する。和馬、聖、貴様らは早急に施設内の人員の救助に当たれ。俺たちはレジスタンスの別動隊を呼ぶ。輸送車両を使えば追跡の恐れもあるが……手段は選んでいられん」
幸正は無線機の周波数を合わせつつ時雨達に指示を飛ばす。今は時一刻が惜しい状況だ。悠長に作戦会議をしている時ではあるまい。
「こちらアルファ遊撃部隊、HQ、どうぞ」
「こちらHQ。港区B8区画に集結していたドローンの機能不全を確認した。危険指数レートC以上の敵障害物は確認できない。オールグリーン。これより別動隊を送る」
幸正の無線機から棗の声が響く。時雨たちの行動は逐一確認しているらしい。彼は現場には出てこないようだが、総司令、レジスタンスのリーダーとして常に作戦の指揮を執っているのだろう。
「回収した人員はどこに送る? オーバー」
「個人に追跡プログラムが打ち込まれていないことを確認する。一度港区の管制基地に送れ。解放はそれからだ。まずは――――!?」
彼は何かに阻まれたようにその言葉を途切れさす。紡がれた二の句は明確な動揺を露わにしていた。
「どうした?」
「まずい、今すぐそこから離脱しろ!」
切羽詰まった棗の指示。反射的にアナライザーを握り周囲に敵影がないかを探った。これといってそれらしいものは迫ってきていない。
「千代田区レッドシェルター内部基地より、未確認物体の発射準備が確認された」
「未確認の物体だと? ミサイルか?」
「物体の識別は不能だ。だがその距離だと発射後数秒でその場所は火に呑まれる。今すぐ離脱するんだ」
「了解した。これより離脱態勢に移行する」
「おい待て」
とんとん拍子で離脱の決定が進められるのを黙って聞いていたが流石に介入しないわけにはいかない。
「ここにいる全員を見殺しにするのか? ホームレスだけでなく、誘導に向かった真那たちまで」
「見殺しにするつもりはない。離脱の指示はだす。だがそこから離脱できるかに関しては……この状況下においては個人次第だ」
「……っ」
「言っただろう。全滅しては意味がない。最悪の場合そういう選択が迫られる、と」
「融通の利かねえ連中が……真那、聞こえるか! 返事しろッ」
全体周波数に関わらず時雨は衝動的に真那に叫びかける。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「いいかよく聞け。防衛省の連中がなにか大規模な破壊兵器を用意している。発射されたらおそらくこの施設は火の海だ、すぐにそこから離脱しろ」
「……でも囚われていた皆が、」
返答に窮する。時雨は真那に指示を出せなかった。
今ここで誘導の任を放棄させ真那を離脱させれば、確実に収容されていた者たちは死去する。
詮ずる所、それは間接的に彼らを死に追いやったのは時雨ということになる。非人道的な選択を迫られ、その責任を背負う覚悟が出来なかった。
「連れだせる者は連れ出せ。身動きが出来ない者、意識のない者、生死の確認ができない者は置いていけ」
幸正のその指示は辛辣だった。だがきっとそれが最善なのだ。
防衛省の連中が今ここにどのような兵器の照準を定めているのかは解らない。だがしかし着弾すれば確実に防衛省の求める被害は生ずる。時雨たち全員全滅なんて事態にもなりかねないのだ。
「自分を責めないことです、時雨様」
ネイの慰めを耳にしてもおいそれと割り切れはしない。幸正の代弁したような指示を耳にして、時雨はどうしてか安堵してしまっていた。
助けられる人員は助ける。その選択に良心の呵責が少しでも薄れると思ってしまったのだ。
分かっている、ここで立ち止まる意味を。時雨の脳裏には真那のいつしかのセリフがよぎっていた。
「私がどうして戦っているのか……そんなの解らないわ。いずれ訪れる死への恐怖を紛らわせるために、私は、皆は戦っているの? 解らない何も、何もわからなくて、私、怖いのよ」
その言葉に時雨は何も答えられなかった。だが今ならばわかる。時雨たちが戦う目的は、レジスタンスとして無実の者たちを守ることではないのか。
ラグノスの謀略によって無慈悲にも死に至らしめられている人間たちを助け出すためではないのか。
だのに今自らを犠牲に立ち止まろうという決意が、どうしてもできない。
「ッ」
情けなくて下唇を噛み締める。どこまで臆病者なんだ。
「幸正、一時的にこの場の指揮権限を、君に移行する」
突然の船坂の言葉にその意味を計り知れない。だが幸正が神妙な面持ちで頷いたのを見てその真意を悟る。
「船坂」
「俺は、可能なだけの生存者を助けに行く」
その行為はつまりは自らの死と隣り合わせだ。彼の言う可能な限りという言葉は、時雨と幸正が出した妥協案などではない。
生存者、つまり生きている者たちすべてを。自らの命が尽きるまで助け出そうと考えている。
「独断専行に走ることを許してくれ。俺は副指令として、この計画を延滞させるわけにはいかない。替えの利かない立場として、離脱すべきであることは理解している。だがそれでも……生きている人間をみすみす見殺すことはできない」
そう呟いた彼の背中に時雨は思わず毒気に当てられた。
彼が
仲間を助けるために自らの命を賭して戦う。時雨ができなかった選択を彼はした。だが解る。このまま彼が一人で突っ込んでいっても確実に死ぬ。
「未確認兵器が十分以内に発射されたとして、現時点での船坂様、また生存者の生存確率はそれぞれ8、13パーセント弱、全員が生存できる確率は――1パーセント未満です」
「それでもだ。俺が救える命を救う。たとえそれが生存しているすべての人類の命との天秤にかけられているのだとしても、その者のために戦う」
ネイの観測数値に彼は一瞬表情を歪ませ、だが直ぐに施設へとむけて駆け出す。時雨はそんな彼の背中に手を伸ばそうとして、だが下ろした。彼と一緒に死地に赴ける覚悟など一切なかったのだ。
彼と時雨とでは抱えている物の重さが違う。自らの命と無実な他者の命。天秤にかけたときどちらに傾くか。その時点で二人の選択は完全に別れてしまっていたのだ。
「離脱の準備をしろ」
「……ああ」
幸正にそう言われ動き出せない。施設の中に飛び込む覚悟なんてないのに逃げ出すことはできなかった。
「今更立ち止まらないでください。時雨様、あなたは逃げ出す選択を選んだ。心はそれを拒んでも、あなたの意識は保身を選んでしまったのです」
「俺は、」
「でもそれでいいんです。自分のことが可愛くない人間なんて存在しない。自分のことを第一に考えられない人間なんてただの偽善者です。ですので時雨様は正しい選択をしたんです」
彼女のその言葉は悲しいことに時雨の中の安堵を増幅させた。
ああ、自分のことが嫌になりそうだ。他人に慰められてそれで自分の決断を合理化してしまうなんて。
「まあ、そんなの、かませ犬の考え方ですけれど」
全くこのAIは。なんて奴だ。身を気遣ってくれているようで、その実さっぱり時雨のことなんて気にしちゃいないのだ。ああそうだかませ犬だ。それでいいじゃないか。
静かに施設に背を向ける。唯奈と凛音を先に離脱させた幸正。彼はどうやら皆が出てくるまでここに留まるつもりらしい。
だがそんなこと時雨には関係なかった。保身のためにすぐにここから離脱しなければ。それが自分が選んだ選択なのだから。
「敵陣営における弾頭の装填を確認した!」
棗の最大級にまで高まる切羽詰まった声。だが何も聞こえないふりをする。
「早く離脱しろッ! あと3分以内には発射されるはずだ!」
ああ、畜生。背を向けていた施設に再び向き直る。
「一度背けた目を再び戻すのですか? かませ犬の分際で正義感の誇示ですか?」
ネイの静止の声。
「かませ犬だっていいだろ」
「それでいいんですよ。さあ、かませ犬なら、かませ犬らしくさっさと尻尾を振って逃げ出しなさい」
「かませ犬だって、噛み返し抗うことが出来る」
見知らぬ他人のために命を賭す覚悟がなかった。だがそれでも。
「俺は、真那だけは絶対に護らなければいけない」
「…………」
「もしかしたらお前ごとぶっ飛んじまうかもしれない。でもそれでも、悪いが俺は逃げるわけには行かない」
再び背を向けるつもりはなかった。例えこの身が朽ちようとも。真那を巻き添えにするわけには行かないのだ。こんなところで彼女を死なせるわけには絶対に行かない。
「真那が離脱するために、何とかする」
「ふふっ……それでこそ、馬鹿な時雨様です」
それが時雨と真那の、あの時、全てが狂ってしまった瞬間に交わした、呪縛にも似た契約なのだから。
──契約? いったい、何を考えている? そんな契約なんてしたことないじゃないか。
「烏川、何をしている。早く離脱せよ」
「離脱準備はアンタに任せるッ」
動き出さない時雨を訝しんだのか声を投げかけてきた幸正に、背を向けて走り出した。施設へと離れていく時雨を彼は止めようとはしなかった。
「ネイ、実際、俺にこの状況を切り抜ける術はあるか」
「やっぱり……策はないんですか」
「そんなモノあったんなら、最初から背中なんか向けてないな」
「はぁ。口だけは達者なんですから。ですが、その覚悟に免じて、今回は私が力と知恵を貸してあげます」
呆れたようなため息。だが気のせいだろうか。心なしか彼女の声はいつもよりも活き活きとしている。そうして作戦を伝えられる。
「時雨? どうしてここに……」
扉から入ってきた時雨を見て訝しむように真那が疑念をその顔に表明する。どうやら彼女は和馬と共に収容されていた者たちの誘導を指揮していたようだ。
だがしかし能動的に自身を動かせずにいる者たちもいるようで、誘導は難航している。
「いいか、離脱は中止だ」
「……どうして?」
「説明は後だ。このままじゃどうせ助からない。俺が件の遠距離爆撃兵器の対処をする。全員を施設の中に誘導させて外に出ないよう取り計らってくれ」
「でも……解ったわ」
声音から強い意思を感じ取ったのかもしれない。はっとしたように真那は目を見開き、やがて神妙な面持ちで小さく頷いた。
屋上へと続く非常階段を経由し屋上に飛び出すと、そこにはブラックホークがなくなって視界の開けたヘリポートが広がっている。障害物という障害物もない。ここならば可能か。
「時雨様の姑息な策略ではなく、下心皆無な行動によって真那様の好感度が加速度的に上昇中……役得ですね孔明時雨様」
ヘリポートの中央に立ち空を仰ぐ。そうしてアナライザーを抜銃する。
「おそらく防衛省がこの施設を陥落させるために用いようとしている兵器は、ミサイルではなくレールガンでしょう。私の記憶が正しければ、レッドシェルター南西部に位置しているデルタボルト――ではないですかね」
「弾頭は?」
「おそらく焼夷弾ではありません。レールガンの場合、最悪加速時に燃焼し誘爆してしまう可能性がありますので。火薬も使われていないと思います。専用の
「被弾した場合の被害は?」
「弾丸のサイズにもよりますが……少なくともこの施設だけでは飽き足らず、周辺区画数キロに渡っての大規模な破壊となるかと。防衛省の思考的に」
「ならそもそも、逃げてても助からなかったかもな」
アナライザーを北東方面に向ける。照準を向ける先は、レッドシェルターのある千代田区だ。正確な方向は定かではないが……。
「もう12度ほど北です」
「角度調節もそうだが、タイミング指定はお前に任せる」
「レールガンが発射されたら距離的に着弾までは2秒以下でしょう。その2秒の間に雌雄が決します」
「……成功率は?」
「何いきなり弱気になってんですかこの玉無し野郎。さあ、きますよ」
足に力を込めて震えそうになるのをぐっと堪える。今更逃げてなどいられない。弾頭のもたらす被害範囲は測定しきれないが、この施設を丸ごとふっとばすには十分な火力のはずだ。
「皇、レールガンの発射タイミングは計れるか?」
「レールガン、そうか……こっちで観測しよう。烏川、以前も言ったとおりだ。俺はお前を買っている。お前にレジスタンスの全てを託している」
「このタイミングで、プレッシャー掛けるようなこと言ってくんな」
シリンダーから空の薬莢を排出し新たに指向性マイクロ特殊弾を装填する。マグナム型リボルバーであるアナライザーの装填数は五発。これを全て駆使しても対処しきれないのならばもうどうしようもない。
「可能性はどれくらいなんだろうな」
「五発すべて的確に弾頭に着弾させれば、あるいは……0.000002パーセントくらいはあるんじゃないですかね」
聞かなければよかった。
「レールガンの冷却機能が完了した。発射まで5秒ほどだ!」
意識を研ぎ澄ます。一瞬の油断がこの場にいるすべての人間の命を奪うのだから。
「ネイ、インターフィア」
視界がシステム化され視界に収まるすべての事象が僅かにスローになる。いやそうではなく時雨の感覚が鋭敏化し加速しているのだ。
「発射されたッ!!」
瞬間、天井のように黒く空に広がった闇の中から一陣の光が到来した。破壊的なインパルスを宿した弾頭。それが迅速に接近してくる。
「捉えました」
レールガン弾頭。視界の中、照準がそれに定まる。加速した意識の中でトリガーにかけた指に力を込める。
「
吐き出された特殊弾。間髪入れず残りの弾薬も排出する。銃口から一気に吹き散らされた発火炎。弾丸は接近する巨大なプロジェクタイルに接触し――――瞬間、空間を抉り去った。
残りの弾丸もまた次々と
「削り切れて――――」
最後の特殊弾が空間を抉った後も僅かなプロジェクタイルの弾頭が残存していた。たった数センチの破片。だが確実に時雨の肉体を粉砕できる殺傷性を持った鉄の塊。回避できるはずがない。
絶体絶命。急速に落下してくる破片がひどくスローモーションに写った。指向性マイクロ特殊弾の殺傷性能を回避して突っ込んできたその弾丸は、呆気無く時雨の肉体を木っ端微塵に粉砕──しない。
時雨から50センチほどしか無い位置で、急に破片はその弾道を切り替えた。あたかも凸レンズを通過した光の屈折のように、肉体すれすれの位置を通過し足元に着弾する。
その瞬間、屋上のコンクリートが数十センチにわたって抹消した。溶け落ち銀色の粒子となって霧散する。
「! これは……」
「ナノマシンですね」
ナノマシンはすぐに浸食作用を失って消え去る。だが確かに屋上に残したその痕跡はナノマシンの成したものであることを物語っている。
通常ただの固形物が着弾しただけなら、ある程度の断裂やコンクリ片を生み出すからだ。だがこの着弾地点には一切の痕跡がない。ただ滑らかな断面が残されている。
「それにしても、どうして弾丸は俺を避けたんだ」
「恐らくは特殊弾によって空間がえぐり取られたが故でしょう。特殊弾は着弾地点周辺に存在する物質全てを抹消する……それが、形をなさないものでも」
「まさか空間そのものを抹消したとでも言うのか?」
「流石にそんな非科学的な抹消力はありません。しかし大気という概念そのものを喰らい、瞬間的に抹消することで、何も存在しない空間に、ほんの一瞬だけ転換させることができます。つまりは真空状態みたいなものです」
よく解らないが宇宙空間のようなものか。その真空に破片が侵入し、空気抵抗やら空気摩擦やらが働かず軌道をそらした。といったところか。
「しかし誤算でした。まさかあのプロジェクタイルが、ナノテク弾頭だったとは」
もし抹消しきれていなければこの場の者たち全てが発症していたことだろう。ここ数キロ一帯どころか、下手をしたら数十キロに渡って壊滅的な損害を与えていたのではないか。それも、この一般市民が密集する住宅街で。
防衛省はそれを理解したうえで、レジスタンスを根絶やしにするためにそんなものを使ったというのか。
予感と悪寒が確信に変わった瞬間だった。
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