第18話
午後9時、東京タワーを発った時雨一行は、高架モノレールを用いずに目的地にまで出向いていた。
モノレールを使わなかったのはああいった公共機関は必ず内部に探知センサーが設置されているからだ。
今回の作戦上、武器の使用は免れ得ない。そのため携帯している武器をセンサーに探知されてはならぬために、公共機関は利用しないという選択肢しかないのである。
結果的にイモーバブルゲートを越えるために用いた地下運搬経路を経由した。元々国内に張り巡らされていた資源運搬用の経路とあって、縦横無尽に蜘蛛の巣状に展開されている。
これならば目的地近隣のターミナルまで地上に顔を出すこともなく向えることだろう。
「ここが……例の重工か」
施設内部には正攻法で潜入することはできなかった。レジスタンスの通常解析コードでは開錠できないセキュリティが工場入り口の扉に仕掛けられていたのである。
ネイとアナライザーの複合技能サイバーダクトを用いる方法もあった。だがあれはセキュリティ解析時に生ずるエフェクトが激しいため、隠密作戦の場合このような夜間には使えない。結果屋上から潜入することにする。
「ここか」
潜入し人間の生体反応を探知した階層。そこは軍用A.A.の装甲パーツを製造する区画であるらしい。
廃止されていることもあって電気がついている様子はなく、薄暗い工場施設内は奥まで見渡せない。だがすぐにそこら中から衣擦れ音やうめき声が聞こえてくるのを感じる。
「……酷いな」
A.A.のパーツを収納する格納庫。その奥には数十人単位の人間が横たわっている。薄汚れた衣服を身にまとい皆が疲弊しやつれきっていた。中にはすでに息絶えているのではないかという身動きひとつしない者までいる。
食糧配給口を開けるとむわっとした腐乱臭が鼻を突く。どうやら彼らはもうかなりの期間ここに閉じ込められているようだ。間違いない、失踪したホームレスたちだ。
「この格納庫に使われているセキュリティは、おそらく一世代前の物でしょう。解析技能用いれば難なく開けられると思います」
「ならさっさと」
「待って。この工場は主電源が落とされてる。屋上入口のセキュリティは予備電源が作動したから動いていたけど、ここのセキュリティは主電源が入ってないと開けることすらできないわ」
確かに真那の言う通りセキュリティ稼働中ランプが点灯していない。ならば逆にセキュリティが解除されているのではと希望的観測で手を当ててみるが、開く気配はなかった。
「屋上にソーラーパネルがあった。おそらくあれで予備電源を賄っているのだろう。だがここの施錠を解除するには、通常の供給が途絶えている以上、パネルが発電した電力をフル稼働させる必要がある」
幸正のその言葉を聞いて、ネイが時雨の隣に等身大サイズでホログラム投影される。
彼女に促されるままにビジュアライザーを工場内ネットワークに接続すると、彼女の足元に立体マップが展開された。
どうやらこの建物の内部構造を図式化した物であるようだ。ソリッドグラフィによく似た3D解析情報。その模型の内部の一点が赤く点滅する。
「ここが電力制御室となります。ここにある配線用遮断器、ブレーカーを上げることで、主電源にパネルからの発電電力をつなげることが可能になります」
「ここで待機する必要もある。作業を分担した方が効率的だ。烏川に峨朗凛音、聖は電力制御室に向かえ」
「解ったのだ」
指揮官さながらの指示を出していく幸正に各々が頷く。時雨は凛音と真那に目で合図を送り、エレベーターにまで歩み寄ってボタンを押してはみるが反応はない。予備電源ではなく主電源で動作しているようだ。
「ネイの解析情報を見る限り制御室は地下にあるみたいだけれど……階段はここより下につながっていなかったわ」
「ネイ、このエレベーター以外には下に降りる手口はないのか?」
「元々は設営上地下に降りられる非常通路があったようですが、その場所は既に閉鎖されています。物理的にですので私が開けることはできないですが」
「となると、このエレベーターを行くしかないか」
力任せに押し開けると呆気なくエレベーターの扉は開いた。薄暗くかび臭い昇降通路を見下ろすと十数メートルほど下方にかご室が確認できる。
ワイヤーロープの末端にまでたどり着きエレベーターのかご室天井に降り立つ。天井救出口を引っ張り開け内部に降り立つと内側から先と同ように扉をこじ開ける。
それと同時に地下の空気が紛れ込んできた。長年放置されていたため多少のカビ臭さが染みついているが、意外にも空調管理が行き届いている。天井の四方に大きな空気孔がありそこの中で回転している換気扇が空気を排出しているのだ。
巨大な除湿機らしき物体がいくつも据え置かれ、その内部でウィンウィンと機械音が鳴動していた。中には灯っていないものもあるが、蛍光灯は未だにチカチカと明滅している。
「ここには、予備電源が通っているようね」
「電力が途絶えると困る機材でもあるのか」
五十畳程の室内にはあらゆる機材が据え置かれている。天井から突き出たパイプが部屋の隅にある巨大なガスタンクに繋がり、そのタンクには大きなバルブのようなものが接続されていた。
メタンガスのタンクだろう。だがそれよりも時雨の目を引くものがこの部屋値は頓挫していた。
「これは――――」
特徴的な四面体の物体。ゆっくりと回転しながら浮遊するそれには激しく見覚えがあった。
「デルタサイト……」
真那もまた驚いたように頬を冷や汗が伝っている。ノヴァの、ナノマシンの行動を抑制する特殊電磁波を放つ機器。
なぜこれがリミテッド内部に存在しているのか。ノヴァの侵入がありえない以上は不必要な産物ではないのか。
「とりあえず、早く皆を開放するためにも、このブレーカーを上げなきゃ」
彼女の言う通りだ。ここにデルタサイトがあることは、今後のレジスタンスの懸案事項となりゆくことは間違いないだろうが、今は任務である。
「このブレーカーを上げればよいのか?」
てこてこと壁際に近寄っていく凛音のフードを引っ掴む。好奇心旺盛な凛音が状況判断をせぬままにブレーカーを上げそうな気がしたからである。
ブレーカーはいくつものレバーがある。必要な電源分だけレバーを上げた。ガコンという鈍い音と共に機械が動作し始める。
地響くような音が鳴っているのは、おそらくはこの工場全体の製造機器が運転を再開したからだろう。
半年ぶりに動き始めた機械たちは、鈍った感覚を取り戻すかのように一斉に活性化し始める。これで格納庫も開錠できるはずだ。
「なあ、このブレーカーはなんなのだ」
凛音は今しがた操作したブレーカー機材の前に佇み、並んでいるレバーを見つめている。どうやら彼女が言っているのはそのうちのひとつ、一番端にある赤いレバーであるようだ。それだけは最初から電源が入っていた。
「その電源に関しては、不穏因子だから触らなかった」
「なんの電源なの?」
表記はactivating power。直訳すると活性化電源だが用途が解らない。だが明らかに電気を止めたらやばそうなやつである。
「シグレ、峨朗ファミリーの家訓を知っておるか?」
「は?」
「一、嗅覚には貪欲に。二、毛根は大切に。そして三なのだ。衝動に従え、なのだ」
凛音が何かをしようとうずうずしながら時雨のことを見上げてくる。何が言いたいのかわからずに問いかけると、凛音はオフになっている電源を指さした。嫌な予感が心臓を撫でる。
「リオンは今衝動に駆られているのだ。そのレバーを降ろしたくて仕方がないのだ」
「いや、何でだよ」
「理由などつけられぬからショードーなのではないのか?」
妙に説得力のある発言だった。
「そういうわけなのだ、だからリオンはこれを押すのだ」
「おい」
「行きはよいよい、帰りはこわいのだっ! ぽちっと、にゃぁっ」
制止も空しく彼女の細い指が電源に触れた。オン表示がオフになりランプが消える。
直ぐに変化が訪れた。左側から何か機械が鳴動するような地響く音が鳴り始める。
「な、何っ?」
鳴動しているのはデルタサイト。微弱な鳴動は徐々に弱まり、やがて宙に浮遊していたそれは床に落下する。
ガキンッという鋭い音とともに床に弾けそれきり音という音がなくなった。不気味なほどの静けさ。
「リオンは何か、やってはいけないことをやってしまったか?」
明らかに押してはいけない物であったがそれを責めても仕方ない。強化ガラスの向こう側の天井から、いくつものアーム上の機器が展開され始める。
「なんだ……これ」
突如電力制御室の内部に発生し始めた銀色の粒子。それらはさながらイナゴの群集のように超高速で回転を始める。
不快な金属音。少しずつそれらの粒子は結合を始めた。金属粒子は瞬く間に収束しそして具象化する。
徐々に鈍色の物質に変貌し、空転しながら少しずつ形を成していった。
「時雨様」
「おい、嘘だろ……」
時雨は凛音のフードを掴み引きずるようにして背中側に移動させる。言われなくてもネイの考えていることは手に取るようにわかった。
ガラス越しの目の前で起こっている現象、これは紛れもなく──ノヴァが形成され始めているのだ。
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