第2話

「U.I.F.の軍用ヘリが四機、レッドシェルターを通過した」


 二十代半ばの端正なる顔立ちの男が、管制室に欄列らんれつされた無数のモニタに手をつき、開口する。

 モニタにはレーダー受信装置やらIFF敵味方識別装置のような識別情報が表示され、彼はそれらを一人で操っている。

 管制室内に待機している各員に背中を無防備にも晒しているように思えるが、その体勢には一切の油断も隙もない。

 彼は観測を継続するモニタから指を離し、視線だけ振り向かせた。


「U.I.F.の目標地点は?」


 対し、少女は問いかける。


「現状では判断しかねるが、だがこの拠点ではない」

「どうしてそう言い切れる? 観測している機体は明らかにレッドシェルターから西南西に航行している。直線状にこの拠点が配置しているわけだが」


 怪訝けげん気な声を上げるのは、管制室の外周に位置された巨大な展望窓から、その外の光景を俯瞰ふかんしている男だ。

 モニタを操作している男――皇棗すめらぎなつめと同年代かと推察できるが、棗よりも強靭な肉体の船坂義弘ふなさかよしひろだ。どうやら肉眼で迫るヘリを視認しようとしているようだ。

 それは無謀な試みというわけでもない。今待機している拠点は港区に存在する。対し敵機が出動したレッドシェルターとは、千代田区全域を示す軍需区画のことを示しているのである。

 故に、隣接する区間であるからこそすでに肉眼でも敵機を視認することは容易い。実際にこの地点からでも接近してきている汎用ヘリブラックホークが目視出来た。

 

「迎撃用意をした方がいいんじゃねえのか?」

「いや、何もしない。下手に出動して敵に観測されては元も子もないからな」


 比較的長めな黄ばんだ金髪を揺らし、アサルトライフルのマガジンを手に取り立ちあがる男──和馬翔陽かずましょうよう。そんな金髪の男を司令である棗は手で制す。

 

「敵の目的地がここではない確証があるの?」

「確証、とまでは言えないが、彼奴等の無線を傍受したところ、ランディングゾーンの座標がここよりも2.9マイルほど西であることが判明した」

「2.9ってことは……まだ23区内じゃねえか。連中は何のために民間人のいる場所に向かってんだ?」


 2.9マイルということは、精々五キロ弱の距離。この場所が港区であるため東方面であれば太平洋上であったわけだが、西ということは渋谷区か目黒区辺りにランディングゾーン着陸地点指定されているということになる。

 一体、いかなる理由でU.I.F.――防衛省はそのような一般エリアに出動したのか。それも、軍用ヘリ四機という中規模以上の軍力を率いて。

 少女がそんな考察を脳内で展開させているうちに、ヘリはこの拠点から数百メートルも離されていない地点を通過し、東方面へと抜けて行った。


「U.I.F.の目的は現時点では定かではない。だが情報局の人間に、無線傍受を継続して行わせている。その目的が判明次第、俺達も動くことにしよう」


 モニタで行っている内容は情報局の人間との交信だ。棗はモニタに表示されている無線周波数を合わせ、情報局の人間に通信を図る。


「聞こえているか」

「ええ、聞こえています」


 無線機越しに響く声はノイズ交じりだ。だがそれでもなお声は透き通っている。

 日本人らしからぬ柔らかい声で、だが発せられている言葉は流ちょうな日本語。少女は相手がシエナであることにすぐに気がつく。


「ランディングゾーンの逆算から、U.I.F.の目的地の情報を導き出せ。現場の住民状況、それからセキュリティ状況の観測もだ」

「現在進行形で行っています。観測結果を照合していますので、もうしばし時間をいただけますか」

「了解した。俺たちは出動の準備を整える」


 棗はそう応じ、モニタから視線をそらす。そうして別の周波数に無線を合わせ始めた。


「五分後に出動する。遊撃ゆうげき部隊の準備を始めろ」

「航空支援は?」

「不要だ。後続のU.I.F.に俺たちの接近を感づかれてはいけない。本作戦は全て地上からの潜入で行う。直ちに斥候せっこうを出動させろ」

「了解しました。出動する本部隊構成はいかがしますか」

「本隊が潜入するための輸送車両を二台、地下運搬経路に待機させろ。有事の場合に備え、10式戦車を一台現場に向かわせておけ」


 了解と応ずる構成員の声で無線は遮断される。

 斥候とはつまるところ敵軍の動静を探るために送られる索敵部隊のことである。

 本隊が潜入した時点で全く敵の状態を探れていない場合、最悪完膚なきまでに自軍が壊滅させられる可能性もある。

 目的を完遂させるためには十分な敵情視察が必要なわけだ。


「結局出動するのな」


 コンソールに寄りかかる形で和馬はどこか不服そうに呟く。金髪の間から見え隠れする双眸には、総指揮を執る棗に対する疑心と信頼という相反した感情が見え隠れしていた。


「俺たちの掃討目的ではないことは確かだが、だがあれだけの航空部隊がリミテッド内部に出動させられた。目的が何であれ、多大な被害が出ることは見越しておいた方がいいだろう」

「一応言っておくが、俺達は23区を護る警察でもないし、ましてや正義のヒーローでもないんだぜ。自ら危険に身を晒しに行く必要は無いようにも思えるけどな」


 和馬は金髪を軽く揺らして呆れたように首を振り発言する。血も涙もない発言に聞こえるが、確かに彼の言葉は正鶴を射る物だ。

 彼らはU.I.F.──すなわち防衛省直属の武力掃討部隊に狙われる立場にある。考えなしにU.I.F.の目的地に向かって、自分たちの部隊が掃討されては意味がない。

 和馬自身心からそのような発言をしたわけではない。それは苦渋に顰められた彼の顔からして明白。


「確かにそれはそうだ。俺たちはエリア・リミテッドの治安を守るだけの存在ではない。だが治安を維持し住民を保護する役目にある統率者、その防衛省が役目を果たしていないのが現状だ」


 否、それだけならば憂慮するほどでもない。だが現状、治安維持装置たるU.I.F.が武力の矛先を住民のいる区画に向けている。

 この状況をみすみす見過ごすことなど出来ないだろう、と棗は確固たる意思で応じた。


「確かに治安を維持するために動く機関なくして、リミテッドの安寧が獲得されることはない。だがそれでも、俺達は隠れ蓑に身を潜め可能な限りU.I.F.に察知されない立場にあるべきではないのか?」


 そこで船坂は一拍おく。


「何と言っても俺たちは……レジスタンスなんだぞ」


 その言葉に棗は応じなかった。返す言葉が見つからなかったのか、あるいはあえて二の句を紡がなかったのか。

 その疑問が解消されることはない。情報局の周波数に繋がれていたままの無線からシエナの声が響いたからである。


「観測終了しました」

「ご苦労だった。報告を頼む」


 棗はシエナの報告に間を空けずに答えた。その態度は船坂や和馬に対し、自分たちの在り方に関する追及はここまでと表明しているようで。

 その意を敏感に感じ取ったのだろう。二人ともあえて追及を試みることはしない。


「まず、ランディングゾーンですが、目黒区における市街地です」

「何故市街地に?」

「おそらくはその地点に掃討すべき勢力があるのでしょう」

「掃討すべき――第三勢力か」


 棗はシエナの発言にすぐに合点がいった。彼だけでなく少女やその他の者も大体が推察できていた。

 エリア・リミテッドと呼ばれる、23区全体を示す領域。その領域の管理体制を牛耳る機関、それが防衛省だ。

 だがその防衛省の在り方に疑問を抱く人間も少なくはない。棗たちの所属するレジスタンスもその例に違わず、だがその在り方は微妙に異なっている。

 このレジスタンス以外にも蜂起を企てる人間たちがいる。それらの殆どは軍役すら履歴書に書けないようなただの民間人である。

 そう言う人間たちは本当の意味での改革という物を知らず、ただ破壊の限りをつくし防衛省に一矢を報いようとする。

 その結果、今回のようにU.I.F.が出動し制圧が行われるわけだ。蜂起軍による動乱を抹消することによって。


「つまり、他の革命軍の制圧に向かっているわけね」

「はい、最近エリア・リミテッド内部でいくつか破壊暴動が起きているという噂を聞いたことがあります。おそらくはその革命軍の拠点があるのでしょう」

「つってもただの民間人による暴動だろ? 航空部隊で制圧に向かう必要が?」


 無線機越しの少女の言うように、確かにここ一か月間、些細な暴動が勃発していた。電力会社の配線が破壊されただとか軍需工場が爆破されただとか。

 とはいえ、それらは精々名目上で23区――リミテッドの治安を維持する立場にある防衛省の気分を害す程度の効果しか見込めない。

 目の前を飛び回るハエ程度のあくまでも些細な障害だ。和馬の懸案の通り、防衛省からしてみれば中部隊をわざわざ出動させる必要などない。ただそのハエを叩き落とせばいいだけなのだから。


「おそらく目黒区のその拠点が、革命軍すべてを総括する本拠点であると防衛省は踏んでいるのでしょう。そのことを鑑みれば、制圧用ヘリを四機出動させた程度では、むしろ戦力不足と言えるくらいです」

「なるほどな。確かにそれもそうだ」

「件の蜂起軍に関しては、おそらく抵抗の暇すら与えられずに制圧させられるでしょう。流石に市街地故に、空爆などをすることはないかと思われますが」


 もし空爆による制圧などされれば、リミテッドはパンデミックに陥る。

 都心エリアではないとはいえ、目黒区も東京23区の一区なのである。住民も無数に存在する。そんな場所でU.I.F.による空爆などがあれば、住民の不信感は加速度的に上昇するだろう。

 そのようなことを連中がするとは考えにくい。


「とは言え、被害は少なからず出てしまうはずだ」

「……はあ、解っているって。俺たちも向うんだろ?」

「無論だ」

「斥候部隊からの連絡も来ています。まず拠点に待機している民間革命軍の情勢ですが、U.I.F.の接近には気が付いているようです。迎撃を蹶起していると踏んで間違いはないですね。確認できただけでも、30ほどの中装兵がいるとのこと」

「戦力は?」

「どこから仕入れたのかは解りかねますが、各自アサルトライフルを装備しています」


 その報告を耳に少女は考えを改めた。銃火器を持っているのは想定外だった。どうやらただの民間蜂起軍というわけではないらしい。


「ライフルを装備しているということは、外との繋がりがあると考えていいな」

「エリア・リミテッド内部で銃の流通はありえねえしな」


 リミテッドと呼ばれる東京23区は、防衛省によって統制化が成された形式社会である。

 それ故にこうした蜂起などを未然に防ぐべく、防衛省は三年前の2052年に流通していた銃火器全てを押収していた。狩猟用のライフルなどすらだ。

 民間の重工業会社にもすべて管理体制が敷かれ、武器の製造などは厳正に取り締まられている。

 それ故にレッドシェルターたる防衛省の領域以外の人間が銃火器を仕入れるためには、外――すなわち海外諸国と繋がる必要があるわけだ。


「双方の勢力に武器の所有を確認したということならば、被害は拠点だけに収束しきれない可能性がある。確かに、今回は俺たちも向った方がよさそうだ」


 最初は棗の意向に異を唱えていた船坂も、流石に看過しえないと判断したようで。短機関銃を手に取り賛同する。


「潜入本作戦の部隊編成は?」

「こちらも主力を投入する。聖、和馬、船坂、君たちは各遊撃部隊を率いて現場に潜入してくれ。俺の方で他の人員を手配する」

「解ったわ」


 棗はレジスタンスの司令塔であり、常に作戦時、この本拠点に待機して全体の指揮を執る。

 とはいえ部隊全ての管理をできるわけではない。故に現場に配属される管理職の人間がこうして部隊の統制に回されるわけだ。


「それにしても、少々不可解ですね」


 不意にシエナが無線越しに奥歯に物が挟まったような不審げな声を上げた。

 

「どうしたんだ?」

「敵機のランディングゾーンなのですが、ちょうどその座標に、シトラシアが建てられています」


 シトラシアとはリミテッド内部における大規模商業施設である。23区全区画に配置されるショッピングモールのようなものだ。


「もしかして、シトラシアが拠点に?」

「それは考えにくいですね……もしかすれば、現在進行形で暴動を起こしているのかもしれません」

「大規模商業施設における暴動か……シトラシアならば民間人も無数に集まる」

「目的は定かではないが、それならば、俺達の行動も大きく制限されかねないな」


 民間人がいるという前提の場所となれば銃撃戦すらできなくなる。そもそもレジスタンスの潜入の目的は、U.I.F.の掃討作戦の被害を可能な限り収束することにある。

 だがしかし、蜂起軍がその場所を何かしらの暴動のために選んだというならば……少女たちの行動は意味を成さないかもしれないわけだ。


「俺たちの具体的な作戦だが、まずは近隣住民の避難を最優先とする」

「シトラシア内部の民間人に関しては?」

「すでに蜂起軍の人質に取られている可能性もある。臨機応変に行動する必要があるだろう。君たちの出動後に、プランアルファからデルタまでを発令する」


 つまり現時点で最有力な解決案はないということか。この潜入作戦……否、U.I.F.による掃討作戦、予測しているよりも大規模な被害をもたらしてしまうかもしれない。


「これで懸案は解消されたか?」

「いえ、不可解な点は、そのことではないのです」

「というと?」

「問題なのは、シトラシアの屋上には、ヘリポートがないということです」


 つまり、ヘリが着陸できる空間が存在しないということ。


「ヘリポートがなくとも、着陸できるだけの平地はないのか?」

「シトラシアには一様にして巨大な給水塔が設置されていますので」

「つまり着陸するつもりはないということか」


 着陸せずにどうやってU.I.F.はシトラシアに突入を仕掛けるつもりなのか。

 他の地上にランディングするという可能性も無くはないが、指定された地点に着陸しないということはないはずだ。何と言っても統制化されたU.I.F.なのだから。


「敵機が上昇を始めました」


 無線機越しにシエナではない男の声。


「上昇?」

「四機すべてです。方位143度。速度182ノット……標高2200メートルまで上昇しています」

「おかしいです。もうすぐランディングゾーンなのに……」

「U.I.F.の連中は着陸するつもりがねえのか?」


 和馬のその言葉を少女は一瞬理解できなかった。だが考え理解する。

 つまり和馬はこう言おうとしているのである。U.I.F.は着陸せずに、標高2200以上の上空から突入しようとしているのだと。


「ヘイロウ、降下?」


 その標高まで上昇した理由は言わずもがな蜂起軍による対空射撃対策として。

 

「だがよ、降下って言っても、パラシュートなんか使ったらそれこそ格好の的じゃねえか?」

「いや、おそらくU.I.F.はパラシュートなど使わない」


 全てを察したように棗は断言する。


「U.I.F.の部隊には通常装備として強化アーマーが指定されている。おそらくは……生身での降下――エアボーン作戦だ」

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