第2話
気がつくと、天井に手を伸ばしていた。
3年間見慣れた自宅の天井だ。パジャマ姿で目を覚ましたのだが、余程寝苦しかったのか身体中が汗でべったりだった。
「……今の……一体?」
混乱した頭で整理する。自分の名前は
「もしかして……全部夢か?」
呆れたようなほっとしたような、身体がいつもの調子を取り戻すようにクールダウンしていった。
色々考えたが、とりあえず時間なので出勤の準備をすることにした。今日は得意先との契約更改の面談だ。手抜かりのないようにしないと。そう思ってスマホでもう一度時間を確認した時、ある違和感に気付く。
「あれ……今日って17日じゃなかったっけ?」
得意先との面談は5月17日。昨日上司と打ち合わせした記憶があるから間違いないはず。それなのにスマホは5月10日を示していた。故障だろうか?テレビを点けてみると、ニュース番組でも10日と言っている。
「寝ぼけてたのかな……?まあ、いいか」
支度ができたので玄関を出て最寄駅へ歩く。その間に夢の内容がフラッシュバックして気が滅入った。電車が線路を揺さぶる音を聞くと嫌な汗が背中に滲む。
夢は夢だ。なんとか自分に言い聞かせて切り替える。社会人になって学んだ大切なことのひとつが切り替えの速さだ。嫌なことは引きずらないに限る。
駅について、念の為ホームの正面を見る。あの子はいない。電車が来る時間になってもそれらしい人物は現れなかった。やっぱり全部夢だったんだ。
☆
会社に着く頃には、すっかりいつもの調子に戻っていた。PCで出勤打刻をし、席について仕事を開始する。朝礼は毎週月曜と金曜だけだ。
「おはよう古賀くん」
低い男性の声が背後からかかる。
「鳥羽部長。おはようございます」
振り向くと、上司の
「来週は
「オッス。部長の顔を潰さないように頑張ります!」
「相変わらず前向きなのか後ろ向きなのか分からん発言だな。ともかく頑張りたまえ。では、今日もよろしく」
「はい。よろしくお願いします」
鳥羽さんは見た目の印象から堅物と思われがちな中年男性だが、実は真顔でギャグをかましたり甘いもの好きだったりでギャップがあり、女性社員からも気安く接してくれている。人の表情の変化にも敏感で、悩んでいるといつも声をかけてくれた。今も、もしかしたら今朝の夢のことが顔に出ていたのかも。
「古賀さん。はよざッス」
肩にポンと手が置かれる。
「おお三井。おはよう」
後輩の
「昨日言ってたガールズバーの店、今週末どうです?」
「お前が行きたいだけだろ……。まあ独身だし、行って後ろめたいこともないから行ってやるって話だったから行くよ」
「さっすが先輩。それじゃあ日曜日まで頑張りましょう!」
三井はそう言って向かいにある自分のデスクに座った。俺も座って作業を開始する。録画再生のように変わり映えしない日々を過ごしていく内に、夢のことなどすっかり忘れてしまった。
☆
週末の夕方。駅前で三井と待ち合わせた。いつもは5分前になっても待ち合わせに来ない三井だが、今日は俺より早く着いていた。
「お前、その感覚を仕事でもだな……」
「まあまあ。堅い話は無しッスよ。んじゃ、行きましょう!」
浮かれっぱなしの三井にズルズルとついていく。ここ最近全く女っ気も無かったので、目的地に近付くにつれ、俺の期待感も上がっていった。
「着きました!」
三井が指差したのは、『matured citrus』と書かれた看板の店だった。
「熟した柑橘……ねぇ」
店の名前を見て思わず苦笑する。俺の人生観的には当たりの店だ。
「どうかしました?さ、早く入りましょう」
「はいはい」
三井に急かされて店に入る。ふわりと柑橘系の香水らしき匂いが店内に漂っている。
「いらっしゃい」
落ち着いた雰囲気の女性が出迎える。
「あの、2人で……」
「お二人様ですね。カウンターへどうぞ」
案内されるままに席に座る。キョロキョロと辺りを見渡していると、店主らしき女性が店の奥に引っ込んで行った。しばらくすると、2人の若い女性が奥から出て来た。
「お待たせしました。今日はよろしくお願いしますね。私は
「
「ウヒョ〜!どっちも可愛いね〜!」
「よろしく……」
三井の言うように、2人ともとても魅力的だ。美帆は落ち着いた雰囲気で和やかだ。カナは元気溌剌といった感じで、違うタイプなのもいい感じだ。
今夜はいい夜が過ごせそうだ。あの悪夢を忘れられるような……。
そして僕は碧い果実を @Ace-Joker
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