3-2.狙われた獣たち

 瓦礫のひとつに身を潜め、相手の出方を伺っている赤ずきん。狼も前足を折り低く構え、いつでも飛び出せる体制を整える。

 赤いフードから見える髪と幼い顔立ち。しかしその緊迫した空気の中では、その眉をしかめ、目を細めて瓦礫の向こうで同じように構えているであろう相手の出方を伺う。


「いいか。相手が仕掛けてきたら一気に上へ飛べ」


 狼の耳元で囁くように指示を与える赤ずきん。狼は赤ずきんの言葉を理解したのか、更に足を曲げ小柄な赤ずきんが飛び乗りやすい高さまで低くする。


「いい子だ」


 赤ずきんは狼の背中を優しく撫でる。

 狼に添えられた手はそのままで、狼牙のナイフを逆手に持ったもう片手は変わらず顔の前で構えている。


 ――ザッ


 アスファルトに散らばった建物の破片を踏む音が小さく耳に入った。見えない相手が動いた音である。


 すると次の瞬間――瓦礫を飛び越え、赤ずきんと狼の目の前に透明な人間の形をしたモノが飛び出てきた。透明なソレは、向こう側が透けて見えており、空に輝く星が反射してとても美しい。

 しかし突如目の前に出現した透明な人間により、赤ずきんは動向を開き驚きの表情を見せる。そして「チィッ」と舌打ちすると、身軽に狼に飛び乗った。透明な人間はただ目の前の者を倒すよう命じられているのか、両手を伸ばし赤ずきんに襲いかかってくる。

 赤ずきんは「クソッ」と汚い言葉を吐くと、後ろは下がりながらナイフを持っていない方の手で、宙に太く、長い狼牙の槍を生み出す。光り輝きながら出現した槍は、アヒルの子と交戦した時の数本の槍よりも一回り大きな一本であった。


「砕けろッ‼」


 そう言うと、手をスイングさせて槍を透明な人間に押し出すようにまっすぐに射る。そしてその反動で空へ向かって打ち上がる狼と赤ずきん。

 あまりに近くで射られた狼牙の槍は、ただ両手を伸ばしてまっすぐ向かってくる透明な人間をあっさりと射抜いた。ソレの体のド真ん中を貫いた瞬間、パァンと体は砕け散り、破片がキラキラと地面へ落ちていく。


「ガ、ガラス?」


 赤ずきんがよく知る攻撃手段にきょとんとしていると、聞き慣れた声が彼女の名を呼ぶ。


「あれぇ? 赤ずきんちゃんじゃない」


 赤ずきん。その呼び方に「あァん?」と血管を浮かび上がらせ、一気に不良グループへ属しているかのような少女へと変貌した。


「てめぇ――シンデレラ」


 そんな赤ずきんの怒りを読んでいないのか、ヒラヒラと手を振っているのは黒いドレスに身を包むシンデレラであった。


「えーやだあなた、女の子なんだからもうちょっと可愛げのある反応したらどうなの?」

「うるせぇ黙れ」


 どうもシンデレラのことを好きになれないのか、顔を見ずに狼と共に地面に降り立つ。


「ていうかあなたでしょう。変なのに追い掛け回されていたのって」

「あ? 見てたのかよ」


 変なの、とはアヒルの子から顕現した黒くおぞましい触手のことを指していた。アヒルの子の触手のせいもあり、シンデレラと親指姫のいた渋谷駅は、豆腐がぼろぼろと崩れるようにいとも簡単に崩壊。親指姫には逃げられたものの、それによりシンデレラは迷宮渋谷駅から脱出できたこともあり喜んでいた。


「それで? 倒したの?」

「……に、逃げられた」


 失敗を認めたくない子供のようにぷいっとそっぽを向いてシンデレラの問いかけに返答する赤ずきん。その表情は持って生まれた負けず嫌いさが滲み出ており、何とも悔しそうな、しかしそれを己の口から言わなければならない恥ずかしさで口を尖らせる。

 シンデレラはそれを分かってのことか、更に追い打ちをかけるように言葉で煽った。


「えー、狼がついてて空まで飛べるくせにみすみす逃がしたっていうの?」

「……くっ」


 悔しい、だけど何も言い返せない赤ずきんの拳は力一杯握られている。それに気付いた狼は赤ずきんを擁護するかのように前に出てシンデレラに向かい「ウ゛ゥゥ」と唸る。


「げ。やめてよ犬臭い。赤ずきんちゃんが早速ひとり倒してくれたらあたしはもう少しラクできたっていうのに何してくれてんのよ、ほんとサイテー」


 味方同士だというのにまったく気遣いのない言葉。赤ずきんはシンデレラに何も言い返せず狼の鼻をなぞるように撫でる。そんな赤ずきんを滑稽に感じているのか、両手を肘に添え、皮肉な笑みを浮かべながら赤ずきんを舐めるように見るシンデレラ。


「まぁいいわ。次はちゃんとやってよね」

「それくらい、分かってる。次は、ちゃんと、やる」


 唇を噛みしめる赤ずきん。シンデレラはそんな赤ずきんをはやし立てるように笑った。


「できればあたしの手を煩わせないようにしてくれるとありがたいんだけど」

「はァ? それくらい自分でやれよ」

「敵を逃がしといて、どの口がそう言ってるのよ」

「それとこれとは関係ねぇだろ」


 二人の距離がどんどん近付く。「あァ?」「はぁ?」と言いながら睨みを利かせ、赤ずきんは下から見上げるように、シンデレラは上から見下ろす形で互いの瞳から雷を飛ばし合う。



 と、その時――

 激しい爆音が周囲を包み込む。しかしそれは二人が立っている場所ではなく、東北方向の離れた場所。凄まじい勢いの爆風で小さな瓦礫は巻き上げられ、シンデレラは辺りに転がるガラスの破片を集め分厚い壁を作り出す。小柄な赤ずきんを狼が包み込み、飛ばされないように服を大きな口で咥え守る。


「これはまさか!?」

ね! ほんっと子供って加減知らずで嫌いなのよ!!」


 轟音に声を掻き消されながらも、必死にその場を耐え凌ぐことに専念する二人。そして未だ耳に残る余韻を感じながら、巨大な爆発は収まった。


「収まったか?」

「はぁ、もう。なんなの。服汚れちゃったじゃない」


 風で乱れた髪を整え、黒いドレスを叩きながら立ち上がるシンデレラ。深く呆れた息を吐き、ガラスの靴でその体重を支えた。



 しかし――嵐はそれだけには留まらなかった。


 狼がピクリと反応する。「どうした?」と心配する赤ずきんに背中に自分の乗るように鼻を押し当てる。そしてようやく赤ずきんやシンデレラも何か多大なる気配を感じ取った。


「――足元か!?」


 赤ずきんは狼に飛び乗り、シンデレラは大きく後ろに後退した。

 すると地面が大きく縦に揺れ始める。地に足をつけているシンデレラは特に地震に似た揺れを直に感じ、「ちょっと!」と地面に向かって声を上げている。


 硬いアスファルトは二人が立っていた場所を中心に大きく裂け、天に向かって盛り上がる。そしてまるでクジラが噴射するように、アスファルトを突き破りが一斉に飛び出してきた。


「きゃっ‼︎」


 シンデレラは思わず女性らしい悲鳴を上げる。赤ずきんを乗せた狼は飛び出したそれらを避けるように、大きく後ろへ後退した。


「これは――鳥?」


 赤ずきんが噴き出すそれらを凝視し物体の確認をする。それは、数多の鳥。様々な鳥種が硬いアスファルトを突き破り何百、何千匹と飛び出してくる。

 それらは赤ずきんと狼よりも高い上空に雲のように溜まっていき、大きな群れを成していく。


「な、なんなの、あの数は……」

「どうして鳥が地面の下から……」


 さすがの二人もその光景に圧倒され身動きひとつ取らないで見入る。最後に地面から飛び出した一匹もグネグネと動く雲のような鳥の群れに加わった。

 全ての鳥が集まると、それらは二人と一匹に向けて威嚇と思われる各々の鳴き声を発す。目を赤く光らせ、『カシッカシッ』と嘴を合わせる音を響かせ、対象を見る。


「やばくないか?」

「赤ずきんちゃんは空飛べるだけマシでしょう。どうにかしなさいよ」


 そして――鳴き声が止む。羽の羽ばたきのみが夜空に響き、鳥たちの目が輝きを増した。


 すると再び地面が唸る。


「今度は何っ⁉︎」


 あまりの状況に堪らず声を上げるシンデレラ。まだ立っていられる揺れではあるが、空に地面にと意識の移動が忙しく、さすがのシンデレラも苛立ちよりも混乱が表出されているようであった。

 するとシンデレラを中心に、大きく円を描くようにアスファルトが盛り上がっていく。その先端が円のスタート地点に到達した瞬間、ボコッと音を立てて何かが出現した。――モグラだ。サングラスをかけたモグラはシンデレラにその鋭い爪を見せびらかすように掲げヒラヒラと手を振るような動作を見せる。


「はぁ? 馬鹿にしてんのこいつ。殺してあげ――」


 血管が浮き出、怒りの沸点が頂点に達したシンデレラがモグラに睨みを利かせたと同時に、足場が崩れ地面が大きく割れる。


「ちょ! お、落ち……っ! きゃあああああああ――」


 シンデレラは悲鳴を上げながら真っ逆さまに足元に空いた大きな穴へ吸い込まれていった。いったいいつ掘られたのかと思うほどに、底の見えない真っ暗な大穴。せっかく地上に出られたシンデレラは、再び暗く深い穴底へと消えていった。


「あ、お、おいっ! な、なんなんだよ、さっきから……」


 落下していくシンデレラを助けに行くという選択肢は赤ずきんにはない。 助けに行ったところで、この穴にあの数の鳥が入ってこられたら相手の思う壷。ただ今目の前の状況をどう切り抜けるか、必死に頭を捻らせる。圧倒的な数の多さに、思わず頬を冷汗が伝う。


「数では負けてるけど、腕では負けねェ」


 赤ずきんはナイフを構える。未だ止まらぬ汗を流しながらにやりと笑った。

 そして巨大な雲は大きく波打つと、小さな少女と大きな狼目掛けて一直線に飛び掛かった。

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