2-4.指揮者の考察

「アンデルセンもやるじゃないか」


 長いテーブルの端と端に座り、すっかり冷めきった紅茶を味わいながらモニターを凝視しているヤーコプ。


 先程までの戦闘はすべて二人の兄弟の目の前のモニターに映し出されていた。余裕と言い切っていたヴィルヘルムだが、あまりにも手強いアンデルセンの揃えた面々の能力を手元の手帳に書き写している。


「いやぁ、向こうもなかなか面白い能力を使うんだね、ヤーコプ兄さん」


 ヴィルヘルムは、入れたての暖かい紅茶をクイッと一口飲んで喉を潤し、話し始める。


「まず最初に、赤ずきんちゃんと戦ったあの黒くて醜い子……」

「お前、“ちゃん”とか付けたら殺されるぞ」

「今はいないから大丈夫だよ」


 赤ずきんのいないところで“ちゃん”付けするヴィルヘルム。強者の影でコソコソする弱者の典型的なパターンというやつだ。


「あいつたぶん、原作は“みにくいアヒルの子”なんだろうな。しかしあれだけの闇を抱えていたとは。相手が赤ずきんじゃなければ早速ひとり殺されていたかもしれないな」


 ヤーコプはガリッと爪を噛む。開始早々ひとりやられると、後々分が悪くなる。そうならずに済んだのは、赤ずきんの乗りこなす狼の優秀さや赤ずきんの野生の勘、そして優れた戦闘センスがあったからであろう。


「僕はもうひとりの小さな女の子の能力も気になったなぁ。親指ほどの小さな体だから原作は“親指姫”で間違いはないと思うんだけど」

「ああ、あいつか。相手がシンデレラだから凌げたようなもんだ。あいつはキレると怖いしな」


 鉄壁の防御と殺傷能力を誇るガラスを操るシンデレラ。あれだけの数の蟲に対抗できたのは少々感情的であってもそれらを使い分けた頭の回転があってこそ。ガラスの防御壁がなければ、今頃蟲に食い殺されていたことを考えるだけで鳥肌が立つ。


「アンデルセンめ……。これまたとんでもない連中を揃えてきたな」

「本気で勝ちに来てるね、兄さん」


 二人の兄弟は、ぶるっと身震いをした。序盤の戦いでこのレベル。この先どんな戦いが繰り広げられようとしているのか、二人には到底想像はできなかった。


「しかし……、眠り姫のやつ、何を考えている」

「あの女の子、殺さなかったね」

「ああ……、いつものやつなら造作もないことだろうに」


 ひとつの疑問だけが残る。

 少女の何が眠り姫の攻撃の手を止めたのか。

 むず痒くスッキリとしないまま、モニターは次なる強者を映し出す。


「兄さん、紅茶のおかわり飲む?」

「うむ。氷を三つほど入れてくれ」

「……はいはい」



 ▽


 時を同じく、アンデルセンは聖堂の椅子に腰かけモニターを食い入るように見ていた。


「なんですか、グリム側のあの能力は……」


 頬杖をついてモニターを眺めていたアンデルセンだが、グリム側のその圧倒的な破壊力に思わず頬を浮かせた状態で固まっている。


「あの赤いマントを羽織った少女……、原作“赤ずきん”ですか……。アヒルくんでも手に負えない相手が存在したとは……」


 狼を乗りこなし狼牙の刃を一斉に放つ姿に呆気にとられたアンデルセン。アヒルの子の能力だからこそ互角に戦い、敗退は免れたようなもの。それぞれが意思を持つ触手にあそこまで追尾されながらも本体であるアヒルの子に狙いを定めるという冷静さ。


「予想外でしたね。序盤で一人倒してこちら側が有利に立つはずだったんですが……」


 アンデルセンは椅子の背もたれに体重を預け足を組む。

 想像以上の拙戦。いったいどんな結末になるのかまったく分からず、思わずしかめっ面になる。


「親指姫は少々相手が悪かったかもしれませんね。あの防御は破ることが難しい。うまく蟲を使ってくれたおかげで、弱点は見えましたが」


 シンデレラの操るガラス。それがいかに厄介なものなのか、今回の一戦でアンデルセンはそれを感じとった。


「相手を変えれば、あるいは……」


 今回一〇名は、渋谷区内にランダムに配置された。そうなれば実力はもちろん、出会った相手との相性、そして運までも味方につける必要がある。

 戦う相手を選ぶことはできない。無論、誰かと交代することもできないため、初めて交わる相手をすぐに見極め、戦術を練り、勝ちを取りに行かなければならない。


「そして今回初めて互いに力を見せ合わなかった彼等は、この先いったいどうなるのでしょうね」


 それはマッチ売りの少女と眠り姫のことを指していた。

 一緒に時間を過ごし、会話しただけで二人はいったん別れた。人を信じる心を捨てたマッチ売りの少女がすっかり懐いてしまうほどの相手。そして元々備わっているのだろう人間性と人を惹きつけるオーラにより容易く相手の心に入り込む成年。先程はアンデルセンもひやりとするほどの場面であった。成年は攻撃の意を示さない少女を、何の違和感もなくそれらしい素ぶりも見せずに首を貫こうとした。しかし何故それを中断したのか。成年は少女に何を感じたのか。それは今の段階でのアンデルセンには予想すら出来なかった。


「――おや? はいったい何をしようとしているんでしょうか?」


 そして戦争は、新たな舞台へと移り変わる。

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