戦争の舞台

1-4.パンパカパーン

 驚くほど巨大なそれルーレットは、何とも陽気でポップな音楽、そして地響きとともに出現した。


 アンデルセンのいる聖堂では天上からゆっくりと、そしてグリム兄弟のいるただの白い空間では足裏を付けている地面からゆっくりとその姿を皆の前に見せつけた。


「ようやく来ましたか。待ちくたびれましたね、皆さん」


 アンデルセンを取り囲むように集まる五名の強者たち。

 アンデルセンの両サイドには、人魚姫とナイチンゲール、アンデルセンの肩には親指姫、その足元にはルーレットに怯え震えるアヒルの子の姿があった。マッチ売りの少女は、聖堂の中央に飾られてある女神の像に向かってマッチを差し出しブツブツ呟いている。


「ヤーコプ兄さん、危なかったね」

「ふぅ、間に合ってよかった」


 安堵の呼吸を漏らす二人だったが、目の前で好き勝手している五人の選ばれた強者たち。

 楽しそうに狼を追いかけ回すヘンゼルとグレーテルを、「てめぇら!」と更に追いかける赤ずきん。眠り姫を逆ナンするシンデレラ。赤いリンゴを手に持ち、ウロウロしている白雪姫。



 円の形をしたルーレットの淵には、電球がビッシリと設置されており、その場を盛り上げる演出なのか、曲に合わせて交互に点灯している。


 メインのその中身には、文字がビッシリと羅列されている。

 よく見ると、世界各国の中から、戦場に相応しいであろう国名と首都名が三〇ほど表記されていた。その分巨大なルーレットは、わざわざ真正面に回り込まなくても、どの角度からでも、その人にとってのまっすぐに向けられちゃんとその文字を確認することができる不思議な造りになっている。


 またルーレットに書かれた言語はそれぞれの国の言語に合わせて、アンデルセンにはデンマーク語で、グリム兄弟にはドイツ語で表記されているように見えていた。


 誰が選んだのかも分からないその選抜された国々の頂点には“アタリ”と書いた矢印が、一番派手に装飾されよく目立っていた。


 ・


「神様、母国の名がありますよ。ほら、あちらに」


 人魚姫の指差す先には、デンマーク・コペンハーゲンと書かれている。


「ふふ。我が母国こそ戦場には相応しい。そこで白旗を上げるグリム兄弟をぜひ見てみたいものですけどね」


 そういうアンデルセンの肩に両手を添え顔を近付けるナイチンゲール。


「神様の生まれ育ったデンマーク。その神秘的な国こそ、我らの勝利を飾りやすい最適な土地ですね」


 ・


「ヤーコプ兄さん、ドイツ・ベルリンがあるよ」

「ああ、できればそういった土地勘のある舞台の方が非常にありがたいんだけどな」

「ベルリンは兄弟二人が実際暮らしていた町だしね」


 二人の隣に並び、ともにルーレットを見つめる眠り姫。


「まぁまとまりのないチームだけど――強いよ、俺らは」


 眠り姫の口から出る、絶対的な強さの自信。

 ヤーコプとヴィルヘルムは、その言葉を受けすでに勝利を勝ち取ったような表情を浮かべる。




「あ、まわったー!」

「はじまったよー!」


 ――ルーレットは、すべての演出をいったん止めると、静かに回転を始めた。


 回り始めは、ギギギ、とぎこちない金属音のような音を立てていたが、その音も四分の一ほど回ったところから聞こえなくなり、だんだん速さを増していく。


「やだ、目回っちゃうじゃない!」

「マッチ……」


 ある程度の最高速度で回ったルーレットは、ゆっくりとそのスピードを緩めていく。


 その場にいた誰もが動きを止め、ルーレットに視線を向けていた。


「はぁ? ドイツ過ぎちゃったじゃない。つまんなーい」

「チッ、どこでも同じだろぉが」

「リンゴがいい。リンゴ」


「やだ……。戦争、始まるの? 怖いよ……。なんで僕なの……」



 そして――赤い“アタリ”の矢印に、あるひとつの国の名前が丁度ド真ん中に止まった。


 そこに表記されている国の名前を、それぞれの指揮官が読み上げる。



「――ジャパン」


「「――トウキョウ?」」



 戦場となる舞台は、日本――

 そしてその首都である東京。


 二人が国名を読み上げた直後、『パンパカパーン』というラッパ音が響き、突然クラッカーが鳴り、花火が上がる。音楽は大音量で再会し、まるで無事に戦場が決まった喜びを祝うかのような盛大な盛り上がり。

 ルーレットの上には日本の国旗が現れ、風に煽られているように音を立てて揺れている。


 すると、突然周囲にモニターのようなものがいくつも出現した。

 様々な角度から映し出されているのは、東京特別区の中でも有名なスクランブル交差点、忠犬ハチ公の像、SHIBUYA一◯九など。他にもいろいろな場所が一定間感覚でランダムに流れている。


「なんだここは。犬の、像?」

「とても広い交差点だね、兄さん」


 そして時々モニターに出てくる“SHIBUYA”という文字。


「シブヤ、聞いたことがありますね。何でもファッションとアートが混在するエキサイティングでヤングな街。平成二五年に公募から選出された『あいりっすん』がシブヤのゆるキャラとして愛されている、と」

「神様……、なんでそんなこと知ってんのよ」


 額に手を当て、大真面目に解説をするアンデルセンに思わず突っ込みをかます親指姫。



 そんな突っ込みが決まったところで、突如開幕曲オープニング・ナンバーが流れ始める。

 思わず体がうずうずしてしまうようなノリの良い曲が始まったところで、それぞれの五強の足元が眩しい光に包まれていく。


「いよいよね!」

「行ってきます、神様」


 それは、出陣の合図でもあった。

 足先、大腿部、臀部、と少しずつその場から姿を消していく主人公たち。


 にこやかに手を振りながら消えて往く者。

 暴言を吐きながら消えて往く者。

 怪しげな笑いを浮かべながら消えて往く者。

 消えていることすら自覚のない者。

 逃げ出そうとするが容赦なく消えて往く者。


 こうして、選ばれた者たちは、三人の作家の前から全員姿を消した。



 ▽


 時間にすると、いったい今は何時であろうか。

 ここは夜を連想させる、真っ暗な東京都渋谷区。月や星は出ているが、何となく通常の夜よりは辺りがよく見渡せる感覚。つまりは、昼間のように視界が良好であった。

 おまけに不思議と人気ひとけは一切ない。店舗、シャッターも締まっておらず、ところどころ窓やガラス戸から中の電球の光が漏れている。まるでさっきまでそこにたくさんの人がいたような、そんな余韻が残っていた。


 生命あるものは誰もおらず、天に届きそうな建物が並ぶ渋谷区。

 まるで、“思う存分戦ってくれ”と言われんばかりに作り出されたステージだった。


 ・


「あぁ? なんだァ、ここは」


 狼と赤ずきんが降り立ったその場所は、渋谷駅に近いとある高層ビルの屋上。風が強く吹き付け肌寒いその場所で、赤いマントで体を覆いフードを深く被る赤ずきん。


「少しさみぃな。お前、大丈夫か?」

「クウゥン」


 寒さが苦手な愛犬ならぬ愛狼を気遣う赤ずきん。赤ずきんは、いったんその場に立ち上がると、一周ぐるりとその近辺を見渡した。モノが凝縮している街並み。森の中でおばあさんに育てられた赤ずきんにとって、非常に違和感のある光景であった。


「気持ちわりィ。こんなところに人間が住めるのかよ」


 赤ずきんは舌打ちをすると、狼の背に軽々と飛び乗った。


「行くぞ。ここから見える景色、俺は嫌いだ」


 狼は赤ずきんの意向を汲み取ると、星空に向かって後ろ脚を蹴り上げ、宙を飛んだ。


 ・


「あら、何てきれいな公園でしょう」


 代々木公園と書かれた公園に降り立ったナイチンゲール。

 綺麗に咲く植物や花に魅了され、しゃがみ込んで香りを堪能する。少し動くだけで豊満な胸は大きく揺れ、ナイチンゲールはそれを少々邪魔そうにしている。


「何だかすごい建物がいっぱいある中で、ここは自然がとても豊かね」


 そう言うとナイチンゲールは、すぅっと目を閉じ、透明な澄んだ声で歌い始めた。まるで命をもったような生きた歌声。その歌声は決して大きな声量ではなかったが、公園全体に響き渡り、木々や花たちが風もない中そよそよと反応を示す。


 ナイチンゲールはそんな自然のひとつひとつ手を差し伸べ、歌声にのせて更に力を吹き込む。


 天使のような歌声が響く中、代々木公園が緑の木々に包まれていった。


 ・


「リンゴ食べてくれる人、どこ」


 高層ビルの隙間で人を探して歩幅の狭い足で走っているのは、白雪姫。暗い夜の色よりも更に深い色をした白雪姫の髪と瞳。まばたきという人間に必要な開閉運動機能を持ち合わせていないのか、登場してからこれまで一切目の開閉をしていない。


 赤い靴、白い靴下にスカートをなびかせながら、ビルとビルが入り組んだ迷路のような隙間を、小さな体で駆け抜ける白雪姫。


「リンゴ……。リンゴ……。誰か食べて……。リンゴ……」


 白雪姫は憑りつかれたように同じ単語を何度も反復しながら、リンゴを食べてくれる人を探す。

 薄気味の悪い笑みを浮かべながら。


 ・


「さぁて、どっからどう攻めようかしら」


 親指姫は叫ぶ。“叫ぶ”と言っても、それくらいの声量で、ようやく一般人の通常の声量になる。


 そんな親指姫の土台となっているのは、忠犬ハチ公の像。その鼻先にちょんと立って、腰に手を当てている。


「こんだけ広い街で、こんなに小さなあたしを敵が見つけられるわけないわ。後ろからこっそり近付いて、この針を突き刺してやるんだから」


 小さな背中に背負った縫い針の先が光り輝く。

 すると、突然親指姫を囲むように蝶の群れが現れた。一匹、また一匹とどんどん数を増していく。


「覚悟しなさいよ」


 ・


「あー。この服いいね。俺に似合いそうだ」


 路面店として展開している服屋で、自分に合った服を選んでいる眠り姫。


 鼻歌を歌いながら鏡の前でたくさんの服を自分にあてがう眠り姫。これから命を懸けた戦争が始まるというのに、全く緊張感がない。


「これはなんてどうだろう。んー男性寄りになるなぁ」


 灰色で細身のスウェットパンツに白ティーシャツ、フードが付いた黒色のパーカーに白スニーカー。おまけにちゃかりネックレスまでチョイスしている。なぜ童話の主人公がここまでのコーディネートが出来るのだろうか不思議である。


「戦争は、楽しむもんでしょ」


 眠り姫はパーカーのポケットに手を入れると――次の瞬間その場から姿を消していた。


 ・


 だだっ広い国道二四六号線の縁石に、その少女は座っていた。暖かい格好をしているにも関わらず、真冬ほどの気温でもない渋谷区のひんやりとした寒さにガタガタ震えている。


「マッチ……、付けたいな」


 マッチ売りの少女は、マッチがたくさん入った籠を膝の上に置き、寂しそうな目で眺める。

 しばらく眺めていたが、ぶんぶんと首を振りジッと堪える。その代わり両手を自分の息で温め、擦り合わせ、熱を生み出す。


「寒い……」


 少女は立ち上がると、ブツブツと呟きながら人気のない道路を歩き始めた。

 敵と味方以外存在しないその渋谷区で、マッチを買ってくれる人を探して。


 ・


 ヒールの音が響く駅構内。

 行けども行けども外へ出る出口が分からず、ただ彷徨うように歩き続けているのはシンデレラだった。


「何なのよここは。出口なんてないじゃない」


 駅の中に存在する多くのショップ。そこには今流行の新商品を着たマネキンたちが様々なポーズで客を誘う。


「だっさ。ここの人たちってこんな服着るの?」


 まるでゲテモノを見るかのような目つきで吐き捨てる。そしてその視線はマネキンの下に並べられているハイヒールに向けられた。


「どうしてこうも、馬鹿ばっかりなのかしら」


 一瞬顔をしかめたシンデレラは、再び光を求めて歩き出した。


 ・


 渋谷警察署の前をぺたぺたと裸足で歩く、水のように透明感のある女性、人魚姫。


「ここには海や湖はないのかしら」


 頬に手を当て、何とも困った表情で辺りを見渡している。

 ぺたぺたと歩き、明治通りへと出る。


「あら、何だか水の香り」


 明治通りを跨ぎ、フェンスから渋谷川を見渡す人魚姫。だが残念そうに「う〜ん」と肩を落とす。


「まぁこれだけあれば、十分かしらね」


 そう言うと、まるで穢れのない水の妖精のように「ふふっ」と微笑んだ。


 ・


「わー、すごいよヘンゼル!」

「あっちも面白そうだよ、グレーテル!」


 渋谷駅周辺にある子供向けのアミューズメント施設。偶然にもそこに降り立った二人の子供は、アトラクションに夢中で、戦争のことなんてすっかり忘れているように見える。


「よーし、今度はこっちの番だ!」


 ヘンゼルが手に取ったのは、おもちゃのライフル銃。


「あたしだって負けないよ、ヘンゼル!」


 グレーテルが手に取ったのは、おもちゃのサーベル。


「死ねー!」

「あははは!」


 しんと静まりかえったその施設で、二人の笑い声はいつまでも止むことはなかった。


 ・


 渋谷区の象徴でもあるとても広い交差点、スクランブル交差点。

 その中央に光が浮かぶ状態で出現し、その中から姿を見せたアヒルの子は物を捨てるように放り出された。


「あああ……」


 小さく縮こまり、辺りを見渡す。交差点の中央に置き去りにされたアヒルの子が隠れる場所も覆ってくれるものも近くに存在しないその場所。


「隠れなきゃ……っ! いじめられる……っ!」


 アヒルの子は混乱しながら適当な方向へ走り出す。しかし怯え震えの止まらない身体は言うことを聞かず、すぐにつまづき、アスファルトを転がった。


「どうしよう……、どうしよう」



 ▽▽


「やっぱり上から見渡すと、よく見えるな」


 狼の背中に跨り、渋谷駅周辺の星空を駆ける赤ずきん。いくつもの高層ビルよりもはるか上から見下ろすことで、だいたいの建物の配置や違和感のある場所を把握することは造作もないことだった。

 するとふと視線を向けた先にあった代々木公園。そこでは明らかの公園とは違い、木々が蠢いているのが見え歪んだ笑みを浮かべる。


「あそこかァ?」


 通常では考えられない出来事があの場所で起こっている。赤ずきんはすでに、あそこにいるだろう敵と戦いたくてうずうずしているようだった。


 勢いをつけて狼が宙を蹴りだす瞬間、赤ずきんは狼に待ったを掛ける。


 先程まで代々木公園に向けられていた視線は真下にある、身を隠す場所もないとある広い交差点の中心でうずくまっているに移っていた。


 赤ずきんはまるで獲物を見つけた狂犬のようにニタァと笑う。


「まずはあいつからだな」


 狼は進行方向を真下に向き直すと、目も眩むほどの速さで一気に飛び出した。




 ――初戦開幕。




 <1.幕開け・了>

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