第4話 期待通り岩橋さんはかわいかった。だがしかし……

 初めて見た岩橋さんの目は期待通り大きくて、彼女の顔はとてもかわいかった。しかし岩橋さんはすぐに前髪を下ろし、また目を隠してしまった。


「岩橋さん……?」


「ごめんなさい。私……」


 別に岩橋さんが謝る事では無いと思うんだが、そんなに顔を出すのが嫌なのだろうか? あんなにかわいい顔をしているのにもったいない。しかし、こうやって岩橋さんと由美ちゃんが並んでいるのを見ると、同級生だと言うのに雰囲気が全然違って見える。もちろん別の人間だから違うのは当たり前なのだが、何と言うか……そうだ、制服だ!

 同じ学校の制服だから同じ筈なのだが、何かが違う。その違いは……スカート丈だ!


 由美ちゃんのスカートは腰で折っているのだろう、膝上十五センチといったところだろう、太腿が半分程露出しているミニスカートだ。それに対し岩橋さんのスカートと言えば標準丈って言うのか? 膝が見えないぐらいのいかにも真面目そうな丈だ。


「それ、私も思ってた」


 それに気付いた俺が口に出して言うと、由美ちゃんはあっさり言った。そりゃ、スカート丈の違いぐらいちょっと見れば判るよな。


「どう、岩橋さんもやってみたら。やっぱり女の子はかわいくなくちゃ」


 言うや否や由美ちゃんは岩橋さんのスカートを摘まみ上げた。


「きゃっ」


 太腿が露わになった瞬間、岩橋さんは声を上げ、スカートを押さえた。


「大丈夫よ、パンツまで見せるわけじゃないんだから」


 由美ちゃんが言うが、岩橋さんは首をぶんぶん横に振って全力で拒否している。


「お前がいきなりスカート捲るからだろ」


 和彦が由美ちゃんに冷静な突っ込みを入れる。そりゃいきなりスカート捲られたらびっくりするよな。


「じゃあ岩橋さん、自分でスカート上げてみてよ」


 和彦に怒られた由美ちゃんのリクエストに答え、岩橋さんがスカートを摘み、少しずつ上げていく光景は妙に艶かしく思えた。スカートの裾が膝小僧を越え、太腿が少し顔をのぞかせた時


「やっぱり無理!」


 岩橋さんはスカートを手で押さえてしまった。前髪の下に広がる頬を赤くしてスカートを押さえる彼女の姿、ごちそーさまです。なんて言ってる場合じゃない。


「まあ、岩橋さんには岩橋さんのやり方があるんだから無理しなくて良いと思うよ」


 一応フォローのつもりで言ったんだが、何だよ『岩橋さんのやり方』って。彼女は変わろうとしているんだ。少々の荒療治も必要なのかもしれないじゃないか。


「足を出すのが恥ずかしいなら、やっぱり顔を出してみたらどうかな?」


 俺は岩橋さんの前髪を思い切って上げてみた。ロクに女の子と手を繋いだ事も無い俺が随分大胆な行動に出たものだが、これが間違いだった。彼女の前髪を由美ちゃんはを軽く左右に分けただけだったが、俺は思いっきりアップにと言うか、おでこを出す形で上げたのだ。そして俺は見てはいけないものを見てしまった。彼女が頑なに前髪で顔を隠していた理由を。

 岩橋さんの額には第三の眼が……って、んなわけあるか! 彼女の額と言うか、右の眉の上から生え際にかけて長さ五センチ程の傷が刻まれていたのだ。 


「見た……わよね?」


 岩橋さんは前髪を下ろしながら小さな声で言うと、涙を流しながら学校とは反対の方向へ走り出した。


 もちろん俺はダッシュで追いかけた。男の足と女の子の足だ。すぐに追い付きはしたもの、何て言葉をかけたら良いのかわからない。


「岩橋さん、ごめんね」


 許してもらえようがもらえまいが謝るしか無い。どう考えても悪いのは俺だから。彼女は子猫を見つけた公園に入るとベンチに座った。俺はどうしたら良いか解らず、彼女の前に突っ立つしかなかった。


「座ったら?」


 岩橋さんに促されて隣に座るが、何を言って良いのかわからない。俺はひたすら謝り続けた。


「もういいよ」


 岩橋さんは涙を止め、ポツリポツリと話し出した。額に刻まれた傷の訳を。その傷は、小学生の時にブランコから落ちて出来たらしい。また、その傷のせいで心無い誹謗中傷を受けた彼女は心にも傷を負い、前髪を眼に被さる程までに伸ばし、額と心、二つの傷を隠してきたのだと。そして額の傷の事など知られていない転校先の学校で友達を作りたかったのだが、抑圧された小学生時代を送っていた為に内気な性格となってしまい、友達を作る事が出来ないままで寂しかったそうだ。


「醜いでしょ? 嫌よね、こんな女の子なんて……」


 岩橋さんは、古傷を俺に見せ付ける様に自ら前髪をかき上げた。あらためて良く見ると、右の眉の二センチぐらい上から歪な線が髪の生え際に向かって走っている。俺はそれを醜いと言うより痛々しく思い、撫でる様に手を当てた。


「嫌なんかじゃ無いよ。かわいそうに、ずっと苦しんでたんだね」


 その場しのぎの慰めなんかじゃ無い。心から思った。しかし岩橋さんは小さな声で俺に尋ねた。


「じゃあ加藤君、この傷を晒した私と一緒に歩ける?」


 彼女はよっぽど傷付けられていたのだろう。口で言っても信じてもらえないのなら行動で示すだけだ。


「もちろん」


 だがしかし、今から街をぶらつくわけにはいかない。何せ本来なら学校に行ってる時間だからな。かと言って今から学校に行くのも……って言ってる場合じゃ無い。ダッシュすればホームルームはともかく一時間目にはなんとか間に合う。俺は岩橋さんの手を取り、学校目指して走り出した。

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