第2話 遂に俺にも春が? いやいや人生そんなに甘くは無いよな
放課後、岩橋さんが和彦と喋っていた俺のところにやって来た。
「加藤君、公園行こ」
『加藤君』だと!? 蚊の無く様な声で言うので、俺の聞き間違いかと思ってしまったが、紛れもなく彼女は和彦では無く俺の名を呼んだ。彼女は俺を公園に誘ったのだ。
それにしても岩橋さん、一人で公園に子猫を見に行くと思っていたのだが、まさか俺を誘うとは! 遂に俺にも春がやって来たのか? もうすぐ梅雨だけれども。
いつも和彦と和彦の彼女と三人で帰っているのだが、和彦は空気を読んでくれたのだろう、「んじゃ俺、由美と帰るわ」とその場を離れた。もちろん由美というのは和彦の彼女の名前だ。和彦は去り際に振り向いて『頑張れ』とばかりにニヤリと笑うと、小さく右手の親指を立てて合図を送ってくれた。
俺は急いで帰る用意をして、岩橋さんと公園に向かった。
「お母さん、見つかってれば良いんだけど」
「そうだね。あの大きさじゃ、まだ自分だけじゃ生きていけないからね」
心配そうな岩橋さんに俺は答えた。確かにあの子猫の事は気になる。しかし、俺にはもっと気になる事があった。それは女の子と二人、並んで歩いている事。今朝も二人で歩いてたじゃないかって? それは行きがかり上一緒に登校しただけの事。今は岩橋さんの方から誘ってきたのだ。この差は大きい。気にならずにいられるわけが無いではないか。
子猫がまだ一匹でいたらどうしよう? 俺が飼うか? そうしたら子猫を見に岩橋さんが俺の家に遊びにきて、部屋で二人っきりになって……と妄想は膨らむ。だが、猫を飼うには親を説得しなければならないな……などと考えているうちに公園に到着した。しまった! 妄想に夢中であんまり話してないじゃないか。後悔しながらも岩橋さんの方を見ると、彼女は俯き気味に歩いている。やっちまった! こういう時は男がリードしなきゃいけないのに。だが、後悔してても仕方が無い。とりあえず子猫を探す為に公園に入るとしよう。
子猫は居た。今朝俺が彼女に声をかけたところの近くの草むらに。ただ朝とは違い、母猫だろうか、大きな猫と一緒だった。俺達が近付くと、大きな猫は子猫の首を咥え、とことこと逃げる様にその場を離れた。
「良かった。お母さん、見つかったんだね」
岩橋さんがほっとした様に言うが、母猫が見つかったということは、俺があの子猫を飼う事が出来ないという事で、それは彼女が俺の家に猫を見に来るという俺の妄想が実現する事が無くなったという事だ。
「そうだね、良かった」
俺は落胆を隠して答えた。あーあ、これで短い夢ともおさらばだ……と思っていたのだが、岩橋さんは予想外の言葉を口にした。
「加藤君、ありがとう、つきあってくれて。お礼にジュースでもどうかな?」
マジでか!? ジュースどころか水でもご一緒しますとも。ちょっと行った先にコンビニがあったよな。学校帰りに女の子と二人でコンビニでジュース買って飲む。なんてこと無い事かもしれないが、俺にとってはスポーツドリンクのCMのワンシーンの様なキラキラした時間だ。はやる気持ちを抑えてゆっくり歩く俺。横を見ると、並んで歩く岩橋さん。
相変わらず目は前髪で見えないが、どんな目をしているのだろう? って言うか、前はちゃんと見えてるのだろうが、鬱陶しくないのだろうか?
コンビニに着くと、俺はスポーツドリンク、岩橋さんはオレンジジュースを手に取った。レジで俺もお金を出そうとしたが、彼女は「誘ったのは私だから」と俺の分も出してくれた。
「じゃあ、いただきます」
俺がペットボトルのキャップを回すと、彼女もジュースの紙パックにストローを差し込んだ。
「なんで俺なんか誘ってくれたの?」
一息ついた俺はつい、尋ねてしまった。聞かなくても良い事を。
「今朝、声をかけてくれて嬉しかったの。私、友達いないから」
彼女の口元が寂し気に笑った気がした。彼女は近くに建ったマンションに四月に引っ越してきたばかりらしい。そういえば最初のホームルームの自己紹介でそんな事を言ってた女子が居た様な気もするが、当時俺は先輩の事で頭がいっぱいだったからな。振られちまったけど。で、元来内気な岩橋さんは編入して二ヶ月経っても友達が出来ないと。
俺を公園に誘うのは、彼女には凄く勇気が必要だったことだろう。そう思った俺は、思わず口走ってしまった。
「じゃあ、俺が最初の友達だね」
「えっ……」
「和彦には彼女が居るし、そこから友達を広げていったら良いんじゃないかな?」
もちろん本当は友達以上になりたいよ。でも、いきなりそんな事を言うわけにもいかないだろう。まずはお友達からってヤツだ。
「うん。ありがとう、加藤君」
彼女は俺の提案を喜んでくれた様だ。こうして最初の一歩、俺と岩橋さんとの友達付き合いが始まった。
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