俺と内気な少女、そして15センチの勇気

すて

第1話 振られた直後に他の女の子に目が行く事ってよくあることだよな

「ごめんなさい」


 たった一言で俺の恋は終わった。いや、わかってた。わかってたんだ、こうなるのは。

何故って? 彼女は俺なんかには高嶺の花だったんだよ。肩を落とす俺に彼女は申し訳なさそうに言った。


「明男君が良い人なのはわかってるんだけど、私より……」


 ほら、予想通りの展開だよ。この後続く言葉は聞かなくってもわかってる。どうせ『背の低い人は彼氏には出来ない』とか言うんだろ? 


 俺は加藤明男、どこにでもいる様な中学生だ。勉強は出来るでも出来ないでも無く、運動にも秀でたところは無いが、かと言って鈍臭いわけでも無い。まさに『普通』と唱えて水を撒いたら俺が生えてくるんじゃないかっていうぐらい平凡な人間だ。ただ一つの外見的特徴を除けば。

 俺の外見的特徴、それはちょっとだけ背が低いことだ。ちょっとだけ、あくまでちょっとだけだからな。背の順番で並ぶ時はいつも一番前なんだけど。


ともかく、一つ上の先輩の女子に振られた俺はトボトボと廊下を歩いていた。ちなみに俺は二年生、まあ、よく『中二病』なんて言われる年頃だが、幸いにも俺の目には邪神が宿る事は無く、身体の奥底に眠る竜の血が騒ぎ出す事も無かった。


「おい明男、やっぱり振られたか?」


 大きなお世話を焼いてきやがったのは親友の和彦。他のヤツに言われたら「ほっとけ」とでも返すところだが、コイツなら話は別だ。


「ああ、やっぱりダメだったわ」


 二人して『やっぱり』という言葉を口にしたところから解るかと思うが、俺の告白は無謀なものだったのだ。何の取柄もない優しいだけの主人公が全校生徒憧れの先輩と付き合えるなんて、マンガやアニメでしか起こらないことなのだ。

「振られたモンはどうしようもないだろ。まぁ、これでスッキリしたろ?」

 和彦は慰める様に言うが、『告白したら振られても悶々した気持ちが無くなってスッキリる』なんてのは、振られた傷が癒えた後の話。俺は今、落ち込み努MAXだっての。


 俺は和彦を見上げる様に言った。


「いいよな、お前は」


 和彦は身長が170センチ近くはある。それに比べて俺は160センチに届かない。身長差は10センチ以上。いったい何食ったらそんなにデカくなるんだよ? こっちは毎日牛乳だって飲んでるのに……

 ちなみに俺が振られた先輩は俺より160センチってとこか。和彦となら背の高さが吊り合いが取れるんだろうな……しかしカップルの理想の身長差が15センチだなんて誰が決めたんだ。えっ、アンケートの結果だって? 知るか、そんなモン。


「何言ってんだよ、お前は」


 言いながら肩を組む様に腕を回す和彦。


「ジュースでも飲みにいこうぜ、奢ってやっから」


 コイツはいつもこうだ。たまにケンカもするが、俺が落ち込んだ時は慰めてくれ、悩んだ時は相談に乗ってくれ、楽しい時は一緒に笑ってくれる。そもそも何故こんな良いヤツが俺なんかの親友でいてくれるのだろう? 


 金か? いや、おそらくコイツの家の方が金持ちだ。

 勉強を教えて欲しいとか? いや、コイツの方が成績上だし。

 他に友達いないとか?  いや、コイツの方が人気あるぞ

 俺の妹を狙ってるとか? いや、残念だが俺は一人っ子だ。


 わからん、謎だ。だが「なんでお前は俺に構ってくれるんだ?」なんて聞くのも変な話だしな。何にしても和彦はいつもの様に笑顔で側にいてくれる。それだけでも喜ぶべきことなのだろう。あ、念の為言っとくが、俺はそっちの気は無いからな。多分、和彦も。なにしろ羨ましいことに和彦には彼女がいるんだからな。


 ともかく俺は和彦にジュースを奢ってもらい、ヤケ酒ならぬヤケジュースを喉に流し込んだ。炭酸が喉を刺激する。


「暑いな、まだ梅雨前だってのに」


 和彦が言うが、俺の心は氷河期だ。しかし、僅か数日後に俺の心の氷が溶けることになるとは思いもしなかった。


 ある晴れた日のこと。いつもの様に歩いて学校に向かう俺は公園の隅っこにうずくまる人影を見た。病人かと思った俺は公園に入り、後ろから彼女に声をかけた。


「どうしたの? 気分でも悪いの?」


 何故彼女って分かったかって? うちの中学の制服を着てたからだ。もし、うずくまっていたのが男だったら……ほっといて学校に行ってたかもしれない。


 それはさておき、女の子は俺の声に振り向いて顔を上げた。


「この子、お母さんとはぐれちゃったみたいで……って、加藤君?」


 彼女は俺の事を知っている様だ。


 よく見てみると何のことは無い、同級生の岩橋さんだった。もっとも彼女とは二年から同じクラスになったので、まだほとんど話したことが無いのだが。


 岩橋さんの手には小さな子猫が。頭からお尻まで十五センチぐらいってところだ。彼女の手の上でミーミー鳴いている。


「うわっ、かわいい! でも、学校へ連れて行くわけにもいかないよな。それに母猫だって探してるかもしれないし。とりあえず学校行って、帰りに見に来たらどうかな?」


 実は俺は猫派なので連れて帰りたい気持ちは山々なのだが、これが現実的な対応だろう。彼女は「そうだよね」と子猫を地面に置くと立ち上がった。彼女の背は俺より少し低いぐらいで、長い前髪が目を隠してしまっていて表情が読み取れないが、声のトーンからすると、おそらく悲しそうな目をしてるんだろうな。だが、現実は厳しい。子猫にかまけて遅刻すれば先生に怒られるのは間違い無いのだから。


「早くしないと遅刻するぞ」


 俺が言うと彼女は「うん」と返事をして歩き出した。


 俺達二人は並んで歩いた。同級生なんだから別に普通の事じゃないかと思うかも知れないが、相手はほとんど話したことの無い女の子だ。何か緊張するというか、妙な感じだ。『そういえば岩橋さんのこと、全然知らないよな』そう思った俺は、ちらっと彼女の方に視線を移した。

 目は前髪で隠れていて見えないが、前髪を上げたらきっと綺麗な目をしてるんだろうな……なんてバカな事を考えていると岩橋さんが俺の視線に気付いたのか、口角を上げて微笑んだ様な気がした。

これって、なんか良い感じなんじゃないか? 救いを求める傷心の俺は自分に都合の良い妄想を抱いた。しかしこの直後、彼女の言葉によって現実の厳しさを思い知らされるのだった。


「加藤君って、いつも谷本君と一緒にいるよね」


 谷本というのは和彦の苗字だ。岩橋さんは俺じゃ無く、和彦の方をチェックしていたのだろう。なぁに大丈夫、こんなのは今に始まったことじゃ無い。


「ああ、アイツは親友だからな」


 言葉短く答えた俺は彼女から視線を外した。

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