02 復讐者と、再会する兎
死んだはずの
そんな突拍子もない事実を確かめる為に、そして落ち着く為にも、アスウェルは確かな情報を求めて町の中を歩き回った。
情報が集まりそうな場所はもちろん、普段なら行かないような場所にも、だ。
思いつく限りの様々な場所に足を向けた。
そうしてその過程で行きついた場所は、本来の自分なら絶対に行くはずのない……選択肢外だった場所。
緑の草が生い茂る、町の公園。普段は寄り付きもしないし、向かおうとすら考えない。
復讐だけが全てであるアスウェルが、わざわざ訪れるような場所ではないからだ。
だが、そんな事にこだわっている場合でもない、どんな些細な情報でも欲しかった。
公園を歩いて良く目につくのは、子供連れの家族や男女の恋人などが楽しそうに思い思いの時間を過ごしている様子。
それらはアスウェルがとうの昔に失くした景色だ。
踏み入るなりすぐに、収穫なしと判断して踵を返そうとしたのだが、その公園の中の一画で親しみ慣れた空気が漂っているのに気づいた。
荒んだ空気だ。
先程まで見て来た景色の雰囲気よりは、よっぽどこの身になじんだもの。
園内に置かれたベンチの傍に、数人の男達が集まっている。
「こんなところでスヤスヤ眠ってるなんてなぁ」
「ずいぶんと、気持ちよさそうだな。いけないよなぁ、こんな無防備に」
「注意してやらなきゃな」
男達は口々にそう言って、ベンチの上の何かに手を伸ばそうとする。
何か、ではなかった。
人間の少女だった。
妹と同じくらいの年齢の、おそらくその妹と同じくらいに思っていた少女。
「……」
無視するなどという選択肢はない。
近づいて声をかける。
「どけ、邪魔だ」
あえて不機嫌そうな声を作ろうとしなくても、自然とそんな声がでる。こちらの存在に気が付いた男達は振り返った。
「ああ、何だよ?」
ここでゴネられるなり、因縁を付けられるなりすれば面倒くさい展開になるのだが、そうはならなかった。弱者に目を付ける様な腐った人間である事には変わりはないだろうが、相手は救えないほど物分かりの悪い人間ではなかったようだ。
「ちっ、なんだ連れがいたのか」
「行こうぜ」
「ちゃんと面倒見とけよ」
おおかた物盗りついでに悪戯でもしようとしただけの小者だろう。
慌てながら立ち去っていく男達は、忌々しげに言葉を吐き捨てる。残ってアスウェルとやりあおうと言う気はない様で、懸命な判断だ。
途中で思い出したように、連中の一人が手に持っていた何かを近くに放り捨てて、視界から消え去る。
地面に放り投げられたそれは、どうやら本のようだ。
窃盗されるところだったらしい。
淡い色調で合わせられた本の装丁からして、彼らの物ではなく少女の私物だろう事は考えずとも分かる子事だ。
乱雑に放り投げられたそれを拾い上げる。
『魅力のある体のつくり方』
「……」
タイトルを見て、ベンチの上の少女を見て、アスウェルは納得した。
これなら別に盗られても大した問題にならなかったかもしれない。
自然に育つから、と言う意味ではない。未来ではほとんど成長してなかった。
問題にならない、というのは大して重要そうな物でなかったと言う意味でだ。
少女を観察してみる。
気持ちよさそうな眠っていて、今の騒ぎに気付いた様子はまるでないようだ。
長い檸檬色の髪。頭にはウサギの耳のような形のリボンのついた、緑色のヘアバンドがある。そして使用人服。
顔立ちは幼く、身長を考えれば13~14ぐらいの年と推測できて、一応定めている年齢は13歳、1月の半ばになれば誕生日が来て14歳になるだろう。
レミィだ。
レミィ・ラビラトリ。
一年後に死神として、奴隷として、ヒョウリとかいう人間にいいように使われる事になる少女。
ベンチの上で健やかそうな寝息を立てている小さな生物に、起床を促す声をかけるのだが……。
「おい」
起きる気配がない。
ならば、鼻をつまむ。
「ふにゅぅ」
追加で、頬をつねる。
「ふにゃぁ」
それでも起きない。
「うー……」
そこで、やっと寝苦しそうな唸り声が聞こえた。
今更ながらに眠りの世界から現実へ戻ってきたようで、少女はゆっくりと目を開けた。
「ふぁ……」
そして寝ぼけた様子で欠伸。ゆっくりとした動作で周囲を見回し、傍に立っているこちらの姿に気付く。
「……?」
はて、どうしてこの人は自分の前で立っているのだろう。
……とでも言いたげな表情をする少女。
その少女の視線が青年の目からずれて、手に持っている本へと注がれた。
「はっ」
息を飲んで一瞬後。
分かりやすく表情を変化させて驚く。
「……」
そのまま数秒見つめ後、口をパクパクと何か言いたげに開け閉めするが言葉は出なかった。やがてレミィは肩を落として、落ち込んだ様子を見せるのだが、自分の手に本がない意味に気がついた様だ。
そして、一瞬。
レミィは先ほどまで眠っていたとは思えない俊敏さで、こちらの持っている本を奪いに来た。
「返して下さい……っ」
何となく腕を掲げてみる。
「にゃぅっ!」
当然、結果としてレミィの伸ばした手は空を切った。
別にアスウェルが盗ったわけでも、盗ろうとしているわけでもないが、何故か自然とそうしてしまっていたのだ。
そうしたら面白そうだ、とか思って。
「――――っ!!」
少女は真っ赤になってこちらを睨みつける。
「返して下さい……っ、返して下さいっ!!」
少女が飛びかかるのに合わせて、頭上の本を遠ざけている。
一般的身長よりもやや高めであるアスウェルと並んで立つと、背の低いレミィの形勢は目に見えて不利だった。
「ふぁ……っ!」
「……」
「にゃ……っ!」
「……」
「ぅぅ……っ!」
「……」
ひとしきり攻防を繰り返した後、ふいに目の前の少女は動きを止めた。
顔を俯かせて、肩を震わせている。
虐めすぎたかもしれない。
久しぶりの事だったので調子に乗ってしまったらしい。
面倒なので泣き出される前に本を返そうと思ったのだが。
「返せと言ってんでしょう!!」
そうする前にレミィがキレた。
ドスの聞いた声とともに、脛に蹴りが入る。
「っっ」
気を緩め過ぎていた。今のは、まったくのノーガードだった。
それなりの痛みがやって来て、手にしていた本を離してしまう。
レミィはそれをキャッチし、さっとバックステップ。野生の動物の様な機敏な挙動をする。
小さな胸に本を抱いて、こちらを睨みつけるレミィ、そしてアスウェル。
完全にレミィのそれは、肉食動物の襲撃を警戒する小動物のものだ。
どうしたものかと考えていると、そこに第三者の声が割りこんだ。
少女と同じような使用人服を来た女性だった。
緩やかなウェーブのかかった金色の長髪に、橙の瞳をした女性は穏やかに目を細め、檸檬色の髪の少女……レミィへと声をかける。
知った顔だ。
確か、名前はレン。
レミィと同じ場所で働く使用人だ。
屋敷で過ごした記憶の中とまったく変わらない。
穏やかな笑みを浮かべていて、おっとりとした雰囲気をまとっている。
「どうしたのレミィ。駄目じゃない、知らない人とケンカしちゃ」
「レン姉さん!」
レミィは、レンの背後へと回り込む。
そして、そこから指をこちらへ突き付けた。
そうだ。レミィは使用人達の中では、レンと、他のアレスという使用人に特になついていたのだったか。
「聞いてくださいっ、あの人がイジワルするんです」
「まあ、それは大変ね。でも駄目よ。人を指さしちゃ」
「だって……」
「あそこの家の使用人は行儀がなってない、なんて話がボードウィン様の耳に入ったら叱られてしまうわ」
それはもう手遅れだろう。公共の場で居眠りしている時点で。
しかし聞き捨てならない単語が耳に入った。
ボードウィンか……。
レミィやレンは、働いている屋敷の主……ボードウィンに雇われている使用人。
それについてはすでに知っている事だったが、ややこしいのはここでは大して知らないというフリをしていなければならないと言う事だろう。
こちらには初見の事実だと装って、ボードウィンに近づかなければならない事情がある。
「お前達はボードウィンの所の使用人か」
「ええ、そうです。水晶屋敷と呼ばれる屋敷の主人、ボードウィン様の元で働かせてもらっていますわ。何か御用でしょうか」
尋ねればレンと呼ばれた使用人が答えた。
ここまで色々な所を歩き回ってきたアスウェルだが、予想が正しければレンが言った男に会えるはずだ。
アスウェルは、何らかの理由で廃墟となったレン達の勤めている屋敷……水晶屋敷に行く途中だった。
それは屋敷にいたと言うとある一人……禁忌の果実に組する人間についての情報を調べる為に。
その人物こそがまさに、先ほど言ったレン達の主、ボードウィンなのだ。
元の世界では死んでいるはずの人間。けれど、この過去世界で生きている人間に会えるのならそれに越した事はなかった。
家族の仇もこの手で果たす事が出来るのだから。
慎重に近づかなければならない。
まずは、最初に出会った時の様に何も知らない旅人を装わなければ。
「話がある、その主人の下へ案内してくれ。いや……、その前に、今日の日付を教えてくれ」
「日付、ですか。ええと本日は……」
怪訝な表情を見せつつも日付が述べられる。
それは、アスウェルが軌道列車に乗った日よりも一年前のものだった。
確定だ。やはり、アスウェルはどうやってか過去の世界へ移動してしまったのだ。
「案内を頼む」
「はい、喜んで。お名前を先に伺ってもよろしいでしょうか」
「アスウェルだ」
「アスウェル様ですね。ではご案内します」
「それと……」
ついでとばかりに今までレンの背中に隠れて、そこからずっと警戒の視線を向け続ける少女の事を話題に出した。
「いくら昼間で人気があるからといっても、外で寝るなと叱っておけ」
「な……っ」
「まあ、そういう事でしたか。きつく叱っておきますね」
危機意識の無さを注意しておいた方がいいだろう。再発防止をかねて。
最初に出会った時も、レミィはあんな感じで草っ原で寝こけていたのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます