03 水晶屋敷
『――アスウェル、君に一つ面白い話をしようか』
いつか昔、知り合いに教えてもらった事がある。
アスウェルを取り巻く奇妙な過去への旅の現象。時間の巻き戻り。それは
それは誰にでも起こりうる物ではなく、極めて特異な人間にしか発現しえない能力だと教えてもらった事があったのだ。
それらの中身は、細かく説明すればこんな感じだろう。
人間の情報が詰められていると言う
そして、引き起こされた事象によって、巻き戻った人間は、脳の中に、元々の歴史と新たな歴史を並行存在として矛盾を生じさせずに保管する。
いつだったか、帝国にいる知合いの女……ラキリアという研究員に教えてもらった内容だ。
その研究員とアスウェルがどのような経緯を経てそんな専門的な話を聞かされたのかは、記憶があいまいな為、正直思い出せない。だが、信頼できる人間である事だけは確かだった。これは断言できる。だから、
だが、仕組みが分かったところで、何になるのか。
得体の知れない現象に巻き込まれているという気持ち悪さは薄れたが、利用できないのなら災害と同じだろう。
で、そんな風に考えをまとめながらもアスウェルは目的地を定めて、移動していた。
行先は当然、元の時間では廃墟となってしまっている水晶屋敷。
館の主人、ボードウィン・ドットウッド。
そいつはアスウェル・フューザーが復讐しなければならない相手の一人だ。
家族を殺して妹を攫った憎き存在……禁忌の果実の組織の一員。
アスウェルは元の世界ではそいつが復讐相手だという事を知らずに、屋敷で無駄に数日を過ごしていた。我ながら救いようがないと思う。
後になって存在を知った時には、すでに遅し。
屋敷は廃墟となり、主人は死亡という有様だ。
色々と禁忌の果実の拠点を調べたが、ボードウィンの最期の詳しい記録は得られなかった。
使用人達の記録は残っていなかったのでどうなったか分からないが、たまたま屋敷の使用人の一人であるコニーの目撃情報があった事から無事だと検討を付けている。
だが、今のアスウェルは何の因果か知らないが、果たせるはずのない復讐を果たすチャンスを手に入れている状態。
この状況を、利用しないわけがないだろう。
アスウェルの目的は二つ、復讐を遂げる事と、レミィを助ける事。
今度こそ、必ずやり遂げなければならない。
「あら、そう言えばレミィ。預けていた本は失くしたりしてない?」
「大丈夫です。誰にも渡してません」
そんな事を考えて、状況などを整理しながら屋敷への道中を歩いていると、先導する使用人二人が本の受け渡しをし始めた。
レミィが渡すのは、先ほどアスウェルと取り合った本だ。
どうやらレンの物だったらしい。
「ようやく手に入れられたものですから大事に保管しないといけないわね」
今見えるのはレンの背後のみだが、アスウェルはレンの表の姿を脳裏に思い浮かべて思った。
「レン姉さん……、その本必要なんですか?」
……レミィが発言したのと同じような事を。
「あらあら、女性はいつだって可愛く美しくなりたいものでしょう」
「そういうの、私にはよく分かりません」
「レミィだってそのうち分かるわよ。好きな人ができたらね」
「好きな人はレン姉さんと、アレス兄さんです! もちろん屋敷の皆さんもですけど」
「あらあら、レミィったら可愛い」
そこの使用人二人、訪問客を置いて盛り上がるな。
そもそもその話題は、男がいる中でするようなものでもないだろう。
顔は似てないが、実の姉妹のように盛り上がる二人の会話は、そんなアスウェルの内心を読んだように変化していく。
「でも、心配だわ。将来一人立ちしたレミィに変な虫がくっつかないかしら。ねぇ、そう思いますわよね。アスウェル様も」
「俺に話題をふるな」
こいつらは途中でしばしば、こうやってどうでもいい言葉を投げかけてくる。
初対面を装ってそうそうおかしな事を少しくらい言われても口を挟むまいとしていたのだが、すぐ吹き飛んでしまった。アスウェルの口調は本来の物へと戻っている。
たった今会ったばかりの人間に振る話題でもないだろう。
何を聞いてくるのか、こいつらは。
この二人は、あの時から全く性格が変わっていないようだった。いや、彼女達からすれば時間が経っていないのだから当然なのだろう。
アスウェル主観での最初の出会いは、草っ原で寝コケていたレミィをつれて屋敷へ向かったので、こんな会話はしなかったのだが、断言できる。きっと昔のあの時も、こうしてレンもくっつけて出会っていたならこんな会話になっていただろう。
「本当に心配だわ」
だが、彼女が言わんとする懸念は分からないではない事だった。
視線を檸檬色の髪の少女へ移す。
呑気そうな顔で、視線が合ってからもこちらの動作の意味が分からず小首をかしげているその様子を見れば、思わない方がおかしい。
まだ一年前からの時間も含めてそれほど接してはいないのだが、レミィを見ているとどうにも落ち着かないと言うか、見てて不安になると言えばいいのか、そう……、
「……背負ったネギごとカモられるカモ」
そんな感じに見えるのだ。
「まあ、アスウェル様もなのですね」
「アスウェルさんはともかく、レン姉さんまで! ひどいです」
至極どうでもいい身にもならないような話を聞かされながら辿り着いた先は、小高い丘の上の……森に囲まれた場所だった。なつかしさがこみあげてくる。
敷地内に入り、鬱蒼とした森を抜けるとその先には、三階建ての屋敷がある。
木やら草花やらが植えられている庭園を抜けていく先、屋敷の玄関の前には威圧する様に巨大な水晶が左右に置いてあった。
様々な色が混じり合い、太陽光を受けて光るその水晶は、この屋敷が水晶屋敷と呼ばれるようになった所以だ。実に分かりやすい。内部にも色々と水晶やら鉱石やらが飾られているのが、これほどインパクトのある飾り物は他にはないだろう。
案内されて、玄関口から屋敷へと入る。
気を引き締めた。
この屋敷が一度来ておいて、見逃してしまった悪の巣窟の一つ。
きっと中には生きた仇がいる。アスウェルは復讐する為のチャンスを今度は上手く使わねばならない。
敵の懐に赴いたのだとそう改めて確認しながら、レンが主人へ取り次いでいる間にホール横の応接部屋で待っていると、部屋の外が煩くなった。
男の声と、先ほどここまで共に歩いてきたレミィの声だ。
「来客か、珍しいな。どれどれ……」
「駄目ですよ、アレス兄さん」
「あ、レミィこれは別に覗きとかそういうのじゃないからぞ。いや、うん。とりあえずお帰り。買い出しご苦労さん。よくできました」
「髪がぐしゃぐしゃになっちゃいますー。それくらいちゃんとできますよっ」
男の声からは、隠しきれない愛情と、妹分に対するお節介成分が含まれていた。
やかましい奴が来た。
こいつはレンについで、レミィによくなつかれている男の使用人。
「いい子には褒美をやらないとな」
「私はそんなに子供じゃないですっ」
そんなに、と言う事は少しは子供だと言う自覚があったらしい。
一向に終わる気配のない、仲睦まじそうで煩いやり取りを聞いて苛立ってくる。
来客を静かに待たせる事もできないのか。
こっちは考えねばならない事が山ほどあるというのに。
アスウェルは立ち上がって、扉を開けた。
「「あ」」
レミィの頭を撫でくりまわしている青年と、撫でまわされている少女の間抜けな顔が二つ並んでいた。
短い赤い髪の悪戯好きそうな雰囲気を纏い、快活に笑顔を見せる青年。当然、使用人服を着ているからこの屋敷の使用人だ。名前はアレス。なつかしい。だが、レンと言いこいつと言い、そんなだからレミィがこんな性格になるのだ。むやみに甘やかすな。
「静かにしろ。煩い」
「「ごめんなさい」」
最初にした行動を全く同じように文句を言えば、二人そろってうなだれる。
ため息が出た。
使用人ならそこは申し訳ありませんでした、だろう。
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