01 迷いなき復讐者



 帝国歴1499年  12月31日


 グラン=ノーム帝国 中心街


 国の中心部、帝国内で人がもっとも行きかう場所にて。

 癖の目立つ茶髪の、19歳になったばかりの男……アスウェル・フューザーは走っていた。


 ボロボロの黒のコートを着込んで、腰にあるベルトには護身用の銃……ミスティックがあり、ホルスターに収まっている。

 男の目つきは鋭く、表情は険しい。

 一目見て分かるほど、近寄りがたい雰囲気を放っていた。


 そんなアスウェルは現在、何かを追って移動している最中だった。

 並走して走るのは帝国の部隊の兵士達だ。

 皆、武装して武器を手にしている。


 視線の先には、暴れまわる生物。


 元は人間だったそれは、今はもう原型を留めてはいない。

 全身の筋肉が肥大化して体全体が巨大化。瞳は血走って理性を失い、半開きの口は意味のない言葉を延々と吐き出し続けていた。


 アスウェルは、帝国の部隊と共にその元人間……狂想バーサク化した生物を追い詰めているところだ。


 その化け物に、追いついた帝国の兵士が取り囲んでは、動き回る巨躯に銃撃を浴びせる。


「囲んで足を止めろ。この先には住宅が多い、進ませるな!」

「――了解!」


 アスウェルは、その背後からオマケの様についてまわるだけで、細かな動きの命令には従わない。


 この世界イントディールでは突如人間が正気を失って、このように狂って暴れ出すことがある。

 人がそのようになる事を狂想バーサク化と呼び、原型を留めない化け物のようになってしまう。そんな様を人々は畏怖を込めて、人が人である境目を超えた者、境人きょうにんと呼んでいた。


 大昔、毒姫という女がこの世界にばらまいた毒の影響で、人々は唐突に異形へと変貌してしまう。

 毒姫は、この世界イントディールと対を成す世界ニエ=ファンデに堕とされ死亡が確認されたらしいが、未だに彼女の影響は色濃く残っている。


 それは平凡に生きる人々の明日を、たやすく刈り取って奪ってゆく絶望だった。





「……、しぶといな」


 歴史の人物の……毒姫の被害者でもある境人きょうにんだが、もちろん放って、好きに暴れさせておくわけにもいかない。緊急に組まれた討伐チームにアスウェルは参加する事にしたのだが、その行動理由は正義感でも人助けでもなかった。


 アスウェルが起こす行動の根源はもっと別のところにある。

 兵士と共に協力しているのは単純に、帝国兵に恩を売っておけば後々自分の役に立つ、それだけの事だった。


 追いついた帝国の兵士達は、安全が確保できる分の距離は開けたまま、自身の武装である銃を構え発砲する。

 境人きょうにんは、次第に大量の銃弾を浴びせられて弱り、徐々に動きを鈍くしていく。


 アスウェルも帝国兵士達と同様に、境人へ自身の銃の狙いにつけ、発砲。

 頭や首、関節、おおよそ人と場呼べない何かになったとしてもそのまま残っている貴重な弱点へ銃弾を放っていった。


 ミラージュ。

 鏡の反射をイメージして名付けたその技は、硬質な金属物質に銃弾を反射させ、刺客から相手を攻撃する技だ。

 外した分を何発か出しながらも、背後……敵の気が及ばない方向からダメージを与えていく。


 最中、偶然だろうが、血走った境人が大量の銃弾の雨を浴びながらこちらを見た。

 赤い血を体中から吹き出しながらも苦痛を感じない様子でそこに存在するそれは、その場にいるすべての物に圧倒的な畏怖と恐怖を植え付けていく。


 この世のありとあらゆる穢れた物が、己の視界を通じて、異形の姿を通じて、心の中に流れ込んでくるかのようだった。

 だが、一時威圧されようと、足を止める理由にはなりえない。そんなものに怯むアスウェルではない。


 穢れた物なら今までたくさん見て来たし、知っている……。


 アスウェルは、ただ冷静に狙いを境人きょうにんの頭部へとつけて、引き金を引く指に力を込めた。


 やらねばならない事がある、その為にはこんな些末な事に余計な時間を割いている暇はないのだ。


 人族の底辺。

 異形の化け物と同等に恐れられて生きて来た、世界の底にいる人間に、顔も知らない誰かに気を割いてやる余裕など、ない。


「いい加減に大人しくしろ」


 そして発砲。


 もうすでに弱っていた影響か、それともタイミングなどの条件が良かったのか、その一発の銃弾は狙いを間違うことなく命中し、異形の化け物を沈めた。


『――――ォォォォォォ』


 頽れる生物の塊から視線を外す。


 達成感など湧かなかった。


 ……こんなものか。


 心の内に抱いた感想はそれだけだ。


 倒れた境人きょうにんの前では、走り寄った身内らしい人間が泣きくずれているが、知った事ではなかった。


「協力に感謝する」


 今回協力した労いの入った包みを帝国兵の男から受けとる。

 態度はひどく義務的で、表情は感謝の欠片すらない。


 当たり前だろう。

 地位の低い人間と仲良くしたがる人間なんて、そうそういない。

 特にアスウェルなどとは……。


 受け取った包みの中身は活動資金だ。


 アスウェルの目的、講堂理由である復讐は果たさねばならないが、資金がなければ人は活動できない。

 だからその為に、境人きょうにんが出る度に帝国兵に協力して、資金を稼いでいるのだ。そして他にも……。


「最近では軍の上層部で何やら秘密の計画が進められているようで、人手が足りなくて困っている。大掛かりな装置の開発にどこかと戦争でも始めるのではないかと噂になっていて、臆病者が数日ごとに辞めていくんだ。金が欲しいなら口をきいてやらなくもないが」


 誰が得体の知れない計画の、犠牲者に進んでなりたがる。


 労いを渡すついでに帝国兵士はそんな仕事の紹介を始めるが、こちらにはまったく興味の無い事だった。

 ある程度の危険は省みずに行動している自覚はあるが、こっちは命を捨てたいわけじゃない。


 適当に切り上げさせ、情報を聞き出す


「俺は忙しい、それより、例の組織に関する情報が入ったら俺の所に寄越せ」


 禁忌の果実についての情報を紹介してもらう。

 それが資金を得る以外のメリットだ。


 一人で情報を集めるには限界がある。だからこうして帝国軍という組織の大きさに目を付け、情報を聞き出しているのだ。


「……と、話は以上だ。分かったらとっとと去れ」


 必要最低限のやり取りだけを交わし、アスウェルは足早にその場を去っていく。


 後ろは振り返らなかった。屍も、それに泣きついている人間も、先程共闘した者達も気にかけようとは思わない。

 余計な事へ気をまわすより、その分前に進まなければならない。今の自分にはやるべき事があるからだ。


 帝国での情報収集は終わった。

 次の目的地は、ウンディという町だ。


 そこに建つ、水晶屋敷という廃墟に用があった。





 アスウェルの家族は数年前に殺された。

 ある日、突然何の前触れもなく、だ。

 友人と遊んで、明日の事を考えていたアスウェルは、しかし家に帰ってその明日が来ない事を知ったのだ。


 母親に起こされて、家族朝食を食べ、父を見送り、妹と共に学校に行き、友人と遊んで家に帰る。

 そんな当たり前の日々は、もう永遠に来ないのだと思い知った。


 家に帰って目に映ったのは、血だまりに沈む両親と、そしてそれを成した犯人に連れ去られようとしている妹だった。

 異常事態の中、なけなしの勇気を振り絞った子供の抵抗は、意味を為さなかった。


 あっけなく殺されかけて、妹は連れ去られ、アスウェルは日常を失った。


 生きながらえたアスウェルは、両親の墓に復讐を果たすことを、そして妹を取り戻すことを固く誓う。


 それから十年。

 アスウェルの日々は、復讐とどこかで生きているかもしれない妹の捜索、たった二つのその事の為だけに、消化されている


 ここまでの活動で分かったのは、家族を襲い妹を連れ去った連中は『禁忌の果実』という名前の組織だという事。

 そして奴らが何か非合法な実験を行い、第三計画サード・プロジェクトとやらを進めている事だけだった。


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