第三十三話 ギリィ、ケモナーの恋を応援する

其の一

 さて、今更になるが作中で散々出てきた「クオータービースト」という言葉について説明したいと思う。


 先ずビーストの言葉が指すように「獣人」という種が存在する。ラグナント五民に名を連ねる種族だがそれ単一というわけでは無いく、狼獣人ワーウルフ猫獣人ワーキャット牛獣人ミノタウロスのようにそこから更に細分化しその容姿は多岐にわたる。しかし往々にして「動物の首から下が人間の骨格を持ったもの」と形容でき、エルフ・ドワーフ・ハーフリングのように耳の長さや背丈以外は人間と変わりない種と比べると随分と異質であることが見て取れるだろう。


 してその獣人に、他の人型をした四民いずれかの血が交わった存在を「ハーフビースト」と呼ぶ。こうなると頭髪以外の体毛は薄くなり、目鼻立ちもだいぶ人型に近付く。


 そしてさらに人型の血が混ざり、獣人の血が1/4となったものがクオータービーストと呼ばれるのである。ここまでくると獣の形質は耳や尻尾、あるいは角や牙ぐらいにしか残らない。俗っぽい言い方をすればケモミミキャラというわけで、カーヤ(の容姿)やニースがまさにそれに当てはまるということだ。


 ここまで聞いて疑問に思う方もいるだろう。クオータービーストが存在するということはハーフビーストも存在するということ。もっと言えば、人の形から遠い獣人と交合した人間がいるということで―――




―――つまりは、今回はそういうお話。






 夏の盛りを過ぎたとてまだまだ暑いザカールの夜、人々は暑気払いに酒を求め歓楽街にごったがえす。普段は酒をあまり飲まないギリィ・ジョーも、客の男に連れられここにやって来ていた。


「行きつけの店って、ホントにここなんですか?トーリオさん…」

「ええそうですよ。さあ入りましょう。」


 ギリィを連れ立つのは、この街でも指折りの織物問屋マルミット商会の若旦那、トーリオ・マルミット。一か月ほど前に指輪の作成を依頼し、そして今日完成の報告を受け取ると、ならば礼も兼ねて一緒に呑みに行きましょうと誘ったのだ。一介の職人でしかないギリィに対してもこのようなことを言えるほどに気さくで分け隔ての無い好漢ではあるのだが、それにしても彼が案内してきた店はギリィの目には異質に映っていた。


 いかにも小さ目の大衆酒場といった様相のこの店は「角牛亭かくぎゅうてい」。牛獣人のガッツォが店主を務め、従業員は年頃の狼獣人の男女ふたり。そして客層の九分九厘もまた獣人である。店主が獣人以外の来客を禁じている、というわけでは無いのだが、年月を経てなんとなく暗黙の了解めいて他種族があまり寄り付かなくなってしまっていた。そんな店にトーリオは連れてきたのだ。


「あらトーリオさん、おひとり様じゃないとは珍しいわね。」

「おいおいその言い方だと僕がボッチみたいじゃないか。あ、そこの席借りるね。」

「はいはいどうぞ。お酒ももいつものでいい?」

「ああ、お願いね。」


 店員である狼獣人の娘エイラとの会話から、なるほどこの店が行きつけであることは疑い無いようだ。しかし他所にも顔の広そうなトーリオのことだというのに、何故この店を選んだのかという疑問は尽きない。ギリィは低身長の自分には多少座りの悪い椅子に座りながら、精神的にも肉体的にも居心地の悪さを感じていた。


「じゃあまずは乾杯といきましょうか。」

「いやっ、その前に頼まれ物を納めてくださいよ!酔っぱらってからじゃトラブルの元ですし!」


 マイペースなトーリオとは裏腹に、できるだけ早くこの場から切り上げたいギリィは早いとこと仕事のもちかけた。言うが早いか鞄から小さな木箱を取り出し、開ける。すると満月の如きに丸く大きく輝かしい宝石を中心に、精緻な細工をあしらったため息が出るほど美しい指輪が姿を現した。


「はぁ…流石ですね。若くして腕のいい職人がいると勧められたけれど、聞きしに勝るとはまさにこの事だぁ…」

「まあ、あんだけ前金積まれたんだ、いつも以上に気合入れて仕事させてもらいましたよ。この、お眼鏡にかなうサイズのムーンオパール探すのも結構骨で―――」



「わあ!すっごい綺麗!どうしたのよコレ!?」



 依頼人の賛辞に気を良くして今回の仕事ぶりを語ろうとするギリィは、横合いから水を差される形となった。口を挟んだのは店員のエイラ。ちょうどいつものである貝のオイル煮を運んできたところ、件の指輪が目に入った。種族を問わず女性とはこういうおしゃれに弱いもの、矢も楯もたまらず飛びついてしまうのは仕方がない事だ。職業柄ことは熟知しているつもりのギリィは、憮然とした顔で口を噤んでいた。


「ああ、この職人さんに頼んで作ってもらったんだ。しかしエイラ、えらい食いつくねぇ。」

「そりゃそうよ!こんな素敵な指輪を見て素通りできる女子なんてこの世にいる訳無いって!」


 多大な褒め言葉に、強張っていたギリィの頬が僅かに緩んだ。


「しっかし、金持ってるくせに贅沢とはとんと無縁のトーリオさんとあろうお方が、こんな立派なモン作らせるなんてどういう風の吹き回しかしら?」

「そりゃあ決まってる。君の薬指にはめるためさ。」


 何やら想像だにしない言葉を前に、ギリィの表情がまた強張る。いや、驚いたのは彼だけではない。狭い飲み屋、偶然聞こえてしまった客たちにも謎の緊張感が伝播する。何よりも面と向かって言われたエイラが一番混乱したことだろう。先程まで騒がしかった店内は水を打ったように静まり返り、トーリオの二の句を待っていた。




「エイラ、結婚してくれ。」



 待ってました、とばかりに店内がわあっと沸き立った。


「とうとう言ったな若旦那よお!」

「いつかいつかとは思っていたが、まさか今夜とはなあ!」

「よっ、色男!」


 常連客と思しき獣人たちが次々に荒っぽい祝福の言葉を投げかける。歓声の中、ただ一人の一見さんであるギリィは戸惑い、客の一人にどういうことなのかを尋ねた。




 トーリオがこの店に来るようになったのはちょうど一年ほど前の事であった。着物問屋の若旦那、しかも人間が場末の獣人のたまり場に何の用だというのか。冷やかしなら叩き出してやろうと常連たちはいきり立ってはいたが、やがては彼の人柄に触れ態度を軟化、今では飲み仲間としてすっかり馴染んでいった。


 そして程なくして、彼がこの店に足しげく通うようになった理由も察した。というよりは、エレナに対する態度を見れば一目瞭然。トーリオは彼女に一目惚れし、口説き落としに来ているのだと。


 店の看板娘となれば同様に想いを寄せる者も多い、人間のボンボンが何様のつもりだといらぬ軋轢を生むこともある。しかしてトーリオは家の力ではなく自らの人格でこれを治め、認めさせていった。そしてエレナもそんな彼に惹かれていった。二人は公然の仲となり、あとはどちらかが結婚を切り出すのみ、その段階まで進んでいた。


 そして、その日が今夜だったということだ。


「成程ね。俺は体よくダシに使われたってわけだ。」


 そう毒づくギリィであったが、その顔に嫌悪感は見られない。ただ、酒を片手に常連客と混じりこの盛大なプロポーズの行く末を見守っていた。


「そ、その…本気なのかい?」

「ムーンオパールは月の神フェンロウの末裔を称する狼獣人族にとって特別な意味を持っているって聞いたよ。これだけの大きさのものを揃えさせたんだ、僕がどれだけ本気かわかるだろう?」

「それに、私みたいな場末の酒場の娘と御曹司さまじゃ釣り合いってモンが…」

「関係ない。逆に君がラグナント国王姫だったとしても、僕は構わずこう言っていたと思う。」


 あまりに急なプロポーズ、しかも身分の差など熟考すべき問題は山積みの筈である。そういう事情から、顔を真っ赤にさせ戸惑うエレナが煮え切らない態度を見せるも、トーリオは構わず真っ直ぐな答えを返す。冗談でも衝動でもない、確固たる意志の元に好いた男が求婚をしている。そうなればもう答えは一つしかないだろう。



「そ、そこまで言われて断ったら私が悪者みたいじゃない!」



 未だに戸惑いを隠しきれない様子ではあったが、エレナは差し出された指輪を自らの薬指に嵌める。そして二人は人目をはばからず熱い口づけを交わした。同時に関を切ったような歓声が店内に響き渡る。


「うおおおおお!おめでとうお二人さん!」

「いいモン見させてもらったぜ!結婚式には呼んでくれよな!!」

「こんな目出度いこともねえ!今日は俺の奢りだ!じゃんじゃんやってくれ!」


 店主のガッツォも巻き込んで、この夜の角牛亭は遅くまでお祭り騒ぎであった。客たちは晴れて結ばれた二人を次々に祝福し、狂乱にあかせてギリィも普段飲まない酒をどんどんかっ食らう。しかしそんな中にあって、一人浮かぬ顔を見せる者がいた。



「狼獣人は狼獣人と夫婦になるのが一番なんですよ…」



「何だよシドル、男のひがみはみっともねえぜ!さあさあ、お前も飲んだ飲んだ!」


 この店のもう一人の従業員で狼獣人のシドルがぽつりと呟く。これをふと耳にしたガッツォは先を越された嫉妬か何かだと思ったのだが、その本当の意味が分かるのはまだ数日先の事であった。






 一夜明け晴天のザカール。この日、ギリィ・ジョーは店を閉めていた。


「何でェギリィさんともあろうお方が二日酔いでダウンなんて珍しい事もあるもんだなァ。」

「話かけんな頭に響く。つーか店閉めてんのに勝手に入ってくんなクソ役人。」


 普段慣れぬ酒を場の空気に流され浴びるように飲んだ結果であった。頭痛と吐き気に苛まれる典型的な二日酔い症状。これでは鎚も持てたもんじゃない。店を閉め、奥の寝室に籠り養生する。それでも「仕事」仲間のマシュー・ベルモンドは勝手知ったる他人の家とばかりに上がり込んで来たのだが。


「しっかしお前さんも当事者だったとはなァ。俺もタダ酒飲みたかったぜ。」

「卑しい事言ってんじゃねーよ。というか、トーリオさんのプロポーズの話、もう知ってんのかよ。」

「まあ、ザカールだしな。」


 良くも悪くも風評の広がりやすい街である。マルミット商会の若旦那が狼獣人の娘に熱烈なプロポーズをした、などというロマンチックな話は御婦人方を中心に午前の内に皆の知るところとなった。礼服のことなどで世話になる州衛士も多い織物問屋、屯所の話題もそれで持ちきりだった。


「今頃親父さんに婚約者の紹介でもしてるんじゃねえかな…いてて…」

「となると、こいつァ面倒なことになってるかもしれねェな。」

「どういうことだよ?」

「いや、マルミットの大旦那、ちょっと頭の固い事で有名でな…」






「狼獣人との結婚などワシは断じて認めんぞっ!!」


 ギリィがそんな世間話をしている丁度その時、マルミットの屋敷から怒声が鳴り響いていた。それこそ家から程離れた店の客たちの耳にも届き何事かとざわめくほどの大音量。その声の主こそ、マルミット商会の長にしてトーリオの父、ドーソン・マルミットであった。


「どうしてですか父さん!?僕の恋愛や結婚には口を挟まないと言ったのは父さんじゃないですか!何で今になってそんなことを言うんですか!?」


 テーブルを挟み向かい合ったトーリオが反論する。九分がた決まった縁談を白紙に戻すような強権。こと色恋については口を挟まなかった父の豹変に、トーリオも珍しく語を荒げる。


「母さんを早くに亡くし、母の愛にろくすっぽ触れられなかったお前だ。せめて自分の色恋だけは自由にさせてやろう、そう思っていた。しかしだ…」

「しかし?」

「人間でないにしても、エルフやドワーフならばこうは言うまい。だがな、獣人だけは認められんのだ!」


 同じく向かい合い座っていたエレナの表情が曇る。同時に、トーリオの感情の堰が切れた。ばんっ、と机を叩き、立ち上がって父に詰め寄る。


「なんてことを言うんですか父さん!この五民平等の世の中でそんな―――」

「落ち着け。ワシとて種族で人の優劣を付けるほど偏屈者ではないわ。」

「なら何でそんなことを…?」


「ならばトーリオ、逆に問おう。お前はワシに毛だらけの孫を抱かせるというのか?」


 トーリオに返す言葉は無かった。そしてエレナはただ、さめざめと涙を流すだけであった。






 その夜、角牛亭は昨夜の騒乱が嘘のように重苦しい空気に包まれていた。いつも明るい笑顔を見せる看板娘は暗く落ち込み、昨晩の主役はやけ酒に溺れる。その様子を眺める常連の顔もまたこの刺々しい空気に耐え兼ね、足早に店を去っていった。


「まったく、父さんがあそこまでわからず屋だとは思ってなかったよ!」

「はぁ…」

「ギリィさんそう思うだろ!?」

「まあ、そうですね…」


 常連客が逃げ出したはりむしろに座らされるのはギリィ・ジョー。頼んだ仕事が無駄になるかもしれない、などとの連絡を受けトーリオと話をするため店まで呼ばれたのだが、待っていたのは愚痴の相手という仕事であった。昨日の二日酔いが残っているので酒ではなく水を飲んでいるが、できることなら意識がなくなるまで呑んで逃げ出したい気分で彼の話を聞く。


「何だい毛だらけの孫って!今日びハーフビーストなんて珍しくもないだろ!」

「そりゃまあ、そうですけど…」

「自分は偏屈者じゃないとかのたまってたけど、結局は獣人に差別意識があるだけじゃないか!本当に酷い人間だよ!」

「んー、まあ…その…」


 延々と続く父への愚痴、ギリィには相槌を打つことと、言葉を濁して水を飲むくらいしかする事が無い。さりとて、父親というものにいい思い出の無いギリィではあるが、ドーソンの言い分が全く理解できないわけでもなかった。


 やはり、獣人は他の種族と比べ姿が違い過ぎるのだ。例えば人間という種にエルフの血が混じったとしても、生まれるハーフエルフは凡そ耳の長さ程度しか人間離れした形質が現れない。親の姿形がさほど大差無いからだ。


 対しハーフビーストは、親の姿形が違い過ぎるので、中間をとった形質で生まれるとしても、それはだいぶ人の形から離れたものとなる。無論、ハーフビーストもクオータービーストも多く生まれラグナント王国の何処かしこにもいる。しかし、世間がいくら五民平等を謳ったとしても、気にする人はやはり気にしてしまうのだろう。これを狭量ととるか、仕方のない感情ととるか、一概には答えの出ない難しい話であった。


「だから言わんこっちゃない…やっぱり狼獣人は狼獣人と結ばれるのが自然なんだ。人間の血が混ざるなんてもってのほかなんだ。」


 ふと、ギリィの耳に妙な呟きが聞こえた。振り返るともう一人の店員シドルが壁に向かってぶつぶつ独り言を言っていた。なるほど、異種婚を良しとせぬのは人間に限った話でも無いようだ。



「ごめんなさいトーリオさん…私なんかのせいでお父さんと険悪に…」

「エレナは悪くないよ。僕は君以外と所帯を持つ気は無い。だから、父さんがあそこまで反対するのなら僕だって考えがあるよ。」

「考え?」

「この街を出て、父さんの目の届かない土地で二人で暮らそう。」


 ぶうっ、とギリィは口に含んでいた水を吹き出した。


「いやいやいやいや!さすがに駆け落ちはダメでしょ!」

「何でですかギリィさん!もうこれ以外に方法は無いんですよ!」

「だから、事の良し悪しじゃなくて絶対うまくいきっこないってことですよ!自分の家がどういう連中相手にしてるのかアンタが一番よく知っている筈でしょ!」


 織物問屋であるマルミット商会、一般市民のための店も出してはいるが、主な客層は州衛士や近衛師団といった中流から上流の官憲である。つまりはそういう連中に顔が利くということであり、店主であるドーソンが声をかければお得意様が動く。可愛い一人息子が狼獣人と駆け落ちしたなどとなれば、それこそ大走査線を引かれることだろう。そこを潜り抜けて他州に逃げるなど現実的ではないのだ。


「じゃあ僕らにどうしろって言うんですか!?」

「どうもこうも、まずは親父さんとよく話し合って説得するしかないでしょ!ホント、早まった真似だけはやめてくださいよ!」






 そんなこんなでギリィが解放されたのは、角牛亭の閉店時間でもある夜の11時であった。ただでさえ頭痛でキツイというのに、今にも暴走しそうな客をなだめすかす。その疲れは計り知れまい。夜風に吹かれながら、ああ、明日も店を閉めなきゃならないかな、などと思いながら帰路に就くと、ふと懐かしい顔を思い出した。


「ニース…」


 ひょんなことから知り合ったポルガ州のネイルアート職人。その裏の顔は西のギルドに属するWORKMAN。そして猫獣人ワーキャットの血を引くクオータービーストでもある。なれば彼女の父母、祖父母にも同じような波乱があったのだろうか。


「久々に話でもしてえな…」


 つい口をついて出た言葉に、何故か耳を赤くする。ただトーリオの参考になるような話が聞ければいいだけであって、別にやましい意味はない。そう自分に言い聞かせた。


 そういえば明後日からリュキアとカーヤが西のギルドへ用事に行くとか言っていたか。ならばニースに会うことがあれば言付けだけでも頼んでおくか。話が聞ければ何か状況が好転する鍵になるかもしれない。それまではくれぐれも早まったことはしてくれるなよトーリオさん。そう思いながらギリィは下町へと続く道を歩いて行った。






 そして数日後、ギリィは表仕事に精を出していた。先日西へ発ったカーヤには言付けを渡しておいた。運が良ければトーリオたちの助力になれるだろう。尤も、アドバイスと共に帰って来るのは少なくとも2週間後ではあるのだが、今のところトーリオからの連絡も、彼らが何かしでかしたという風評も無い。ひとまず安心して細工仕事に邁進する。


 と、その時である。窓の外にマントで全身を覆い隠した集団が映った。この下町、どれだけ怪しい連中がいてもおかしくはないような場所ではあるが、妙に気になって仕方がない。さっと裏口から店を抜け、ちょうど集団の行く先へと先回りを仕掛ける。


「おい!何してんだお前達!?」

「うおっ!?」


 マントの下から漏れた驚きの声は、ギリィにも馴染みのある声だった。同時に、向こうもギリィを知っていた。マントを捲り、顔を見せる。


「何だギリィさんか。驚かせないでくださいよ。」

「と、トーリオさんにエレナさん!?」


 それはまさに渦中の恋人たちであった。そして彼らが目立たない恰好で、こんな裏道をそそくさげに抜けようとしている。何をせんとしているかはギリィにも凡そ察しがついた。


「まさか本当に駆け落ちしようっていうんじゃないでしょうね!?だから言ってるじゃないですか無理だって!今頃親父さんに言われて関所に検問ができてるんじゃないですかね!?」

「そう、僕ら二人だけでそこを抜けるのは不可能でしょうね。でも問題ありませんよ。」


 トーリーが背後に目配せする。低身長のギリィの視界では入りきっていなかったが、確かに彼らの後には同様にマント姿の大男が随行していた。この男がその道のプロなのか。顔も伺い知れぬが、ギリィの胸に何か嫌な予感が漂う。


「全国で駆け落ちを手伝う事二十六件!愛し合う二人の助け人!…でしたっけ?」

「うむ、我はお前たち二人に真のアガペを見た。なればその逃避行を成し遂げることこそ我が天命。」


 どこかで聞いたフレーズと声。そしてそれは割と思い出したくないものだと記憶している。まさかまさかと冷や汗を流すギリィに見せるように、大男がマントを取る。そこには、総身に鱗と傷を携えた、伝説のドラゴンのような肉体の持ち主が立っていた。




「紹介しますよ。HELPMAN、ドラド・ズバルドさんです。」






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